禁止令.18
マンションの401号室…、久保田と時任が暮らしていた部屋。
そこには学校にいる時とは二人きりの時間があって生活があって…、
きっと、こんな事がなければ誰も入る事すら許されない場所だったのかもしれない。
相浦との電話を切った後で桂木がそう思ったのは、窓から外を眺めている久保田の隣にいないはずの時任の気配を感じたせいかもしれなかった…。
時任はマンションを出て行って、あかりが告げた事実を知っても戻らない。
けれど、この部屋には時任がいた痕跡と気配が残っていて…、それがまるでいつも吸っているタバコの煙のように、今も久保田を包み込んでいる。桂木が窓の外から入ってくる風に吹かれながら、ベランダから外を眺める二人の姿を思い浮かべると、想像の中の二人があまりにもラブラブでバカップルしていて、そんな二人を思い浮かべてしまった毒されている自分がおかしくて声には出さずに小さく笑った。
でも、おかしくて笑っているはずなのに、なぜか哀しくてバカップルでなんでもいいから、いつもの二人に戻ってと久保田の背中に向かって叫びたくなる。けれど、二人の想いと意思を無視して戻そうとしても、きっと元には戻らない…。
そしてそんな二人を…、久保田の背中をじっと見つめているあかりの寂しさもなくならない。桂木は久保田の背中を見つめて、次に近くにいるあかりの横顔を見つめてから自分の手のひらを見つめた…。
「一番、自分勝手で最悪なのは…、きっと私ね」
見つめていた手のひらを強く握りしめながら呟いた桂木の言葉は、なぜ、どうしてと久保田の背中に向かって叫ぶあかりに声に消されて誰の耳にも届かない。実は桂木が相浦に電話したのは、あかりが早く時任に事実を伝えて欲しいと頼んだからだった…。
時任に伝えられた事実は…、今もソファーの上で眠っている和樹が久保田の子供ではないという事…。でも、そんな事を告げたら久保田に子供を押し付ける事はできなくなるし、一緒に暮らせる見込みもなくなってしまう…。
なのに、一緒にいた桂木よりも早く401号室のチャイムを鳴らしたあかりは、中から出てきた久保田に向かって、自分がしようとしていた事とは逆の事を叫んでいた。
『あの子を追いかけてっ、お願いだから早くっ!!』
時任がマンションから出て行くのを見た瞬間…、もしかしたら久保田に一緒に暮らせないと告げられて時任に会いに行ってから、あかりの中で何かが変わり初めていたのかもしれない。寂しくて寂しくて…、けれどあかりのポケットの中には離乳食があって、心の中には久保田じゃない別の誰かがいた…。
誰よりも好きだったのに、好きでたまらなかったのに会えない日が長く続いて…、寂しくて信じられなくて自分から裏切って一緒にいられなくなった…。
こんなにも…、寂しく寂しくてたまらなくなるくらい…、
・・・・・・大好きな人が。
だからこそ、あかりは大好きな人と一緒にいられなくなる事が別れなくてはならない事がどんなに哀しいのか、どんなにつらいのかを誰よりも良く知っている。けれど、子供を貸して欲しいと言ってきた妹に事情を聞いた時、あかりの胸をある感情が過ぎった。
妹が大塚という男に頼まれた通りに自分が子供を連れて現れたら、久保田はどんな顔をするだろう。そして久保田が微笑みかけていた…、久保田に笑いかけていたあの子はどんな顔をするだろう…。それを知った所で何も変わりはしないのに、どうしてもそれが知りたくてたまらなくなった…。
それはたぶん、別れてからしばらくたった頃に街で偶然に見かけた久保田の微笑みが、やけに印象的でずっと忘れられなかったせいかもしれない。あかりは教師と久保田は生徒として通っていた頃、久保田も自分と似た寂しさを抱えている気がしたから…、いけない事だと知りながら、その寂しさに引き寄せられるように身体を重ねた…。
けれど、同じ高校の制服を着た元気の良い少年に柔らかく優しく微笑みかけていた久保田からは、そんな寂しさは微塵も感じられない。まるで、何もなかったかのように跡形もなく消えてしまっていた…。
そう感じた瞬間、なぜかあかりの中の寂しさと孤独が前よりも深くなって本当に一人きりになってしまったような気がして…、胸の奥に出来た冷たい塊がなくならなくて…、
赤く赤く暮れていく空の下…、暗く沈んでいく想いを抱いて時任の前に立った。
でも、きっと過去の関係なんて否定して、こんなウソもすぐにバレて久保田は動揺すらしてくれない。なのに、そう思ったのに久保田は子供もあかりとの事も否定しなかった…。
あんなに優しく愛しそうに微笑みかけていた人が、目の前から走り去っても…。
今も忘れられない大好きな人を想うたびに寂しさと哀しさだけで胸がいっぱいになって…、自分に向かって伸ばされた小さな手を握り返してやることもせずに…、
その痛みだけを強く強く抱きしめてどうして…、なぜと自分の事を疑いもしない久保田に何度も心の中で問いかけながら、寂しさと哀しみに耐え切れなくて…、昔のようにしがみついて…。気づいたら久保田に一緒に暮らして欲しいと…、一緒にいて欲しいと告げていた…。
「本当は初めから、和樹が自分の子供じゃないってわかってたんでしょう?」
なぜと問いかけるのをやめてあかりがそう聞くと、久保田はやっと視線を空からあかりの方へと向ける。でも、あかりに視線を向けただけで何も答えなかった。
久保田はなぜかわかっていたとも、わからなかったも言わない。けれど、事実を告げても変わらない表情と視線が、桂木が言ったようにわかっていたのに否定しなかった事をあかりに教えてくれていた…。
なのに、ウソをついたあかりを、時任との関係を壊そうとした事を久保田は責めもせず怒りもしない。あかりを見つめ返す久保田の視線は、時任を見つめる時のように穏やかで優しくはなかったけれど冷たくはなかった…。
「初めからわかっていたのに、違うと思っていたのになぜなの? どうして違うって言って、そんな事実はないって言って私の事なんて放って置かなかったの…っ。そうしたら、あの子とずっと一緒にいられたのに…っ」
今も時任が好きなのに一緒にいたいのに…、離れたくないのに…、
走り出したくてたまらないのに走り出さない久保田に向かってあかりがそう言うと、久保田は窓から離れてソファーで眠る子供に歩み寄る。そして、この部屋で一緒に暮らそうとしていた子供の柔らかい髪をそっと優しく撫でた…。
「わかったとかわからないとかじゃなくて、あかりさんがそう言ったから…」
「私が…、言った?」
「そう」
「まさか、私が誠人君の子供だって言ったから、それを信じるって言うの? こんな…、すぐにバレるようなウソをどうしてっ」
「別れた日から考えてもあの子の父親だって可能性はゼロだったけど、こうなる可能性はゼロだったワケじゃない…」
「けどっ、だからって和樹が誠人君の子供じゃないって事実は変わらないわ」
「うん…」
「だったら、それがわかってるならなんでこんな事をするんだって、なんでだってウソをついた私を責めないのっ?! こんな事になったのは全部私のせいなんだから、私を責めて恨んで怒りなさいよっっ!!」
こんなウソをつかれて大切な人と離れ離れになったのに、こんな風に穏やかな様子で子供の頭を撫でている久保田の気持ちがわからない。どうして、ウソだとわかっていたあかりの言葉を違うと否定しなかったのかもわからなかった。
何もかもわからなくても、ただ苦しくて哀しくてあかりは拳をぎゅっと握りしめてうつむく。すると、久保田は子供の頭を撫でていた手を伸ばして、うつむいたあかりの頭を同じようにそっと優しく撫でた。
「ごめんね、あかりさん…」
「なぜ、誠人君があやまるのっ。あやまらなきゃならないのは、ウソをついて騙そうとした私じゃないっ」
「違うよ…。あの日、嫌いじゃなかったけど好きでもなかったのにあかりさんを抱いたのは俺だから…、こんな事になったのはあかりさんじゃなくて俺のせい…」
「・・・・・誠人君」
「だから、ごめんね…」
久保田が頭を撫で続けながらそう言うと、あかりはうつむいていた視線を上げる。
すると、あの頃とは違って久保田の顔は、少し上を見上げなければ見えなかった。
前は同じくらいの身長だったのに、今はあかりの頭は久保田の肩くらいの位置にある。中学の頃から大人びてはいたけれど、やはりそれでも子供だったんだとあかりは今になって初めて知った気がした…。
上からあかりを見つめ返した久保田は、すぐに視線をそらせるといつも時任が座っていた場所を目を細めながら眺める。そして撫でていた手を頭から離してテレビの前まで歩いていくと、そこにあったカギを手で拾い上げた…。
「あの頃は誰かを抱きしめたいと想った事も、抱きたいと想った事もなかったから…、あかりさんのさみしさがそれで埋まるならって単純に想っただけで…。抱きしめる事の抱き合う事のイミなんて、一度も考えた事もなかった…」
「でも、あの時は私が抱いてって言ったから、私のために誠人君は…」
「ホントにそう想う? ホントはあかりさんコトなんて少しも考えてなくて、気持ちいいコトしたかっただけかもしれないのに?」
「・・・・・・」
「嫌いじゃないけど好きでもない…。だから、どんなに抱き合っても何も埋まらないって…、今ならこんなにもわかるのにね…」
時任が置いていった部屋のカギ…。そのカギを久保田がゆっくりと手のひらで包み込むように握りしめると、リビングから出て行くために廊下へのドアを開けた桂木がゆっくりと瞳を閉じた。
時任がいなくなってしまって隣に誰もいなくなったとしても、その空間が別の何かで埋まることはない…。それがハッキリとわかるから、あの日の事が今になって久保田の中に鮮明によみがえってくる…。
あの日、抱きしめ合った身体は熱くなっても…、心は冷たいままだった…。
そしてそれはたぶん誰かを抱きしめたい…、抱きたいと初めて想った時から…、
この部屋で時任を抱きしめてから、抱きしめ合う事がこんなにも暖かいんだってわかってから気づいた事なのかもしれない…。初めて強く抱きしめた時任の身体は…、暖かくて胸が痛くなるほど恋しくて…、狂おしいほど愛しかった…。
こんな存在が…、こんなにも暖かな存在がこの世に存在するなんて想わなかった…。
だからこそ、そんな暖かさを知っているからこそ、あの日の事を後悔せずにはいられない。あの日、さみしさを埋めようとするフリをして、本当は何も埋めようとなんてしてなかった。
さみしさを埋めるフリして、もっと心と身体を傷つけていただけだった…。
久保田は手のひらに少しずつ力を込めると、中にあるカギを強く強く握りしめる。そして、桂木が部屋を出てドアを閉める音を聞きながら、不安そうに自分を見つめているあかりに向かって
「好きじゃなかったのに、好きになる気もなかったのに抱いてごめんね…。今も昔も…、これからもたった一人しか好きになれないから…、あかりさんとは一緒にはいられない」
「だから、そのカギを私に?」
「抱きしめるコトも好きになるコトも何もできないし、もうこれくらいしか俺にできるコトってないから…」
「そう…」
「ごめんね…」
「バカね…、どうして何も悪くないのに、さっきからごめんってそればかり言うの? あの子を奪った私に優しくするの? それに好きじゃなかったのにって言うなら、他に好きな人がいるのに抱いてって言った私も同じゃない…」
「あかりさんは俺に抱かれたコト、後悔してる?」
「・・・・・後悔してるわ。そう言う誠人君は?」
「してるよ…。抱いたりするんじゃなくて、さっきみたいに頭を撫でたかったって…、今は想うから・・・」
「誠人君…」
「なに?」
「ありがとう…、頭を撫でてくれて…。もう、あれからこんなに時が過ぎてしまったけれど、頭を撫でてくれてすごくうれしかった…」
瞳にいっぱい涙を溜めて微笑みながら、そう言ってあかりがカギを差し出した久保田の手を押し返す。そしてソファーで眠っている和樹を起こさないように、母親らしい馴れた仕草で優しく抱き上げた…。
すると、腕に和樹の身体の柔らかな暖かい重さがかかって、その重さを感じていると瞳に溜まっていた涙が頬をゆっくりと流れ落ちていく。でもそれは哀しいからでも寂しいからでもなく、抱き上げられた瞬間に目を覚ました和樹が…、あかりの顔を見て笑ったせいだった。
この部屋に残して一人で行こうとしていたのに、和樹は無邪気に笑いながら小さな手を一生懸命伸ばしてあかりの顔を慰めようとするかのように撫でる。でも、その頬には眠る前にたくさん流した涙の跡がまだ残っていた…。
「私は和樹にあいつの面影を重ねる事しかしなかったから、いつも寂しくて寂しくて一緒に居るとつらくてたまらなくて…。けど、この子はあいつだけじゃなくて私の子供なのに…、だから誰よりも抱きしめなきゃいけなかったのに…。本当は愛してるのに大好きなのに…、あの子に言われるまで和樹が呼んでくれてる事にも気づけなかった…」
「あの子?」
「時任君…。あの子が私に一人ぼっちになりたくないから一緒にいたいんじゃないって、好きだからスゴク一緒にいたいんだって言って私に離乳食を渡してくれたわ…。それがなかったら、私は和樹が呼んでくれてるのにも気づかずに、マンションに戻って来なかったかもしれない…」
「そう…」
「あの子は…、誠人君の好きになった子はとても優しくてとても強い子ね…」
「うん…、時任は最強だから…」
「だから、追いかけようとしないの? 一人でも大丈夫で強いから?」
あかりが和樹を大事そうに抱きしめながらそう言うと、久保田は持っていたカギをコトリとソファーの前にある小さなテーブルの上に置く。そして、自分のポケットからも同じ401号室のドアを開けるためのカギを取り出して横に並べるように置いた。
すると、時任の持っていたカギは使いすぎて少し磨り減っているが、久保田が持っていたカギは綺麗なままであまり使われていない。それはいつも学校から二人で部屋に帰ってきて、久保田ではなく時任が部屋のカギを開けていたせいだった。
時任のカギが本物で…、久保田の方がスペア…。
久保田は右手を胸の辺りまで上げると、まるで目の前にあるドアにカギをかけるようにガチャリとカギを閉める仕草をした。
「どうしてって聞くことも疑うコトもできたのに、時任は何も聞かなかったし…、一度も疑わなかった…。まるでそれが当たり前みたいカオして俺を抱きしめて…、泣いてた…。だから、もうそれだけで十分で、それだけでいっぱいで苦しくて痛くて胸が張り裂けそうで…、だから走りたくても走れない…」
「・・・・誠人君」
そう言った久保田の静かだけれど、苦しく哀しく響く声を聞いたあかりの胸に鋭い痛みが走る。久保田の時任への想いは…、あかりが思っていたよりも強くて強すぎて痛く胸に響いてきた…。
見えないドアを閉めた手を下へと降ろしながら、声には出さずに久保田の唇が時任の名前を呼ぶ。それを見た瞬間、胸の痛みがもっと強くなって苦しくてたまらなくて、あかりが和樹を抱きしめた腕に少し力を込めると…、
それを見ていた久保田が微笑みながら、あかりにさよならを告げた。
すると、あかりも久保田にさよならを告げる…。
そしてこれ以上、無意識に時任の名前を唇で心で呼び続けている久保田を見ていられなくて、和樹を抱きしめたままリビングから出た。その瞬間がもしかしたら、本当に自分が久保田に何をしてしまったのかをあかりが知った瞬間だったのかもしれない…。
あの頃…、久保田はあかりと同じ寂しさを抱えていた訳じゃなかったのかもしれないけれど、きっと誰かを求めて探していた…。そしてそれはあかりでも他の誰でもなく…、きっと時任でなければならなかった…。
時任だから恋して…、時任だから抱きしめた…。
そんな久保田の強い想いを時任を想う心を感じながら、あかりが玄関を出るとそこには一足早く部屋から出ていた桂木がいて…、まるで中で何があったのか知っているかのようにあかりを見て哀しそうに微笑む。それから、さっきまでそうしていたようにマンションの四階から見える風景を夜風に吹かれながら眺めた…。
「もう…、いいの?」
「えぇ、さっき誠人君とさよならしたから…」
「そう…」
「ありがとう…。貴方が引き止めてくれなかったら、私はこんな風にこの子を抱きしめる事も…、誠人君に本当の事を伝える事もできなかった…」
「ダメよ…、私にお礼なんて言わないで…。私は本当にこの子が久保田君の子供でも、二人を元に戻すためにここに来ていたから…」
「その気持ち…、あの子と別れた誠人君を見た今は私も良くわかるわ。だから、それでもありがとうでいいのよ」
「雪野さん…」
「あの二人は離れられない…、離れてはいけない二人だったのね」
401号室からエレベーターまで続く廊下を照らす蛍光灯の下で、あかりはそう言って桂木の横に並と子供を抱きしめている腕にかけていたカバンの中から手帳を取り出す。そして、手帳に挟み込んであった写真を取り出した…。
すると、その写真には目元辺りが少しだけ久保田に似た男とあかりが楽しそうに笑いながら写っていて…、二人の笑顔が幸せそうであればあるほど哀しみも寂しさも深くなる。でも、その写真から目をそらさずにじっと見つめると、あかりは眠っている和樹の頭を優しく撫でた…。
「私はこの子の父親が、あいつの帰りが毎日遅くて会える日が少なくなったからって…、浮気してるんじゃないかって疑ってた。だから、あいつの事が信じられなくて一人の時間が寂しくてたまらなくて…」
「だから、好きな人を裏切って久保田君と?」
「そうよ…。その時も私は今みたいに、寂しさを埋める事だけしか考えてなかった。仕事が忙しいんだって言ってたのに、その言葉を信じようともしなかったわ…」
「でも、それは本当だったね」
「この子がお腹に出来た時、もう久保田君とは別れてた。でも、今度は何を言っても私が信じてもらえなかったわ…、自業自得よね」
「その人の事が好きだったのに、どうして信じなかったの?」
「わからないわ…。わからないけど、裏切られてもウソでもいいから信じたかった…。あの子が誠人君を信じたみたいに…、好きな人の事を信じていたかった…」
あかりの横顔と頬を流れる涙を、白い蛍光灯が照らし出す。けれど、どんなに後悔しても悔やんでも戻らない過去は、涙になって流れても消える事はなかった…。
ウソでも裏切られても…、好きだから信じたかった…。
好きだから大好きだから、どうしても信じる事がなかった…。
今は寂しいことより別れてしまった事実よりも、それがどうしようもなく哀しくて…、
けれど、その想いが溢れ出したかのように流れ落ちた涙を拭うと、あかりは和樹に向かって微笑みかけた…。
「誠人君にもあの子にもあやまってもあやまり切れないし…、許してもらえるなんて想ってない…。もしも、二人が元に戻っても戻らなくてもそれは変わらないわ…」
「でも、二人はきっと…」
「いいえ、私が私を許したくない。あいつを信じられなかった自分も、あんなに想い合ってた二人を離れ離れにしてしまった自分も…」
「雪野さん…」
「だから、もう二度と同じ事は繰り返さない…、寂しさに負けたりしない絶対に…」
「もう負けないで絶対に…、寂しくなっても同じ空の下に私も久保田君も時任も皆いるから…、貴方は絶対に一人なんかじゃないから・・・っ」
「ありがとう…」
「雪野さんも和樹君も…、元気で…」
「えぇ、貴方も元気でね」
「・・・・・さよなら」
さよならを言って手を振り合って別れて、そうしたら少し寂しくなるけど…、
それでも歩き出さなければ明日は来ないし、もしかしたら別れた道がまた繋がってるかもしれない場所まで歩いて行けない。でも、時任がいなくなった401号室は静まり返ったままで物音一つしなかった…。
自分の家に帰るために歩き出した桂木の足音だけがマンションの廊下に響いて…、深い夜の帳がすべてを覆い尽くすように空から落ちてくる…。すると、その闇に侵食されるように401号室の明かりが久保田の手によって消された…。
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