ラブパニック.12
『おおっと…っ! 時任の回し蹴りを久保田が間一髪っ、絶妙なタイミングでかわしたぁぁぁっ!! しかしっっ、時任はショックを受けるどころか不敵に笑ってるっっ!!これは余裕の笑みなのかっ、それとも弱気な表情を見せたくないだけの強がりなのかっ?!』
『今は時任が優勢で久保田が防戦一方ですが、未だ直撃を受けていないせいか、攻撃はあまり効いていないようですねぇ…』
『その久保田ですが、攻撃をしかける時は蹴りのみ。攻撃を受ける時は、時折、腕を使っているようですが、何か理由があるんでしょうか?』
『ウワサによると久保田に公務を執行された生徒は蹴りで、しかもほとんど一撃で倒されているらしいんですよ』
『なるほど、回数は少ないとはいえ、その蹴りをかわし続けている時任はやはり最強と名高いコンビの片割れと…』
『しかし、久保田の蹴りについては、私にもわかりません。意外と腕力が無いから蹴りなのか、それとも最終兵器なのか…』
『あ…っと! そんな話をしている間にも、時任の猛攻は続いておりますっ!そして、やはり久保田は防戦一方…っ。隙をついて鋭い蹴りを繰り出すが…っ、やはりかわされたぁぁ!』
バカップル対決っ!告白するのはどっちだ?!の実況を努める放送部員の調子は絶好調。そして、放送部員に実況されている時任と久保田も絶好調だった。
そのせいか二人とも、お互い勝負の決め手となる一撃を入れられない。
勝負の判定は膝を地面についた方が負けという単純なものだが、勝敗の方は簡単につくとは思えなかった。しかも、時任も久保田も小細工も無しで、正々堂々と正面からやりあっているとなればなおさらだ。
救護用テントで控えている五十嵐がドクターストップをかければ、二人の勝負は強制的に終了し、判定は松原と室田に委ねられるが、それでは本来の勝負の意味を忘れ切っている時任が納得しないだろう。始める前に文句を言っていた放送の実況も、観客の声援も野次も、本来目立つことが大好きな時任の調子を上げる要因にしかならなかった。
そんな時任の相手をしている久保田をじーっと眺めていた桂木は、やっぱり戦う前から決まってるのかしらねぇと呟く。すると、隣の相浦が顎に手を当て、うーんと唸った。
「実はずっと、何となーく思ってたんだけどさ。時任が逃げてる理由…、ホントは最初っから知ってるんじゃないか? 久保田のヤツ」
相浦の呟きを聞きつつも、桂木は黙ったまま答えない。
その沈黙は否定なのか肯定なのか、相浦は悩みつつ再び唸ったが、当事者である二人は悩みなどなさそうな顔で楽しそうに戦っていた。
とても楽しそうで、もはや放送も観客席のざわめきも二人の耳に入っていないに違いない。まさにそこは二人のだけの世界っ、二人だけの空間っっ。
戦っているはずなのに、あまい、あっまーい空気が流れ始めっ、
そんな二人の背後には夕日や海や、花畑の幻覚が見え始めるっっ。
人々の口からは砂が漏れ始め、その感染力は光速っ!被害は甚大っ!
このままでは、荒磯の全校生徒、教師に至るまでが砂を吐きかねないっっ!
そんな荒磯の危機に白いハリセンを持った正義の味方が立ち上がりかけたが、その前に立ち上がった勇気ある勇者…ではなく、欲望に燃えるヘンタイがいた。
「・・・くそっっ、あのヘンタイ野郎っ! さっきから、チラチラとやらしい目で見やがってっ!」
久保田に向かってヘンタイはそう叫んだが、居るのは放送席や観客席ではなく屋上。
復活したお友達と群れてはいても、さすが子ウサギの心臓…、こんな場所からでは拳どころか声も届かない。これでは、負け犬の遠吠え以前の問題だ。
しかも、さっきから双眼鏡で戦う時任の腹チラを視姦している。
そして、そんなヘンタイの姿をお友達が、少し離れた場所から生温かい目で見ていた。
「・・・・なぁ、石橋」
「なんだ、笹原」
「お前…、時任の腹チラで鼻血出るか?」
「いや、出ない」
「じゃあ、あそこで鼻血出してるヤツは…、なんだと思う?」
「・・・・ヘンタイ、いや変質者だな」
さすが幼稚園からの長い付き合いだけあって、時任に恋しても、鼻血を見てもお友達の笹原と石橋は冷静だ。ツッコミも入れずに生温かい目で見守る様は、まさに悪友っ。
大塚の悪事も暴走も、協力はしても止めた試しがない。
そんな素敵な友情に涙は出ないが、口元にニヤリと笑みは浮かぶっ。
大塚は双眼鏡で女子生徒が一人、戦う二人に向かって近づくのを確認すると、ふははははといきなり笑い始めた。
「久保田のヘンタイ野郎めっ!!二度と腹チラが見れないように、今から地獄へ送ってやるっ!」
「・・・て、言うのはタダだけどよ。どうやって地獄へ送る気だ?」
「まぁ、見てろよ笹原、石橋も…。今からすんげぇ楽しいコトになるぜ」
「へぇ…」
「マジで?」
笹原も石橋も、時任の腹チラには興味がない。
だが、久保田が地獄送りになるのは見てみたい。どこから持ってきたのか、大塚が双眼鏡を手渡すと二人は大塚と並んで、これから地獄と化すグラウンドを眺めた。
すると、さっき大塚が見ていた女子生徒が二人の視界に映る。そして、グラウンドで戦っていた二人も、突然、間に割って入った女子生徒に気づき拳と蹴りをピタリと止めた。
『おおっと…、ここで突然の女子乱入ーーっ!』
『彼女はどうやら三年生のようですが、一体どうしたんでしょうか?』
『さぁ、私にもわかりませんが、時任、久保田、どちらかの知り合いかもしれません。戦いは一時中断されてしまった模様っ』
『おや…、間に入って、時任に背を向けたという事は…』
『どうやら、彼女が用があるのは時任ではなく、久保田のようです!』
グラウンドに満ちた甘い空気を切り裂くように、乱入した一人の女子生徒。甘い空気に汚染され砂を吐きかけていた生徒達も、久保田と向かい合う彼女に注目するっ。
告白をかけて戦うバカップルの間に乱入した、一人の女。
彼女は救世主なのか…、それとも…っ!!
憶測が憶測を呼びっ、高まる緊張に誰もがゴクリと息を飲むっ。
すると、そのタイミングを待っていたかのように、彼女が色っぽく瞳を潤ませながら、目の前の久保田に向かって告白した。
「久保田君…。実は私のお腹には、貴方の子供がいるの」
予想もしていなかった、涙ながらの彼女の告白っ。
それを実況放送で聞いた教師、生徒達に動揺とざわめきが走るっ。
しかしっ、そのざわめきと動揺…、そして彼女の告白は、その場に居た誰よりも冷静な人物によって一刀両断にされた。
「それは無い」
えぇぇぇーーーーっ!!!
『まさかの時任による速攻っ、完全否定だぁぁぁっ!!』
時任の発言に観客席と放送席っ、両方から叫び声があがるっ。
何でだっ、何でなんだーっっ!!
特に昨日のカフェで浮気者と叫ぶのを見ていた生徒達は絶叫するっ。
しかしっ、自分の方を振り返った久保田の子供を身ごもったという女子生徒に向かって、時任はうんうんとうなづきつつ、それを自信たっぷりに否定した。
「おはようからおやすみまで、俺の暮らしを365日欠かさず見守ってる久保ちゃんに、そんな余裕も暇もあるワケねぇじゃんっ、なぁ?」
「だぁねぇ」
「俺ら相方だしっ」
「そうそ、俺ら相方だしね」
…ってっ、いやいや待て待てっ、それは相方じゃなくてストーカーだろっ!
時任のセリフに絶妙なタイミングで、そうツッコんだのは相浦。
白いハリセンをすさまじい握力で握りしめつつ、こめかみをピクピクさせ、うふふふ…と不気味に笑っているのは桂木。
そして、怒りに身を震わせたのは、彼女の彼氏っ!
時任が信じなかった嘘を間に受けた彼氏は、物凄い勢いで久保田に突撃するっ!しかもっ、いつの間にどこで手に入れたのか、手にはナイフが握られていたっ。
「死ねぇぇぇっっ、くぼたあぁぁぁぁーーっっ!!!」
久保田に迫るナイフっ!
それを屋上から見て、ガッツポーズを決める大塚っ。
大塚は彼女に金を握らせた上に、彼氏にそっと偽情報を耳打ちしていた。
らしくない二段構えの作戦に、笹原と石橋がおー…と声を上げるっ。
どうやら、恋は大塚に、いつも以上に姑息な悪事を思いつかせたらしい。
そんな大塚に笹原と石橋が、やるじゃねぇかと拍手を送った。
しかしっっ、そこは大塚っ、やろうとする事が思い通りに運ぶはずがないっ。
彼氏のナイフに驚いた彼女が、思わず目の前の久保田に抱きつき、久保田に向くはずのナイフの先が時任へと向けられたっ!
「そっちがその気ならっ、こっちだって奪ってやるまでだ…っっ!!!」
久保田の前には彼女が障害となって立ちはだかり、時任は身構えているが丸腰。感情的になってはいるが、彼氏のナイフの切り返しの速度は早く、その狙いは正確だった。
一撃目は避けられても、ニ撃目、三撃目と加えられればわからない。時任は多少の怪我は覚悟の上で、一撃目を避けた後、隙をついて右手のナイフを奪うか腕を拘束する事に決めた。
「んなワケねぇっ、つってんだろっ!!この野郎…っっ!!」
迫りくるナイフを避け、相手がバランスを崩した隙に時任はナイフを握る手を狙うっ。だがしかしっ、逆に相手は時任が右手を狙う隙を突き、左手に隠し持っていた二本目のナイフを握りしめていたっ!
死角から襲い来る二本目のナイフっ!
久保田は自分にしがみ付く彼女の腕を振りほどき、叫んだが間に合わないっっ!!
だがっ、斜めに切るように走ったはずのナイフは、時任の皮膚を切る直前、いきなり現れた何者かの手によって阻まれた。
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