くぼずきん6




 ふかふかの布団と毛布。
 時任はそんなものとはあまり縁のない生活をしていた。
 だから、寝場所としてくぼずきんの部屋をもらった時、時任は思いっきりベッドへ飛び込んだ。あまり派手に飛び込んだので、スプリングがキシキシいっている。
 「おとなしく寝なさいね」
 「わぁってるって!」
 時任はとても楽しそうにしているが、くぼずきんは何か考え込んでいるようだった。
 実は、夜遅くになって松本が橘を伴ってこの屋敷を訪ねてきたのである。
 『ここ数日の間に、森に入っていった人間がいる。しかも、一人や二人ではないそうだ。興味本位で入っていく人間がいることはいるが、どうもそういった類の人間ではないらしい』
 『ふーん、何か目的があるってコト?』
 『そう考えた方がいいだろうな。昔はどうかは知らないが、魔獣の森の存在は今では珍しいものではない。魔獣たちは森以外にも生息しているからな』
 『飼われてるの間違いでしょ』
 『・・・・なんにしろ。この森で、近々何か起こる。不本意だろうが、お前がここにいることが知られたのかもしれん。どうするつもりだ、誠人』
 『相手の出方次第だなぁ。今はここを離れるつもりないしね』
 そう言ったくぼずきんの視線は、時任に注がれていた。
 『ああ、あの子のことか』
 くぼずきんの視線に気づいた松本は、少し驚いたような表情をしてから、ムッとした顔で橘となにやら話している時任を見た。
 『ワイルド・キャットは今では世界に数匹っていう珍種だからな。飼うつもりなのか?』
 『飼わないよ』
 『誠人?』
 『一緒に暮らすだけだから』
 『・・・・・そうか』
 くぼずきんと松本は一つの家に住んではいたが、同居というのとは少し違っていた。
 お互いのことにけして干渉しないのが暗黙のルールだったので、距離は同じアパートに住む住人といった程度のものなのである。
 『おせっかいだとは思ったが、お前の荷物を運んできてやった』
 『サンキュー、松本』
 『どういたしまして』
 親子というのは冗談だが、二人が同じ家に住んでいた理由は、実はくぼずきんが自分の家を捜すのが面倒だからというだけなのであった。
 確かに、こんな田舎で家を探すのは難しくはあるのだが…。
 「まっ、なるようになるでしょ」
 楽しそうな時任を目を細めて見ながら、くぼずきんはそう呟いた。
 もし、松本の言っていた森に入った連中が真田の手のモノだとすると、ことはそう単純ではない。真田の背後にある組織も動いているのだ。
 さっきから黙っているくぼずきんを不審に思った時任が首をかしげている。
 「なんかあったのか?」
 「ん〜? なんでもないよ」
 なんでもないと微笑んだくぼずきんに接近すると、時任はくぼずきんの頬に手を当てた。
 「ウソばっかっ。なんでもねぇって顔じゃねぇもん」
 「そう?」
 「そうなのっ」
 本当はくぼずきんの表情は普段とあまり変わりがない。
 だが、なぜか時任にはくぼずきんのことが不思議とわかるらしかった。
 「俺がいんのに一人で悩んでんなよっ、ムカツクじゃんかっ!」
 そう言う時任の言葉に、くぼずきんは返事を返すかわりに時任の身体を抱きしめた。
 柔らかい感触が気持ちいい。
 なんとなく日向の匂いがした。
 「く、くぼちゃん・・・」
 「こうされるのイヤ?」
 「イヤじゃないけどさ」
 「だったらこうしててくれる?」
 「…うん」
 今日会ったばかりなのに、懐かしい感じがする。
 不思議な感覚にとらわれながら、くぼずきんは時任を抱きしめ、時任はくぼずきんを抱きしめていた。
 「なぁ、くぼちゃん」
 「ん?」
 「くぼちゃんはどこで寝んの?」
 「これから捜すトコ」
 「じゃあさ、ココで一緒に寝ない?」
 「いいの? せまくなるよ」
 「うん、いいっ」
 二人でベッドになだれ込む、なんとなく楽しい気分になって、そう簡単には眠れそうもなかった。
 「それがさー、マジでおっかしいんだよなぁ」
 「ふーん、それで?」
 時任はベッドで頬杖付きながら色んな話をして、それをくぼずきんがうなづいて聞いてる。 そんな感じで夜は更けていき、明け方まで起きていた二人は、日が高くなってもずっと布団にもぐったままだった。


 だが、そんな時任とくぼずきんの知らぬ間に、松本達以外の来客が屋敷付近にあった。


 「ほう、ここがそうか?」
 「はい。代々くぼずきん家の人間が住んでいた屋敷です」
 「なるほどな」
 オールバックに撫で付けた髪。
 ブランド物のスーツに身を包み、ただならぬ雰囲気を身にまとっている。
 その顔には何かを企んでいるかのような、見るものを不快にさせる笑みが浮かんでいた。
 
 出雲会支部長、真田。

 出雲会は色んなヤバイ家業をしている闇の組織である
 その家業の中には、魔獣などを扱ったペットブローカーの仕事もあった。
 そのペット達が家庭用ペットとは違った用途で売られているということは周知の事実であるが、国でも手出しできないほど、こういった犯罪組織の力は強くなってきている。
 真田はくぼずきんと時任のいる屋敷を眺めると、部下に調査の報告をするように言った。
 「どうやら、一人ではないようです」
 「一人じゃない?」
 「情報によると、ワイルド・キャットらしき猫を連れていたらしいと」
 「ペット連れか」
 真田の顔にいやらしい笑みが浮かぶ。
 おそらく、時任が聞いたらその爪で八つ裂きにしたいようなコトを考えているらしい。
 一通り妄想し終えると、真田は部下に手紙を手渡した。
 「これをくぼずきんの部屋に届けておけ」
 「はっ」
 ちょうどこの頃、くぼずきんと時任は夕食を食べていたのだが、真田はまだくぼずきんと会うつもりはないらしく、くるりと背を向けると、真田は再び森の中へと消えていく。
 だが、そんな真田の姿をじっと見守っている人物が一人いた。
 「ふーん、ずいぶん執着してるじゃないの」
 特徴のあるウェーブヘアに、丸いサングラス。
 どこかオカマめいた仕草で頬に手を当てている男は、東条組代行、関谷純である。
 東条組は出雲会と対立する組織だった。
 「おもしろくなりそうじゃない?」
 ふふふと不気味に微笑んだ関谷は、真田と同じように再び森の中に入っていった。

 出雲会と東条組。
 
 真田と関谷。

 嫌なメンバーがこの森にすでに集結していた。
 

 

                    戻  る         次 へ