ラブパニック.17





 ・・・・・・・・キラリと怪しく光る眼鏡。


 果たして、それは本当に危険の証なのか?
 ただ眼鏡が不可抗力で光ってしまっただけのフェイント的存在で、実は気のせいだったりとかじゃないのか!? ついさっきまで完全なる背景、完全なるモブだった眼鏡っ、実は彼は生徒でも教師でもなく・・・・・・・、焼き鳥屋。
 眼鏡を光らせながら、手に持っているのは竹串っ。
 グッサリ、ズブブと差しているのは、今朝、仕入れた鶏肉とネギっっ。
 そんな彼の手つきが鮮やかでも、いやらしくてもエロくても、その相手は鶏肉とネギでしかない。そして、そんな彼の素性も誰も知りたいとは思っていない。
 知りたい事と言えば、仕入れた鶏肉とネギが国産かどうかくらいだった!
 「おっ、なんかすっげウマそう」
 「あ、俺にも一本っ!」
 「へい、まいど」
 売れ行きは順調っ、これならショバ代…もとい、執行部への寄付を支払っても秋祭り並の稼ぎになりそうである。余談だが、一番焼き鳥を買ったのは、くたびれた親父ではなく、コンビニ帰りの三文字だった。
 「やっぱり、ビールに焼きとりは最高だよねぇ」
 「あらぁ、ご近所のオッサン…かと思ったら、三文字先生。こーんなトコロで缶ビール入りのコンビニ袋片手に、何してらっしゃるのかしら?」
 「な、何してるんだろうなぁ〜、あははは…っ」
 「おほほほほ…っ」
 「み、見逃してくんない? 徹クン」

 「その名で呼ぶなっつってんだろっっ!!クソ親父っっ!!」
 
 そんなやりとりが目の前で展開しても、彼はひたすら焼き鳥を焼くっ。そして、今も大弾幕を見もせずに、ひたすらひたすら焼き鳥を焼いているっ!
 やはり彼はただの焼きとり屋、フェイント、人畜無害な眼鏡に違いない。
 そのせいか、大弾幕に集中していた視線がグラウンドに戻る頃には、彼の眼鏡の光は消えてしまっていた…が、しかしっ、その瞬間に妙な音がした。
 
 ・・・・・・・・バキっ!!

 絶妙なタイミングで、バキっと音を立てて折れた竹串っ。
 その瞬間は、時任と久保田が間近でお互いの顔を見た瞬間っ!
 聞こえた舌打ちは、竹串に向けてのものなのかっ、それとも?!
 よくよく見れば、足元に折れた竹串が散乱している。
 え、まさか・・・・、お前もブルータス?
 いやいや待て待てっ、そう判断するのはまだ早いっっ!
 何本竹串がへし折れようとも、彼はあくまで焼き鳥屋っ。
 どこかの誰かさんのように、ナイフ片手にツッコミを入れようとはしていない!
 桂木に睨まれ、時任を肩から下へと降ろしながら、久保田の視線が焼きとり屋の方へと向けられた気がしたが、それも一瞬だけだった。
 そのため、焼き鳥屋の動向に関係なく、再び時任と久保田はグラウンドの中央で向かい合う。しかし、様々な邪魔が入り、すでに時任は戦意を綺麗さっぱり1ミリも残さず喪失していた。
 「なぁ、マジでやんの?」
 「さぁ?」
 「つか、そもそも俺らって、なんで戦わなきゃなんないんだっけ?」
 「ん〜っていうより、戦う理由なんての…、俺らにあったっけ?」
 「だよなぁ」
 「だよねぇ?」
 二人に戦う理由はなくとも、周囲の人間には戦わせなくてはならない理由がある。
 そして、その理由は二人に破壊された数々の校内備品っ、帳簿を見た相浦の遠い目っ、のろけられた日の三文字の目の下のクマっ、疲れ切った松本の顔が物語っていた。
 しかし、元々の原因である時任は戦意喪失どころか、なぜ、こんな事態になってしまったのかさえ忘れ切っている…というか、わかっていないのかもしれない。そして、その原因の片割れである久保田は戦意は最初から無いに等しいが、すべてを忘れた訳ではないのに忘れたフリをしていた。
 しかも、その口元には、うっすらと笑みが浮かんでいる。二人の恋模様がうれしはずかしから、ドメスティックに発展したにも関わらず、現在は触っても肩にかついでも無反応に逆戻り、そんな状態だというのに、その笑みはどこか満足そうで、じーっと見つめていると・・・、
 
 すべては計画通り、なーんてね。

 などと、ふざけたセリフが聞こえてきそうだった。
 そう…、実はすべては計画通り。
 橘にいわく、妻に逃げられた旦那っ。
 桂木にいわく、飼い主に捨てられた犬っっ。
 しかして、そんな彼は一体何を望んでいたのか?!
 そこに、今回の騒ぎが必要以上に大きくなった本当の原因がある。
 しかも、騒ぎは大きくしただけではなく、その後の後始末まで完全で完璧。
 破壊された備品の費用は確保され、派手に流れた噂も2組のチャペルで沈静化。
 すべてを読んでいた訳ではないだろうが、結果的に思い通りに進んでいる。それに執行部の面々や松本や橘が気づいたとしても、もはや、いつも通りに戻った二人を止める理由も、止める術も見当たらなかった。

 なーんか、腹へった。
 んじゃ、このヘンでお暇しますか?
 おー、このままトンズラして、ファミレスにでも行こうぜっ。
 りょーかい。

 いつもの相方に戻った二人は、視線で会話する事も可能。
 以心伝心、バカップルの心は常に一つ。
 二人の意見は話し合うまでもなく、一致していた。
 ・・・・・・・・とんずら。
 それは遁走のとん、ずらかるのずらを合わせた逃走を意味する言葉っ。その言葉を呪文のごとく心の中で詠唱している幻聴が、いち早く狂犬の思惑に気づいた桂木の素敵な微笑みを深くするっ!
 あぁ、思い出すのは、あの日の屋上っ。
 そして、青い空と男の友情っっ。
 巻き込まれ受けた被害は松本と橘、三文字に比べたら軽い方かもしれないが、握りしめたハリセンがミシリと音を立てるっ。そんな桂木を見てしまった相浦は、ギャアァァァ…っと心の中で悲鳴を上げたっ!
 く、黒いっっ、微笑みが黒いぃぃぃぃっ!!
 今の桂木の微笑みは、おそらく屋台から回収した札束を数える時よりも黒いに違いないっ!しかも、白いハリセンを真っ二つにしたブラック桂木のそんな視線は、とんずら体制に入ったバカップルにロックオンされていたっ!
 
 「なーるほどねぇ…、ふーん、そう…」

 素敵な微笑みを浮かべた桂木の目の前で、久保田が時任の肩に手を伸ばす。
 いつものように相方らしく、気軽に当たり前のように肩を抱くために…っ!
 だがしかしっ、久保田の手が時任の肩に触れる直前、ブラック桂木がとんずらを無効にする必殺の呪文を唱えたっ!

 「・・・・・いちご牛乳、屋上、男の友情」

 その呪文を唱えた瞬間、なぜか時任の肩がピクリと反応する。
 そして、時任の反応を見た久保田の手も、同じようにピクリと揺れた。
 しかし、この呪文は時任にしか効果がないっ。
 ハッと何かに気づいた久保田が時任の耳を塞ごうとするがっ、それよりも桂木が復活の呪文をすべて唱え終える方が早かったっっ!!

 「『あ、あのさ…、今まで気づかなかったけど…、俺っ。もしかしたら…』」
 「ぎゃあぁぁぁぁーーっ!!」

 桂木が呪文を唱えると同時に、時任の顔が耳まで真っ赤に染まるっ!
 それと同時に限りなくゼロに近くなっていた相方との距離が、バカップルがっ、イチャイチャがっっ、ズササァァーッと勢い良く離れたっっ!!
 「・・・・いきなり5メートルは離れすぎなんでない?」
 「うわぁぁあっっ、来るなっ、寄るなっ、近づくなぁぁっ! それ以上、近づいたら絶交だかんなっっ!!」
 ブラック桂木の呪文により、見事に復活っ、恋心っ!
 しかも、前は3メートルだったのに、5メートルにグレードアップしているっ。
 このままでは時任の肩を抱くどころか、一緒にファミレスにも入れない!すべては計画通り、後はとんずらするだけだったはずが、元の木阿弥、逆戻りっ。
 このままでは今日も飼い主は…っ、妻はっっ、ウチに帰ってきてくれないっ!!
 すでに寝不足で目元に深く刻まれているクマが、捨てられた犬っ、逃げられた旦那の心情を鮮明に表していた!

 キュゥーン…。

 そんな可愛らしい鳴き声で鳴きはしないが、逆光で光る眼鏡っ、狂犬の周囲にひんやりとした冷気が漂い始める。だが、そんな冷気をものともせずに、ブラック桂木は敢然と狂犬、久保田の前に立ちはだかった!
 「あたしを利用しようなんて、百年どころか百万年早いわよ」
 「前々から思ってたけど、ホント敵に回したくないタイプだよねぇ、桂木ちゃんて」
 「それって褒め言葉?」
 「そう聞こえるなら、そうなんでない?」
 「うふふふ…、可愛くない返事ね」
 「それって褒め言葉?」
 「そう聞こえるなら、そうなんじゃないかしら?」
 
 ひゅるるるるるるるるーーーっ!

 グラウンドを吹き抜ける風も、二人の微笑みもひんやりクールっ!
 気分は雪山っ、眠ると死にそうな予感のする荒磯高校で、今、最後の戦いの火蓋が切って落とされるっ。
 あれ? これってバカップル対決じゃないの?
 え、タッグマッチってどうなったワケ?
 なんて苦情は、ラスボス級の黒い微笑みの前では木端微塵!
 勇者ではなく、ラスボス同士の戦いを見守る生徒も教師も、そして放送席もあまりの迫力に息を飲むばかりで言葉も無いっ。怖いっ、あまりにも怖すぎるっ!
 松本と橘、そして相浦は手も口も出せず緊急避難し、グラウンドには微笑み合う久保田と桂木だけが残った。
 


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