くぼずきん.45




 「くうっ・・・・・!!!」
 「この野郎っ!!!」

 ガゥンッ、ガゥンッ、ガゥンッーーーー!!!

 轟音と同時に室内が揺れると、その揺れで銃をかまえていた二人の護衛が少しバランスを崩す。その瞬間を狙って葛西が引き金を引くと、一人の護衛の肩を放った銃弾が打ち抜いた。
 だが、護衛は肩を打ち抜かれても、軽く撃たれた部分を抑えただけで倒れたりしない。
 やはり真田を護衛しているだけあって、一筋縄ではいかない相手のようだった。
 葛西は短く舌打ちして、再び照準を立ちはだかっている護衛に向ける。
 だが、その横に立っているくぼずきんの銃口からも硝煙が上がっていた。
 しかし、くぼずきんの撃った弾は護衛の腕をかすめて、更に後ろの真田の頬にわずかな傷を作るのがやっとだったのである。そのくぼずきんの射撃を見ていた時任は少し驚いた後、悲しそう表情をして唇をきつく噛みしめた。

 平気な顔をしてはいても、やはりくぼずきんの怪我は少しも治ってなどいない。

 それを悟った時任は、くぼずきんを守るようにその前に出た。けれどそんな時任の腕を掴んで自分の方に引き寄せると、くぼずきんは身体を盾にして時任を後ろにかばう。
 真田はそんな二人の前でわずかに血が滲んでいる頬に手を当てると、血のついた指先を軽く舐めながら目を細めて微笑んだ。
 まるで挑発するような真田の微笑みを見たくぼずきんは、感情の読めない笑みを口元に浮かべる。その薄く冷たい笑みは真田ではなく、そばに立っていた護衛の男の肩をブルッと震わせた。
 「あんまり引き金が軽すぎると手がすべるって…、そういうコトってあると思います?」
 「ほぅ…、引き金に重さなどあるのかね? 私は重さなど感じたこともないが?」
 「重さがないのは、手が血に塗れてない証拠デショ」
 「なるほど」
 「けど、そういうのって大抵、ドス黒い血でハラが腐ってるんだよねぇ?」
 「たとえば…、この私みたいにかね?」

 「黒いかどうかは、今からハラを撃ち抜いて見ればわかると思いますケド?」

 そんな会話を交わすくぼずきんと真田の間の空気が、葛西や廊下に出ようとしていた五十嵐と相浦の周囲をも緊張させる。
 だが静まり返った廃屋の中まで、外から騒ぎが聞こえてきていた。どうやら、爆発が起こったり何者かが争っている声が聞こえてくるということは、廃屋の中だけではなく外でも何かあったらしい。
 葛西はドアから廊下に出ようとしている相浦に合図して、この騒ぎに乗じて前方に突破口を開こうとした。しかし、玄関から多数の足音そして周囲から窓が割れる音がしてきて、その音が突破口を開くことは難しいと伝えている。
 けれど、このままでは進入してきた軍隊に蜂の巣にされるのは時間の問題だった。
 
 「ムリでもムダでも、死にたくなきゃやるしかねぇってことかよっ。…ったく、ガラにもなくカミサマってのに祈りたくなるぜっ、ちくしょうっ!!」

 葛西がそう叫ぶと背後にいた五十嵐と相浦も加勢するために、廊下へと飛び出してくる。
 五十嵐の武器はただの木の棒だったが、この状況ではそれでもないよりはマシだった。
 こんな武器一つしか持っていなくても、五十嵐は覚悟を決めているのか立ち止まらない。そんな五十嵐を守るように、相浦は五十嵐より一歩前を行きながら銃を構えていた。
 すると玄関の入り口の方から、聞き覚えのある声が葛西達の耳に届く。
 その声は、まだ荒磯部隊のテントにいるはずの松原の声だった。
 松原の声を聞いた葛西はニッと笑って、銃の引き金を勢い良く引きしぼる。まだ不利な状況に違いはなかったが、相浦と五十嵐も葛西と同じように笑みを浮かべていた。
 「いくら祈っても、カミサマじゃ助けてくれねぇってことかっ!!」
 「俺らにとってのカミサマが、松原だったってことじゃないっすかっ!」
 「あらぁ〜、それじゃあアタシは女神サマってことかしらぁ〜っ」

 『…男は女神じゃねぇだろっ!!!』

 五十嵐の発言に、葛西と相浦が同時に突っ込みを入れる。
 そんな風に話しながらも、五十嵐は手に持った棒で女相手に少し戸惑っている軍人を殴り倒し、葛西と相浦は拳銃で次々と銃弾を進行方向に向かって撃ち込んでいた。
 しかし、人質になっていた松本と密告をした藤原はこの場に残っていたが、首謀者である真田はすでに入ってきた軍人達に紛れて、葛西達の前からもくぼずきんの前からも姿が見えなくなっている。どうやら、軍人達に守られて屋外に脱出したようだった。
 くぼずきんも葛西達と同じように銃弾を打ち込んで出口を作ろうとしていたが、やはり撃つ時に手にぶれが生じるらしく、銃撃にいつものような冴えはない。

 けれど、時任を後ろにかばったまま…、引き金を引き続けて戦い続けていた。

 そんなくぼずきんの姿は、時任の目にあの地下道の銃撃戦の時とダブって見えて…、
 くぼずきんの握っている拳銃の銃口から、銃声が響くたびに胸が痛く苦しくなっていく。
 軍隊に囲まれていても少しもあきらめてなんかないし…、これで終わりだなんて少しも思っていなかった。
 なのに、くぼずきんは自分の道ではなく、時任の道だけを切り開こうとしている。
 赤い赤い夕日を眺めながらベッドの上で手を繋いだのに…、くぼずきんは拳銃を握ると時任だけを守ろうとしていた。
 手を握りしめたのは…、好きだって大好きだってキスしたのは…、
 こんな風に守ってもらうためじゃなくて…、ただ一緒にいようって一緒に生きようって…、そういう想いを伝えたかったからだった。
 愛しさを大好きだって気持ちを抱きしめて、一緒に死にたいなんて思わない。
 ・・・・・・・けれど、一人で生きたいとも思わない。

 ただ繋いだ手を離さないで…、いつまでもどこまでも一緒にいたいだけだった。

 時任は守るように立ちふさがっているくぼずきんを強引に押しのけると…、鋭い爪を出して攻撃の体勢を取る。そしてくぼずきんの方を向いて怒った顔をした後、まるでこれから何かいいことでも始まるかのように明るく楽しそうに笑った。
 やがて来る明日を奪おうと…、二人に向かって飛んでくる銃弾の雨の中で…。
 くぼずきんはそんな時任を見て何かを言いかけたが、それをさえぎるように時任は前方の行く手を阻んでいる軍人達を睨み付けながら叫んだ。
 「いくら撃っても、死んでなんかやらねぇよっ!! バーカッ!!!」
 「時任っ、あぶないから早く後ろに…」
 「誰が後ろになんか隠れるかよっ! こんな弾なんか、ぜんっぜんっコワくねぇしっ。それに、そんなのより…、くぼちゃんと一緒にいられなくなる方がずっと…、だから…」
 「・・・・・・時任」

 「さっさと前からどきやがれぇっ!! 俺は久保ちゃんと一緒に森に帰るんだーーっ!!!」

 胸の奥にまで苦しく切なく響いてくるような時任の声が廊下に響き渡ると、それに答えるように玄関の方からヒュンと空気を切る音がして血しぶきが上がった。
 まるで愛しさを胸の想いを叫ぶように時任はそう言ったが、森に帰れる日がいつになるのか、本当にその日が来るのかどうかわからない。
 くぼずきんがいれば…、その暖かい手がずっとずっと手を握りしめていられれば…、
 そうしていることができるなら、たぶんいつでも帰れる…。
 本当は森ではなく二人のいる場所が…、想いを伝え合うように抱きしめあっている場所が…、

 ・・・・・・何よりも大切な帰るべき場所だった。

 床は血で赤く染まり…、辺りは硝煙と悲鳴に満ちていく。
 けれど、時任もくぼずきんも、そして葛西たちも…、立ち止まらずに前へ前へと進んでいた。
 肩を腕を足を銃弾がかすめ飛んでも傷を負っても、前にしか道は残されていない。室内が狭く一度に人間が入って来れない所が時任達に有利に働いていたが、早く脱出しないと弾切れになる危険性があった。
 
 「ちっ、やべぇな…」
 
 葛西がポケットを探りながらそう呟くと、その横で軍隊の持っていた拳銃を拾って撃っている五十嵐が肩を軽くすくめて、
 「ふふふっ、なに言ってんのよっ!女神サマがついてるんだから、大丈夫に決まってるでしょ!」
と、いつもの調子で陽気に笑った。
 その笑い声に苦笑しながら、葛西は当てにならない女神のご利益に期待しながら引き金を引き続けていたが…、
 どうやらカミサマにご利益はなかったが、女神サマの方にはご利益があったらしい。
 前に進んでいる葛西達の横から凄まじい破壊音がしたと思うと、一台のトラックが室内に飛び込んで来た。

 「みんな早く乗れっ!!!」
 
 そう飛び込んできたトラックの運転席から怒鳴ったのは、敵を引きつけながら外で戦っていた室田だった。室田は闘いながら破壊せずに残していたトラックに近づくと、体力が尽きてやられる前にそれに乗り込んだのである。
 いきなり突っ込んできたトラックに驚いて銃撃の音が途絶えると、その隙をついて破壊された廃屋から五十嵐と相浦、そしてずっと床に伏せてうずくまっていた藤原が乗り込んだ。
 松本はトラックに乗り込むことを迷っていたようだが、葛西が強引に腕を引っ張って荷台に乗せる。するとそれに続いて時任とくぼずきん、そして松原がトラックに乗った。

 「いいぞっ、室田っ!」
 「了解」

 葛西の合図でトラックが走り出すと、慌てた軍人達が拳銃を撃ってくる。
 だが、すでにトラックはこの一台を残して室田がランチャーを打ち込んで破壊しているので、後を追っては来なかった。
 真田は唯一破壊されなかった黒い車のそばで、アークロイヤルというタバコを吸いながらトラックが走り去っていく様子を見ていたが、口元にはくぼずきんを捕らえることに失敗したにも関わらずなぜか笑みが浮かんでいる。
 そんな真田のそばに二人いた護衛の内、生き残った一人がそばにやってきたが…、
 真田はその護衛の男が、何か言おうと口を開いた瞬間に右手を軽く上げた。

 ガウゥンーーーーーッ!!

 護衛の男は、辺りに銃声が鳴り響くと同時に地面に倒れ伏す。
 だが真田はそれを少しも見もせずに、頬に残る傷を軽く指で撫でた。
 くぼずきんは頬の傷を残していなくなってしまったが、まだこの町から消えていなくなった訳ではない。それにくぼずきんの様子からすると、かなりの深手を負っているようだった。
 時任というウィークポイントを抱えながら、あの深手で逃げ切るのは困難である。
 真田はタバコをつけてから、手に持ったままになっていたライターのフタをカチンと音を立てて閉めると…、ゆっくりと黒い高級車に乗り込んだ。

 「くぼずきんと時任を殺さずに捕まえて、私の前に連れてきたまえ…。ただし、その二人以外は殺せ…、反逆者としてな」

 軍の裁判にかかることもなく、真田の口から葛西達の処分が下される。魔獣の件で国の上層部に潜り込んだ真田は、すでに軍のすべてを自分の支配下として掌握していた。
 しかも、国の首脳部は魔獣騒ぎで国外に逃げ出している者がほとんどのため機能してしない状態にある。今、軍隊を率いて軍事クーデターを起こせば、簡単に国を手に入れることができるかもしれなかった。
 だが、暗躍をやめて軍隊を率いて表に出た真田を、遠くから眺めていた人物がいる。
 その人物は黒い高級車を無人のビルの上から眺めながら、不気味な笑みを浮かべて腕を胸の辺りで組んでいた。

 「ふふふっ、こんなちっぽけな国でも…、国は国だものね」

 誰に言うでもなくそう言った関谷は、高級車が走り去るときびすを返して屋上からビルの内部へと続くドアに向かって歩いていく。その関谷の後ろには、いつも関谷に付き従っている矢崎の他に三人の人影が立っていた。
 関谷は中に戻るためにドアに手をかけたが少しだけ立ち止まると、後ろにいる三人に向かって声をかける。
 しかし、その三人の名前は関谷の所属していた東条組の中にはなかった。
 「アタシは役立たずを飼うシュミはないの。それをちゃんとわかってるかしら?」
 「もちろんですよ、関谷さん」
 
 関谷の言葉にそう答えたのは、荒磯部隊に所属しているはずの大塚だった。



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