くぼずきん.58




 床に座ったくぼずきんの前に…、時任は膝をつく…。
 そして伸ばした右手を繋ぎ合って、それから反対側の手を頬に伸ばして…、 
 その手を頬から首筋に…、鎖骨に滑らせて服に手をかけたのはくぼずきんだった。鵠が射った薬が効いたのか、それとも気力だけで持たせているのか顔色も手の動きも、薬を射つ前よりも自然でとても重症を負った怪我人とは思えない。
 けれど…、それでも重症に見えないだけで、負った怪我のために具合が悪い事は誰の目から見ても明らかだった。
 時任に伸ばされた手は優しく…、何かを確かめるように触れて…、
 その上に時任は手を伸ばしたが、自分の服を脱がせていく、くぼずきんの手を止めようとはしなかった。少し頬を赤くしながらも静かにくぼずきんの手の上に自分の手を重ねて、じっとされるままに身を任せながら、目の前にある頭に軽く額を乗せて…、
 くぼずきんの髪にキスするように頬を寄せる…。
 すると、時任の耳が少し揺れて切なく哀しそうに下を向いた…。
 
 「・・・・・・・時任」

 それに気づいたように、くぼずきんが時任を穏やかな優しい声で呼ぶ…。
 でも、時任はそれには答えず、触れてくるくぼずきんの手に長いしっぽを絡まる。
 そして、服を半分くらい脱がせた手を止めると、自分から服をすべて脱ぎ捨てた。
 ゆらゆらと揺れるロウソクの炎の中…、あらわになった時任のなめらかな肌には、あの船ので見た時と違って何の痕もついていない。船から救い出したくぼずきんの手と、過ぎた時間が消してくれた…。
 けれど、唯一腕だけには、まだ注射針の痕が残っている。
 何度も何度も薬を射たれた…、痛々しい痕…。その痕を見たくぼずきんは、その痕を消すように癒すように手で掴んで、自分の口元に近づけるとそっと口付けた。
 口付けて…、その上に赤い痕を残して…、
 そんなくほずきんの様子を見ていた時任の唇にも、胸の奥にある想いを言葉で伝える代わりに…、深く長くキスをする…。すると、時任もそれに答えるように、くぼずきんの首に手を回して深いキスをもっと深く…、もっと長くした…。

 「くぼ…、ちゃん…、くぼちゃ……」

 言いたい事も話したい事も、本当はたくさんある…。
 でも、いつもたくさんあり過ぎて話せない…。
 あの森で過ごした穏やかでわずかな日々から、もうずいぶんと時がたってしまったような気がするのに、二人が一緒にいられた時間はあまりにも少なかった。
 真昼の陽だまりの中…、穏やかな日々と共に関谷の手でさらわれ…、
 その後、すぐに宗方によって引き離されさらわれて…、
 いつも哀しみや苦しみばかりが、二人の間に壁を作って横たわる。
 でも、やっと手を握りしめる事が…、やっと抱きしめる事ができたから…、
 
・・・・・・・・・・・・・・・・今度こそは絶対に。

 そんな想いと一緒に時任は陽だまりではなく、ロウソクの炎だけに照らされた薄い暗闇の中で…、くぼずきんの肩を頭を抱きしめる。そして、自分の身体にいつもより熱い手を伸ばして触れてきたくぼずきんの手を…、優しく止めた。
 「もしかして…、いや?」
 「そうじゃないけど、でも…」
 「でも?」
 「これ以上、無理はダメだ…。くぼちゃんは隠してっけど、俺にはちゃんとわかってっから…。それくらい言わなくったって、お見通しだっつーの…」
 「・・・・・・」
 「だから、くぼちゃんはじっとしてろ」
 「せっかく心配してくれてるのに悪いけど、それは無理…。もう、限界だから…」
 「・・・・・くぼちゃん」

 「ゴメンね…」

 くぼずきんの手を止めた…、時任の手…。
 その手をくぼずきんの手が、そう言って包み込むように再び握りしめる。
 すると、時任はくぼずきんの手を握り返して微笑みながら、いつもの調子で「バーカ」と言う。でも、そう言った時任の瞳には微笑んでいるはずなのに…、涙が滲んでいた。
 「やめろってイミで言ったんじゃねぇよ…。くぼちゃんが限界なら、俺も限界に決まってんだろ。だから俺が…、その…、するから…、くぼちゃんはじっとしてろって言ってんの」
 赤くなった頬を更に赤くしながら、時任はくぼずきんの肩に顔を埋める。
 そして、さっきくぼずきんがしていたように着ているシャツを脱がそうとして、その下にある包帯に気づいて手を止めた。けれど、始めた行為はやめずにシャツが肌蹴て露になったくぼずきんの鎖骨に恥ずかしそうに…、少し耳を震わせながらキスを落とす…。
 短いキスを何度も落として、今度はシャツではなくズボンに手をかけた。
 静かな室内にファスナーを下ろす音が…、時任の指が動くと同時に大きく生々しく響く…。すると、くぼずきんはその音を聞きながら目を細めると、目の前にある時任の黒い髪に指をからめるようにゆっくりと優しく撫でた…。

 「・・・・・・・・・っ」
 「はぁ…、ん…っっ」

 触れてくる時任の指も…、唇も熱く…、
 同じように触れられるくぼすぎんの唇も、肌も何かもが熱い…。
 聞こえてくるのはお互いの少し荒く熱い息と、触れ合った部分からする布ずれの音。
 そしてその音に…、くぼずきんの一番熱い部分に触れた時任の手からする…、濡れた音が混じる。けれど、濡れているのはその部分だけではなく、お互いの身体に触れた部分のすべてが欲情に…、欲望に濡れていた…。
 こんな行為をするのは、時任もくぼずきんも始めてではない。
 特に時任にとっては…、この行為は今まで身体では快感を感じていても、心に感じるのは苦痛だけだった。自分から手を腕を伸ばして…、震えるような熱さを感じようとした事も、感じた事もなかった…。
 でも今は少しでもたくさん…、長く熱さをくぼずきんを感じていたくて…、
 熱く弾けそうになったくほずきん自身から手を離すと、ついていた膝を少し上げて…、その上にゆっくりと燃えるように熱い身体を落とそうとする。けれど、そんな自分を見てるくぼすきんの視線に気づいて、時任は右手でくぼずきんの目を覆った。
 「見たら…、ぜったいにダメだかんな…っ」
 「どうしてもダメ? 俺は…、入れてくれるトコ見たいんだけど?」
 「ば、バカ…っ、い、入れるとか、そーいうハズいコト言うなっ」
 「じゃあ、俺が入れてあげよっか?」
 「や、やめ…っ、俺がするって…っ」
 「・・・・・・時任」
 「う、動くなっ。動いたら…、ダメ…、だかんなっっ」
 腰を掴んで入れようとするくぼずきんを、時任があわてて止める。
 そして、最初言ったように自分の手でくぼずきんを受け入れようとする…。
 でも、それはくぼずきんの身体を気遣っているというのもあったけれど、無理やり身体を開かされて犯された記憶が…、付けられた赤い痕は消えても、まだ時任の中に消えずに残っていたせいだった。
 身体の奥に突き入れられて揺さぶられ、欲望を流し込まれ続けて…、
 伸ばしても伸ばしても…、どこにも届かなかった手…。
 目の前にいるのは受け入れようとしているのはくぼずきんなのに…、なぜか思い出すのはそんな記憶で、時任は苦しそうに眉間に皺を寄せる。けれど、宗方の影を消し去ろうとするかのようにぐっと痛みに耐えながら…、腰をくぼずきんの上に最後まで落とした。

 「う…っ、く…っ、うぅぅ…っっ」

 くぼずきんのモノを受け入れた痛みに、時任の口から声が漏れる。けれど、その声にはすでに知っている肉体的な快感に溺れた…、聞いた男を惑わせるほどの欲情の色も滲んでいた…。
 くぼすぎんを受け入れた部分が…、身体が熱い…。
 無理やり快感を覚え込まされた身体は、気を抜くと時任の意志に逆らって動き出しそうになる。そんな風に宗方の手で変えられてしまった自分の身体を改めて知った時任は…、快感と哀しみに耳としっぽを震わせながら…、
 怯えた表情で…、ゆっくりとくぼずきんの目を覆った手をはずす。
 すると、くぼずきんはらしくなく、少し驚いた表情をしていて…、
 それを見た時任は泣き出しそうに顔を歪めて、くぼずきんを身体の奥に深く受け入れたまま…、苦しそうに哀しそうにうつむいた。
 「やっぱ…、そうだよな…。こういうのってイヤだよな…」
 時任がうつむいてそう言うと、くぼずきんがそっと両手を伸ばして時任の頬を包む。そして泣き出しそうな時任の顔を、下からじっと覗き込みながら優しく微笑みかけた。
 「イヤって…、どうして?」
 「だってさ、こういうのってインランみたいだし…、実際そーかもしんねぇし…。そんなのイヤだろ?」
 「イヤじゃないよ?」
 「そ、そんなのウソだっ」
 「ウソじゃない」
 「だって俺っ、久保ちゃん以外のヤツと…」
 「・・・・・・・」
 「最初はイヤだったけど、ヤられてる内に気持ち良くなってて…っ」
 「もういい…、何も言わなくてもわかってるから…」
 「気持ち良くなってワケわかんなくなって…、中にだってたくさん…っっ!」

 「・・・・・・もう何も言うな」
 
 そう言ったくほずきんの声は、いつもよりも低く有無を言わせない響きを持っていて、その声を聞いた時任はビクッと肩を震わせる。けれど、次の瞬間に耳に響いてきた声は優しく穏やかで…、その声に合わせるように呼吸に合わせるように腰を揺らされ…、
 快感に溺れる事を恐れた時任はくぼずきんから逃げようとしたが、伸びてきた手に腰を捕まれて逃げ出せなかった。
 「ねぇ、気持ちいい?」
 「はぁ…っ、あ…っ、や、やめ…っっ」
 「俺が今までで一番、気持ち良く…、してあげるから…。俺だけしかカンジられなくなるくらい…、気持ちよく…」
 「く…、くぼちゃ…っ」
 「だから、俺だけを見て俺だけをカンジて…、時任…。お前の中に俺を注ぎ込むから…、何もかも忘れるくらい狂おしいほどに…、たくさん…」

 「あ…っ、あ…っ、あぁ…っっ!!!」

 自分の中にあるくぼずきんを感じるたびに突き入れられたびに、焼け付くように身体だけじゃなく胸の奥まで熱くて頭の中が白く白く…、染まっていく…。身体の奥に注ぎ込まれる欲望を感じると、ぴくぴくと動く耳の先からしっぽの先まで気持ちよくて…、うれしくて…、くぼずきんの背中をぎゅっと抱きしめた…。
 同じ言葉しか言えなくて、もっと他に言葉があればいいのにと思うくらい…、
 くぼずきんが大好きで…、大好きでたまらなかった…。
 自分を抱きしめてくれる、抱いてくれる腕も何もかもが大好きで…、
 どんなにぎゅっと背中を抱きしめても…、恋しい。けれど、こうやって抱きしめ合ってお互いの身体を繋げていられる時間は…、夜が明けるまでしかない…。
 くぼずきんの身体の事を、お互いの身体の事を思うと少しでも休んでおいた方がいいのに違いないのに…、繋げた身体を離す事ができなくて…、
 気づけば繋がったまま時任はくぼずきんのひざの上で…、くぼずきんはそんな時任を抱きしめて眠っていた。

 そして…、やがて白々と夜が明けていく…。

 すると、先に目を覚ましたくぼずきんは外にあった二つの気配…、鵠と室田の気配の内の一つが消えているのを感じながら、時任の髪に口付ける。そして、少し身体を離して改めて柔らかでなめらかな…、美しい時任の身体を見つめた…。
 それから、その身体に腕を回して抱きしめ直す…。
 けれど、その腕にはさっきよりもほんの少し…、力が篭っていた…。
 時任と身体を繋げた瞬間にくぼずきんが驚いていたのは、時任が自分からそういう行為に及んだからじゃない…。もっと、別な事にくぼずきんはらしくなく驚いていた。
 身体を繋げるまでわからなかった…、知らなかった事…、
 それがわかった時、なぜ時任が魔獣の森の地下室に閉じ込められていたのか…、そしてなぜ宗方が時任に固執しているのか、その理由がおぼろげながら見えてくる。けれど、時任自身は自分の身体の事を知らないようで…、くほずきんが驚いていた理由も気づいた様子がなかった。
 
 「・・・・・・ゴメンね」

 くぼずきんはそう呟きながら、何もない空間をじっと見つめる。
 もしも、あの時に知っていれば…、魔獣の森で時任の言う事を聞かずに松本を見捨てていたかもしれない…。そして、そんな風に思うのは助けられなかった事への、ただの言い訳でしかないとくぼずきんも気づいていた。
 事実を知っていれば…、なんて仮定はくだらない。
 目の前にある事実は、あの時、時任を助けられなかったという事だけだ…。
 憎しみと怒りと…、嫉妬…。
 何もない空間を見つめる瞳には、冷たい炎が殺意が宿っていた。
 そして、その殺意を向ける相手は廃ビル群の中にいる…。
 廃ビル群の中に魔獣と共に…、腐臭漂う肉塊と共に…、
 まるで、神のように町を見下ろしながらくぼずきんと時任を待ち構えている。
 けれど、ちょうどその頃…、たった一人で多くの敵を相手に戦闘を始めようとしている人物がいた。しかも、その人物が立っているのは廃ビル群ではない…。
 目の前にあるのは…、魔獣対策本部ビル…。
 

 そしてそこで戦う相手も…、やはり魔獣ではなく人間だった。





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