くぼずきん.42




 夕日が沈んで夜がくれば、やがて朝日の登る朝が来る。
 それは当たり前のことだったが、暖かい毛布の中でぬくもりの中にまどろんでいたいと思うような夜明けはとても久しぶりのような気がした。
 ここは魔獣と戦っている部隊の近くなので、決して安全ではないのだが…。
 それでも、捕まえられるかもしれないという不安も恐怖も感じない。
 外から聞こえる雀の鳴く声に目を覚ました時任は、薄目を開けて何もない廃屋の壁を眺めてから、次に隣に眠っているくぼずきんを見めた。
 疲れ果ててやつれ切ったくぼずきんの顔を見ているとつらくて苦しくて、ズキズキと胸が痛むのを感じたが…、眠りに落ちる前から繋いだままになっている右手の温かさに、時任は泣き晴らした瞳で柔らかく…、少し哀しそうに微笑む。
 そしてぐっすりと眠りこんでいるくぼずきんの口元に手を当てて、ちゃんと息をしていることを確認すると細く長く息を吐いた。
 ベッドの中で手を握りしめて抱きしめ合いながら眠りに落ちた時も、くぼずきんは平気な顔をしてはいたがあんな傷がすぐに治るはずはない。
 大丈夫と言ってはいても、やはりかなり無理をしているに違いなかった。
 
 「くぼちゃん・・・・・・」

 時任は起こさないように気をつけて小声でそう呟くと、くぼずきんの暖かい胸にそっと頬を寄せる。すると、そこからはトクントクンと規則的に動いている心臓の音が聞こえた。
 その音を聞いていると…、全身から力が抜けていくように眠くなったが…。
 くぼずきんが眠り続けていた時には、その音と手のひらから感じられる温もりからしか生きていることを感じられなくて…、トクンと鳴る鼓動を聞くたびに自分の鼓動が早くなって眠れなかった。 
 時任はくぼずきんの胸から頬を離すと、少し涙のにじんだ瞳で上を向く。
 するとそこには、まだ眠りから覚めないくぼずきんの顔があった。
 だが、くぼずきんの唇に時任が自分の唇を寄せようとすると、閉じていた瞳がゆっくりと開く。
 それに驚いた時任は慌てて顔をそらせようとしたが、くぼずきんがとっさに顎に手をかけたのでそうことができなかった。
 「まだ時間早いけど、目が覚めちゃった?」
 「・・・・うん」
 「おはようのキス…、途中でやめないでしてくれればよかったのに」
 「そ、そんなことしようとしてねぇっつーのっ」
 「ホントに?」
 「聞くな…、バカっ」
 「じゃあさ…、唇になら聞いてもいい?」

 「えっ…?」
 
 くぼずきんの言葉に時任は何か言おうとしたが、その前に唇をふさがれて声を奪われる。
 おはようのキスとは思えないほど長く深くキスされて、時任は軽くくぼずきんの胸を叩いたがその力はとても弱かった。
 浅く深く…、短く長くキスを繰り返しながら…、くぼずきんの胸にしがみつくと…。
 くぼずきんは握っていた右手を離して、時任の頭を優しく撫でた。
 昨日も眠る前に会えなかった時間を埋めるように、何回も何回もキスをして…、強く抱きしめあっていたけれど、それでもまだ全然足りなくて…。
 抱きしめ合えば合うほど、キスすればするほど…、もっともっとそばにいたくて…、ずっと抱きしめ合っていたくなる。
 その気持ちだけで、好きという気持ちだけで胸の中がいっぱいになっていくのを、時任は毛布の中にあるぬくもりと触れてくる唇の感触と一緒に感じていた。
 誰よりも好きで大好きだから…、大切で守りたいから…、くぼずきんを危険な目にはあわせたくない。けれど、もう二度と抱きしめあった腕を…、握りしめた手を離したくなかった。
 たとえ、自分がワイルド・キャットであるという事実が目の前にあっても…、
 戦わなければならない現実が、行く先に壁となって立ちふさがっていても…、愛しくて恋しすぎて離れられなかった。
 時任は長いキスが終ると目を閉じたまま腕を伸ばして、くぼずきんの頭を包みこむように優しく抱きしめる。するとくぼずきんも、時任に抱きしめられたまま瞳を静かに閉じた。
 「くぼちゃん…、ごめんな…」
 「どうして、あやまるの?」
 「一人で行こうって思ったのに、やっぱ一人じゃダメだったから…」
 「・・・・・・時任」
 「なにもあきらめるつもりなんかなかったけど…、くぼちゃんに会えなくなるかもしんないって思ったら…、苦しくて苦しくて…、どうしても苦しくてたまんなくなって…」
 「もういい…、なにも言わなくていいよ。わかってる…、俺も同じだったからわかってるから…」
 「なんで…、なんでこんなに好きになったんだろ……」
 「・・・・・もしかして、好きになったの後悔してる?」

 「そんなのするワケねぇじゃん…。後悔できないくらい好きだから、胸がこんなに苦しくて痛くて…、すごくあったかいんだ…」

 時任がそう言うと、くぼずきんが抱きしめている腕に少しだけ力を込める。
 すると時任は、少しだけ瞳を開けて視線を窓の方に向けた。
 二人のいる部屋は薄暗くて、明るい日の光は届いて来なかったが、窓からは青すぎるほど青い空が見えている。
 けれど、その空には少しだけ灰色の雲がかかっていた。
 ここのところずっと天気が続いていたが、もうじきまた天気が崩れるかもしれない。
 時任がそんな空を眺めながらくぼずきんの髪に頬を寄せると、廊下からドアをノックする音が聞こえてきた。

 「おはようっ、二人とも起きてる?」

 聞き慣れない女の声に時任が少し身体を緊張させると、くぼずきんは抱きしめている腕を離して安心させるように時任の背中を軽くポンポンと叩く。そんなくぼずきんの様子で危険がないことがわかると、時任は頭から腕を離して慌ててベッドから起き上がった。
 するとくぼずきんは少し残念そうにしていたが、ベッドから上半身を起こす。時任はまだ会ったことがなかったが、くぼずきんの方はすでに昨日会っているので、声の主が誰なのかがわかっていた。
 二人で一緒にいるとここがどこなのか忘れてしまいがちだが、この廃屋は軍隊の駐留している場所のすぐ近くにある。今日はその軍隊に所属している、荒磯部隊という部隊の葛西隊長と話をすることになっていた。
 のほほんとした口調でくぼずきんが「どうぞ」と言うと、救護班に所属している五十嵐が入ってくる。しかしまだそこに葛西の姿はなく、五十嵐の手には食事の入ったトレーがあった。
 「昨日から何も食べてないから、お腹すいたでしょ? おねぇさんが腕によりをかけて作ってあげたから、遠慮なく食べてちょうだいねっ」
 「お世話かけマス」
 「あらぁ、いいのよ〜。貴方のためならご飯くらい、いっくらでも作っちゃうわ、アタシ」
 「そいつはどうも…」
 「うふふ…、アタシが食べさせてあげてもいいのよ?」
 五十嵐は部屋の中央に置いてあったテーブルの上にトレーを置くと、うっとりとした表情でそばにいる時任を無視してくぼずきんのいるベッドまで素早く移動する。
 そして、ベッドに身体を起こしているくぼずきんの腕に自分の腕をからませた。しかし五十嵐に腕を取られたくぼずきんは、そのままのほほんとした様子で枕元に置いてあったセッタを口にくわえるとそれにライターで火をつける。
 すると、その様子を見ていた時任はフルフルと手を振るわせながら、くぼずきんに迫っている五十嵐を指差した。
 「な、なんなんだっ!!!このくそババァはっ!!」
 「誰がくそババァですってぇっ!!」
 「てめぇのことに決まってんだろっ!! くぼちゃんから手ぇ離せっ!!!」
 「あら、ツメなんて出しちゃって凶暴ねぇ。アタシ怖いわぁ〜」
 「…っとか言いつつ、くぼちゃんにしがみつくなぁっ!! 」
 「ねぇ…、アタシといいことしなぁい?」

 「く、く、くぼちゃんのバカーーーっ!!」

 五十嵐に腕を取られたまま、それを振り解こうともしないくぼずきんに、時任が部屋中に響き渡る声でそう叫ぶ。
 くぼずきんと五十嵐が並んでいるのを見て、時任は顔を真っ赤にして怒っていた。
 その様子を見た五十嵐がくぼずきんに向かってウィンクすると、くぼずきんは口元に笑みを浮かべて自分の腕を取り返してベッドが起き上がる。
 そして、優しい瞳で時任を見つめながらその前に立つと…、くわえていたセッタを右手で取って、五十嵐の見ている前で時任の額に軽く口付けを落とした。
 「俺は時任しか見てないから…」
 「・・・・バカ」
 「好きだって言ってるのに、バカしか言ってくれないの?」
 「・・・・あ、あとで言うっ」
 「じゃあさ、戻ってきたら聞かせてくれる?」

 「戻ってきたらって…、もしかしてどっか行くのか?」

 くぼずきんの言葉に、時任の瞳が哀しそうに不安そうに揺れる。
 その不安も哀しさも離れていた時間の長さが…、そばにいる今も時任の心に暗く影を落としてしまっていたからだった。
 どんなにそばにいたくてもいられない時間は、本当にとても長くて長すぎて…、
 一緒にいようと手を握りしめていても、握った手の離れる瞬間をどうしても想像してしまう。
 けれどその不安を拭い去ろうとするかのように、くぼずきんが時任の髪を乱暴にぐちゃぐちゃっと撫でた。
 「どこにも行かないよ。ホントにちょっと部屋を出るだけ」
 「けど…」
 「朝メシ先に食っててよ。スープがさめない内に戻ってくるから…」
 「・・・・・・ウソついたら許さねぇかんなっ」
 そう言った時任の額にもう一度キスすると、くぼずきんはドアを開けて部屋を出ていく。
 すると部屋の中には、時任と五十嵐の二人だけが残った。
 テーブルには五十嵐の作った暖かい料理が乗っていたが、時任はそちらの方を見ずにドアばかりを見つめ続けている。そんな様子を見た五十嵐が少し哀しそうな顔をして軽く息を吐いたが、それにも時任は気づいていなかった。
 くぼずきんのことを信じているからその後を追いかけたりはしないが、離れたくない気持ちが強すぎてドアから視線をそらせない。時任はそんな自分の気持ちを持てあましながら、さっきまで二人で眠っていたベッドに腰かけた。
 するとそこにはまだくぼずきんのぬくもりが残っていて、手でシーツを触ると温かさが伝わってくる。その温かさを感じていると、まだ二人であのまま眠っていたかったような気した。
 
 「心配しなくても、本当にすぐ戻ってくるわよ…」

 じっとくぼずきんを待つ時任を見かねたのか、五十嵐がそう言ってテーブルのそばに置かれた粗末な椅子に腰かける。すると時任は五十嵐の方に視線を向けたが、さっきのことがあるのでその視線は少し厳しかった。
 けれど、五十嵐はそれを気にすることもなく時任に向かって軽く方をすくめてみせると、年上のお姉さんらしい優しい微笑みを浮かべながらながら、自分の作った暖かな朝食を眺める。
 五十嵐の作った朝食は、本当にすごくおいしそうに見えた。
 「確かに置かれてる状況は辛いし苦しいし、すごく大変だと思うけど…。あんた達を見てるとやっぱりうらやましくなっちゃうわね…。焼けちゃうわ…」
 「なんで、そう思うんだよ? もしかして…、くぼちゃんを好きだから?」
 「確かにくぼずきん君は素敵だけど、そうじゃないわ。そんな風にお互いを好きだなんて…、あるようでないことだからよ。本当に奇跡に近いと思うわ…」
 「キセキ?」
 「そうよ」
 五十嵐はお互いに好きだと想っていることを奇跡だと言い切ると、目の前にあったスプーンに手を伸ばして、それでスープをかき混ぜ始める。
 すると時任は、その様子を見ながら軽く首を横に振った。
 出会ったことも恋しあってる事実も…、確かに予測のつかなかったことで…。
 偶然と奇跡と…、運命…、そんなものがつらなって今があるのかもしれない。
 けれど、胸の奥にある熱すぎる想いを…、奇跡とは呼びたくなかった。
 もしも奇跡や運命やそんなものがなかったとしても、くぼずきんのそばにいたかった。
 
 「そう想ってたいキモチがあるから、ずっとずっと好きで…。だからそれはキセキなんかじゃなくて、自分の意思ってヤツだから…、好きってキモチにキセキはねぇよ…」

 そう言うと時任はベッドの上から立ち上がって五十嵐の方に歩いて行くと、その前にある椅子に座って、テーブルの上に置かれたパンをちぎってた食べ始める。
 そしてスプーンを持ってスープを口に含むと、口元に笑みを浮かべた。
 「うまいな…、コレ…」
 「うまいのは当たり前よ。アタシが腕によりをかけて作ったんだから」
 「サンキューな」
 「急にしおらしくなっちゃって…、どうしたの?」
 「・・・・スープがスゴクあったかかったから」
 「そう…」
 ここに来るまでの間に関谷に捕らえられ、宗方に捕まえられて…。
 だからなのかもしれないが、五十嵐の作ったスープの温かさが胸に染みてくる。
 くぼずきんに抱きしめられた時とは違った温かさを感じて、時任は五十嵐に向けていた警戒を完全に解くと本格的に朝食を食べ始めた。
 湯気の立っているスープと、サラダと綺麗な黄色い卵焼き…。
 スープが冷めるまでにくぼずきんは戻ってくると言っていたが、時任が朝食を食べ終えても部屋のドアが開くことはなかった。










 「そろそろ…、時間かもね…」
 時任が朝食を食べている頃、くぼずきんはそう言いながら隣の部屋で注射器を握っていた。
 鵠に使用方法は聞いて来てはいたが、時任に気づかれずに打つのは難しい。今回は普通に部屋を出てきたが、頻繁にそばを離れればさすがに不審に思うに違いなかった。
 時任の前では平静を装っていたが、くぼずきんの額には細かい汗が浮かんでいる。
 注射器を握る手も、細かく震え出してしまっていた。
 だがそんな自分の手すら、薬が切れかかってぼんやりと視界が霞んでくる。
 薬が切れると同時に襲ってきた腹部からの痛みは、予想よりも遥かに痛みが酷かった。

 「けっこう痛みには強いつもりだったけど…、コレはさすがにちょっと…、ね…」

 傷から来る痛みと苦しさに息を荒くしながらも、くぼずきんは口元に笑みを浮かべる。
 そして注射器の針を自分の腕に刺すと、一気に中に入っている溶液を注入した。
 本当はこの激痛に耐えながら、病院のベッドで寝ていなくてはならない。
 だが、醜悪なる神が宗方の手に落ちていることがわかった今は、時任があの廃ビルに行こうとしていたように、もはやそうするしか道は残されていなかった。
 どこかに隠れても…、いずれ見つかってしまう…。
 もう二度と時任を誰にも触れさせたくないという想いが、くぼずきんを突き動かしていた。
 再び握りしめることの出来た手を、抱きしめた想いを温かさを失うことには耐えられない。身体の痛みよりも時任を失うことの痛みの方が…、ずっとずっと苦しくて…、苦しすぎてたまらなかった。
 落ちかけた壁に寄りかかりながら床に座り込むと、薬が効き始めるまでの間、くぼずきんは額の汗を拭いもしないで埃の積もった床を見つめる。
 もしかしたら…、自分の死に場所はこんな所ではないかと思ったこともあったが…。
 隣の部屋にいる時任を想うと…、こんな所では死ねなかった。
 無様でもどんなに情けなくても…、そんな姿をさらしたとしても…、あきらめずに前に進んでいこうとする時任の隣にいたかった。

 どうしても…、なにがあっても…、好きだから大切だから守りたかった。

 ケガよりも薬に侵されつつある身体でくぼずきんが立ち上がると、ゆっくりと部屋のドアが開く。その音に気づいたくぼずきんがドアの方を向くと、そこには時任ではなく荒磯部隊の葛西が立っていた。
 まだそんなに時間はたっていないと思っていたが、薬が効いてくるのを待っている内に予想外に時間がたってしまったのかもしれない。
 くぼずきんが時任との約束を思い出してドアに向かおうとすると、葛西は少し眉間に皺を寄せながら後ろ手で閉じたドアに寄りかかった。
 「ケガしてるってのは五十嵐のねぇちゃんから聞いてたが、かなりヤバイみてぇだな…」
 「ま、それなりにね…」
 「くぼずきんってのは呼びにくいから、誠人って呼ばせてもらうが…」
 「どうぞご自由に」

 「誠人…、悪いようにはしねぇから、ワイルド・キャットのことは俺らにまかせて手を引け」

 薬をうつ所まで見られていたということはないが、くほずきんの尋常ではない様子を見た葛西は、そんな風に言う。しかし、その言葉を聞いたくぼずきんは、額に汗を浮かべてはいるものの平然とした様子でゆっくりと首を横に振った。
 しかしそれでも葛西はそういう性分なのか、時任を自分に預けるようにくぼずきんを説得しようとしている。だが、くぼずきんはその言葉にまったく耳をかそうとはいなかった。
 「まだ事情は聞いてねぇからわからねぇが…、たぶん軍は魔獣がこの国からいなくなるまで戦争を続けるつもりだ」
 「・・・・・・・」
 「いくらあいつのことを想ってたとしても、一人で守り切るのはムリだろう…。特に今の状態じゃ戦う前に行き倒れになっちまう」
 「そうかもね…」

 「そうかもってお前、・・・・・本気で死ぬぞ」

 葛西が本当にくぼずきんを心配していることは、その口調と表情からわかった。
 けれど、葛西に時任を任せることはできない。それは葛西が信用できるとかできないとかそういう問題ではなく…、ただ時任を誰にも渡せなかったからだった。
 薬が効いてハッキリしてくると、くぼずきんは凍りつくような瞳で葛西の顔を視界に捉える。
 そして右手を伸ばして葛西の吸っているタバコを取ると、ドアの横にある壁に押し付けた。
 「俺のジャマすると…、アンタの命運の方が先に尽きちゃうかもよ?」
 「・・・・・・・・マジメに言ってんのか?」
 「ためしてみる?」
 「いや、遠慮しとくぜ…。まだ、俺は命が惜しいからな…」
 「ふぅん…」
 葛西は冷汗をかきながらそう答えたが、すぐに気を取り直した様子でポケットから新しいタバコを取り出す。そしてそのタバコに火をつけてうまそうに吸うと、ニッと笑って寄りかかっていたドアから身体を離した。
 「けど、魔獣についての話くらいは聞かせてくれんだろ? 」
 「葛西サンって、軍のヒトじゃなかったっけ?」
 「俺は軍人じゃなくて刑事だ。今はこういう事態で借り出されちゃいるが…」
 「なら、話を聞いても仕方ないっしょ? なにかわかった所で、軍人でも刑事でも国家権力には逆らえないしね」

 「べつに俺はどうこうしようとは思っちゃいねぇよ。ただ、何もわからねぇままなのがイヤなだけだ」
 
 葛西はそう言うと、魔獣の件について話をするために時任のいる部屋に向かおうとする。
 だが、葛西がドアを開けようとした瞬間に、何者かが部屋の中に飛び込んできた。
 
 「た、大変ですっ、葛西さんっ! 魔獣対策本部の!!」

 部屋に飛び込んでくるなり隣の部屋まで聞こえそうな大声でそう叫んだのは、荒磯部隊で葛西の補佐役を勤めている相浦だった。相浦はここまで全力で走って来たのか、肩で荒く息をしている。
 葛西は詳しい事情を聞く前に、相浦の表情から何かを感じ取ったのか、急いで時任と五十嵐のいる隣の部屋に向かったが…、
 その時すでに黒い車から降りてきた何者かが、廃屋の玄関から室内に侵入して来ていた。



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