ラブパニック.6
ここ数日、荒磯の校内は騒がしい。
妙な噂が流れたり、バカップルが廊下を激走していたり…、
一体、何事かと生徒達の間でも話題になっている。
しかも、その話題の中で、いつの間にか妙な噂とバカップル激走が合体っ。
合体してパワーアップした噂では、久保田が相浦と浮気して、時任と痴話喧嘩。そして、更に浮気相手の相浦を橘と取り合い泥沼に突入…と、いう事になっているらしい。
そして、合体した噂が広まった頃、ヨロヨロ、フラフラしながら、登校してきた執行部の補欠、藤原裕介は、相浦がいる教室のドアを開けて絶叫した。
「相浦せんぱーいっっ!!先輩がっ、僕の久保田先輩を押し倒して手篭めにしたって…っっ!!」
「そんな自殺行為っ、誰がするかぁぁぁーーっ!!!!」
桂木のハリセンの勢いで、叫んだ藤原に相浦が叫び返す。
だが、パワーアップした噂は藤原の脳内で、更に進化していた。
・・・・・・・・久保田を手篭めにする、相浦。
教室内に居た生徒達は叫ぶ二人の声を聞き、そんな二人を想像しかけたが、全員が青い顔や冷汗を掻いて首を横に振った。
・・・・・・・・・それは無いだろ。
その場にいた全員に漏れなく却下されたが、藤原の妄想は止まらない。
藤原の脳内では、相浦ぐらいの身長になった久保田が、久保田ぐらいの身長の相浦に薔薇の敷き詰められたベッドに押し倒されていた。
『なぁ、いいだろ…、久保田』
『・・・・放して、欲しいんだけど』
『嫌だよ…。前から、ずっとこうしたいと思ってたんだ』
『相浦…、やめ…』
『口では何て言っても、お前のカラダは・・・・』
『・・・・・・っ』
「ぎゃあぁぁぁ…っ!!! 僕の久保田先輩がぁぁぁっ!!!!」
目の前にいる相浦ではなく、自分の不気味な妄想に打ちのめされた藤原は頭を抱えながら叫ぶ。そんな藤原を普段から見慣れている相浦は、あぁ…、またかとため息をついただけだが、他の生徒達は、あまりにも凄まじい藤原の様子に引きまくっていた。
・・・・・・・コイツ、マジでやばいっ!
近くにいると、何かに汚染される気がするっっ!!
誰もがそんな事を思いかけた時、床にバタリと倒れ付したのは、久保田を押し倒して手篭めにした疑惑をかけられた相浦ではなく…、藤原っ。
そう、確かに藤原は汚染されていたっ!
薔薇色の妄想ではなくっ、大塚の不良仲間、笹原と石橋まで倒したといわれるっ、
校内で流行中の強力な風邪に…っ!!
「ゲホゲホっ、がは・・・・・っ!!」
全員退避ーーーっ!!!!!
藤原が咳き込みながら倒れると、あっという間に三年の教室から人の姿が無くなる。受験を控えた生徒達にとって、風邪菌は変態よりも大敵だったっ。
全員が教室から退避し、保健室に五十嵐を呼びに行った二人の女子生徒が走り去ると、一人だけ教室に残った相浦は倒れた藤原の背中をちょんちょんと指先で突く。そして、動かないのを確認して、これは運ぶしかないな…と思ったが、強力な風邪菌と藤原の妄想に汚染されるのを恐れて教室には誰もいない。
五十嵐を待つか、誰か呼んで担架で運ぶかと考えていると、いつの間に来ていたのか、横からニョキッと伸びてきた手が藤原の右腕を取った。
「…ったく、しょーがねぇから、俺も手伝ってやるよ。コイツ保健室に運ぶんだろ?」
「そ、それはそうだけど、いつの間にどこから来たんだ? 時任」
「いつの間にどこって…、ついさっきで窓に決まってんじゃん」
「窓っ!?」
「まぁ、それは置いといて、とりあえず保健室に避難…じゃなくて、藤原を運ぼうぜ?」
…と、どこからか唐突に現われた時任はそう言ったが、その瞬間に倒れたはずの藤原が根性で復活っ。そして、いつもの調子で元気に食ってかかった。
「なんで、僕がアンタなんかに運ばれなきゃならないんですかっ!僕をお姫様抱っこしていいのは、久保田先輩だけですっ!!」
「誰がてめぇにお姫様抱っこなんかするかよっ! 保健室まで足引っ張って、引きずってくに決まってんだろっ!」
「なっ、う…っ、ゲホゲホゲホっ!!」
「…っていうかっ、何言ってるかわかんねぇしっ!!」
「言ったんじゃなくて、咳したんですー!!!」
「だったら、とっとと保健室に行けよっ!」
「言われなくても行きますよ! けど、絶対に着いて来ないでくださいね!」
「着いてくんじゃなくて、俺も保健室に用事あんだよっ!」
そんな感じで復活した藤原と時任は、どつき合いながら保健室に行ってしまう。
ああいうのを…、意気投合と言うのか、言わないのか…。
結局、教室に一人で取り残されてしまった相浦は、はーっと大きく息を吐いた。
「バカップルでも、そうでなくても犬も食わないんだよなぁ…、ウチのケンカって」
自分の入っている執行部の面々を思い浮かべ、遠い目をしながら相浦がそう呟く。
だが、相浦は忘れていた。
もう一人、犬も食わないケンカ相手が、保健室にいる事を…っ。
保健室に到着した時任と藤原がドアを開けると、このうえなく保健医らしくない保健医がイスに座り両足を組み優雅に微笑みながら、しっしっと手を振った。
「ただいま留守なの、ア・タ・シ。だから、ご用のおありの方は、アタシ好みの男限定で、ぴーっという発信音の後で伝言を…」
「・・・・って! ココは保健室だろっ!!!!」
「不潔だ…っっ!!!」
「あら、せっかく保健医してるんだから、これくらいの楽しみがないとね」
「このっ、腐れオカマ校医っ!!!」
「そこの野蛮人はどうでもいいですが、僕の久保田先輩にちょっかい出したら許しませんから…っ!!!」
「そこのって、どこのだよ…っつか、久保ちゃんはてめぇのもんじゃっ!!!」
「そうよ〜、久保田君はアタシのモノに決まってるじゃなーいっ」
『んな、ワケねぇだろっ!!!!』
五十嵐の発言に、思わずハモってしまった時任と藤原は顔を見合わせた後、物凄く嫌そうな表情をした後でプイッとそっぽを向く。そして、そんな二人を見た五十嵐が、口元にニンマリとした笑みを浮かべた。
「うふふ…、意外と仲良いじゃない。いっその事、久保田君はアタシに任せて、二人で付き合ったら、どうかしら?」
「はぁ? 冗談も休み休み…」
「そ…っ、そっ、そっ、そうですよっ!!!!」
「…って、何動揺してんだよ、てめぇ」
「ど、動揺なんかしてませんよっ!! アンタの目、腐ってんじゃないですか!?」
「あらぁ、やっぱり仲良いじゃない〜」
「どこがだよっ!!!」
「ど、どこがですか…っっ!!」
「だからっ、誤解っぽくっ、妙なトコで動揺すんなっつってんだろっ!!」
「ごふ…っ!!」
時任の軽い蹴りが、なぜか、かなり動揺していた藤原にヒットする。
だが、あくまで藤原が好きなのは、時任の相方の久保田。
そして、時任と藤原をからかっている五十嵐も、久保田を狙っているっ。
つまり保健室に集まっているのは、久保田が好きな、久保田に恋している三人。その中で若干一名は、恋する久保田に恋されていた…が、未だ本人はその事を知らない。
あんなに追われながらも、殴ったせいで怒っているとくらいにしか思っていない。そんな時任に藤原と松原以外の執行部員がいたら、はーっと盛大にため息をつくだろう。
けれど、実際にため息をついたのは、当人である時任だった。
「とにかく…、なんか疲れたから寝るっ」
そう言うと時任は、保健室のベッドに向かい歩き出す。昨日は五十嵐の部屋に泊まったが、色々と考え事をしていて眠れなかった様子だった。
そんな時任の様子を知っている五十嵐は、少し考えた後、風邪で具合の悪そうな藤原をベッドへと追い立てる。そして、自分が職員室に行って居ない間、隣のベッドで休むついでに、藤原に何かあったら呼びに来るようにと頼んだ。
「今より具合が悪くなったり、苦しくなったら、隣の単細胞を蹴飛ばしなさい。そうしたら、アタシを呼びに来るはずだから」
「…って、誰が呼びに行くなんつったっ!!!」
「それが、昨日に続いて寝床を提供してあげた恩人に言う言葉かしら? 嫌なら、屋上のコンクリートの上で…」
「喜んで呼びにいかせてイタダキマース…、たぶん」
「た、たぶんってっ、たぶんって何なんですかーっ!!!」
そんなこんなで、藤原と時任は保健室で二人きり。
藤原の顔が赤いのは風邪のせいなのか、それとも別の原因があるのか…。
なんとなく、寝苦しくて唸りつつ寝返りを打つと、閉じられた仕切りのカーテンの向こうから、ボソリと呟くような時任の小さな声が聞こえてきた。
「・・・・・・少しぐらい悩めよ。あのウソ胸もお前もバカみたいな顔をして、バカみたいに悩まなねぇから、悩んでる俺の方がバカみたいじゃねぇか」
そんな何の前置きも説明も無い時任の呟きを聞いた藤原は、ますます寝苦しさを感じて眉をしかめる。時任が何を言っているのか、何の前置きもないのだからわかるはずはない。だが、それでもわかりたくないのに、なぜかわかってしまった自分を呪いたくなった。
風邪で頭はグラグラするし、喉は痛いし、何もかも最悪!
だから、最悪ついでに藤原は、時任の呟きに似た言葉に返事をした。
「人を好きになると、誰でもバカになるんですよ。好きだから、バカになるんです。だから、別にバカでもいいでしょう…。まぁ、そんなコト言っても、単細胞にはわからないかもしれないですけどね。ホント…、前から思ってたけど、バカだな、アンタ」
「うっせぇよ、ボケ」
「ボケてんのは、アンタだろ」
「・・・・・ふん」
二人して眠りの淵に誘われながら、ポツリポツリと会話を交わし…、
どちらが先だったのか、体力や体調の回復をはかるために目蓋を閉じる。
そして、それから三十分か、一時間くらい経ったのか判断のつかなくない頃、薄っすらと目を開けた藤原は、仕切りのカーテンがヒラヒラ揺れてるのを見た。
ぼんやりとした完全に覚醒していない頭で…、風でも吹いてるのかと思い、ふと、カーテンの上ではなく下へと視線を投げる。すると、そこには荒磯指定の白い室内シューズと何者かの足が見えた…。
何か見覚えがあるような…、でも・・・・・・。
ぼんやりとした頭で考え、ぼんやりとした視線で見て…、
けれど、そこまでが限界で、藤原は再び目を閉じる。
だが、少しして隣から聞こえてくる呻き声で目を覚ました藤原は、思い切り眉をしかめながら、だるい体を起こして勢い良く仕切りのカーテンを引いた。
「まったくっ、病人でもないクセにベッドを占拠しておきながらっ、なに安眠妨害してんですかーっ!!!」
こめかみをピクピクさせながら、藤原がそう怒鳴る。
しかし、珍しく時任からの何も反応が無い。
文句も拳も蹴りも何も返って来ない。
それを不審に思った藤原が、やっと頭を覚醒させて見ると…、
これ以上、無いと言っていいほど、顔を赤く…、耳まで真っ赤に染め上げた時任が、片手で顔を覆って唸っていた。
「・・・・・・・・・・もしかして、病気だったんですか?」
「びょっ、病気じゃねぇよっ!!!」
「でも、顔中が真っ赤ですよ?熱でもあるんじゃ…」
「うっせぇっ、黙れっ!! こっち見んなっ!!!!」
「五十嵐先生を呼んで、救急車を…っ」
「って、そんなモン呼ばれてたまるかぁぁぁっ!!!!」
五十嵐を呼びたい藤原と、呼ばれたくない時任。
犬猿の仲である二人の攻防戦が、保健室で勃発。
しかし、その頃、生徒会本部ではある会議が開かれようとしていた。
集まったのは藤原、久保田と時任を除く執行部の面々、そして生徒会長の松本と副会長の橘。それから、保健室からやってきた五十嵐と、暇つぶしにやってきた三文字。
議長である松本は高校の生徒会本部にあるとは思えないほど、立派なイスに深く座り、同じく重々しく立派な机に両肘を乗せ…、両手を組み合わせる。そして、恋人である橘に視線を送った後、会議の始まりを宣言した。
「これより、第一回、荒磯高校バカップル対策会議を始める」
前 へ 次 へ
|
|
|
|