くぼずきん.37




 軍隊と魔獣の衝突は町のあちこちで起こっていたが、魔獣が住みかにしていると思われる廃ビル群のある場所周辺は特に戦闘が起こりやすい地域だった。
 その地域を取り囲むように軍の各部隊は配置されていたが、警察から応援が来ていることからもわかる通り、最初から人員不足に悩まされている。つまり部隊は配置はしていても、完全に包囲しきれていないのが現状だった。
 そのため警察からの寄り集めで結成された特殊部隊、別名荒磯部隊は遊撃部隊として戦闘の激しい地域への援軍として飛びまわる日々が続いている。戦闘がはじまった頃は武器による戦いが主だったが、銃器不足や魔獣の暴走により、刀剣や素手で戦える者のいる荒磯部隊の重要性は高くなっていた。
 「…今日はずいぶん張り切って出迎えてくれているようです」
 「確かに切りがない…、まだ平気か、松原」
 「当たり前です。武士たる者、これくらいで音をあげたりはしないっ!」
 「前進あるのみか…」
 「そういうことですっ」
 そんな会話を交わしながらも、松原は襲い来る魔獣を見事な刀さばきで切り伏せている。
 松原の持っている刀は童子切安綱という名刀で、大江山に住む酒天童子という鬼を斬ったと言われる太刀だった。外国から渡ってきた品だが、この安綱は刀身が80pと長いが松原の手にはしっくりと馴染んで扱いやすい。
 素早い切り返しで次々と魔獣を倒していく松原の姿は、その動きの美しさに一緒に戦っている部隊の者が見惚れるほどだった。
 「荒磯流抜刀術!!霧雨っ!! 」
 大型の魔獣が目の前にいたが、松原の良く通る声と共に視界に捕らえることもできないほどの早さで刀が幾筋もの軌跡を描く。すると瞬殺ともいうべきその技を受けた魔獣は、大きな音を立てて地面に転がった。
 しかし、その瞬間に身軽なウィッチ・ドッグが、倒れた魔獣の後ろから飛び出してくる。
 松原は再び刀を構え直したが、相手が相手なだけにさすがに間に合わなかった。
 「くうっ!!!」
 被害を最小限に食い止めるため、松原が刀の柄でウィッチ・ドッグの攻撃を避けようとしたが、それよりも早く巨大な影がその間に割って入る。
 それは、松原の後ろで背中を守るように戦っていた室田だった。
 「室田っ!」
 「大丈夫か?!」
 室田は松原が無事だということを確認すると、持っていたロケットランチャーを軽々と操ってウィッチ・ドッグを撃退する。ロケットランチャーは遠距離射撃用なので近距離戦闘では使えない代物だったが、室田はそれを刀のように武器として使っていた。
 見えない速度で刀を繰り出す松原も普通でないが、それはランチャーを振り回して戦っている室田も同じである。二人は目を合わせてうなづき合うと、次々と留まることなく襲ってくる魔獣を恐れることもなく戦いの中に突進していった。
 「行くぞっ、室田っ!」
 「うおぉぉっ!!」
 叫び声を上げて二人が突進していくと、さっきからの戦いを見ていた魔獣達が一瞬動きを止める。それくらい二人の戦いぶりは、苛烈で凄まじいものだった。
 しかし松原と室田のいる三区は、今日は他の場所より魔獣が集結していて戦いに終わりが見えない。いつもならこれくらい倒せば一時退却するはずなのだが、まだそんな様子は見られなかった。
 戦い続けている二人の表情に少し疲労の色が見えているが、それはやはりここの所のずっと休まず戦い続けていることを考えれば無理もない。だが、松原は持ち前の強靭な精神力で、室田は鍛え上げた肉体と体力でなんとか今まで倒れずに持ちこたえていた。
 
 「おらっ、そこの二人っ! 前に出すぎだっ、さがりやがれっ!」
 
 しばらく二人が先頭を切って戦っていると、後ろの方から迫力のある声が響く。
 その声は二人の上司であり、荒磯部隊の隊長である葛西の声だった。
 葛西は全体の状況を把握するために後方にさがっていたが、相浦から状況を聞いて前線に出てきたのである。
 さがれと葛西に言われた松原は少し不満そうな顔をしたが、こういう戦場での命令無視は全体の指揮に関ることを良く知っていた。そのため松原は室田に目配せすると、逆らわずにタイミングをはかってと少し後ろへとさがる。
 すると葛西は二人の横に並びながら、一点に向かって射撃用のライフルを構えた。
 「おいっ、松原。闇雲に戦うなといつも言ってんのに、なんで聞けねぇんだっ」
 「闇雲じゃありません。ただ、戦いを挑まれたら敵に背中を見せられないだけです」
 「…ったく、お前ぇもなんでコイツを止めやがらねぇんだよ、室田」
 「すいません…」
 「今やってんのは、決闘じゃなくて戦争だ。それだけは、よーく覚えとけっ」
 少し口調は乱暴だが隊長らしく葛西が説教すると、刀を振るいながら松原はしぶしぶうなづいたが、室田の方はそんな松原を見ながら少し何か考えるような表情をしていた。
 松原が強いことは認めているが、やはり多数の敵と刀で戦うのには限界がある。
 そのことを室田は、決闘ではなく戦争という言葉を聞いて心配しているのだった。
 葛西はそんな二人の様子をチラリと見てから、ライフルのトリガーにかけている指に力を入れる。
 するとライフルの銃口から、狙った一点に向かって発射された。
 
 バァァーーーーンッ!

 葛西の放ったライフルの音がビルの谷間に反響すると、最前線にいた魔獣達よりも少し後方にいたフロスト・フォックスが倒れた。
 ライフルの音が鳴り響いても少しの間だけ戦闘を続けていたが、フロスト・フォックスが倒れたことを知ると、不思議なことに次第に魔獣達が三区から引き始める。その様子をライフルを肩にかけながら、葛西は血生臭い戦いの中でタバコをふかしながら見ていた。
 「狂ったように襲ってくるヤツはいるが、今の所はまだ指揮系統は生きてる。それが崩れない限りは、アタマを殺りゃあ引くってことだ」
 「けど、どれが命令出してるかって、わからないとダメじゃないっすか?」
 「カンで見分けろっ、カンでっ!」
 「はぁ、それができれば苦労しないんだけどなぁ」
 葛西の後からやってきた相浦が、軽く肩をすくめながら松原達のところにやってくる。
 指揮していたフロスト・フォックスを失った魔獣が戦場から引き始めたので、今日の三区の戦闘は終了のようだった。
 軍の指揮官も葛西も追撃命令は出さなかったので、戦場の緊迫したムードは次第にゆっくりと緩んでいく。すると凄まじい勢いで戦っていた松原も、すうっと刀を下に降ろして深く長く息を吐いた。
 やはりいくら精神も身体も鍛えているとは言っても、戦い続ければ疲労が溜まる。
 実はその疲労も、魔獣との戦いに決着をつけられない原因になっていた。
 正確な魔獣の数が把握できていないので、作戦もなしにテリトリーである廃ビル群に向かって突入していくのは危険だということもあるが、追撃すらできないくらい軍自体が全体的に疲労してしまっているというのが現状である。
 葛西はライフルを相浦に預けると、荒磯部隊に三区の救護班や補給部隊のいる場所まで戻るように伝えた。
 「野郎どもっ、メシの時間だっ、とっとと帰るぞっ!」
 「へーいっ」
 「了解ですっ」
 「おうっ」
 荒磯部隊は軍ではないということもあるが、その隊長である葛西がいつもこの調子なので、軍の部隊からは魔獣と同じくらい野蛮な奴らの集まりだと陰口を叩かれていた。
 その陰口は、やはり軍の部隊よりも活躍しているということが原因である。
 命をかけて最前線で戦っているのだから文句を言われる筋合いはないのだが、やはり役立たずでも軍としての妙なプライドがあるらしかった。
 葛西は相浦にライフルを預けると、松原以下二十数名の部下を引き連れて歩き始める。
 しかし、そんな荒磯部隊の前に一人の男が血まみれで倒れ込んだ。
 「た、助けてくれ・・・・」
 「おいっ、しっかりしやがれっ!」
 倒れ込んできた男は軍服を着ているが、三区で戦っていた部隊の所属ではない。
 歩いてきた方向からしても、それは確かなことだった。
 その方向にある場所といえば、同じように最前線のある一区から来たということも考えられる。
 葛西が慌てて男に走る寄ると、男は血を流して荒い息を吐きながらも状況を伝えるために口を開いた。
 「出た…んだ…」
 「出たって何がだっ」
 「・・・ワイルド…、キャッ…ト…」
 「ワイルド・キャットっていやぁ、一生暮していけるくらいの破格の値段がついてる珍獣中の珍獣じゃねぇか」
 「前線から…、帰還する途中で見つけて…、それで…」
 「やろうとして逆にやられたってのか?」
 「一匹だったんだ…」
 「…ったくっ、一匹だからと甘くみるからこんな目に遭うんだぜ」
 「・・・・・・・・まだ仲間がワイルド・キャットと」
 「クソッ、この忙しいのに助けに来いってのかよっ」
 「・・・・・すまない」 
 そう言って俯いたこの男は、どうやら一区の戦闘が終了して帰る途中でワイルド・キャットという魔獣に遭遇したらしい。男の仲間が何人いたかはわからないが、口ぶりからすると現在もワイルド・キャットと戦闘中で形勢は不利のようだった。
 葛西は疲れ切った自分の部下達を見回して小さく息を吐くと、松原と室田、そして相浦の三人に声をかける。そして他の部下達には、怪我をして倒れている男を連れてかまわずこのまま戻るように伝えた。
 ワイルド・キャットの戦闘能力がどれほどのものかはわからないが、やはり最強メンバーで行った方が無難に違いない。それに戦えるほど動けるのも、この三人だけだった。
 「悪いがちょっとだけ付き合えや」
 「まだ戦い足りなかったところですから、よろこんで」
 「ワイルド・キャットと戦ってみてぇだけだろ? お前ぇはよ」
 「より強い者と戦うのが、僕の目標です」
 ワイルド・キャットは外見が美しいことでも有名だが、その戦闘力の高さでも注目されている。そのため、松原は疲れているにもかかわらず完全にやる気になっていた。
 葛西は松原ではなく室田の方を見て軽く肩をすくめると、タバコを足元に落として踏み消す。
 そして三人を引き連れて歩き始めたが、その表情は少しいつもと違っていた。
 このメンバーなら向かうところ敵無しといったところだったが、相手は発見することすら難しい珍種のワイルド・キャットだけにどうなるかは予想がつかない。そのため、この三人を危険な目に遭わせることになる可能性があった。
 「深追いは厳禁だ…、わかったな」
 葛西はそう念を押したが、松原は戦いにのめり込むと周りが見えなくなる傾向が強い。
 しかしそれを室田が知っているので、いざとなったら身体を張って松原を止めるに違いなかった。いつでもどんな時でも、闇雲に走りがちな松原を室田がガードしているのである。
 友達としては少し妙な二人の関係は学生時代から続いているらしいが、同じ学校出身の友達である相浦に言わせると、限りなく両想いに近い片想いらしかった。
 そんな風に言った相浦に恋人はいないようだったが、外見に反した戦略の才能の他に、部隊のムードメーカーになっているという点からしてもやはり二人と同様に相浦も只者ではない。
 警察からの寄せ集めで作られた荒磯部隊は、この三人と隊長である葛西に支えられていると言っても過言ではなかった。

 「警察にいる時より今の方がしっくり似合ってんのは、なんとも皮肉な話だぜ」

 葛西はそう呟きながら最強メンバーを連れて一区に足を踏み入れると、辺りに人の気配がないかどうかを探り始める。
 すると、ビルの奥の路地から銃声と鋭い叫び声がした。
 その声はおそらく男の仲間のものと思われたが、拳銃の音が乱射に近いような撃ち方をした時の音だったので、ワイルド・キャットにやられている可能性が高い。
 葛西が軽く手をあげると、松原は鞘に収めていた安綱を抜いて辺りを探るようにしながら構え、室田が肩に背負ってたランチャーを路地の方に向けた。
 相手は一匹だという情報だったが、叫び声からすると少なくとも男の仲間は三人はいる。
 訓練した軍人三人を一人で倒せるとなれば、やはり注意が必要だった。

 「・・・・来るぞ」

 路地から何者かが走ってくる気配を感じた葛西は、そう呟くと攻撃の合図をするために手を上げたままにしている。
 その手が振り下ろされた瞬間が、ワイルド・キャットと荒磯部隊との対決の始まりだった。
 


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