ラブパニック.10





 ・・・・・・らしくない事をしてしまった。

 
 最近、出来たというオープンカフェで紅茶を飲みながら、そう心の中で呟いたのはタヌキ…ではなく、荒磯高校生徒会長の松本。そして、松本は生徒会長であるだけではなく、つい 1時間ほど前に行われたバカップル会議の議長でもあった。
 バカップル会議とは、現在進行形で追いかけっこという名の破壊行為と、片想いという名の公害を振り撒きつつ爆進中の二人を止めるための対策会議…。もとい、いつもラブラブラブラブしやがって何が片想いだっ!いい加減にしやがれぇぇ…っ!!会議である。
 その結果、この件については、副会長である橘に一任されることになった。
 そして、橘は抱きたい男ナンバーワンの実力を遺憾なく発揮し、クラスで逃走中の黒猫の前の席に座っているという理由で遠藤を誘惑っ。誘惑された遠藤は、攻めなのに受け受けしい橘の潤んだ瞳に負け、黒猫を指定の場所へ連れて行く事を約束した…。
 が…、しかしっ!!この計画は思わぬ伏兵。
 嫉妬した、橘いわく、可愛い恋人によって阻止されてしまったのだった!

 「・・・・・・今の所、前方、後方、他にも眼鏡の気配ナシ」
 「って、さっきから何ブツブツ言ってんだ? 松本」
 「あぁ、眼鏡キャラの危険性について…、ちょっとな」
 「はぁ?」

 橘の色気に迷った遠藤から、会長権限で黒猫を奪取っ。
 しかし、その黒猫と密室で二人きりになるのは、あまりにも危険だ。
 あらぬ疑いをかけられた上に、地獄の番犬に抹殺されてしまうっ。
 そのため、視界が開けていて人の目も多く、比較的危険の少ないオープンカフェという場所を選んだのだが…、失敗だったかもしれない。用事があると引き止めた松本に、ちょうど良かったっ、ちょっち聞きたいコトが…っと、なぜか少し頬を赤らめつつ言った時任に、さっきから嫌な予感ばかりがしてならなかった。
 今も少し頬が赤い時任を見ていると、イヤーな、イヤーな予感しかしないっ。
 そんな松本の脳裏を過ぎるのは、校内に広まっている橘と久保田が、相浦を取り合って争っているという事実無根のウワサだったっ。しかも、そのウワサは今も素晴らしい広がりをみせていて、今いるカフェでも荒磯の女子生徒達が興味深々といった様子で話していた。
 「ねぇ、聞いた聞いた? 三年の相浦のウワサっ」
 「あっ、そのウワサならアタシも知ってる! アレでしょっ、音楽準備室で相浦が副会長と相浦がヤってる所に、久保田君が来てっ」
 「そうそう修羅場かと思いきやっ、実は久保田君も副会長とそういう関係でさっ」
 「・・・え、もしかして3P?」

 …って、そんなワケあるかぁぁぁーーーっっっ!!!!

 確実に着実に進化しているウワサに、松本が心の中でツッコミを入れるっ。女子生徒の話の状況をうっかり想像してしまったために、松本の腕には鳥肌まで立っていたっ。
 あ、あの攻め攻めしい橘が相浦の下で…とか、・・・とかっ、
 その上っっ、誠人まで来て、さ、三人でとか…っっ、
 そんなサンド…じゃなくてっ! そんなハレンチな事があってたまるかっっ!!!
 そう一人、心の中でツッコミ叫ぶ松本の前で、おごってもらったミルフィーユを食べるのに夢中になっている時任は、少しもウワサ話など耳に入っていないし、何も気づいていないっ。だが、松本もウワサ話には気づいていたが、ハレンチな話を聞いたせいで自分の頬まで赤くなってしまっている事には気づいていなかったっ。

 「…で、き、聞いて欲しい事というのは何だ?」

 脳内のハレンチ画像の三人の目の位置に、犯人じみた黒線を入れつつ、この場から早く逃げたい一心で、松本は少しどもりながらも時任に向かってそう言う。すると、時任は少し赤かった頬を更に赤くしながら、あ…とか、う…とか言いつつモジモジし始める。
 その様子は文句ナシに確かに可愛かったが・・・、実はそれが問題だった。
 本人達にその気はなくとも、今の二人の様子はどう見てもあやしいっ。
 赤い顔でじっと見つめ合う、その様子はまるで告白寸前…っ!
 ぼそぼそと喋る時任の声は近くに居ても聞こえづらく、それが更に二人のアヤシさに拍車をかけていた。
 「あのさ、額にって…、どういう時にするんだ…? 外国とかだと家族とか友達とか、そういうのでアリみてぇだし」
 「…と言われても、今の話では何の事だかわからない。家族とか友達とか、どういう時かは置いておいて、額に…とは何をだ?」
 「だ、だから…、アレ、だよ」
 「あれ?」
 「き、き、き…、キスだよっ」
 「・・・・・・・は?」
 「だーかーらっ、べ、べつに付き合ってるとかじゃなくて、そういう好きとかじゃなくて額にキスって、どういう意味なのかって…っ」
 「額にキスって、誰が誰に? どこでだ?」

 「く、く、久保ちゃんが保健室で・・・・・・・、寝てる俺に」

 時任の答えを聞いた松本が、紅茶のカップに口をつけたまま固まる。
 そういう好きじゃなくて、額にキス。
 しかも、寝込み。
 カップを持ったままの手が、その事実に小さく揺れ始める。
 そう、もしもこの場に桂木が居たら、イチゴ牛乳でも盛大に噴出しつつ、思いのままに叫んでくれただろうっ。しかしっ、荒磯高校のすべての生徒を束ねる生徒会長であり、プライドがエベレストである松本は、紅茶を噴出したいのをぐぐっと耐えるっ。
 だが、心の中ではやはり叫ばずにはいられなかったっっ。
 
 このっ、ヘタレ眼鏡ーーー…っ!!!!!

 松本が心の中で盛大に叫び終えると桂木、そして相浦達、執行部の面々が、うんうんうんうん・・・と何度も何度もうなづいてくれた気がしたっ。
 普通っっ、そのシュチュエーションは唇だろうっっ! 
 告白もせず、寝込みを襲った上に額なんて…っ!
 なんてっ、中途半端な事をするんだ…っっ!!
 本当にまったくもって残念でならないっっ。
 ここでっっ、ここであのヘタレが唇にキスさえしていれば…っ!
 なぜだろうっ、破壊と公害に悩まされているとはいえ、所詮は他人の恋愛事であるのに、ギリギリと歯軋りしたいほど、額にキスが残念でならないっ。松本はそう思いつつ手の震えを何とか収めながら、そんな自分を未だ赤い頬のまま、不思議なそうに見つめる時任を見つめ返した。
 「・・・・・時任」
 「ま、松本?」
 何か言おうと話しかけてはみたものの、実は何と言えば良いのかわからない。された時任から聞かれているのだから、額にキスしたのは好きだからだと言ってしまえばいいのかもしれないが、果たして本当に恋愛感情からしたのか。
 あんなあらかさまな態度を取っていようとも、誰も久保田の口から恋愛感情で時任を好きだとは聞いていなかった。そのため、ここでうかつな事を言ってしまったら、後で時任を傷つけることにもなりかねない。
 あれだけ、毎日イチャイチャイチャイチャしながらも、平然と相方だから…とか言ってしまいそうな所のある、のほほんとした顔を思い浮かべた松本は真剣な表情になった。それに合わせて見ていた時任も真剣な表情になり、周囲の視線が二人に横顔に突き刺さるっ。
 告白か…、はたまた修羅場か…っ!
 明日、学校に行くのが楽しみになりそうな事態に、未だ二人は気づいていない。
 そしてっ、ある人物の叫び声によって、更に事態は悪化する。突然、デジカメ片手に現われた子ウサギの心臓を持つ男、大塚は、背後に番犬とオオカミを引き連れていたっ。

 「うわぁぁぁー…っっ、来るなぁぁぁ…っっ!!!」
 「…って、言われても、ねぇ?」
 「えぇ、逃げると追いたくなるのが…、人情というものですよ」

 追われる子ウサギと、それを追うオオカミと犬っ。
 お茶会をしていた黒猫とタヌキは、その珍しい光景に目を奪われる。
 執行部をしている久保田はまだしも、橘が体育以外で走っている姿は珍しい。しかも、平然と話しているように聞こえるが、二人ともらしくなく息があがっていた。
 その様子を見た時任と松本の視線は鋭くなり、大塚が持っているデジカメを見た瞬間、同時にキラリと光る。そして、次に松本が紅茶を混ぜるために使った自分のスプーンと、時任が使っていたケーキ用のフォークを久保田と橘に向かって投げ、二人がそれに気を取られた隙に時任が大塚に回し蹴りを食らわせ、持っていたデジカメを奪ったっ。

 「・・・・・や、やった…っ!」

 回し蹴りを食らいつつ、そう呟き倒れる大塚。
 しまった!とばかりにらしくなく、慌てた様子で時任が見ようとしているデジカメに手を伸ばす久保田。そして、過激な行為に及ぼうとしていたに違いない橘を松本が睨み、睨む松本を見た橘はなぜかうれしそうに微笑み返す。
 ようやく、鈴木家(仮)から三人に追いついた桂木が見たのは、そんな光景だった。
 さっきまで告白寸前だったがっ、今はまさに修羅場寸前!
 これから起きる事態を考え、トレードマークの白いハリセンを構える。だが、次にあたりに響いた叫び声を聞いた瞬間、桂木の手からポトリ…とハリセンが落ちた。

 「・・・・・っっ、こんのっ、浮気者ぉぉぉぉっ!!!!」

 バシィィィィ――――……ンっっ!!!
 
 ・・・・・・・付き合ってもいないのに、浮気発覚っ!!!!!
 素敵な状況に、桂木は落ちたハリセンを拾いもせずに頭を抱えたっっ。
 あぁぁぁぁあぁぁぁ…っっ、もうイヤぁぁぁぁっっっ!!!!!
 こいつらっ、なんなのっっ!!?
 なんなのよーー…っっ!!!
 そんな桂木の心の叫びを聞いていたのかいないのか、桂木にケータイで呼ばれてやってきた相浦が慰めるように肩をポンポンと叩く。
 そして、目の前で派手に繰り広げられている犬どころか、マングースだって食わない痴話喧嘩を、生ぬるい笑みを浮かべながら見守った。
 「あの…、時任クン…」
 「・・・・・・・・」
 「もしもーし」
 「・・・・・・」
 「あれ、もしかして時任クン…、焼いてる?」
 「・・・・・・・・っ!」

 ・・・・・・ドカバキっっっ!!

 あんなに逃げ回っていた時任だが、今は久保田の前にいても平気らしい。
 だが、そんな二人の関係は、うれしはずかし初恋モードから、ドメスティックラブモードに移行っ!付き合ってもいないのに浮気に突っ込まない久保田と、その事実にまったく気づいていない時任はイチャイチャとはしていないが…、何か見てはいけないものを見ているような気分にさせるっっ。
 改めてハリセンを構え直した桂木は、この事態を打破すべく気合一線っ!!!!
 久保田と時任・・・ではなく、帰宅途中に騒ぎを聞きつけてやってきた藤原の頭に白いハリセンを振り下ろした。

 「今、ようやく悟ったわ…っ、恋愛はまさに格闘技っ!こうなったら、二人で勝負よっ! 負けた方が相手に隠している事を洗いざらい告白するっっ、それで文句ないわねっ!」

 藤原の叫び声を聞きながら、そう言った桂木は名案っとばかりにうんうんとうなづく。しかし、そんな桂木の案を聞いた時任と久保田は、相方らしく同時にえーー…っと不満の声を漏らした。
 恋愛は格闘技ってナニ?
 そんなんワケわかんねぇっていうか、誰もわかんねぇよっっ!!!
 そんな二人の声を聞いた桂木は、こめかみをピクピクさせながら握りしめていたハリセンを真っ二つにする。そして、この戦いに二人が参加せざるを得なくなる、決定的なひと言を口にした。
 「・・・もしも拒否したら、相浦とチューさせるわよ」
 「ちょっ、そこで何で俺ぇぇぇぇぇ…っ!!!!」
 「うう…、なら仕方ないか」
 「だぁねぇ」
 「…って、ちゅ、チューされても困るけどっ、納得されても複雑なのはなんでだぁぁーっ!」
 「さぁ、思春期だからじゃないの?」

 「うわーーんっっ、次郎ーーっ!!」

 かくして、二人の恋の行方は、明日、行われる戦いの結果に託される。
 だが、戦いに負けた二人が素直に心の内を告白するのかどうか…、
 それはやはり…、今の時点では神のみぞ知るといった所なのかもしれなかった。



 
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