くぼずきん.7




 屋敷に住むことになってから、一週間は何もない日々が続いた。
 松本の話と手紙のことが気にはなっていたが、今のところ二人の周囲で不審なことは起こっていない。
 「くぼちゃーん」
 「ん〜?」
 「カレー以外のもん作って」
 「好き嫌いは良くないよ」
 「って、カレーしか食ってねぇのに、好きも嫌いもねぇだろっ!」
 目下の悩みは真田のコトではなく、食い物のことだった。
 さすがに毎日カレーでは、味覚がおかしくなるというものである。
 時任はにおってくるカレーに、うぅっと唸った。
 「そんなにイヤ?」
 「イヤ」
 時任の瞳が必死に訴えている。
 「…しかたないやね」
 「マジ!?」
 「うん。買い物にいこっか?」
 「行くっ!!」
 くぼずきんはその瞳に負けて、町まで買い物に行くことになった。
 まだ自覚はしていないようだが、くぼずきんはかなり時任に甘い。
 他人にも自分にもとことん無関心だったくぼずきんが、どうしてそこまで時任のことを気づかうのかは謎である。そして、時任もなぜこんなにくぼずきんに懐いているのかわからなかった。
 傍目から見れば飼い主とペットなのだが、二人はあくまで対等。
 そうあることが当たり前であるかのように、くぼずきんは初めから時任のコトを普通の人間のようにあつかっていた。
 「じゃあさ、コレかぶってね」
 「…うん」
 町に行くには、時任の姿は目立ちすぎる。
 帽子をかぶるように言ったくぼずきんに、時任は何も言い返さない。
 返事するまでの少しの間が、今まで何があったのか物語っているようだった。
 「早く行こうぜ、日が暮れちまうっ」
 「はいはい」
 スキップでもしそうな勢いで歩き出す時任を見て、くぼずきんがクスッと笑う。
 くぼずきんは屋敷にカギをかけてから、時任と一緒に町へと出発した。



 町へと続く道は一本道。
 どこからでも森に入ることは可能だったが、道以外を通ると森に住む者達のテリトリーを犯す可能性がある。テリトリー内に入ったせいで、この森に住む魔獣と呼ばれる者達に攻撃されるのだ。それは、ワイルド・キャットである時任も同じことである。
 「くぼちゃん。なんかヘンだ」
 「時任?」
 「ヘンな気配するし、ヘンなにおいする…」
 しばらく歩くと、時任がそう言って顔をしかめた。
 くぼずきんが空気を軽く吸い込むと、確かに何か匂いがするような気がする。
 しかも、自分の知ってる匂いだった。
 「そばにおいで、時任」
 くぼずきんは、自分よりも少し前を歩いていた時任を手招きして呼んだ。
 なんとなく、これから起こることを予想したからである。
 「たぶん、戻っても無駄だからさ。このまま行くよ?」
 「わぁってるってのっ!」
 場慣れしているのか、これから起こる状況を予想しながらも時任はひるまない。
 強い意志を感じさせる瞳が軽く細められると、その視線の先に黒づくめの男達があらわれた。いかにもあやしい集団である。
 「時任、知り合い?」
 「んなワケねぇだろっ。くぼちゃんこそ知らねぇの?」
 「さあ?どうだろうねぇ」
 くぼずきんは上着から拳銃を取り出し、時任はシャキーンと爪を出す。
 前方だけにいた黒ずくめの男達が、今度は背後に沸いてでる。
 どうやら待ち伏せされていたらしかった。
 「わりぃ、くぼちゃん」
 「あやまんなくていいよ。どっちにしろ、屋敷に閉じこもってるだけじゃ暮らせないからさ。いつか出なきゃでしょ?」
 「そんじゃあ。散歩コースの掃除開始!」
 「お掃除は素早く、塵一つ残さないようにね」
 二人が走り出すと同時に、銃口が二人に向けられる。
 時任が後方を、くぼずきんが前方を担当し、撃たれる前に攻撃を開始した。
 くぼずきんの射撃の腕はプロといっても差し支えないほどのレベルで、無駄弾なく男達を片付けていく。くぼずきんは必ず眉間に一発しか撃たなかった。
 そのプロ並の腕と、無表情に銃を撃つくぼずきんを見た黒服の男達は、あまりの凄さに攻撃が鈍る。
 一方、時任の方は身が軽いせいなのか、素早い動きで相手との距離を詰め、丈夫で長い爪をひらめかせた。時任の爪にはかなり殺傷力がある。
 時任はくぼずきんと同じく、容赦なく爪を男達に振り下ろした。
 「うぁっ!」
 「ぎゃあぁぁ…」
 絶叫が木霊する。
 みるみる内に、男たちの中で立っている者が減ってくる。
 二人はお互いの背後を守りながら、戦いを続けた。
 「俺様に勝てるわきゃねってのっ!」
 「ちゃんと学習しようね、オジサン方」
 くぼずきんにも時任にも隙はある。
 けれど、二人の見事なコンビネーションがすぐに出来た隙を埋めていった。
 
 あと、四人、三人、二人…。

 「これでおしまいだっ!」
 時任が最後の一人に爪を振り下ろすと、立っているのは時任とくぼずきんの二人だけになった。
 けれど、最後の二人になった瞬間、ゆっくりと響く拍手が聞こえてきた。
 なんとなく嫌な音の拍手である。
 「なんかいや〜な感じっ!」
 「同感」
 時任がホントに嫌そうな顔をしていると、森の中から一人の人物があらわれた。
 オールバックに撫で付けた髪。
 嫌みそうに歪んだ顔。
 そして、嫌みな拍手。
 すべてが嫌なことづくめの男の名は。
  
  真田。
 
 真田の顔を見た瞬間、時任は思いっきり顔をしかめ、くぼずきんは軽く肩をすくめた。



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