ラブパニック.4




 「ぎゃあぁぁぁーーっ、来るなぁぁーっ!!」
 「…って、言われると、ますます行きたくなるよね、フツー」
 「フツーはならねぇっ、ならねぇっつったらならねぇーーっ!!」
 「逃げられると追いたくなるのが、人情ってモンじゃない?」
 「そんな人情はいらねぇっつってんだよっっ!!」
 「なら、愛情…とか?」
 「〜〜〜っ!!と、とにかくっ、俺の半径3メートル以内に近寄んなっ!」
 「えー…」

 「えー…とか言いいつつ、全力ダッシュしてんじゃねぇーっっ!!」

 私立、荒磯高校…。
 今現在、この学校の校内で、ある二人が追いかけっこをしている。
 一人は自称美少年で執行部の時任稔。
 そして、もう一人は同じく執行部で相方の久保田誠人。
 この二人はラブラブバカップルとして校内で広く認知されていたが、さっきから久保田は時任を追い続け、時任は久保田に追われ逃げ続けていた。
 この一見、ただふざけているだけのように見える追いかけっこ。
 実はどんなにふざけて見えようとも、やっている本人達は真剣である。
 時任は必死に逃げ、久保田は必死に追っていた。
 「いい加減、疲れない?」
 「だったら、今すぐ止まって思いっきり休めっ!」
 「お前が立ち止まったらネ」
 「な・ん・で・だ・よっ!!!」
 「なんでって、それは相方だからじゃないの?」

 「だぁぁあぁあっ!! 相方バンザーイっ!!!!」

 走り続け逃げ続け、追い続けて疲れがピークに達したのか、次第に二人の会話は意味不明になってきている。だが、そんな状態に陥っても時任は止まる気が無く、同じように久保田もあきらめて立ち止まる気は無いらしい。
 飽き性&めんど臭がりの二人だが、お互いについてだけは別のようだった。
 こんな二人を桂木が見たら、こめかみをピクピクさせつつハリセンを構える所だが、今は執行部顧問の三文字に呼び出されて職員室に居にいるため、まだ、この騒ぎを知らない。そして、二人の走っていく先の資料室の窓辺で黄昏ている人物も、校内に流れている噂や派手な追いかけっこについて何も知らなかった。

 「あー…、クソっ、マジでつまんねぇ。なんで、アイツら二人同時にカゼなんかで休みやがんだよっ」

 誰も居ない埃臭い資料室で一人、そう呟いたのは大塚伴康。
 大塚は暇なのか趣味なのか、いつも校内で校則違反や悪事を働き、その度に執行部に成敗されている。つまりはブラックリスト…、生徒達の中でも不良というカテゴリに分類されている生徒だった。
 だが、今日は放課後になった今も悪事を一つも働いていない。
 毎日、大なり小なり問題を起こしているが、今日の大塚はさっきから一人で窓から外を眺め、はーっとため息をついているだけだった。
 実は時任に久保田という相方がいるように、大塚にも笹原と石橋という不良仲間がいたりするが、なぜか今日は二人とも風邪で休んでいる。そのため、校則違反を犯す事も悪事を働くこともままならず、さっきから一人で暇を持て余していた。
 一人じゃカツアゲはできないし、ケンカも売れないし…っ、
 タバコ吸ってて執行部に発見されたら、一人じゃ…、なんとなく怖いしっっ!
 かと言って、このまま帰宅しても更につまらないだけだし…っ!!
 見舞いなんてガラじゃないしっ!!!!
 そんな感じに窓から外を眺めつつ悩んでいる大塚は、確かにブラックリスト入りしていたが…、群れなければ寂しくて死んでしまいそうな不良…、
 もしくは、子ウサギのようだった。
 
 「べ、別にお前らなんか居なくても、ぜんっぜんっ、さみしくねぇんだからなっ!」

 そんな強がりを一人叫ぶ大塚に、もしも耳があったらプルプルと震えているかもしれない。しかし、本物の子ウサギと違って、いかにも不良といった感じの目つきの悪い大塚がプルプルと震えていても不気味なだけである。
 ・・・・・・正直、そんな大塚はトイレをガマンしているようにしか見えなかった。

 「・・・・・・・・漏らすなよ」
 「…って、何の話だっ、てめぇっ!!!」

 久保田から逃れるため資料室に飛び込んできた時任が、プルプルしている大塚を見てトイレを勧めたのは、そういう理由で無理も無い話である。いつも一緒に居る二人がいない状態で、運悪く時任と出会ってしまった大塚は濡れ衣を着せられ怒鳴りながらも、落ち着かない様子で不安そうに視線をさまよわせた。
 なぜか飛び込んできた瞬間から、時任が物凄く怖い顔をしているが何もしていない。
 今日は何もしていない、本当に何もしていないっ。
 絶対に何もしていない…がっ、普段が普段だけに執行部員を見ると、特に何度も何度も公務を執行されている時任に正面から睨まれると何かやった気分になる。今、お前がやっただろうと問いかけられれば、反射的にうなづいてしまいそうだった。
 
 すいませんっっ、俺がやりましたぁぁーっっ!!!!

 実際に口に出して叫んだりししていないが、そんな心境に陥った大塚は心の中で石橋と笹原に救いを求める。だが、遠い空の上…ではなく、自宅の布団やベッドの中で唸ってる二人に、その声が届くはずもなかった。
 震える見えない耳はペタンとうな垂れ、ごめんなさい寸前っ。
 ドクンドクンと激しく鳴る、子ウサギの心臓は破裂寸前っ!
 とにかく、心臓が破裂する前に、時任の鉄拳を食らう前に逃げ出そうと決めた大塚は、じりじりとじわじわと出口に向かって前進を始める。だが、隙をついて走り出そうとした瞬間、驚いたように大きく目を見開いた時任が、大塚の方に向かって突進してきた。

 「うわ…っっ、きたぁぁぁっっ!」
 「な、なっ、なぁうあぁぁぁ…っ!」

 突進してきた時任は意味不明な叫び声をあげる大塚をすり抜け、資料室にある掃除道具用のロッカーへと走るっ。そして、そんな時任の叫び声に驚いた大塚は、つられて同じ方向へと走り出しっ、同じ場所に飛び込むと勢い良く扉を閉めたっ。
 「ふぅ・・・・・・・って、何で俺がてめぇとこんな所にっ!!」
 「ソレは、こっちのセリフだっつーのっ!!」
 多少、教室に設置されている物よりは大きな作りにはなっていたものの、男二人でロッカーに入ると狭い…、とてつもなく狭い。身を寄せ合いながら時任とロッカーに入ってしまった大塚は、慌てて扉に向かって手を伸ばしてみたが、閉めた拍子に壊れてしまったのか開かなかった。
 「てめぇっ、早く開けろよっ」
 「うるせぇっ、開くなら、とっくに開けてんだよっ」
 「はぁ!?」
 「だからっ、開かねぇんだってっ!」

 「なに言ってんだよっ、そんなワケっ!!」

 開かないという大塚の声を聞いて、時任もドアに手を伸ばす。
 だが、やはり扉は開かなかった。
 パニックに陥りかけた大塚は中でガタガタと暴れかけたが、外から聞こえてきた資料室のドアを開ける音に身を硬くした時任に、しーっと口を手で押さえられ止められる。
 誰が資料室に入ってきたのか大塚にはわからないが、どうやら、時任はそいつに見つけられたくなくてロッカーに隠れたらしい。わざと暴れて時任に嫌がらせしてやろうかとも思ったが、何となく…だが、外から異様な気配と冷気を感じた気がしてやめた。
 じっと身を硬くしながら、大塚は時任と一緒にゴクリと息を飲む。
 すると、外から冷気に乗って…、地獄の底から響いてくるような低い恐ろしい声がした。

 「ときとう〜…、ココにいるのはわかってるから、おとなしく出て来なヨ〜…。おとなしく出てきたら、今日はカレーじゃなくてハンバーグ作ってあげるからサァ〜…」


 ギャアァァーーーーッ!!!


 叫びかけた時任は大塚の口を、叫びかけた大塚は時任の口を押さえる。時任がなぜ逃げているのか、大塚はその理由を知らないが、今、見つかれば殺される気がしたっ。
 殺された上に、ロッカーごと横浜港に沈められる気がしてならなかったっ!
 
 なぜっ、なぜ俺がこんな目にっ!!!!

 そう大塚が心の中で叫んでいる間も地獄からの使者…ではなく、執行部の久保田誠人が同じ執行部で相方の時任を探している。早くっ、早くあきらめて行ってくれと神に仏にあらゆるものに祈ってみたが、久保田が資料室から出て行く様子はなかった。

 「アレ・・・・、時任の気配はするんだけどなぁ…」

 ガサゴソ…、ドカッ、バタッ・・・・。

 「匂いもするんだけど…、おかしいなぁ…」


 って、お前は犬か…っっ!!!


 と、大塚が心の中でツッコミ、さっきから塞いでいる手の中で時任が唇がアホかーっと叫ぶように動く。すると、大塚は手に触れた時任の唇の感触に…、思ったよりも近い位置にある細い首にドクンと自分の心臓が大きく鳴るのを聞いた。
 ロッカーの隙間から漏れる外からの薄明かりのせいか、至近距離で見る時任の首は…、まるで少女のように細く艶かしい。吸い付くように時任の首筋に視線を落とすと、大塚は急に息苦しさを感じて呼吸を荒くした。
 
 て、てめぇっ、首に息吹きかけんなよっ、気色悪ぃ!

 大塚の手の中で時任が声には出さずに唇だけでそう叫ぶが、大塚は早くなっていく鼓動と息苦しさに気を取られ気づいていない。久保田が匂いがすると言ったせいか、なぜか首筋か良い匂いまでしてくる気がして…、耐え切れなくなった大塚は本能のままに、口を押さえているのとは反対側の手を時任に向かって伸ばした。
 
 「お、おい…っ、大塚っ!?」

 大塚の様子がおかしい事に気づいた時任は、小声で大塚を呼ぶ。
 しかし、彷徨うように、何かを求めるように伸びる大塚の手は止まらない。
 伸ばした手と腕は近くにある身体を包み込み、時任を抱きしめるように動きかけた…が、大塚の指があと1センチで時任の背中に触れるといった瞬間、バコッ、グチャッ…という物凄い破壊音と共にロッカーの扉が消失した。


 「みぃつけたぁー…」


 『うわぁぁぁあぁぁっ!!でたぁぁーっ!!!!!』


 消失した扉の代わりに、大塚と時任の前に光る眼鏡…ではなく、冷やかな笑みを口元に浮かべた久保田が立ちふさがる。狭いロッカーの中で逃げ場のない二人は、恐怖のあまり真っ白になり固まった。
 「へぇ…、時任クンってば、松本だけじゃなくて大塚とも仲良しだったんだ?」
 「なっ、な…っっ!!?」
 「こんな狭い場所で二人きり…、ナニしてたのか教えてくれない?」
 「そ、そんなのっ、言わなくても何にもしてねぇに決まってんだろっ!!」
 「じゃあ・・・、ソレは何?」
 「ソレ?」
 「そう、ソレ」
 真っ白に固まった大塚は自分よりも早く復活した時任と、そんな時任に何をしてたのかと詰め寄る久保田の視線を受け、頭に無数の疑問符を飛ばす。二人はソレとか何か言ってるみたいだが、ソレとは何の事だろうかと大塚は首だけを動かし二人の視線の先を追った。
 すると・・・・・、視線は大塚の顔より胸より下…、
 信じられない現象を起こしている箇所に集中していた。

 「うわっ、な…っ!げぇーっ!!ウソだろっっ!!?」

 信じられないっ、信じたくないっ!!!
 だが、大塚の視線の先には、時任の首の細さと匂いに反応して形を変えてしまっている身体の一部分がある。そんな部分を二人に見つめられ、大塚は羞恥のあまり両手でソレを押さえたが、時すでに遅く、時任の鋭い蹴りが背中にヒットした。

 「こ、このっ、ヘンタイ野郎ーーっ!!!」
 「・・・・・っ!!!」

 時任にロッカーから蹴り出された大塚は、いきなりの衝撃にバランスを崩し、近くにあったモノにギュッとしがみつく。すると、その隙をついて逃げ出したのか、バッとすぐに振り返ったにも関わらずロッカーにはもう誰もいなかった。
 つまり・・・・、今、資料室には大塚と久保田の二人しかいない。
 しかも、大塚がしがみついたモノはタバコの匂いがする。
 嫌な予感を覚えた大塚は額から汗をダラダラ流しながら、ゆっくりと恐る恐る手を離し、しがみついたモノを見た。
 「時任はいなくなったみたいだし、代わりに答えくんない? こんな狭い場所で二人きり…、ナニしてたのかなぁ?」
 「・・・・っ!!」
 「ねぇ、早く答えないと・・・・・・・、沈めちゃうよ?」


 ぎゃぁあぁぁーーーっ!!!!!!


 次の日、石橋と笹原が風邪が治り登校してきたが、今度は大塚が休みだったとか、どこかに沈んでたとか…。それは今はまだ定かではないが、急に始まってしまった恋する二人の追いかけっこは放課後を過ぎても、夕日が沈んでも…、
 まだまだ、終わらない様子だった。




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