くぼずきん.61
魔獣対策本部ビル…。
だが、このビルは魔獣対策本部が出来てから建てられた訳ではない。
それなのにビルには抜け道や武器庫として使える広い地下室まであり、対策本部として使用するのに適していた。
そんなものがビルにあるのは、このビルに軍の本部があった為…。
しかし、軍の本部の一室に設置された魔獣対策本部が中にあった軍ごと、ビルのすべてを乗っ取った形になっている。こんな事になってしまったのは、魔獣との戦いが激しくなるにつれて、軍の上層部が任務を放棄して逃亡した事が原因だった。
魔獣の恐ろしさは、ペットとして飼っていた一般市民よりも戦闘用に飼育していた軍の方が良く知っている。そのため私欲に塗れ町を人々を守る事を忘れた軍の…、しかも一度も戦場に立った事もない上層部の人間が逃げ出すのは予想以上に早かった。
「つまり、ここに残っているのは軍の下っ端ってコトよね。長年、甘い汁を吸ってきた連中が逃げ出して、その下でこき使われていた人間が逃げ出さずに…、逃げ出せずに町を守ってる…」
葛西達よりも先に行動を開始した五十嵐は、本部の廊下を歩きながらそう言う。けれど、話している相手はビクビク怯えた表情をしている藤原ではなく、葛西に内部情報を流した新木という人物だった。
新木は刑事時代の葛西の相棒で、現在は魔獣対策本部に勤務している。葛西が軍に移動になった時はまだ警察にいたが、その後、軍ではなく本部に配属された。
・・・・・・逃げた本部の人間の穴埋めとして。
だが、本部にいるといっても各部署の雑用をするだけで、何の権限も持ってはいない。そして、実際に対策本部を動かしているのは今から向かう司令部でも本部長でもなく、その後ろで糸を引いていた真田だった。
「本部長の後ろには出雲会がいる…、そういうウワサはあったんっすけどね。本当にそうだと気づいた時には、もう手遅れだった」
「手遅れになったのは、真田が本部長代理になったから?」
「それよりも前からですよ。戦いが始まってから上層部の人事異動が激しかったのは逃げ出したからなのか、出雲会の仕業なのか…、それともその両方なのかは、今となってはどちらでも関係ないっすけどね」
「そうそう、それに上の腐ったヤツらのする事なんて、どーせロクな事じゃないわ。けど、何もかも真田の思い通りになるのは…、面白くないわね」
「同感」
「真田が戻って来る時間は、予定通りで間違いないの?」
「そのはずです」
そんな話を新木としながら、五十嵐の頭を過ぎったのはくぼずきんから聞いた神と呼ばれる腐臭漂う肉塊の話。まだ実際にその肉塊を自分の目で見た事はないが、魔獣の事についての発表はされていても肉塊についての情報は何もなかった。
松本が調査し、真田から国にもたらされたという魔獣の情報は不明な点が多い。そして魔獣が凶暴化する前から、人間を襲い町を徘徊していた肉塊については、その存在すら報告されていなかった…。
それは魔獣が凶暴化すると同時に肉塊の存在が確認されなくなった事と、肉塊の情報を公開する事で余計な混乱を防ぐためだと真田は松本に説明していたようだが、その説明に一理あるとは思っても、その裏に何もないとは思えない。しかし、関谷のように肉塊を利用しようとしているのか、それとも何か別の企みがあるのか、行動を共にしていた松本にもわからない様子だった。
そして、それは本部にいる新木も変わらない。
新木は荒磯部隊の隊長と数名の部下が軍を裏切ったという情報を聞いて、何かあった時の連絡場所として決めていたヘブンズゲートに向かうだけで精一杯だった。
「俺が一番、動きやすい位置にいたのに、何もできなくてすいません…」
少し俯いて新木がそう言うと、五十嵐が勢い良く新木の背中を叩く。
そして、そのついでにトボトボと二人の後ろを着いて来ている藤原の頭を軽く殴った。
「な、なんで俺まで殴られなきゃなんないんですかっ!」
「うるっさいわねっ。役立たずなんだから、せめて背筋くらい伸ばして歩きなさい」
「だからって、なんで…っ」
「あら、このアタシに口答えする気? だったら、ここに一人で残る?」
「すいませーん…、何でもありませーん」
「そっちの新木君も、俯いてないで背筋伸ばしなさい。アタシ達は何もできないんじゃなくて、これから何かするんだから…」
「・・・・・・そうっすね、これからでしたよね」
五十嵐の言葉に背筋を伸ばして視線を上げて、新木がそう返事をする。
すると、五十嵐が思い出したように葛西からの伝言を新木に伝えた。
「そう言えば、葛西がアンタによろしくって言ってたわ」
「ははは、あのオヤジはいつもそう言って勝手に、もう相方でもない俺を巻き込むんです。けど、俺もやるときゃやりますよっ。なんてったって、俺は今も刑事のつもりっすからねっ!」
「もしかして…、相浦焼いてたりする?」
「や、焼くって、なんで俺が相浦君に焼かなきゃなんないんっすかっ!!!!」
「あら〜、そのワリには顔が赤いけど?」
「じょ、冗談キツイっすよーっ! 俺が欲しいのはヒゲ面のオヤジじゃなくて、可愛い彼女なんっすからっ!!」
今、狭い通気口を這っている人物と似たようなセリフを言うと、新木は五十嵐を医務室に案内する。そして、次に不安そうな顔をした藤原を連れて司令室に向かった。
だが、どう見ても弱そうな新木と藤原の二人で、司令室を制圧できるとは思えない。
しかし、新木は少しも恐れずに目的を果たすために司令室に向かった。
司令室には最前線で戦った経験のある者はいないが、なんの訓練もしてない人間よりは腕が立つ。そのため薬入りのコーヒーを飲ませるという案もあったが、たとえ渡しても全員が飲むとは限らないし、薬の効き目も飲んだ量や体質によって誤差が出るために却下された。
だが、本部長室を完全に制圧する前に、騒ぎを起こすわけにはいかない。そして、それらを考えて最終的に出された案は葛西ではなく、五十嵐が出したものだった。
『そう、これはアンタにしかできない任務よっ』
『…ってっ、なんで俺にしかできないんですかっ!?』
『それは、やればわかるわ』
『わかる前に、バレバレで殺されちゃいますよっ!!!!』
『その時は、その時よ』
『そ、その時って…っ、そんな…っっ!!』
『けど、もしもヤバそうだからってアタシ達を裏切ったりしたら…、どうなると思う?』
『ど、どうなるってっ、どうなるんですかっ?』
『・・・・・・・・バレる前に殺すぞ、テメェ』
『ひぃいぃぃーーーーっ!!』
本部ビルに入る前に五十嵐に野太い男の声でそう言われていた藤原は、ガタガタ震えながら新木に続いて司令部に入る。しかも藤原の顔色は緊張と恐怖で青を通り越して白くなり、額からも不自然な汗がダラダラと滴り落ちていた。
そんな藤原を従えた新木は指令部を統括しているヒゲ面の男の前に、あらかじめ用意していたニセモノの命令書を差し出す。そして、その命令書の内容を室内の誰もに聞こえるように、自分達に注目するように少し大きな声で口頭で伝えた。
「本部長代理の命令で、今日付けで司令部に配属された藤原君です。彼は軍の所属ではなく、僕と同じ警察機構からの派遣です」
すると、司令室にいた人間は新木ではなく、藤原に注目する。それは別に興味があったからではなく、藤原の様子があまりにもおかしかったせいだった。
目は空ろで顔色も最悪、ダラダラと変な汗をかいていて、まるで何か変な病気にでもかかっているように見える…、というよりも病気としか思えない。しかも、妙な幻覚でも見ているのか、ブツブツと独り言まで言っている。
誰もが藤原に注目しなから、誰も近づこうとはしなかった。
・・・・・な、なんだコイツっ。
室内の人間はそう思いながら藤原を眺めていたが、その中でもヒゲ面の男の視線は司令部を統括しているだけあってかなり怖い。その恐怖に悲鳴をあげそうになりながら、藤原はガタガタと震え出した。
こんな状態では、作戦のための演技なんてできない。五十嵐にはあんな風に言われたが、ここでバレバレの演技なんかしたら即効で殺される…っ。
そう思った藤原は、横目でチラリと新木の方を見た。
すると、新木も藤原の方を見る。
そして、お互いにニッコリ爽やかに微笑み合った。
あはははは…、ははははは…。
だが、視線をそらした瞬間、藤原の瞳にキラリと裏切りの光が宿る。
魔獣に襲われた時、相浦に言われた言葉はとてもうれしかったし、今までそんな事を言ってくれた人はいなかったけれど…、生きていくためには仕方がない。
仕方が無いんだと藤原は自分に言い聞かせて、新木が裏切った事を目の前にいる強面の男に知らせようとした。
だが、何かが藤原を引き止める…。
今までは何も藤原を引き止めるものは何もなかったのに、開いた口はパクパクとマヌケに動くだけで声が出なかった。
『確かに戦ったら強い方が勝つけど…、死にたくないなら弱いからってあきらめずに戦えよ。そしたら、俺が奇跡が起こるように祈っててやるからさっ』
頭の中で相浦の声がする。今まで安全な場所に逃げる事ばかりを、自分の身を守る事だけを考えて生きてきたのに逃げるな、戦えと叫ぶ声が聞こえる…。
でも、その声が相浦の声なのか、それとも自分の声なのか…、
殺されるかもしれない恐怖で、ブルブル震えている藤原にはわからなかった。
「ぼ、僕に…、僕にどうしろってんですかっっ」
思わずブツブツとそう言った藤原に、司令部の人々はますます不審そうな顔をする。
言ってる事が意味不明な上に、様子が尋常ではなかった。
藤原を見ていると何か背中に…、悪いものでも憑いているような気さえする。
新木は平然としているが、どう見ても様子がおかしい…っ。
ヒゲ面の男は近くにある黒電話の受話器を取ると、藤原の身元を確認するために人事部に問い合わせようとした。
だが、そうしようとした一瞬の隙をついて、新木の拳が藤原の横腹に叩き込まれる。
すると、藤原が不気味な呻き声を上げながら床に倒れた。
「うごがぁぁーーーっっ!!!」
「おいっ、だ、大丈夫かっ!?」
「う…っ、ぐぐ…っっ」
「しっかりしろっ、藤原君っ!! だ、誰か早く医者を…っ!!」
藤原が倒れたのは、新木が横腹に拳を食らわせたから…。
しかし、部屋に入ってからの藤原の尋常ではない様子を見ていた司令部の面々は、嫌な予感を感じて少し顔色が悪くなる。すると、その予感がまるで的中したかのように、白衣を着た巨乳の女医がタイミング良く司令室に走り込んできた。
「近くにいる貴方、状況を説明してくれる?」
「さっき倒れてから苦しんでて…、顔色も汗も尋常ではありませんっ」
「ま、まさか…っ、これは…っ!!」
「ど、どうしたんですか?先生っ!?」
「尋常ではない汗…、まるで魔獣のような呻き声を上げる、この症状…。もしかしたら、魔獣に汚染されたのかもしれないわ」
巨乳の女医を見て鼻の下を伸ばしていた司令部の男達は、肉塊という言葉を聞いてビクッと肩を震わせる。それは魔獣を処分しなくてはならなくなった最初の原因が、魔獣による汚染だった事を思い出したせいだった。
魔獣が凶暴化した今は、向かってくる敵を倒すという形に変わってしまっている。
しかし、最初は汚染を食い止めるために、魔獣対策本部が設置されたのだった。
女医は透明な液体が入った注射器を取り出すと、感染を防ぐためだと言ってまず新木の腕に射つ。それから、次にその様子をじっと見守っていたヒゲ面の男の手を取った。
「魔獣の汚染は空気からでも感染するのよ、その証拠に魔獣の森の近くの村で生まれる子供は魔獣である確率が高いわ。そして、魔獣に汚染されると獣化はしないけど、最終的にはあんな風に精神に異常をきたして…」
「そ、それは本当なのかっ!?」
「あれを見てもアタシを疑うの? …これはナイショの話だけど、アタシはここに来る前は魔獣の研究施設にいたのよ」
「・・・・・アンタは、あの施設にっ!!」
「さぁっ、あんな風になりたくないなら、早く腕を出しなさいっ!」
あんな風にと女医になりきっている五十嵐に指差された藤原は、床からムクッと起き上がって何かを叫ぼうとする。だが、「大丈夫かっ!しっかりしろっ!!」と言いながら、さりげなく藤原の口を押さえる新木に邪魔されて、何も叫べないまま引きずるように部屋から連れ出された。
「うわぁあぁぁっっ、僕は正気だぁーーっ!!!」
藤原がそう叫べば叫ぶほど、なぜか正気じゃないようにしか見えない。そして、先に新木が注射された事も安心材料になったらしく、司令部の人間は錯乱している藤原を横目に次々と順番に五十嵐から予防接種を受けた。
「こ、これで…、安心だな」
予防接種を終えたヒゲ面の男は、そう言ってほっと息を吐く。すると、すべての人間に注射した五十嵐は、最後に注射した若い男に妖艶に微笑みかけた。
「うふふふふ、ゆっくりと安心して眠るといいわ。すべてが終るまで、ゆっくりとね」
「すべてが…、終るまで?」
安心したせいなのか、急に気が抜けたように薄らいでいく意識。
そんな意識の中で五十嵐の言葉にハッとしたように顔を上げたのは、五十嵐に見つめられて真っ赤になっている若い男ではなく、ヒゲ面の男の方だった。
「やっと、やっと思い出したぞ・・・・。お前は確か…っ、葛西の野郎の…っ!」
ヒゲ面の男はそう叫んだが、すでに司令部は全滅。
五十嵐に射たれた薬で、ぐっすりと眠りについていた。
最後の力を振り絞ってヒゲ面の男はとっさに緊急用の非常ボタンを押したが、なぜか何も起こらない。実は非常用ボタンは通気口から司令室方面に向かった人物…、相浦の手によって機能しないように線を切断されていた。
「荒磯部隊を甘く見ると、痛い目見るぜ」
そう言ってニヤリと笑った相浦は、天井裏から五十嵐達が上手く司令部を制圧したのを確認すると握りしめていた手を開く。すると、そこにはここに来る前に資料室で葛西に渡されたものが乗っていた。
中で騒ぎを起こさせないために、戦う事なく司令部を制圧…。
だが、戻って来た新木や藤原達と司令部の人間を縄で縛り上げてから、なぜか相浦は部屋の奥に一つしかない窓を開ける。
そして、じっと本部ビルの周囲の様子を伺いながら、時が来るのを待っていた。
自分の手で戦いの火蓋を切る…、その瞬間を…。
うううう…、進みませんです(苦悩)
でも、苦しくてもここを乗り越えなくてはダメなのですっっ。
ここを乗り越えないと久保ちゃんと時任が書けないのですっっo(><)o
のろのろなのですが、頑張りたいですっっっ!!(力っ!)
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