くぼずきん 1
ここは村はずれにある一軒家。
どこにでもあるようなごくごく普通の一般家屋だが、住んでいるのはほのぼの家族などではなかった。
ちょうど今、二階の窓から細い煙をたなびかせて、麻雀雑誌を読みふけっている男と、なにやらキッチンでごとごとしている男がこの家の住人である。親子だと本人達は主張していたが、どう見ても同い年くらいにしか見えなかった。
「おい、くぼずきん。ちょっと悪いが、森の家まで届け物してくれないか?」
なにやら食べ物を詰め込んだらしきカゴを、キッチンから持ってきた男。松本は、雑誌を読んでいたくぼずきんにそう言った。
「そのくぼずきんって呼び方。どうにかならない?」
「仕方ないだろう。お前の戸籍にそう書かれてるんだ」
「まあ、別にいいけどね」
くぼずきんはあまり物事にこだわらない性格だった。
しかし、カゴを持っていくのは面倒臭いと思ったらしく、差し出されてもカゴを手を伸ばそうとしない。松本はくぼずきんの目の前にカゴを置いた。
「自分で行った方がいいんじゃないの? 待ってると思うんだけどねぇ」
カゴを見もせずにくぼずきんが言うと、松本は小さくため息をついた。
「・・・いや、今日はちょっとな。頼むよ、誠人」
「お願いされちゃあ、聞かないわけにはいかないなぁ」
くぼずきんは松本にちょっとした借りがあるために、頼みごとを断わることはできない。
その借りがなんであるのかは、本人達のみぞ知るといった所である。
そんな感じで、くぼずきんはだるそうな様子で家を出たのだった。
今日は天気が非常に良かった。
絶好の昼寝日和である。
「別に急ぎの用事でもないし・・・」
くぼずきんはそこらヘンの草原に寝転がると、届け物の途中だというのに昼寝を始めた。
時間指定がなかったので、最終的に用事をすませればいいと考えたのである。
届け物が傷むことは考慮に入れていなかった。
『腐らなければいいんだが・・・』
そんな心配を松本がしてることなど、くぼずきんは知らなかったが、やはり知っていてもどうでもいいことだったに違いない。
静かな森の中でくぼずきんがうとうとしていると、ざざざっと草を掻き分けて、木陰から何かが顔を出した。くぼずきんは気配でそれを察していたが、気づかない振りをしていた。
その気配は、3メートル、2メートル、1メートルとじわじわと近づいてきて、最後にはくぼずきんのすぐ傍まで来たのである。
「誰だ、こいつ。見かけない顔だけど」
くぼずきんが薄目を開けて見ると、そこには一匹の猫が立っていた。
柔らかそうな黒い髪に、同色のキツイ瞳のしなやかな体つきの猫。
この森は別名、魔獣の森と呼ばれていて、住んでいる動物は通常の姿とは違っているため、この猫も半分、人間のような姿をしていた。
「なんか、うまそうな匂いがするじゃんか」
くぼずきんが寝ているのをいいことに、猫はくぼずきんが持ってきたカゴを漁り始めた。
「あっ、パイだっ。ラッキー」
松本がキッチンでばたばたしていたということは、猫が手にしたパイは松本の手作りということなのだろう。くぼずきんは思わず、
「・・・あっ」
と、小さく声を出したが、その声は聞こえなかったらしく、猫はうれしそうな顔つきでそのパイを口に運んだ。
「・・・・っ!!うげっ、マズっ!!」
一口食べた途端、猫は涙目になって口を手で押さえた。
どこをどう作ったらそうなるのかわからないが、松本の料理はいつも凄まじい味がする。
それを食べることは一種、拷問に近い。
「大丈夫? ほら、これでも飲んで」
くぼずきんは苦しんでいる猫に、自分用に持ってきたお茶を渡す。すると猫は、ばっとそれを奪い取るように取ると一気に飲み干した。
「・・・・死ぬかと思った」
お茶を飲んで落ち着いたのか、猫が正直な感想をもらす。
くぼずきんは猫に微笑みかけながら、
「それを食べられるのは、この世で一人きりなんだよね」
と言った。
すると猫は初めてくぼずきんの存在に気づいたらしく、ビクッと身を震わせて、警戒するように数歩後ろにさがった。
「お前、この森の奴じゃねぇな」
「うん、そーだけど?」
「なにしに来やがったっ!」
「何をしにって、ソレ届けにだけど・・・」
「ウソついてんな、お前。お前も俺のこと捕まえにきたんだろっ!」
キッと鋭くにらみつけてくる瞳は、目を逸らすことができないほどの強い意志を秘めていて、くぼずきんは、思わずその猫の顔をじっと見つめてしまっていた。
「やっは゜、そうなんだなっ!」
くぼずきんの視線を勘違いした猫は、シャキンと爪を出した。猫といっても、この魔獣の森の住人。その爪の殺傷力はかなりのものだろう。
「覚悟しやがれっ!!」
「覚悟も何も、俺はお前とやる気ないし、理由もないんだけどね。見ただけで決め付けるの、よくないんじゃないの?」
「決め付けてねぇよ」
「決め付けてるでしょ?」
そう言いながら、くぼずきんは改めて猫の姿を見て、ああなるほどと思った。
この猫は魔獣の森でも貴重で珍しい種類の、ワイルド・キャットという種類の猫だったのである。
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