くぼずきん.15




 橘からカギを奪い取り、部下を引き連れてくぼずきんの屋敷を訪れた真田は、まず屋敷内をくまなく調べた。それは、このカギの合う扉を探さなくてはならないからである。
 最強の魔獣の話や、この森を支配していた少女の謎を探るべく真田はこの森を訪れたのだが、このカギのことや屋敷のことを真田に教えた人物は異様な雰囲気を纏った男だった。
 その男はマーケットの状況を視察していた真田の前に突然現れたのだが、なぜか初対面にも関わらずどこか見たことがあるような気がしてならない。顔はそうでもない気がするが、印象深い目が真田をそういう気分にさせるのだった。
 もしかしたらと思い、どこかで会ったことがあるかと真田が尋ねると、
 『他人の空似だろう』
と、言って男が薄く笑う。
 本当に他人の空似だろうかと真田は思ったが、それ以上そのことに付いては尋ねなかった。
 男はそんな真田を気にすることなく、淡々と魔獣の話をし始める。
 男に会った時点で、真田は初代くぼずきん家の当主はほんの小さな少女だったという情報しか知らなかった。
 最強の魔獣の話はすべて男から聞いたことだったのである。
 だが、最初から真田はくぼずきん家に興味を持っていたので、最強の魔獣はただのきっかけにしかすぎず、いずれにせよこの屋敷へと来ていたに違いなかった。
 真田が興味を持っていたのは、実はくぼずきん家と以前に出雲会に所属していたくぼずきん自身だったのである。
 
 「こ、これですっ。間違いありません」
 
 そう言って、部下の一人が真田の所に報告に来たのは、全部の部屋がようやく調べ終わった頃のことだった。
 長い廊下を左にずっと行った行き止まりの部屋。
 一階の一番奥の部屋の床にあやしい継ぎ目跡があったのである。
 ポケットからカギを取り出した真田はカギの差込口を探して辺りを見回すが、そんなものはどこにも見当たらない。
 だがしばらくして、ギギィという奇妙な音が部屋に鳴り響いた。
 真田達の見ている前で、床の継ぎ目の部分が不気味な音を立てて開いたのである。その様子はまるで、真田の持っているカギに反応したかのような感じだった。
 「どうなさいますか?」
 「行くに決まっている」
 地下室への扉が開いたにもかかわらず、部下達は地下に入ることを躊躇している。真田も行くとは言ったものの、地下室から漂ってくる生暖かい空気に吐き気がしそうだった。
 何かの息遣いが聞こえてくるような、無気味な空気に気持ち悪さを感じながらも、真田は部下をつれて地下への階段を下りていく。
 暗く冷たく続いている石で作られた廊下が目の前に姿をあらわすと、そのあまりの気味の悪さに歩調が思わず遅くなった。全員がゆっくりと屋敷の中で手に入れたカンテラの明かりを頼りに進んでいくと、なぜか突然、一番先頭を歩いていた部下の姿がパッと一瞬にして消えた。
 「おい、どうした?」
 「なんだ、今のはっ」
 突然のことに部下達が小声で話し始めたが、真田は慌てずに辺りをカンテラで照らしてみる。
 すると地下室の壁中に赤黒い染みがあることに気づいた。
 「…思った以上に危険ということか」
 このまま進んで行く気だったが、この地下室の状況を見ると一旦戻って対策を立てた方が良いと真田は判断した。おそらく、最初に消えた部下は帰っては来ない。
 全員が全滅するわけには行かなかった。
 「いったん外に戻るぞ」
 真田は横に立っているはずの部下に戻ることを告げたが、なぜか返事が返って来ない。
 不思議に思って真田が横を向くと、そこには誰もいなかった。
 さすがに少々焦りを感じた真田が全員に戻ることを告げようとしたが、横にいた部下同様、他の部下達も跡形もなく消えている。いくらカンテラで辺りを照らしても、誰の姿も捉えることができなかった。
 「地下室で放し飼いにでもされているのか…」
 真田は部下をあきらめ、出口へと戻ろうと踵を返しかける。
 だがその瞬間、奇妙なモノが真田の視界に入った。
 「…な、なんだこれは」
 真田が思わず目を見開いて凝視しているモノ。
 それはおそらく生き物に違いなかったが、どう見ても赤黒い肉の塊にしか見えなかった。
 その赤黒い肉塊は真田の部下だったモノをその肉の中に飲み込もうとしているが、飲み込み切れずに頭や足、手などが肉の間から覗いている。
 その姿は恐ろしく醜悪で、さすがの真田も見ていられなくて目を逸らす。
 足も静かに一歩一歩後退していた。
 だが、部下達を咀嚼し終えた肉塊はピタリとその動きを止め、真田の方へと動き出している。
 真田は危険を感じて全速力で出口に向かって走った。
 しかし肉塊の速さは並みたいていの速さではなく、すぐに追いついて逃げる真田の背中に襲いかかる。肩と足に痛みを感じて振り返ると、足の部分にあの醜悪な肉塊の一部分が張り付いていた。
 「・・・・くっ!!」
 なんとか肉塊を引き剥がしたが、すでに肉塊が真田を侵食し始めていたらしく肩と足の痛みが取れない。
 もし今度襲われたら、命がないかもしれなかった。
 真田は懐から拳銃を抜くと、覚悟を決めて後ろを振り返る。
 だが、そこにはなぜかいるはずの肉塊の姿はどこにもなく、ただ森の木々だけが深く続いていた。
 なぜなのかはわからないが、肉塊は森の中に逃げしまったようである。
 もしかしたら、真田以外の獲物を見つけたのかもしれなかった。
 
 『それとも神ですか?』

 屋敷であったことを思い出していた真田は、そう聞いてきた橘の言葉を嘲笑せずにはいられない。あんなモノが神だというなら、きっと人間は汚物の中から生まれたに違いなかった。
 あんなモノは魔獣でもなければ、人間でもない。
 ましてや、神なんてことがありえるはずもない。
 真田が肉塊の姿を思い浮かべて顔を歪めると、そんな真田を見ていたくぼずきんが、時任の肩を軽く抱いて肩をすくめた。
 「屋敷から逃げたなら、もう俺らには関係ありませんから」
 そう、関係ないと言い切ったくぼずきんに、真田は笑みを浮かべてみせる。
 くぼずきんは本当に屋敷以外には興味がないらしかった。
 「君ならなんとかできるのではないかね?」
 「さあ?」
 「あれを倒さなければ、いずれ後悔することになると思うが?」
 「後悔、ねぇ」
 あの肉塊は醜悪だが、兵器としてはかなり利用価値が高かった。
 もし肉塊を手に入れれば、おそらく世界中から肉塊についての情報を求めて色んな機関が動き出すに違いない。そうなれば、肉塊を確保している出雲会が東条組より優位に立てることは間違いなかった。
 「いなくなったみたいだから、家に帰ろっか?」
 「うん」
 そんな真田の思惑を知ってか知らずか、くぼずきんと時任は地下室から何もいなくなったと聞いてとりあえず屋敷に戻ろうとしている
 だが、二人が前へ足を踏み出そうとした瞬間、またしても二人の足を止めさせる事態が起こった。
 「無事でなによりね、猫ちゃん」
 いつの間にここにきていたのか、深い森の木々の間から関谷が現れた。
 関谷は不気味な笑みを浮かべて時任を見ているが、驚きのあまり見開かれた時任の目は関谷ではなく、その隣に静かに立つ人物に注がれている。
 
 「やっと見つけたぞ、ミノル」

 時任の視線の先にいる男はそう言うと、時任の方へとゆっくりと歩いてきた。
 時任がぎゅっとくぼずきんの服の端を握るが、その手は震えていて握りしめすぎた手が白くなっている。

 「僕の所へ戻っておいで。お前はもうずっと、僕だけのモノなんだから」

 良く知っている誰かに似た瞳で、男はこの場にいる誰でもなく時任だけを見つめていた。


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