くぼずきん5
部屋にある不自然な継ぎ目は、なんだか地下室かなんかでもあるような感じだったが、取っ手も何もついていないので、普通には開けられないようである。
くぼずきんがどうしようかなぁと思っていると、時任がらしくなく怯えたような顔をして後ろに一歩下がった。
「なんかヤな感じする。早く出ようぜ、久保ちゃん。この部屋何もないから用事ないだろ?」
「まあ、そうだけどね」
時任が嫌がっているのに、あえてここにいる理由はないので、くぼずきんは時任とともに部屋を出た。だが、なぜかあの継ぎ目が気になってならない。
そう、埋もれてしまった記憶の片隅で、誰かが知っていると言ってる。
さっきまではしゃいでいたのが嘘のように静かになってしまった時任と、何かを考え事をしながら歩いているくぼずきんは、それから少しして念願の台所と食糧庫を発見したのだった。
食糧は山の中ということもあって、橘がいつも買いだめしているため、当分、食糧に困らないだけの貯蔵がある。ちゃんとカレーの材料もそろっていた。
「今日はカレーだなっ」
「そっ、カレーなの」
くぼずきんがカレーを作っている間、時任はわくわくした感じでくぼずきんの周りをうろうろしていた。ただし、少しも手伝おうとはしていなかったが・・・。
台所がカレーのいい匂いで充満した頃、カレーは完成した。
「それじゃあ、いただきますっ」
「はい、どうぞ」
カレーは普通においしいカレーだった。
時任は満足しながらカレーをパクつき、くぼずきんはそれを微笑みながら見守っている。くぼずきんがあまり時任のことを見つめているので、時任は時々くぼずきんを見ては、
「なに見てんだよっ」
と怒鳴っていたが、くぼずきんには少しも効果がなく、食べている間中時任のことを見つめていた。
「俺ってやっぱそんなに珍しい?」
時任が今までのことを思い出たみたいに、ちょっと悲しそうな感じでそう尋ねると、くぼずきんは手を伸ばして時任の頭を撫でた。
「うん、こんなにカワイイ子はそうそういないデショ?」
くぼずきんがそう言うと、時任はムッとした顔で、
「俺様はかわいいんじゃなくて、カッコいいのっ!」
と胸を張った。耳もピーンと張っている。
本人はそう言うが、どこから見てもやはり可愛かった。
二人は楽しく夕食を済ませた後、今日泊る部屋を探しに再び屋敷内を歩き始めた。
安全を考えると一階で眠るのは危険なので、二階か三階ということになる。
しかし、ここは魔獣の森。二階でも危ない気がしたので、二人は三階で部屋を物色することにした。
三階には橘の部屋もあるからそこに泊ればいいのかもしれないが、部屋の主が主なのでなんとなく泊りたくないような気もする。
そんな感じで廊下を歩いていると、突然、一つのドアがギィと音を立てて開いた。
誰かが開けたというよりも、風で開いたような感じの開き方だったが、その開いたドアというのが問題なのである。
「く、くぼちゃん、あのドアってさ」
時任が無意識の内にくぼずきんの袖口を掴む。
くぼずきんはその手を振り解いたりしないで、
「人の気配はしないから、大丈夫。一緒においで」
と、恐がってる時任に優しく声をかけた。
開いたドアは、さっき調べて回った時には閉まっていたドア。
開かずの部屋だった場所である。
風なんかで開かないことは、試してみて知っている。
半分だけ開いたドアをくぼずきんが開けると、外からの少し強い風がくぼずきんと時任の髪を撫でた。
「窓、開いてるね?」
「ここ、三階じゃんかっ。誰が窓とか開けんだよ」
「さてねぇ」
部屋の中はいたってシンプルで、机とベッドと本棚があるだけだった。
くぼずきんは机に歩みよると、その表面を軽く指で触った。
「どうかしたのか?」
なくとなく様子の違うくぼずきんに時任が心配そうに声をかけると、くぼずきんは小さく頭を振った。
「なんでもないよ。ただ昔ここが俺の部屋だったなぁって、それだけ」
「久保ちゃんの部屋?」
「うん、いたのはちょっとだけだったケドね」
「ふーん」
別に懐かしいとかそういう感情は湧かないが、曖昧な記憶だけが少し蘇る。
くぼずきんが、自分がかつて使っていたベッドの方に目をやると、そこには一通の白い封筒が載っていた。
どうやら手紙らしい。
「なんだそれ?」
「ん〜、俺あての手紙みたいだけど」
「久保ちゃん、ココに来たばっかじゃん」
「そおだねぇ」
くぼずきんが無造作に封を開くと、そこからは一通の便箋が出てきた。
模様のない白い一枚の紙。
そこにはごく短い文書が書かれていた。
久しぶりだね、くぼずきん君。
実家に帰った気分はどうかな?
今度久しぶりに会いに行くので、楽しみに待っていたまえ。
真 田
「ふーん、なるほどねぇ」
「この真田って誰なんだ?知り合いなのか?」
「まあ、一応」
「コイツ、ここに来んの?」
「来ないといいなぁ」
くぼずきんの呟きに、時任も力一杯うなづいた。
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