ラブパニック.14




 『何がどうなったのかっっ、いきなり始まりましたっ、タッグマッチっ!!しかも、この荒磯高校の生徒会長対副会長という、前代未聞のこの状況ぉぉっ!!』
 『知る人ぞ、知る情報なんですが、松本会長は中学時代、執行部に所属。その時にコンビを組んでいたのが、久保田君だと…』
 『つまりっ、元コンビ復活…っという訳ですかっ!? それは楽しみな展開です! そして、勝負の行方も気になりますがっ、色々と飛び交っている噂の方も気になりますっ』
 『そうですねぇ、確かに気になりますが、俺はそれよりも元コンビに注目してます。バカップル対決に乱入したという事は、実は元コンビが元恋人とか…、シュチュエーション的にはそんな風にも見えますがどうなんでしょうか? 実際、久保田君が良く生徒会室に出入りしているらしいという情報も掴んでます』
 『おおっとっ、この戦いは新旧恋人入り乱れっ、予想外の展開の予感ーっっ!』

 ・・・・っていうより、血の雨降りそーーっ!!!

 グランドに響き渡る放送に、そんなツッコミを入れたのは相浦。
 ここ数日で幸か不幸か、ツッコミのタイミングに磨きがかかってきているっ。
 そして、放送を聞いた時任の不機嫌さも更に磨きがかかり、そのレベルは一直線にデッドゾーンに向かって進行中…っ! 特に良く生徒会室に出入りしている…という部分への反応は、震える拳と妙な笑みを浮かべた口元にあらわれていたっ。
 「あんの野郎っっっ、いっつもくだらねぇ用事で久保ちゃん呼びだしやがって…っ!! それに昔はどうかしんねーけどっ、今の相方は俺だっつーのっ!!」
 戦いを邪魔され、強引にタッグを組まされ、その鋭い視線は隣の橘に向かうと思いきや、目の前に立つ二人に向けられている。そう、実は久保田と松本が並んだ姿は、放送部が妙な事を言い出したくなるのもわかるほど、意外と似合っていたのだ。
 そのせいで本人達にそんな気はなくとも、今の相方と恋人の背後では嫉妬の炎がメラメラと燃え始めるっ。時任はいつも微笑みばかり浮かべ、本心を見せない橘が苦手だが、今、この瞬間だけはシンクロ率急上昇っっ。
 誰がてめぇなんかと組むかよ!と思っていたはずなのに、固く握りしめた拳が胸に渦巻く想いの行き場を求めていたっ。
 「・・・どうやら、やる気が出てきたようですね」
 「あぁ、なんか急に出てきたぜ」
 「なら、貴方は会長を攻撃してください。僕は久保田君を攻撃します」
 「・・・それで良いのかよ、お前。俺は相手が誰だろうと、手加減なんかしねぇぞ」
 「構いませんよ。そのつもりで申し出たタッグですから」
 「やっぱ、会長サマには攻撃はできねぇってか?」

 「いいえ・・・、恋人には攻撃できないだけですよ。たとえ、別れる事になっても…」

 小声で話す二人の会話は聞こえない。
 それくらいの距離を置いて正面に立つ松本は、普段から仲が良いとはとても言い難い二人が、ぼそぼそと話し合っているのを見て眉間に皺を寄せる。一見、不利に思えた橘と時任のタッグだが、二人が何らかの理由で意気投合したというのなら話は別だ。
 このままだとタッグマッチに負けて、橘と別れられないっ。
 それは困ると松本は相変わらず、のほほんとあくびをしている久保田に視線を向けた。
 「無駄を承知で聞いてみるが…、今の時点でやる気は何パーセントくらいある?」
 「…っていうか、あるように見える?」
 「だが、何か企んではいるのだろう? そうでなければ、おとなしく橘に時任を渡すはずがない。お前の場合、別にさっき時任のピンチに出遅れたのを気にして…という訳でもないだろうからな」
 「心外だなぁ。俺もニンゲンだし、たまにはショック受けたりするけど?」
 「たまには…、か」
 「そ、たまにはね」
 小声で話していた時任と橘の前で、今度は久保田と松本が小声で話す。すると、メラメラと燃える嫉妬の炎のゲージが上がり、橘の眼鏡がっ、時任の鋭い目がキラリと光ったっ。
 俺というものがありながら…っっ!!
 僕というものがありながら…っ!!
 二人のココロは異口同音っ!!
 何か必殺技でも出す勢いの二人の様子に、松本の額に汗が浮かぶ。だが、久保田の方は余裕の表情で、軽く右手を前に出すと人差し指で来なよ…と二人をあおり招いた。
 「こんの野郎ーーーっっ!!」
 「ふ…、この僕をあおるなんて、後で後悔しても知りませんよ」
 二人は同時に足を前に踏み出し、それぞれの標的に向かって拳を蹴りを繰り出す。
 しかし、久保田が橘の蹴りを受け止めたのは予想通りだが、まだ全力とは言えないまでも時任の拳を、松本が難なく受け止めたのは予想外だった。
 観客席からも放送席からも、意外な展開におおーっと叫ぶ。
 やはり中学といえど、並の人間では執行部は務まらないっ。
 拳を受け止めた松本は精神的に威圧するように、目を見開き驚いている時任に笑みを向ける。だが、時任はすぐに立ち直り、向けられた笑みに答えるようにニッと笑った。
 そして、松本の蹴りをひょいっとかわし、体制を整えるために背後に飛ぶ。すると、時任が口を開くよりも早く、松本の隣から声がした。

 「ウチの子なめてると、痛い目みるよ?」

 ウチの子。
 久保田にそう言われて時任は照れた顔で頬を赤くし、松本は苦笑する。
 前々から気づいてはいたが…というか、この荒磯の人間なら誰でも知っている事だが、久保田と時任はバカップル。逃げたりバイオレンスだったりしていても、どんな状況でもラブラブなのは変わらないっ。
 久保ちゃん…。
 時任・・・。
 …っと、戦いの最中にも関わらず、間近で熱く視線を交わす二人に、松本は自分達との違いを思いため息をついた。

 「まったく・・・、うらやましい限りだ」

 その呟きと共に繰り出した鋭い蹴りは、図らずも時任と久保田の間に走り、絡み合う視線を叩き切る。すると、同じタイミングで橘が久保田に向かって拳を叩き込み、続いて放たれた手刀が久保田の頬をわずかにかすめた。
 「僕を相手に、蹴りだけで通用するとは思わない事ですね。こう見えても僕は…、強いですよ」
 「忠告は痛み入るけど、嫉妬に狂った男相手に拳はもったいないっしょ?」
 「なら、その拳は誰に向かってなら振るうんです?」
 「それはもちろん、ヒ・ミ・ツ」
 そんな会話をしている間も、橘の攻撃は止まらない。
 橘が蹴りを拳を繰り出し、それを久保田は受け流し蹴りで応戦し…、
 だが、二人の呼吸は会話は淀みなく乱れもない。そして隙もないっ。
 しかし、横で同じように戦う松本の腹に、時任の拳が一発入るのを見た瞬間、強気だった橘の意識に乱れが生じた。すると、その隙をついて久保田が攻撃し、意図的かどうかは不明だが、松本が受けたのと同じ位置に蹴りが入った。
 「だから、拳なんて必要ないって言ったデショ」
 「・・・・・・っ!」
 タッグマッチを申し出た時から、覚悟はしていたつもりだった。
 しかしっ、実際に松本に攻撃をくわえられるのを見ていると、そちらに意識が奪われ久保田と戦うどころではないっ。目の前で恋人が殴られるのを黙って見ているなんて、やはり…、胸が心臓が痛い。とても見てはいられないっ。
 だが、バカップルと言われながらも、久保田にはそんな様子がまるでなかった。
 「公務で見慣れているとはいえ、良く平気でいられますね」
 「平気って何が?」
 とぼけているのか、それとも本当にわかっていないのか、久保田の返事に橘は微笑む。そして、時々、自分にわからない話をする自分の恋人と久保田の姿を脳裏に思い描き、らしくなく、顔に浮かべた美しい微笑みを嫉妬に歪めた。
 「周囲はバカップルなどと呼んでますが…、本当は周囲が言っているような感情を、貴方は時任君に対して抱いていないのではないですか?」
 「・・・・・さぁ?」
 「曖昧な返事をすると、図星…と取りますよ」
 「どうぞ、ご勝手に。おたくにどう思われようと、別に関係ないし」
 「本当につくづく…、貴方は嫌な男ですね」
 「それは同感」
 今の所、橘と久保田の戦いは互角っ。
 執行部の面々は知っているが、橘の強さは荒磯最強と言われるバカップル並だ。
 松本は時任相手に苦戦を強いられ、半ば勝負は見えてきたが、この二人の勝負の行方は未だ見えない。しかしっ、そんな戦いの中、久保田に向かって橘が蹴りを繰り出した瞬間、何者かが背後から攻撃してきた。

 「・・・・・・・・っ!」

 とっさに反撃しようとしたが、その攻撃が誰からのものであるのかを知ると振り上げた橘の拳が止まる。だが、攻撃してきた相手の方は止まらず、迷いのない一撃を橘に向かってお見舞いした。




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