くぼずきん.41




 荒磯部隊は警察機関に所属していた者で作られた部隊だが、実は配属された者は警察側からその存在を煙たがられていた人間が多い。その中には隊長である葛西も含まれるのだが、この三人が荒磯部隊に配属されることになった理由はもっと別にあった。
 裏組織に、警察内の情報を流していたという黒い疑惑。
 しかし、この三人が怪しいことがわかっていても、警察機構自体も裏組織に汚染されてしまっている。そのため上層部からも圧力がかかっていて、この三人を処罰することはできないでいた。
 だが上層部の方でも扱いに困っていたようで、今回の魔獣狩りが始まるとまるで厄介払いをするかのように、荒磯部隊に三人を配属。
 葛西もこの三人の行動に注意を払ってはいたが、今のところはそれらしい不審な動きはなかった。
 しかしこんな所にいるとなれば、やはり警戒は必要のようである。
 葛西が出てきた三人に何か言おうと口を開きかけた時、反対側から何者かの声がした。

 「のぞくのは勝手だけどさ。こんな廃屋じゃあ風呂はないよなぁ」

 そう言いながら葛西の来た反対側の方向から現れたのは、廃屋の周辺を警備していた相浦である。普段、相浦は戦闘を行わないがそれなりに銃の腕は立った。
 そのため本当は松原と室田が警備にと申し出ていたが、二人は明日の戦闘に備えなくてはならないので、普段は戦闘を行わない相浦が警備している。
 しかし葛西と相浦の二人に挟み打ちにされた三人は、この状況に少しも動じる様子はなかった。
 三人の中で一番悪人っぽく見えるリーダー格の大塚は、廃屋の方を眺めながら嫌な笑みを浮べている。その笑みを見る限りでは、大塚が何かを企んでいることだけは確かなようだった。
 葛西は相浦にチラリと視線を送ると、拳銃を降ろす。
 相手が同じ荒磯部隊の人間である以上、やはりここで騒ぎを起こすのはまずかった。
 軽く肩をすくめてタバコを地面に落として踏み消すと、葛西は大塚に向かって普段と変わらない様子で口を開く。しかし大塚は廃屋の方を眺めながら、嫌な笑みを浮かべたままだった。
 「こんなとこでなにやってんだ? お前ら」
 「ここらヘンで、魔獣を見たって情報があったから来たんっすよ」
 「なるほどな…。今日はめずらしく働き者じゃねぇか、大塚」
 「めずらしくじゃなくて、俺らはいつだって働き者なんっすよね」
 「そりゃあ、初耳だな」
 「そういう葛西隊長こそ、こんな所でなにを?」
 「デートだ、デート」

 「・・・・・・まさか、相浦と?」

 葛西のデート発言に、大塚が視線を相浦の方に向けた。
 すると相浦は、激しすぎるくらい激しく首と手を横に振っている。
 たとえ彼女がいないにしても、葛西とデートしていたという噂が広がったら、女の子が寄りつかなくなるばかりか同じ隊員からも何を言われるかわからなかった。
 しかし相浦が激しく否定していても、葛西の方はそれについて何も言わない。
 そんな葛西の態度に涙しながら違うと相浦は叫んでいたが、それには構わず葛西は大塚との話を続けた。
 「…で、ここに魔獣がいるって情報は誰のだ?」
 「さぁ、人づてに聞いたんでね」
 「ここまで来たにしちゃあ、ずいぶんと信用性のない情報だな」
 「信用性がなくても…、いるのがワイルド・キャットかもしれないならどうっすか?」
 「・・・・・・猫でも犬でも、魔獣は魔獣だ」
 「ふん…。まぁ、魔獣がいないならここにいてもしょうがないんで俺らは退散しますよ、隊長」
 「明日もこの調子で働き者になってくれりゃあ、ありがたいがな」
 葛西の皮肉を無視すると、大塚は仲間の二人、笹原と石橋を連れて歩き出す。
 だが、まだ涙目のままの相浦の横を通り過ぎる時、少しだけ足を止めるとその肩をポンッと軽く叩いた。
 「せっかくのデートをジャマして悪かったなぁ、相浦」
 「ち、違うってっ!!」
 「なかなかお似合いだぜっ。金魚のフンみたいで」
 「・・・・金魚のフンはお前らの方だろ」
 「うるせぇよっ、黙れホモ野郎っ!」
 相浦に向かって吐き捨てるようにそう言うと、、大塚は暗闇の中に姿を消した。
 けれど、相浦の言葉に過剰に反応していたということは、もしかしたら誰かの命令で動いているのかもしれない。戦闘が続いているこんな状況に内部で争そっている場合ではないのだが、やはり軍隊の方から見れば、目覚しい活躍を続ける荒磯部隊は目障りに違いなかった。
 もしも時任をかくまっていることを知られれば、葛西は隊長の座を追われ軍の裁判にかけられることになる。廃屋をのぞいていた大塚がそれを狙っているとしたら、やはり今まで以上に注意が必要だった。

 「べつに隊長のイスなんざぁ、欲しけりゃいつでも譲ってやるが…」
 
 大塚達を見送った後で葛西がそう呟くと、相浦が再び首を横にふる。
 しかし、その振り方はさっきと違ってゆっくりだった。
 荒磯部隊は結成当初から葛西が率いているが、クセのある者の多い部隊をまとめられるのは葛西の他にはいない。葛西に何かあれば相浦がその座に座ることになるというのが、部隊内でひそかに囁かれていることだったが…。
 相浦自身は、たとえ何があっても絶対に隊長になるつもりはなかった。
 「葛西さん以外、誰があの変わり者部隊の隊長をやれるってんですか? 俺は葛西さん以外の下につくのなんかゴメンっすよ」
 「はははっ、変わり者部隊ってのは良く言ったもんだぜ。そいつには、てめぇも含まれてんだぞ?」
 「変わり者ってのも悪くないって思ってますからね、俺は」

 「ま、確かに悪くはねぇな…」

 そんな風に変わり者部隊の話を二人は話していたが、部隊は結成されてからまだそれほど時間がたっている訳ではない。しかし、葛西も相浦も荒磯部隊にそれなりの愛着というものを持っていた。
 それはやはり、同じ部隊の隊員というよりも魔獣との戦闘を戦い抜いてきた戦友だからなのかもしれないが、大塚と笹原、そして石橋はそんなものは感じていないように見えた。
 相浦は少し顔をしかめると、胸の前で腕組みをして暗闇をにらみつける。
 その暗闇は、大塚達が消えた場所だった。
 「・・・・大塚のこと、どうするつもりなんっすか?」
 「まだ何も行動を起こしていない以上、泳がせとくしかねぇだろ」
 「けど、泳がせても…、叩けるかどうかはわからないっすよね…」
 「そん時はそん時だ…。考えたって始まらねぇことは考えるな、相浦」
 「・・・・・あーあ、憂鬱だなぁ」
 そう呟いた相浦は、くるりと後ろを向いて再び廃屋の警備に戻ろうとする。
 しかし散歩進んだ所で何かを思い出したように、新しいタバコをポケットから取り出した葛西の方に向き直った。 
 「デート疑惑は、必ず訂正してくださいよぉっ!!!」
 「大塚が言ったって、そんなもん誰も本気にしやしねぇだろう」
 「なんて言ってて、広まったらどうしてくれんですかっ! 女の子と一生デートできなくなったら、俺、泣きますよっっ!」
 「できなくなるって、お前。今までにデートしたことあんのか?」
 「うっ…、それは…」
 「ま、がんばれよ」

 「…って、それとこれとは関係ないじゃないっすかっっ!!」

 相浦はそう葛西に向かって怒鳴っていたが、葛西は軽く肩をすくめると大塚達が向かった方向に歩き出す。それは部隊がキャンプしている補給部隊のある場所に行くためだったが、大塚達を監視するためでもあった。
 大塚達がどことつながっているのかはまだわからないが、魔獣のことで処分を受けるにしても、やはりくぼずきんという男と時任というワイルド・キャットの話を聞いてからにしたいと…、そんな風に葛西が思うのは葛西自身が魔獣との戦いに疑問を抱いているせいである。
 だがそれでも戦い続けてきたのは、その疑問を解く鍵を見つけたかったからなのかもしれなかった。
 魔獣と人間の姿には違いはあるが、ワイルド・キャットである時任を見てもわかるように人間と何も変わらない。
 凶暴化している魔獣のことはあるが、やはり魔獣にも人間と同じように心があった。
 大切な人を守りたいと、そんな風に思う心が…。
 くぼずきんを守ろうとしていた時任の姿は、今も葛西の脳裏に焼きついていた。
 傷つきながらも両手を広げて立つ時任の姿を思い浮かべるたびに、葛西は戦ったとしても勝てなかっただろうと感じている。
 けれど、それは剣や銃の腕ではなく…、心の想いの強さの差だった。
 「人間らしくなんて言葉が…、そういやあったっけな…」
 廃屋にいる二人のことを思い出しながら、葛西は新しいタバコに火をつけながらそう言うと口元に薄く苦笑を浮かべる。それは、いつか誰かの口から聞いたことのある言葉を思い出したからだった。

 理性に捕らわれるよりも、感情のままに生きた方が人間らしい…。

 その言葉の通りに生きるとしたら、動物として生きることと変わらないかもしれない。
 しかし人間らしくだろうと動物らしくだろうと…、この世に生まれたからには死ぬまで生きていくことには変わりはなかった。
 自分の足で、過ぎていく時を踏みしめながら…。
 葛西は目の前に見えてきたキャンプ地を見て目を細めると、
 「生き様なんてのは、生きてる時に考えるもんじゃねぇ…。まっ、死んでから考えるなんてのもムリだろうが…」
と、呟いてから大塚達を監視するために動き出す。
 だがその夜は大塚達に目だった動きはなく、監視していた葛西は肩透かしを食らった。
 何もないならそれに越したことはないが、やはり嫌な予感だけはなくならない。
 葛西は朝になると寝不足顔で深く息を吐いて、再び時任とくぼずきんのいる廃屋に向かったのだった。



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