禁止令.19
「話を聞いた時はまさかと思ったが、もうあれから三ヶ月か…」
生徒会本部の窓から空に浮かぶ雲を眺めて、松本は過ぎていった日々ではなく過ぎていった月の数を指折り数えてため息をつく。時任が久保田と一緒に暮らしていたマンションを出て行ったのはついこの間のような気がしていたが…、あれからもう三ヶ月も月日が流れてしまっていた。
久保田本人から話を聞いた時はどうせ離れていられなくてすぐに元に戻るに決まっているとそう思ったのだが、実際は予想と違っていつまでたっても二人は元に戻らない。二人とも学校には通っては来ているものの、以前と違って一緒にいる事は執行部の公務の時だけだと桂木が言っていた…。
教室にいる時は久保田は一人で…、時任はクラスメイト達と一緒にいる…。
そして、久保田も時任も見た目はいつもと変わらない。
だが、いつもと変わらないように見えれば見えるほど、なぜか胸が痛んだ…。
「10円の貸しどころか返しきれないほど借りがあるのに…、結局、いつも俺は見てるだけだな」
松本がため息混じりにそう呟くと、目の前にティーカップが差し出される。それは、松本と一緒に本部にいた橘が入れた紅茶の入ったティーカップだった。
松本が差し出されたティーカップを受け取ると、橘は松本の横には並ばず後ろから窓の外を眺める。何かを思い出そうとするかのように、遠い日を見るように目を細めながら…。
すると、今日は見回り当番がないのか、ちょうど久保田が自分のカバンを持って歩いていく姿が見えて…、
けれど、その隣にはやはり時任の姿はなく、夕暮れが近いせいで長く伸びる孤独な影は黒く地面に滲んでいた。
「今は普通ではありませんが、前はあれが普通だった…。元に戻らないのではなく、元に戻ったということなのかもしれませんね」
久保田の後に伸びる影を見ながら、橘はそう言って軽く目を閉じる。
だが、それを知りながら松本は声に出しては答えずに首を横に振った。
確かに橘の言うように中学の頃は久保田の隣に時任はいなかったし、執行部でコンビを組んでいた松本でさえ、久保田との距離はそれほど近くはない。だから、あの頃も今と似た感じなのかもしれなかったが…、きっと似ていても何かが違う…。
それを松本が確信したのは、校門に向かって歩いていた立ち止まって久保田が校舎を振り返ったのを見た瞬間だった。
「橘…」
「なんです?」
「人というのは良くも悪くも、時とともに変わっていくものだ…」
「だから…、ずっと二人はこのままだとおっしゃりたいんですか?」
「いいや、そうじゃない。離れ離れだろうとそうでなかろうと、過ぎた時が戻らないようにあの二人も出会う前には戻れないと言っているだけだ」
「つまり出会ったが最後…、という事ですか…」
そう言った橘と松本の目の前で、校舎を眺めていた久保田が再び歩き出す。
まだ、時任が残っているかもしれない生徒会室に背を向けて…。
けれど、これからマンションに帰るのか、それとも別のどこかに行こうとしているのかはわからなかったが、二人で歩いていく事に慣れていた久保田の背中は、後ろに伸びた黒い影に引かれてどこかバランスを崩しているように見えた。
なのに、久保田は振り返っても絶対に戻らないし、目の前に時任がいても絶対に手を伸ばそうとはしない…。それは時任が戻らないと言ったせいなのか、それとも別の何かがあるのかは松本にはわからなかったが、今の久保田を時任だけではなく…、他の誰とも関わろうとはしなかった。
『本当にこれでいいのか…、このまま離れてしまっても平気なのか? 誠人』
『…って、何の話?』
『わかっているヤツに答えてやるほど、俺はヒマじゃない』
『じゃ、用事も済んだし、ヒマ人は帰るとしますか…』
『まったく、お前は相変わらず意地の悪い言い方をする』
『それはお互いサマでしょ?』
『確かにな…。だが、今は生徒会長として話してるんじゃない…』
『・・・・・・』
『誠人…、ちゃんとメシは食ってるか? 時任が出て行ってから少し痩せただろう』
『ダイエット中なんで…』
『ふざけないでちゃんと答えろ。俺はお前を心配して…』
『だったら、余計なお世話だからほっといてくれる? べつに心配も同情もされる覚えないし、これでいいからこうしてるだけだしね』
『そんなのはウソだろうっ』
『・・・さぁ?』
そんな会話を久保田と本部でしたのはいつだったのか、カレンダーを見ても正確な日にちは思い出せない。だが、それ以後は久保田を包む冷たい空気に阻まれて、時任との事について何も聞くことも話す事もできなかった…。
慰めや同情だけではなく、友情も愛情もいらない…。
まるで、そう言っているかのような冷たい空気は、松本だけではなく桂木や他の執行部員達さえも拒絶する。そんな今の久保田の様子を見ていると時任と出会う前も、こんな風に誰とも深く関わらずにずっと一人でいたのに…、
その時にはなかった孤独やさみしさが伸びていく影や歩いていく背中に滲んで見えて…、もっとずっと一人きりに見えた。
二人が出会わなければ、そんな久保田の背中を眺める事もこんな風に校舎を振り返る姿を見る事もなかったのかもしれない。けれど、そこにあるのは後悔ではなく、時任への想いの深さと…、その存在の重さだった…。
『久保ちゃん』
『時任…』
そう呼び合う二人の間には、離れてしまっている今もお互いを想う気持ちだけが詰っていて…、他の誰かが入る隙間なんてありはしない。その証拠にいつもはしつこく追いかけてまとわりつこうとする藤原でさえも、帰っていく久保田の背中を物陰からじっと眺めているだけで近寄れない様子だった。
松本は久保田の背中と物陰にいる藤原を見つめると、息苦しさを感じて喉元に手を当てながら軽く息を吐く。すると、すぐ後ろにいた橘の腕が…、最近、ずっと久保田の心配ばかりをしている松本の肩を微笑みながら抱きしめた。
「おい…っ」
「心配なさらなくても、これ以上は何もしません。ですが、もしも貴方が望むなら僕はなんでもますよ…。生徒会本部の副会長でも、久保田君に憎まれる役でもなんでも…」
「な、何をバカな事を言っているっ」
「貴方が望むのなら…、僕が二人を元に戻してみせると言っているんです」
「一体、何をするつもりだ…」
「それはお答えできません」
「橘…っ」
「僕に命令してください…、生徒会長としてではなく貴方の言葉で…」
まるでベッドの中での睦言のように耳元で甘く優しく囁く橘の声が、歩き去る久保田を見つめる松本の背中と肩を震わせる。ここは生徒会本部だったが、今の松本からは生徒会長でいる時の生徒だけではなく、教師をも跪かせ圧倒する威厳に満ちた雰囲気は跡形もなく消え去っていた。
執行部で久保田とコンビを組んでいた中学の頃、初めて音楽室で抱かれてから、何度も数え切れないくらい抱かれた身体には橘の知らない所などない…。そして校内にいてもこんな風に生徒会長をしていなくてもいいのは、そんな橘の腕の中にいる時だけで…、
松本は今も抱きしめられながらそれを感じていたのに…、それでも橘はいつでも松本の横ではなく後ろに立っていた。
「いつもズルい言い方ばかりをして…、貴方を困らせてばかりいてすいません…」
松本が何かを言おうと口を開いたが、それを遮るように橘がそう言って抱きしめていた腕を離す。すると、そのタイミングを計っていたかのように、本部のドアをノックする音と聞き覚えのある声が聞こえた。
だが、その声を聞いても驚いた様子もなく紅茶のカップを持ったまま窓辺から移動すると、松本はいつもの定位置である生徒会長の椅子に座り松本はその後ろに控える。そして、ドアの向こうに向かって中に入るように伝えると、時任が同じ執行部員の桂木の手にぐいっと押し込まれてるようにして中に入ってきた。
「ちょっ、なにすんだよっ!」
「いいからっ、早く中に入んなさい! 呼ばれてるのは、あたしじゃなくてアンタなんだからっ!」
「俺は用事なんかねぇんだっつーのっ!」
「アンタにはなくても、あっちにはあるんでしょっ」
「そんなの俺が知るかっっ」
「とーにーかくっ、ここまで来たんだから潔く観念なさいっ。もしも逃げたらアンタのバイト先に、藤原も連れてみんなで見学に行くわよっ」
「う…っ」
時任が珍しく本部にやってきたのは松本が呼び出したせいだが、実はそれは今回だけではなく、前にも何度か呼び出している。けれど時任は本部が嫌いだからなのか、それとも単に生活費を稼ぐためのバイトが忙しいのか呼び出しても来なかった…。
桂木に話を聞くとマンションを出てから一人暮らしを始めた時任は、室田の親戚が所有しているアパートを安く借りてバイトをしながら細々と暮らしているらしい。学費だけは今も久保田が払っているようだが、他は何も頼っていない様子だった。
前よりも少し大人びてしっかりとして見える時任を眺めながら、松本は目の前で組んでいる手にわずかに力を込める。こんな風に間近で時任を眺めたのは久しぶりだったが、久保田とは違って一人でいる事にもなれて…、一人でいても平気そうに見えた…。
時任と久保田と…、二人の様子があまりにも違いすぎて…、
黒く長く伸びる影を引きずりながら帰っていった久保田の背中を思い出すと、さっきよりも胸がズキズキと痛くなる。けれど、どんなに一緒にいても離れてしまえば…、きっと誰でもすぐに忘れて一人でいる事にも慣れてしまうものなのだと…、それが普通なのだと…、
そう思い込もうとして失敗した松本は気持ちを落ち着かせるために、さっき橘が入れてくれた冷めた紅茶を一口飲む。そして、それから両手を再び目の前で組み直して時任と話をするために口を開いた…。
「忙しい所を呼び出しすまないな、時任…。だが、一度だけどうしても話をしたくてな…」
「それって…、やっぱ久保ちゃんのコトか?」
「あぁ、そうだ」
「だったら、話すことなんかなんもねぇし、悪りぃけど俺は帰るぜ」
「それは誠人のことなど…、もうどうでもいいからなのか? マンションを出たのはそういう意味だったのか?」
「・・・・・・・違う」
「それとも実際は違っていたが、やはり例の女の件が許せないのか?」
「そうじゃない…っ」
「だったら、誠人の元へ戻ってやってくれ…。そうでなければ誠人は…」
思わずらしくなく感情的になった松本はそう言いかけたが、すぐにそんな自分に気づいて口を閉じる。すると、時任は何かに耐えるようにぎゅっと拳を握りしめた…。
松本の言わなかった言葉は、たぶん声にしなくても時任には伝わっている。
けれど、それでも時任は絶対に首を縦には振らなかった。
「これは久保ちゃんと俺だけの問題でアンタにそんな事を言われる覚えなんかねぇし、マンションに戻るつもりもねぇよ…」
「しかし、このままでは本当に・・・」
「なんて言われても、絶対に戻らないっ」
「なぜだ、時任…。どうして、今の誠人を見てもそう言える」
「・・・・・・・・」
「お前が思っている以上に、誠人にとってお前の存在は重い。誰よりも何よりも…、きっと重い…。それでも…、それがわかっていながら戻らないつもりか…っ」
時任に向かってそう言った松本は生徒会長ではなく、中学の頃からの友達を思う高校生の顔をしている。そして、そんな松本の様子を後ろでいつものように見守りながら、橘は静かに沈黙を守っていた…。
けれど、それぞれの想いは触れ合わずにすれ違い。
廊下では桂木が、窓から外を眺めながら小さく息を吐く…。
だが、それと同時に時任は頑なに首を横に振って、引きとめようとする松本の声を振り切って生徒会本部を出た。
「戻らないんじゃなくて…、戻れねぇんだよ…っ」
そう呟いた時任の声は松本の耳には届かなかったが、廊下にいた桂木の耳にはかすかに届く。でも…、どうしてそんな風に言うのか桂木にはわからなかった。
確かに色々な事があったが今はマンションには久保田しかいないし…、あかりの子供の話もウソ…。だから、マンションを出なくてはならない理由があるとは思えないのに、時任は誰が何を言っても戻ろうとはしなかった…。
そして…、同じように久保田も戻って欲しいとは言わない…。
あんなにずっと一緒にいたのに、あんなにも近くにいたのに…、
一度、こんな風に離れてしまったら、戻る事ができないのかと想うと胸がしめつけられるようにキリキリした。どうしてとなぜと問いかけても、時任はすでに走り去って姿も見えなくて答えなんて返ってくるはずもなくて…、
桂木はまた窓辺に寄りかかりながら小さく息を吐く・・・。
すると、時任の走り去った方向から、相浦が腕に青い腕章をつけて歩いてきた。
「なんでこんな所で、らしくなく一人でたそがれてんだ?」
「…って、らしくなくて悪かったわねっ。あたしだってたまには、空を眺めながらたそがれたくなることもあんのよ」
「もしかして、それって例の時任を生徒会長が呼び出した件?」
「いいえ、そうじゃないけどなんとなくね…」
「ふーん…」
「で、そう言うアンタの方は、こんな所で腕章までつけてどうしたのよ?」
「あぁ、俺は精密検査を受けに病院に行った室田の代わりに、さっきまで松原と一緒に見回りとしたんだ」
「まさか…、まだ謎の病気の原因を調べるために病院めぐりしてるの?」
「マジでそうらしいぜ。謎の病気の原因なんて調べなくてもハッキリしてんのに、室田も気の毒だよなー」
「でも、判明したらしたで騒ぎになりそうね」
「ま、楽しそうだからいいけどな」
自分の身長の半分くらいしかない松原に逆らえず、しぶしぶとまた病院へと検査に向かう室田の姿を思い出しながら、桂木と相浦が窓辺で声を立てて笑う。けれど、次の瞬間には二人とも真剣な表情で空を眺めていた。
「ねぇ、相浦…」
「ん〜?」
「もしも、人には誰にでも運命の人っていうのがいて…。けど、その運命の人との絆も簡単に別れてしまう離れてしまうようなものだとしたら…、どうしたらいいのかしらね?」
「うーん…、でもそんな簡単に切れる絆なら運命の人じゃない気もするけどさ…」
「だったら、もしかして久保田君と時任は…」
「それは絶対にないと思うし…、桂木もそう信じてるんだろ?」
「えぇ、信じてるわ…」
「だったらさ…、これは二人だけの問題だから俺らは何もできないのかも知れないけど、その分だけ絶対だって信じていようぜ…。そうしたら、ちょっと違うけど願掛けみたいな感じで、みんなで信じてれば願いが届いて叶うかもしれないだろ?」
「本当に…、そうだといいわね」
そう言って微笑みながらうなづいて、桂木が星が一つもないのにまるで星空を見上げるように空を見上げると、相浦も同じ空を見上げる。けれど、今回の件で色々と二人で話す機会が多かったせいなのか、そんな桂木と相浦の姿は自然に見えた。
桂木は相変わらず時任と久保田の事を心配して、元気のない藤原の事まで気にしながら執行部を切り盛りして気苦労が耐えなくて…、そんな桂木を相浦が手助けしながら心配している。だから、本当は相浦がここを通りかかったのは見回りのついででも偶然でもなくて、時任を強引に引っ張って本部に連行した桂木を心配してやってきたのだった。
でも、桂木の方はそんな相浦にまるで気づいていない様子で、二人の間に流れる空気はいつもとあまり変わらない。そのため、ふと何かを思い出したように相浦を見ると、励ますように軽くポンッと背中を叩いた。
「アタックするなら今くらいしかチャンスがないのに…、本当にお人よしよね。でも、そんなトコがアンタのいい所なんだけど・・・」
「・・・って、アタックってチャンスって何が?」
「それはもちろん、時任に告白するチャンスがよ」
「な、なんで男の俺がっっ、時任に告白・・・っ」
「だって、好きなんでしょう?」
「ち、違うっ!! い、いや、確かにちょっとカワイイかもとか…、色っぽい時とかドキドキしてたけど、それとこれとは話がっ!!」
「あーあ…、あたしも早く好きな人見つからないかしら…」
「なんて、さっきたそがれてた続きしながらムシすんなよっ!! マジでぜっったいに違うって言ってんだからさっ!!」
ちょっと良い感じになりつつあった相手に、他の人が好きだろうと言われて焦った相浦はジタバタしながら違うそうじゃないと叫ぶ。でも逆にそれが良くなかったのか、桂木は完全に相浦が時任を好きだと信じたようだった。
相浦は確かに時任にドキドキしたりはしていたが、それは久保田とイチャイチャしている時に発生するピンク色の空気にやられただけで、そういう意味で好きと思った事はない。好きは好きでも、あくまで執行部の仲間として友達としての好きだった。
だが、それを桂木に信じてもらえず相浦はガックリと肩を落としてうなだれる。
すると、時任の事でガックリしていると思った桂木に慰められた。
「うう…、俺の運命の人は時任じゃなくて、もっと近くにあるかもしれないのに…っ」
桂木に慰められれば慰められるほど、なんとなく情けなくなってきて相浦がそう呟いて涙ぐむ。しかし、そんな相浦に追い討ちをかけるように、呟きを聞いていた桂木がポンと右手の拳で左の手のひらを叩いて…、ある方向を指差した。
「あら、本当にあんなに近くにアンタの運命の人が・・・」
「えっ?」
「さっきから背中に何かがチクチク突き刺さると思ったけど、アレのせいだったんだわ」
「背中にチクチク突き刺さる??」
「そう、不気味で熱烈な愛の視線が…」
「って、まーさーか・・・」
不気味で熱烈…。
そう桂木から聞いた瞬間に、まるで危険を知らせるように相浦の背中にゾクゾクしたものが走る。だが、気づいた時はすでに遅く、不気味で熱烈な愛の視線は相浦の身体に絡み付いていた…。
獲物を狙うように絡みつきながら、じっとりと舐めまわすように…。
その視線には実は桂木が言うように本当に愛が込められていたが、その愛は根性のようにあらぬ方向にねじ曲がってしまっている。身の危険を感じた相浦はじりじりと後退を始めたが、すでに愛の狩人は目の前の獲物に狙いを定めていた。
「今日こそ絶対に…っ、てめぇを犯して見せるっっ」
「とかってっ、俺を無視して勝手に誓いを立てんなよっ!!!」
「おとなしく俺にヤられろ、相浦っ!!!」
「…って、ぎゃあぁぁぁっ!!!こっちに来るなぁぁっ!!!」
あの日…、唇が触れ合った瞬間に恋心と下半身に火がついたのか、大塚は悪事を働くことよりも相浦をストーカーする事に夢中になっている。そのせいで校内では悪事が少し減り、いつもよりも平和が保たれていた。
時任がバイトで忙しく、室田も恋わずらいで病院通いをしている今、それでもなんとか執行部としての公務をこなすことができているのは、実はそのせいだったのである。つまり相浦のおかげで校内の治安は保たれていた。
「ふふふ…、モテる男は辛いわねぇ」
「こ、こんなのモテてもうれしくないっ!!!」
「でも、おかげでこんな状態でも校内は平和だし、出動も少なくて助かるわ」
「けど、強姦魔に狙われてる俺はどうなるんだよっっ」
「うふふ…、今日も校内の治安のために頑張ってね、相浦」
「ま、マジで頑張るのか・・・、俺?」
「ええ、もちろんっ」
「あはは・・・、俺って頑張るんだ」
「ふふふ…、頑張るのよ」
「なーんて…っっ、嫌だぁぁっっ!! 俺は校内の治安よりも自分の貞操を守りたいんだぁぁっ!!」
腕に青い腕章をつけて、相浦が校内の治安ではなく自分の貞操を守るために廊下をドタバタと走り抜けていく。すると、そんな相浦を追いかけて大塚が桂木の目の前を走りすぎ、次に大塚の不良仲間である佐々原と石橋が通り過ぎた。
だが、実はその先には強姦魔を退治するために、木刀を持った松原が待機している。それはさっき本当に偶然、通りかかった松原に桂木が目配せで合図したからだった。
だが、大塚は藤原並にしつこいので、それでもあきらめないかもしれない。
桂木は時任がそばにいなくなってから、逆に久保田に近づくことすらできなくて落ち込んでいる藤原の姿を思い出して大きなため息をついた。
「本当に恋って…、上手くいかないものね…。でも、それでも抱きしめて離せない…、そんな想いだからこそ恋って言うのかもしれないけど…」
桂木がそう言った後ろのドアの向こうで、 橘が悩んでいる松本を見つめながら妖しく微笑んでいる。しかしそんな橘の微笑みをそばにいた松本も、そして走り去っていく大塚達を眺めていた桂木も誰も見てはいなかった…。
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