ラブパニック.13




 
 「間一髪…、といったところですね。お怪我はありませんか?」


 時任を襲った彼氏のナイフ。
 それを止めたのは白馬に乗った王子様ではなく、副会長の橘。美しく麗しい微笑みを浮かべた橘の姿に、観客席はうっとりとしたため息に包まれる。
 さすが抱きたい男、不動のナンバーワンっ。
 ナイフを握った彼氏は、間近で微笑みを見てしまったがために、真っ赤な顔で魂を抜かれたように動きを止めたっ!
 「あ、あの…、橘さん…、俺っ」
 「お気持ちはわかりますが、ナイフを振り回すのは危険ですから止めてくださいね」
 「はっ、はい…っ!」
 「それと、後で事情聴衆を行いますから、生徒会室へ来てくださいますか?」
 「も、も、もちろん喜んで…っ!」
 生徒会室への誘いはデートではなく、今回の件について事情を聞き、場合によっては謹慎など処分を下すため。しかし、まるでデートに誘われているのかのような彼氏の様子に、自分の所業を棚に上げ、彼女の目がすわり始めるっ。
 まさに一触即発っ、いつ何が爆発するかわからないっっ!
 そんなグラウンドは、もはや橘の独壇場。
 さっきまで注目を浴びていた時任は橘にムカっとしつつ、胡散臭い微笑みに砂を吐き続け、ピンチに駆けつけようとした姿勢のまま止まっている執行部の面々は、同時に右手でツッコミを入れた。
 
 ・・・どっから出てきたっ、お前っっ!!!!

 さっきまで観客席にいたはずだが、どこから出たのか、どこに潜んでいたのかっ!
 恐るべし橘…、受け受けしい顔で、伊達に攻めじゃないっ。執行部の面々より、一番近くにいた久保田よりも早く駆けつけ、時任に襲いかかった彼氏を止めた橘は美しく妖しい微笑みを浮かべ続ける。
 しかし、誰もが橘に注目する中で、久保田だけは橘ではなく、さっきからキラリと何かが光っていた屋上を見上げていた。
 
 「・・・・なるほどね」

 久保田がそう呟くと、その視線を追って屋上を見上げた桂木が、アイツら死んだわねと眉間に人差し指を当てる。そんなバレバレの展開に気づいていない大塚は、王子様になりそこなってチクショウっと叫んでいた…が、出て行った所で、てめぇの仕業かっ!と問答無用で殴られるハメになるだけだという事に気づいていなかった。
 荒磯で悪事を見たら、大塚と思え。
 大塚を見たら110番ならぬ、910番っ!
 それが荒磯の常識かどうかは不明だが、恋の行方は波乱万丈。
 本当は単純明快な恋模様も噂が噂を呼び、一部を除いた荒磯の生徒、教師たちの目には複雑に見えていた。

 「ねぇねぇ、アレってもろ修羅場じゃない? 久保田君と橘さんって、実はさ…」
 「あー、知ってる。二人が相浦を取り合ってるってヤツでしょ?」
 「違う、違うっ。今は久保田と相浦が付き合ってて、久保田の方の元彼が橘さんだって話だよ。でも、実は別れたはずが続いてて…」
 「それってマジで? でも、じゃあ時任君と久保田君は? あの二人ってバカップルだし、付き合ってないとかあり得ないよ」
 「あー…、うーん、だからアレじゃない。この勝負って久保田君が勝ったら別れるとか、時任が勝ったら別れないとかって話じゃないの?」
 「じゃあ、相浦は二股かけられた上に、別れ話なわけ?」
 「えー…、かわいそう」

 ・・・じゃねぇよっっっ!!!!
 
 あらぬ噂で二股かけられた上に別れ話までされた相浦は、心の底からそう叫ぶっ!大体、久保田か時任を中心に相関図を作るとしたら、相浦から伸びる矢印のことごとくが執行部員だとか仲間だとか、そんな感じだ。
 皆が想像とか噂をしているような、爛れた関係とは無縁。
 それどころか今まで浮いた話一つないのにあんまりだ…っと嘆く相浦の横に、ある人物が立ち慰めるように軽く肩を叩く。しかし、相浦は元気が出るどころか、更に落ち込んでぐったりとした。
 「元気出せよ。今にお前にだって、彼氏の一人や二人…」
 「…って、三文字先生に言われたくないですよ! しかも、なんで彼氏ーっ!!」
 「いや、なんとなくなぁ…。お前、小さいし」
 「小さい言うなぁぁっっ!!」
 そんなこんなで外野がざわざわと騒いでいる中、グランウドの中心で彼氏と彼女、そして、久保田と時任ではなく…、久保田と橘が向かい合うっ。
 彼氏は橘に見惚れて、うっとりとしていた。
 彼女はそんな彼氏を見て、ムカケムカしていた。
 彼氏に見惚れられている橘は、久保田に優雅な微笑みを向けていた。
 橘に微笑みを向けられている久保田はあくびをしつつ、のほほんとしていた。そんな四人の真ん中で、時任はこめかみをピクピクさせ拳を固く握りしめていた。
 思いもよらぬ状況と緊張感に、実況をしていた放送部員はゴクリと唾を飲み込むっ。しかし、この緊張感と沈黙を破ったのは、この5人ではなかった。
 そして、成り行きを見守る執行部員でも、久保田に恋する保険医でもなかった。
 その人物は橘のように瞬間移動的にではなく、悠々とした速度で歩いてグラウンドの中央へと現れる。すると、中央の5人に集中していた視線が、現れた6人目に集中し始めた。
 しかし、それは現れた6人目に興味を引かれたというよりも、その存在感に視線を向けずにはいられなかったと言った方が正しい。
 重々しく、落ち着いていて、有無を言わせない圧倒的な存在感。
 そんな存在感を持つ人物は、荒磯の生徒や教師達の中に描かれた相関図には載っていなかった。

 ・・・・・まずい。
 
 そう呟いたのは誰の心の声だったのかは不明だが、これでこの一触即発の事態は回避され、収拾される。
 マイクを握りしめた放送部員も、生徒も教師も誰もがそう思った。
 あの桂木や他の執行部員でさえも、そう思っていた。
 だがしかし…っ!!
 中央で足を止めた人物は、事態を回避も収集もしなかった。
 


 「・・・・・・・・・別れよう」



 ぽつりと一言…、落とされた爆弾に誰もがぽかんとする。
 え? あれ? 今の聞き間違い?
 放送席も観客席にいる生徒も教師も、誰もがそう思った。
 彼氏も彼女も、久保田も時任も反応しなかった。
 そのため、落とされた爆弾は不発弾…のように見えたが、ただ一人っ、その爆弾の直撃をモロに受けた人物がいた!

 「冗談…、ですよね?」

 若干、震えた声でそう言ったのは、久保田の元彼…ではなく、副会長の橘。
 その顔からは微笑みが消え、顔色もすこぶる悪いっ。
 いつもの余裕はどこへやら、ふらふらと敬愛し、恋する彼氏の…、
 私立荒磯高等学校、生徒会会長、松本隆久の元へと歩み寄った。

 な…っっ、なんだとぉぉぉぉぉーーー…っっ!!!

 ショックを受けた橘が松本の元に歩み寄ると、辺りに絶叫が響き渡る。
 しかも、その絶叫は野太いっっ。抱きたい男ナンバーワンっ、麗しの副会長様を、ちょっと口では言えないオカズにしていた野郎どもの叫びは、鳥肌が立つほど野太かったっっ。
 「ま、まさかっっ、会長の特権を使って、副会長の橘さんを…っっ!」
 「うおーっっ、俺の橘さんがぁぁぁっ!!」
 「俺は信じないっっ、信じないぞぉぉぉっ!!」
 叫ぶ野郎どもは現実逃避を始め、叫ばれている橘も現実を認めたくない。
 確かに今日は二人の間に気まずい雰囲気が流れてはいたが、別れるとかそういうレベルではなかったはずだ。久保田と時任の件でも浮気はしていないし、口では色々と言ってはいたが、それも松本に嫉妬してもらいたいが故の男心というヤツだった。
 時任も睡眠薬で眠らせて、既成事実があったと装うつもりでいた。
 そんな事くらい松本は、言わなくてもわかっているはずだ。
 なのに…どうしてと詰め寄ると、松本は自分の肩に伸ばされた橘の手を叩き落とす。そして、もう一度、別れようと告げた。
 「冗談ではない、本気だ」
 「・・・・っ! だ、だったら、理由は何ですか?」
 「嫌になったんだ」
 「それは、僕が嫌いになったと…」
 「・・・・違う。今も俺はお前が好きだし、お前も俺が好きだという事は誰よりも良く知っているつもりだ。それにお前が攻めだという事を…、その…、誰よりも良く知っているのも俺だ」

 おいおいっ、結局ノロケかよっっ!!

 最後の部分でポッと頬を赤らめた松本に、時任は攻めってっ、攻めってなんだっっと久保田の襟を両手で掴みガクガクと振り、二人の真実を知る人間は心の中で激しくツッコミを入れるっ。そして、叫ぶ男達の中で、橘が攻めだという事実は見事にスルーされたっ。
 「前から思ってたけど、攻めってマジで何なんだっ!?」
 「うーん…、そんなに知りたいなら、実地で教えてあげてもいいけど?」
 「えっ、マジで教えてくれんの? なら、今すぐ教えろっ」
 「最初っから公開プレイ希望なんて、時任クンってば大胆・・・・」

 「…って、グラウンドの真ん中で、いきなり課外授業初めてんじゃないわよっ!! このバカップルがっっ!!!」

 グラウンドで課外授業を始めようとした教師ではなく、純粋な瞳をキラキラさせた生徒の頭に桂木の白いハリセンがさく裂する。しかし、そんなバカップルの横で、いきなりのシリアス展開を見せている会長と副会長が別れ話をこじらせていた。
 「理由を言っても、お前にはわからない」
 「そんなの、言ってみなくてはわからないでしょう?」
 「いいや、わかる…。お前にはわからない」
 「会長…っ」
 「別れてくれ」
 「嫌です…、死んでも別れません」
 「・・・・・・」

 別れてくれ、別れません…、別れてくれ、別れませんっ!

 一向に埒が明かない別れ話、その別れ話を律儀に実況し続ける放送席。
 うおーっ、嘘だぁぁぁっと絶叫が響き続ける観客席。そして、攻めに悩み続ける生徒と、そんな純粋な生徒に課外授業をしたいエロ教師。
 そんな混乱の中、彼女はとうとう彼氏の頬を爪でひっかいたっ。
 「私だって、アンタみたいなホモ野郎とは別れてやるっ!!」
 「こっちだってっ、お前みたいな尻軽とは別れてやるっっ!!」
 「なんですってぇぇぇっ!」
 「何だとぉぉぉ…っ!!」
 別れ話2件…、エロ話1件発生。
 こんな状況に陥ったグラウンドは収拾がつかない…、つくはずがないっ!!
 どうすればいいんだぁぁぁ…っ!!!!!
 …っと叫んだのは、ジャッジの室田なのか、それとも苦労性の相浦なのか。
 このままでは修羅場と濡れ場が発生し、いろんな意味で20禁になりかねないっ!
 そんな危険な状況の中、別れ話で追い詰められた橘によって、さらなる爆弾がグラウンドに投下されたっ!!
 「こうなったら…、せっかく舞台が整ってますから、そこの二人と会長と僕でタッグマッチをしませんか? 僕が勝ったら、別れたい理由を教えてもらいます。もしも…、貴方が勝ったら、何も聞かずに別れて差し上げますよ」
 「…って、何勝手なコト言ってやがんだっ!」
 「お前がそう言うなら、俺はそれでも構わんが…、タッグはどちらと組む?」
 「おいっ、無視かよっっ!」
 「貴方は…、久保田君と組みたいのでしょう? 良いですよ、僕は時任君と組みますから」

 「だーかーらっ、勝手に決めんなってっっ!」

 時任の叫びもむなしく、久保田対時任のはずが、久保田&松本対時任&橘となり、のほほんとした調子の久保田は松本に腕を引かれ、暴れる時任も橘に強引に腕を引かれる。
 こうして、元の相方の状態に戻りかけていた執行部の最強コンビは、生徒会の主従コンビによってロミオとジュリエットよろしく引き離され…、
 
 再び、戦いの火蓋は切って落とされた。
 



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