恋の嵐。
    〜前 編〜

※このお話は大塚クンと時任が主人公の予定デス(予定は未定)。


 最近、ずっと寒い日が続いていたが、今日は珍しく天気が良かった。
 だが、今の季節らしく吹いてくる風はやはり少し冷たくて、どんなに天気が良かったとしても暑いということはもうない。そんな屋上でぼんやりと佇んでいる人物がさっきからいたが、実はそれはいつもの執行部コンビではなかった。
 いかにも「あっ、あそこに不良がっ!」と指差されてしまいそうな悪役ヅラに、その口から出るセリフもいかにもベタでワルっぽい、執行部とは別な意味での有名人。素行があまり良くないと評判の荒磯の中でも、一、二を争うほどの校則違反歴を誇る三年の大塚だった。

 「くっそぉ…、だりぃからブチッて帰るか…」

 誰もいない屋上で、大塚がそんな風に呟いたのには理由がある。
 実は本日、オトモダチである石塚と佐々原がカゼで学校を休んでいたため、大塚は学校に来たものの一人でヒマしていたのだった。
 三人揃えばこれから下級生でも脅して金でも巻き上げてくるかってことになるのだが、小物の悪役らしく一人では何も出来ない。大塚はいつもみたいにタバコをふかしたりもせずに、本当にただぼんやりとしながら一人で屋上にいた。
 寒いのにこんな場所にいるのは、正直、教室にもどこにも居場所がなかったからである。
 「ゲーセンにでも行くか…」
 大塚がそう呟いて屋上から中へと戻ろうとすると、そんな大塚とは逆にドアを開けて何者かが屋上にやってきた。その何者かを見た大塚はすぐに鋭くにらみつけたが、相手の方は屋上をキョロキョロ見回して、少しだけ大塚に視線を向けてきたがすぐに興味を失ったらしくパッと視線がそらす。
 いつも一緒にいる相方の姿が見えないのをいいことに、大塚がいつもの恨みを晴らそうとすると、何かを探していた綺麗な瞳が再び大塚の方に向けられた。

 「なぁ、久保ちゃん知らねぇか?」

 てっきりいつものようにタバコがどうとか、校則がどうとか言ってくると思っていたのに、綺麗な瞳の持ち主が大塚が言った言葉は気抜けするくらい普通だった。
 目の前にいるのは確かに、大塚とそのオトモダチの天敵である執行部の一人であるビューティー時任こと時任稔のはずなのだが…。
 時任は大塚に向かって普通の顔して、普通に久保田の居場所を尋ねたのである。
 だから別にどうということはないのだがなんとなくそれが意外な気がして、思わず大塚も時任に向かって普通に返事をしていた。
 「屋上には俺以外は誰もいないぜ。どこか別なとこに行ったんだろ」
 「ふーん、そっか…」
 大塚は時任と普通に話していることに違和感を感じていたが、時任の方はそうではないらしく大塚のことを気にしている様子はない。
 そのせいか、時任は久保田が屋上にいないことを知るとすぐに中に戻ろうとした。
 どうやら時任は、久保田がいないという大塚の言葉を信じたようである。
 大塚はじーっと中へと戻っていく時任の後ろ姿を眺めていたが、ふと何かを思いついたかのように突然、時任を呼び止めた。

 「ああ? なんだよ?」

 呼び止められた時任は不機嫌そうに振り返ったが、大塚を無視するような気配はない。
 時任は不機嫌ながらも、大塚が何か言うのを待ってくれていた。
 普通に話しをしたのも意外なら、こうやって時任が振り返ったのもかなり意外である。
 大塚は秋の肌寒い風の吹く中で少し緊張しながら、ケンカを売るわけでもなんでもなく、普通に時任に話しかけた。
 「今日は何も言わないのか?」
 「はぁ?」
 「いつもは俺ら見かけたら、何か言うじゃねぇかっ」
 「何かって何がだよ?」
 「何がって、校則がどうとかってさ」
 自分の感じていた違和感をそのまま素直に時任に言うと、時任が少しあきれたような顔で小さくため息をつく。その様子に少しムッとしたが、大塚は時任が待ってくれていたように、時任が何か言うのをじっと待っていた。
 さすがにおとなしすぎる大塚の様子を不思議に思ったようだが…。
 時任は胸の辺りで両腕を組むと、大塚の質問に返事をした。
 「じゃあ聞くけど、てめぇは今校則違反してんのかよ?」
 「・・・・・そういえばしてねぇかも」
 「何もしてねぇヤツに、公務執行するワケねぇじゃんかっ。バッカじゃねぇの?」
 「ば、バカって言いやがったなっ!」
 「バカなヤツにバカって言ってわりぃかよっ!」
 「時任っ、てめぇっ!」
 「バーカッ!」
 大塚はバカだなんだと言い合いながらも、今日はなぜか本気で殴り合いをしたりする気にはなれないでいる。それは時任がいつもとは違って、本当に楽しそうに無邪気に笑っていたからだった。
 こんな風に笑っている時任を見たのは初めてで…。
 なんだこんな風に笑えるヤツだったんだと気づいたら、握りかけていた拳が自然に降りていた。
 そしてその笑顔のままで、時任の視線が自分の方に向けられた瞬間…。
 なぜか心臓が大きくトクンッと音を立てて…。
 そんな心臓の不自然な音を聞きながら、大塚はぼーっと時任の笑顔を見つめてしまっている。

 (なんかさ…、時任って意外にカワイイよな…)

 今までなら絶対に思わないようなことを思ってしまった大塚は、とっさにそんな自分の思いに大きく首を振った。
 だが首を振っても、一度そう思ってしまったせいか見れば見るほど時任が可愛く見えてしまう。
 笑いかけてくる綺麗な瞳や話しかけてくる赤い唇…、柔らかそうな髪とか細い首筋が目の前にあって、それを見ているとなぜか心臓の鼓動が早くなってきた。
 (な、なんだっ、このドキドキは…)
 そんな風に大塚が悩んでいると、時任は大塚の様子がおかしいのに気づかずに、久保田を探すために屋上から去っていった。けれどその後に残された大塚はまだドキドキしている自分の胸をおさえて、寒いはずなのに顔をほんのり赤くしてその場に立ち尽くしている。
 その脳裏には、まださっきの時任の可愛い笑顔が残っていた。
 「と、と、時任が…、か、カワイイなんて…。俺はマジでどうしちまったんだ…」
 大塚は寒い屋上でそう呟くと正気に戻るために横にあった壁を殴ったが、グキッと音がして指を突き指してしまっただけだった。







 時任に不覚にもドキドキしてしまった次の日、大塚は壁を殴って突き指してしまった指の腫れが酷くなったので、仕方なく保健室に前まで来ていた。
 出来ることなら恐ろしいオカマの保健医がいる場所には近づきたくないのだが、家には湿布はなかったし、買いに行くのも面倒なためやむを得ない。自分がつき指していることは、石橋にも佐々原にも言っていないため、大塚は一人で保健室のドアを開けた。
 
 「あーらっ、いらっしゃ〜いっ」

 中に入ると派手な服に白衣を着た五十嵐が立っていて、保健室は相変わらずコスプレ系の風俗店のようだった。
 ニッコリと微笑んでいる五十嵐を前にして、大塚は思わず再びドアを閉じようとする。
 だが、そんな大塚の方に向かってツカツカと歩いてくると、五十嵐は閉じられようとしたドアをバシッと抑えて閉まるのを防いだ。
 「せっかく来たんだからぁ、遊んできなさいよぉ」
 「お、俺をどうする気だっ」
 「いやぁねぇ、私にも好みってモノがあるし、襲うならもうちょっとカワイイ子襲うに決まってるじゃなぁい。アンタにはコレよっ!」
 「うっ、うわぁぁっ!! よせぇぇっ!!」
 五十嵐はある事件以来、大塚専用に愛のムチとロウソクを常備している。
 そのため大塚が保健室に来るたびに、五十嵐は大塚に愛のなんたるかを教えようとするのだった。だが今日は何もしていないし、ただ突き指を治すための湿布をもらいにきただけである。
 とっさの判断で大塚が五十嵐の前に突き指した指を差し出すと、五十嵐は振り上げたムチを振り下ろすのを止めた。
 「あらヤダ、本当にケガしてたの?」
 「してるから、来てるに決まってるだろうがっ!」
 大塚がそう怒鳴ると、五十嵐は心底残念そうにムチとロウソクを片付ける。
 だが実際の話、いつも素早く大塚が逃げるため、五十嵐が本当にムチで打ったり、ロウソクを使ったことはなかった。
 五十嵐は大塚がケガをしているとわかると、保健室の先生らしい顔をして指の手当てをし始める。その手付きは、さすがと言えるほど鮮やかなものだった。
 見かけはかなりいかがわしいが、保健医としての五十嵐の腕は見事なのである。
 「この突き指、人を殴って出来たものじゃないわね?」
 「ああ…、ちょっと色々な…」
 そういい加減な返事を五十嵐にしながら、大塚は自分の指に綺麗に巻かれていく白い包帯を見ながら、突き指をする原因になった昨日のことを思い出していた。
 自分に向かって無邪気に笑いかけている時任を…。
 すると、不覚にもまたあの時のように心臓がドキドキしてくるのを感じる。
 このドキドキが何なのか知りたかったが、知りたくない気もしたが…。
 けれどどうしてもドキドキが収まらないので、ついつい目の前にいる五十嵐に昨日の出来事を誰かということは抜きにして話してまっていた。
 「な、なんて言うかさ…、そいつのことなんかハッキリ言って嫌いなんだぜ。なのに昨日から、なんかおかしいんだっ」
 「おかしいってどんな風によ?」
 「こうっ、顔がずっとちらつくっていうか…」
 「この子のこと、ずっと気になってるの?」
 「き、気になんかなってねぇんだけどよ。ヘンな気分なんだ…」
 まるで普通の男子高生のように五十嵐に悩みを打ち明けた大塚は、そこまで言うとハッと我に返って咳払いを一つする。
 興奮して話をしてしまったが、良く考えればかなりハズカシイ気がしたからだった。
 こんなところを石橋や佐々原に見られたら、バカにされるに違いない。
 大塚は適当に言い訳をして保健室を出ようとしたが、そんな大塚の背中に向かって、五十嵐はとんでもない事を口にした。

 「それは恋よっ」

 何を五十嵐が言ったのか聞こえてはいたが、その言葉が信じられなくて大塚は眉間に皺を寄せる。すると下級生達が恐がっているいつもの不良顔になったが、五十嵐はふふふっと不敵に笑って、信じられないでいる大塚に追い討ちをかけるように同じことをもう一度言った。

 「アンタはその子に恋しちゃったのよっ」
 「こ、こ、こ・・・・・」
 「恋」
 「こ、こいぃぃぃっ!!!」
 「こい、じゃなくて恋よっ」
 「な、なんで俺があんなヤツに恋なんかっ!」
 「ふぅ…、人生ってわからないものよねぇ」
 「ウソだ…、ウソに決まってる…」

 「…で、ところで相手は誰なの?」

 再びムチを持った五十嵐に問いつめられたが、大塚はなんとか無事に保健室から脱出した。
 しかし時任のキラキラ笑顔と、ふふふっと笑みを五十嵐が頭の中をグルグルと回っていて止まらない。大塚は保健室で突き指の手当てをしてきたものの、今度は頭痛のしてきた頭を抱えて唸りながら廊下をヨロヨロと歩いていた。
 「あれっ、大塚じゃん。どこいってたんだよ」
 「…い、石橋」
 今は誰にも会いたくない気がしていたが、不運なことに通りがかった石橋に発見されてしまった。そのため仕方なく石橋とつるんで歩いていると、それを見つけた佐々原がすぐにやってくる。
 そうするとまだ頭痛はしていたが、段々、いつもの調子が戻ってきた。
 だが、頭痛がする分だけ大塚はイライラしてしまっている。
 こういう時の気分転換に、この三人で何をするかは当然ながら決まっていた。
 「おーっ、あそこにいいカモ発見〜」
 「ふーん、いいカンジじゃんっ。いいトコのお坊ちゃんには社会勉強が必要だよなぁ」
 「俺らってすっげぇ、シンセツ〜」
 いかにもお金持ってますという顔をした男子生徒を発見すると、大塚達はいつものように金を巻き上げるために尾行を始める。
 そして段々距離を詰めて囲み込むと、目立たない場所まで男子生徒を誘導した。
 「ちょっとさぁ、俺ら昼メシ代足んないんだよなぁ」
 「だからさ、めぐんでくんない?」
 「い、いや…、あの…」
 「ケチケチせずにとっとと出せよ〜、あぁ?」
 「早くしねぇと、昼メシ食えなくなるもしんねぇぜ?」
 「今から、腹イタとか起こすかもしれないからなぁ?」
 大塚達が取り囲んで睨みつけながら、そんなセリフをせせら笑いながら言うと、気の弱そうな男子生徒はしぶしぶ懐からサイフを取り出した。
 こういうのは案外時間がかかるように思えるのだが、大塚くらい名前が知れ渡っていると声をかけられただけで金を出すという奴らもいる。そのため大塚達はこの荒磯で結構荒稼ぎをしていたのだった。
 「さっさと有り金全部出せよっ!」
 「でも、これは塾の月謝とか色々あって…」
 「うるせぇよっ!!」
 「は、は、はい…」
 男子生徒がおとなしく五千円札一枚と一万円札の三枚を出したので、大塚の手が差し出されたお札を取ろうと男子生徒の方に伸ばされている。
 本日は目の付け所が良かったのか、大漁というオプション付きで社会勉強は終了したように思われたが、そんな大塚の手と男子生徒の間に何かがヒューンと音を立てて飛んできた。
 「うわっ!!」
 「うっ!!」
 その飛んできたモノの勢いがあまりに強かったので、大塚は出していた手を引っ込める。
 だがその正体は危険物などではなく、ただの黒板を消すために使う黒板消しだった。
 嫌な予感のした大塚と石橋、佐々原は、恐る恐る黒板消しの飛んできた方向を見る。
 するとそこには予想通り、三人の天敵である執行部の二人が立っていた。

 「昼メシ代に三万五千って、国会議員でも食わないっしょ?」
 「てめぇらには購買のパン一個っ、百二十円で十分だっ!」
 「あ〜、そういえば百円のヤツもあるけど?」
 「それって何パン?」
 「普通のアンパン」

 大塚達の前に立ちはだかった執行部員は、運の悪いことに時任と久保田だった。
 おそらく、物すごい速度で黒板消しを投げたのは時任だと思われる。
 久保田の方はいつものように面倒臭そうに、ぼーっと時任の隣りに立っていた。
 「出やがったなっ、執行部っ!」
 「いちいち出てきやがってっ!!」
 石橋と佐々原は二人の登場で頭に血が上ったらしく、拳を振り上げて襲いかかっていく。
 だが大塚だけはその場に立ち尽くしたまま、じっと生き生きとした表情で殴りかかってくる石橋達を片付けている時任を見つめていた。
 大塚のオトモダチを殴ってるのだが、なぜか大塚の視界には時任しか見えていない。
 実はあんなにクソ生意気に見えていた時任の顔が、今日になっても可愛く見えていたのだった。
 (な、なんだ…、この現象は…)
 自分の目が悪くなったのかと大塚はしきりに目を擦っていたが、何度見ても時任は可愛かった。
 けれどそうやってボーっとしている内に、何もしない大塚を見て石橋と佐々原が怒鳴る。
 どんなつながりにせよ、やはり今は仲間を助けるべき状況なのは確かだった。
 「何やってんだよっ、大塚っ!!」
 「ボケてんじゃねぇっ!!」
 二人の怒鳴り声を受けた大塚は、見事に石橋達の攻撃をかわしている時任に向かって殴りかかろうとする。そんな大塚を見た石橋が、時任に隙を作ろうとして蹴りをくわえた。
 するとその衝撃を受けて時任が少しだけバランスを崩したが、大塚は拳を時任に向かって振り上げたまま振り下ろさないでいる。
 いつもなら迷うことなく振り下ろせる拳だが、今日はなぜか相手が時任だと思うと無理だった。

 (相手は執行部だぞっ、天敵だろっ、恨みを晴らすんじゃなかったのかっ、俺っ!!)

 そんな風に自分に自分自身に向かって怒鳴っていたが、目の前にある時任の顔を見てしまうと拳が震えて動かない。
 拳は振り下ろさないのではなく、振り下ろせなかったのである。
 (時任は男だっ!!! カワイイわけねぇだろぉ〜〜〜〜っ!!)
 そう心の中で絶叫した瞬間、石橋の攻撃から復活した時任の拳が大塚の顔面に見事にヒットする。結局、大塚は一度も攻撃することができないまま、時任の拳に倒されて床に倒れた。
 
 「あれ? なんか手ごたえなかったけど?」
 「気のせいじゃないの?」
 「ま、いっか…」
 「それよりも、早くいかないと購買のパン売り切れちゃうよ?」
 「そういえばそうだったっ。行くぞっ、久保ちゃんっ!」
 「ほーい」

 購買のパンを買うために元気良く歩き去っていく時任を、床に倒れた格好で眺めながら、大塚は殴られた痛みとは違う別のことで唸っていた。
 「大丈夫か? 大塚」
 「一応、保健室に行っとくか?」
 そんな風に石橋と佐々原が声をかけてきたが、大塚の病気は保健室に行ったくらいでは治りそうもなかった。
 歩いていく時任を見ながら大塚はそれを自覚し始めていたが、同時に隣りに並んでいる久保田の姿も捉えている。その時、感じていたのは単純に時任が可愛いというだけではなかった。
 けれどそんな大塚の心の声が、石橋と佐々原に聞こえるはずはない。
 二人は不審そうな顔をして、唸っている大塚を見ていた。
 「なんかブツブツ言ってるけど、なんだぁ?」
 「面倒だから捨ててくか?」
 「俺らも購買にパン買いに行こうぜっ」
 「おうっ」
 こうして大塚は、オトモダチの石橋と佐々原に見捨てられその場に放置されたのである。
 通りがかった生徒達が廊下に唸りながら転がっている大塚を気持ち悪がっていたが、そんな大塚がやっと我に返ったのは通りかかった三文字に踏みつけられた時だった。

 「ぐおっっ!」
 「おっ、わりぃな」

 だがしかし、すでに昼休けいはとっくに過ぎてしまっている。
 当然ながら、大塚の昼食になるはずの購買のパンは売り切れていた。 
 そして三文字に踏みつけられても、大塚の恋の病は治らなかったのである。



 
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