ラブパニック.15
「そんな調子では、この勝負・・・、俺の勝ちだな」
迷いなく叩き込まれた拳、迷いなく放たれた一言。
橘の背後から攻撃を仕掛けてきたのは、恋人の松本だった。
タッグマッチをしているのだから、久保田でなければ松本なのは当たり前。しかし、それでも叩き込まれた拳と放たれた一言に、橘の動きは止まったままだ。
自分から持ちかけた戦いだが、やはり、少しの迷いも見せない松本に少なからずショックを受けている。そんな橘を久保田が横から蹴り上げ、容赦の無い一撃を加えようとしたが、それをフォローに入った時任が両腕をクロスして正面から受け止めた。
「わかってても、焼けるシュチュエーション…、だぁね」
そんな久保田の呟きは、何やってんだっ!と橘に向かって叫ぶ時任の声にかき消される。しかし、相浦と一緒に観客席に戻りタッグマッチを見ていた桂木は、まるで、その呟きを聞いていたかのようなセリフをため息と共に吐き出した。
「そう思うなら、さっさと自分で何とかなさいよ」
「…って、誰に向かって言ってんだ?」
「さぁ? 誰かしら」
今の所、タッグマッチは久保田と松本コンビが優勢。そうなってしまった原因は、初めから時任との連携を考えていなかった橘の甘さにある。
松本が迷いの無い拳を、自分に向けてくるとは思わなかった。勝負は受けたものの、時任との決着を久保田は望んでいないと思っていた。
だから、タッグマッチに持ち込んだ場合、お互い苦手な相手との勝負は避けるだろうと橘は考えていたのだ。
しかし、その予想は大きく外れ、松本は久保田と連携し、橘一人に攻撃を集中。
時任がフォローや攻撃に出てくると、松本ではなく久保田が迎え撃つ。そして、タイミングを計り松本が二人の戦いに横やりを入れ隙を作り、久保田が橘に攻撃。
その繰り返しと連携のタイミングの見事さは、元コンビと呼ぶにふさわしい。
橘が同じ戦法を取り、久保田に攻撃を集中しようとしても松本が攻撃してきて、それを許さず、時任がフォローに入らざるを得なくなる。久保田にタヌキと呼ばれる松本らしい、橘が松本に攻撃出来ない事を知った上での容赦の無い戦法だった。
「・・・・・・・そんなに僕と別れたいんですか…、貴方は」
松本がタッグマッチに勝つということは、イコール無条件で橘と別れるということ。
理由すら聞けぬまま、わからないままにサヨナラだ。
橘の表情と瞳に、暗い想いが宿る。
別れると言われ、とっさにタッグマッチを申し出たが、単なる墓穴でしかなかった。何かあるたびに生徒会室に久保田を呼ぶ松本を、一歩後ろから見ていた時よりも気分は最悪。
嫉妬で気が狂いそうになるが、その想いのままに拳を久保田に向ければ、松本が自分に向かって攻撃してくる。
このままではタッグマッチの展開はギャグではなく、昼ドラだ。
昼ドラ並のドロドロとした感情に支配された橘は、ふふ…と暗い笑みを浮かべる。
そして、再び自分に向かって攻撃しようとする松本に、生気の無い魚の死んだような目を向けた。
「あぁ、初めからわかっていた事なのに、今頃気づくなんて僕もバカですね…。別れても攻撃できないなんて、そんな事ある訳ないじゃないですか…、ふふふ・・・、自分のバカさ加減におかしくて腹がよじれそうですよ、時任君」
ぎゃあぁあーー…っ、完全に橘がイッちまってるっっ!!!
一見、受けに見えるが、実は攻めっ。
そんな橘は実はドSだった・・・・っ!!!
そんな新しい真実は誰も知りたがってなんかいないっ!!それを知ってるのは、過去、橘の見た目に騙されて襲った野郎どもだけで十分だっっ!!!
…と思ったのは誰なのかは不明だが、松本の背中にゾクッと冷たいモノが走る。
妙な呟きもそうだがっ、何かハンパなくヤバい…っっ!!自分の身の危険を感じた松本はそう思ったが、橘に向かい放たれた拳は止まらないっっ!
「貴方を犯したい…。あぁ、本当に僕以外の男とイチャつく貴方を犯したくて…、犯したくて犯したくて犯したくてたまりませんよ…。僕のモノで、貴方の中をいっぱいに満たしたい…」
橘の頬に拳がヒットする瞬間っ、そんな呟きを聞いた松本は涙目になるっ。ダメージを受けたのは殴られた橘のはずだが、松本の方が死にそうな顔をしていたっっ。
「・・・・・・・・・・っ!!!」
しかしっ、叫び声は声にならず、殴られたにも関わらず薄暗く微笑む橘に松本の強靭なはずの心臓は止まりかけ、救いを求めて視線だけを動かし久保田を見たがっ、しかしっ!
それが橘の残り少ない理性に留めを差したっ!
「良く考えれば簡単じゃないですか…。この場で貴方を犯せば良いんですよ…。これだけ見せつけられたんですから、僕も見せつけてやるべきですよね…、恋人として…」
「なっ、何を言ってるんだっ、橘! 正気に戻れっ!」
「ふふふ、まるで処女みたいに抵抗して、僕をあおってるんですか?」
「だ、誰が処女だ…っっ、俺は男だぞっ」
「あぁ、貴方が女だったら、すぐに孕ませて僕のものに…」
「やめろっっ! それ以上、近づいたら…っ!」
「別れる? そんな冗談は聞き飽きましたよ」
前に生徒会室で嫉妬された時は、両想いの必殺技が使えたが、別れ話を切り出した今は使用不能っ。橘の嫉妬の炎は鎮火するどころか、欲望と共に燃え盛る一方っ。
再び視線を送った先には、のほほんとした嫉妬の対象の元相方が居た。
「ま…、誠人!」
「ん?」
「なぜ、フォローに来ないんだっ!」
「なぜって言われても、単純に攻撃受けてないからだけど? それに今、時任の相手で忙しいし?」
「・・・・っ、これは攻撃だっ!!」
「違いますよ、愛の確認作業…でしょう?」
ぎゃあぁぁーーーー…っ!!
そう声に出して叫ばなかったのは、会長としてのメンツかっ、それとも恐怖のあまり声が出なかったのかっっ。
そのどちらにしろ、本気の橘は今、この場で松本を犯そうとしているっ。
しかしっ! そんな松本の元に白馬ではなく、相方の背中に乗った…、正確には背後に回り、相方の背中を踏み台にしてジャンプした王子様の蹴りが襲い来る強姦魔にさく裂した!
「うん…、まぁ、別にいいんだけどね」
自称美少年な王子様の馬は、ヒヒーンと鳴く代わりにそう呟く。
すると、ザシュッと見事な蹴りを決め、見事に着地した王子様は、まるで決めポーズのようにビシィィっと人差し指を強姦魔に向けた。
「そういうのは、いきなりじゃなくってっ、初めにチューって決まってんだろっ!」
えぇぇえぇぇーーーー…!?
王子様の発言に、皆のココロは一つになる。
なんっで、ツッコミどころがソコォォ…っっ!!!
しかし、例外だった王子様の馬は、そんなトコロも可愛いんだけどね…と一人で何か妙に納得しつつ、うんうんとうなづき、もう一つの例外だった強姦魔は、これはうかつでした…と一人で何か妙な反省をしていた。
「こりゃダメだわ」
終わりの見えないタッグマッチ…、もとい痴話喧嘩に執行部の紅一点、桂木が生ぬるい遠い目でそう呟き、観客席の生徒も教師も、それぞれ胸に抱く想いは同じなのか違うのかは不明だが遠い目になる。
あぁ…、どうなってしまうんだっ、我らが荒磯高校っ!
俺たちの未来はどっち…っ!?
しかし、そんな皆の想いを余所に、今まで完全に忘れ去られていたが、実はずっと痴話喧嘩を続けていた彼氏が、再びナイフを持って久保田に突撃してきたっ!
「やっぱり死ねぇぇぇ…っっ!!くぼたぁぁぁぁーー…っっ!!!」
やっぱりって、やっぱりってなんだぁぁぁぁ…っ!!!
襲い来るナイフっ、襲い来る彼氏っ!!
それを見ても久保田は変わらず、のほほんと突っ立っているっ。
だが、それを見た時任は、勢い良く走り出したっ。
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