君を想うキモチをココロで語ろう.5
新婚さんというのはイチャイチャしているイメージがあるが、久保田家の場合は結婚したのが嘘ではないかと思われるほど、二人の間に妙な隙間が出来始めていた。
結婚する前は四六時中一緒にいた二人だったのに、結婚してからは別行動をしていることが多いように見える。時任は普段通りに振舞っているつもりだったので、なくとなくおかしいとは思っているものの、次第に離れていく久保田との距離にまだ気づいていない。
無意識に時任の肩に腕を伸ばしては、触れる前に引っ込められる久保田の手の意味をわかってはいなかった。
「なぁ、桂木。久保ちゃん知らない?」
生徒会室に向かおうとした桂木を、そう言って引きとめたのは時任だった。
そんな時任を見て桂木が深いため息をついたのは、前は時任が久保田がどこにいるか聞くことがかなり珍しかったのに、今ではそれが普通になりかけているからである。
時任が学校で触れるを禁止してから一ヶ月たったが、相変わらず久保田は時任の言いつけを守っているし、時任の方も禁止を解くつもりはないようだった。
「自分で探したら?」
桂木が冷たくそう言うと、時任はイラついたように親指の爪を噛む。
自分で触るなと禁止してはいたが、やはり触れていないのは平気でも久保田がそばにいないとなると精神的に不安定になるらしい。
けれど時任は、それを決して口に出しては言わなかった。
「…久保ちゃん見つけてから、部室行くからな」
「あんたたち、今日は見回り当番でしょ?」
「わぁってるっての!」
「見つけたら、遊んでないでさっさと来なさいよっ」
久保田を探すために廊下を走っていく時任の背中を見ながら、桂木は軽く髪の毛を掻き上げて眉間に皺を寄せる。今回の件は完全に二人の問題だが、やはり何か言いたくて仕方がない。
だが、その言いたいことがはっきり形としてまとまらないので、こうやって眉間に皺を寄せているのだった。こういう曖昧な感じは、いつもハッキリとしている桂木にしては珍しいことである。
「もうっ、らしくないわねっ!」
時任の姿が消えた廊下に向かって、思わずそう叫んだのは自分自身に対してだったのか、それとも久保田や時任に対してだったのか…。
そんなことすらわからないまま、桂木は公務のために生徒会室へと向かった。
結婚する前もした後も、一緒にいることが当たり前だと思っていた。
なのに、いつの間にか久保田は一人でどこかへ行ってしまうことが多くなっている。
何も言わずに時任一人残して…。
それがなぜなのか、時任には理由がわからなかった。
それは、その理由と触れないことが関係あるとは全然思っていなかったからである。
ただ、時任は久保田が居なくなることだけにイラついていて、理由のわからない不安を感じていた。
「ったく、どこ行ったんだよっ」
ブツブツそんなことを言いながら久保田の居そうな場所をさっきから探して回っているが、まるで時任から逃げ回ってでもいるかのように久保田が見つからない。
前はなんとなくいる場所がわかって、すぐに見つかっていたはずなのに…。
時任はこうやって久保田を探すたびに、何かを見失っていくような気がしていた。
探し出しても久保田はいつも平然とした顔をしていて、いくらいなくなった理由を聞いても『ゴメンね』とあやまるばかりで何も言わない。そういう時、久保田が何を考えているのかわからなくて、けれど考えている何かを聞くのが怖いような気がして、いつもどうしてと聞き返せなかった。
久保田はいつも二人だけのあの部屋で好きだと言って、抱きしめてキスしてくれる。
けれど、好きだと言われる度に何かが胸の中で揺れていた。
時任はそんな不安を振り切るように軽く頭を振ると、しきりに辺りを見回して久保田を探す。
すると、廊下の曲がり角で何者かとぶつかった。
「…久しぶりですね、時任君」
ぶつかった相手は、時任が会いたくない人物だった。
結婚前に色々と揉めたのは、転びそうになった時任の身体を支えてくれているこの人物のせいだと言っても過言ではない。
時任は自分を抱き抱えている橘を鋭く睨みつけると、パッと勢いよくその腕から身体を離した。
「やはり僕には会いたくないですか?」
「当然だろっ」
「そうですね。そう言われて当然のことをしたんですから、無理ありませんね」
「わかってんだったら、とっととどけよっ!」
時任は邪険にそう言うと、橘の前から走り去ろうとする。
だが、そんな時任を橘が呼び止めた。
「久保田君を探してるのでしたら、居場所を教えましょうか?」
何を言っても絶対に振り返るつもりはなかったが、久保田の居場所を知っていると言ったので思わず振り返る。すると橘は小さく笑って、時任が行こうとしている方向と反対の方向を指差した。
「久保田君は保健室にいましたよ」
「あのババァのトコかよっ!」
「最近、良く保健室にいるみたいですから、探す時は行ってみるといいかもしれません」
「…ウソ言ってんじゃねぇだろうな?」
「ウソじゃありませんよ」
「ふーん…」
久保田が保健室にいても、別に不思議ではない。
たが、何かが胸の中で引っかかって取れなかった。
保健室にいる保健医の五十嵐は久保田に好意を持っているし、事あるごとに迫っているのは誰もが知っていることである。そんなことは時任も承知していて、久保田が五十嵐と浮気するなんてことはあり得ないと思ってはいるが、やはりどうしても百パーセントないとは言い切れない。
五十嵐に対する嫉妬心と、五十嵐の所へ一人で行っている久保田への苛立ちを時任は感じていた。
保健室のことを聞いた時任が表情を曇らせると、橘はそんな時任をなぐさめるように軽く撫でるようにして頭に手を置く。不意打ちだったのでその手を振り払うのを時任が忘れていると、橘は優しく時任に向かって微笑んで見せた。
「久保田君は本当に心から貴方のことを想ってます。だから、心配はいりません」
「…橘」
思ってもいなかった橘の言葉に、時任は思わず橘の顔をじっと見つめる。
するとその瞬間、時任の身体が物凄い力で強引に後方へと引っ張られた。
「わぁっ!!」
あまりに突然の出来事だったので、身構えるまもなく時任の身体は後ろから伸びてきた腕にさらわれてしまう。伸びてきた腕は時任を抱き込むと、まるで自分のものだと誇示すように時任の身体をきつく抱きしめた。
「どーも、副会長」
「時任君もですが、貴方と会うのも久しぶりです」
「そうだったっけ?」
「時任君とケンカしているという噂ですが、…相変わらず変わりはないようですね」
「ケンカしてませんけど?」
「でしょうね。時任君が、こんなに必死に貴方のことを探してるんですから」
時任を両腕で抱きこんだ状態のままの久保田と橘が、結婚後始めて対峙している。
久保田も橘も微笑を浮かべたまま、まるでお互いを探り合うような会話をしていた。
頭上から聞こえてくるそんな二人の会話を、時任はじっと聞いている。
久保田の手は、橘が触れていた頭の辺りを軽く撫でていた。
「また、何か企んでたりする?」
「前例があるので疑われても仕方ありませんが、そんな予定はありません。時任君をもう悲しませたくないですからね」
橘はそう言っていたが、久保田は橘の言葉を完全に信じたわけではない感じだった。
結婚しても、誓いの指輪を首から下げていても、ちょっとしたきっかけで不安が胸をよぎる。
時任は久保田の腕の中から抜け出すと、まだ橘と会話を続けている久保田の肩をぐいっと引っ張った。
「別にそんな疑ってかかることねぇだろっ。なんか、俺らのコト心配してくれてたみたいだしさ」
さっきの橘の言葉がうれしかったせいか、時任がそう言って橘に助け舟を出す。
すると久保田の周囲の空気が、一気に冷たくなった。
顔に微笑を浮かべたままで…。
久保田の不穏な空気を感じ取った橘は、時任に礼を言うと生徒会本部へと歩いて行った。
「俺らも生徒会室に行こうぜっ」
時任は橘がいなくなると、久保田から伝わってくる冷たい空気を感じながらも、いつものようにそう言ってこの場を離れようとする。
だが、久保田は生徒会室とは逆の方向へと時任の腕を引っ張った。
「なっ、なにすんだよっ!」
「・・・・・」
「久保ちゃんっ!!」
腕が痛いから離せと言っても、久保田は時任の腕を離さずに廊下をスタスタと時任を引きずるようにして歩いていく。時任はなんとか足を止めさせようとしたが、久保田は何も答えないばかりか一言も口を聞かなかった。
「止まれっつってんだろっ!」
廊下を歩いている生徒達が二人を不審そうに見ていたが、久保田はそんなことなどおかまいなしだった。どこに連れていかれるのかと時任が思っていると、久保田はあまり普段人が入らないような古びたドア前で止まる。
そのドアはなぜか鍵がかかっていなかったらしく、久保田が手をかけるとすんなりと開いた。
「ココって…」
「倉庫」
久保田は時任の問いに短く答えると、時任を倉庫の中に押し込む。
そして自分も倉庫の中に入ると、ドアの鍵がカチリと音を立ててかけられた。
「…なんのつもりだよ?」
倉庫の中の机を背に時任が久保田を見つめながらそう言うと、久保田は目を細めて口元に笑み浮かべる。その笑みの冷たさに時任が思わず後ろに下がろうとしたが、机があるのでそれ以上下がることはできなかった。
「セックスしよう、時任」
「えっ?」
「ココなら誰も入ってこないから」
「なに言ってんだよ、ココって学校じゃんか…」
「それがなに?」
そう言いながら久保田の手が伸びてきて、時任の頬を包み込む。
キスしようと近づいてくる久保田の顔を時任は避けようとしたが、久保田の手が邪魔して避けることができなかった。
「くぼちゃ…、やめ…」
くぐもった声が時任の口から漏れる。
たが久保田は、時任の声を封じるように時任の唇に口付けた。
「なにす…、んっ…」
強引に奪うように口付けて、逃げようとする舌を追うように久保田の舌が動く。
時任がやめさせようとして久保田の肩を叩いたが、久保田は少し眉をしかめただけだった。
嫌がっていた時任だったが、しばらくすると深く口付けられて、無意識の内に久保田のキスに答え始める。ゆっくりとキスに溺れていくように…。
すると久保田は、後ろにある机の上に時任を押し倒した。
「マジでやめろよっ、久保ちゃんっ!」
「なんでやめるの?時任もしたいでしょ?」
机の上に乗っていた書類の山が時任と久保田の体重に押されて崩れ落ち、音を立てて床一面に広がる。時任はのしかかってくる久保田の身体を必死に押しかえそうとしながら、無理やりこんな所で自分を抱こうとしている久保田を睨みつけた。
「ワケを言えよっ! なんでいきなりこんなことすんだよっ!!」
「ワケなんてないけど?」
「ウソ言ってんじゃねぇよっ! さっきからなんか怒ってんじゃんっ!!」
「俺が怒ってる、ねぇ?」
「言わなきゃわかんねぇだろ!」
そう言って時任が唇を噛みしめると、久保田は時任の首に手を伸ばして軽く絞めた。
まるで何も気づかない上に、言わなきゃわからないなんて言う時任を責めるように…。
首をしめられていることに時任が驚いて少しだけ目を見開くと、久保田は凍てついた瞳で微笑んだ。
「俺以外のヤツに身体さわらせて、平気な顔してるなんて許せないよね?」
「な、なに、言ってんだよ…、別にさわらせたりなんか…」
「さわらせた上にかばったりなんかして、どういうつもりなのかなぁなんて思うんだけど?」
「橘のコト言ってんなら、勘違いに決まってんじゃんっ。あれは廊下でぶつかっただけで、久保ちゃんがいなくなったから居場所聞いただけで…」
「へぇ、そうなんだ?」
「…そういう久保ちゃんこそ、あの厚化粧ババァの所に行ってるってどういうことだよ!」
「ふーん、俺って時任君に疑われちゃってんの?」
「う、疑ってたとかそういうんじゃなくて…」
「疑ってたんでしょ?」
久保田は時任の首から首筋に向かって手を滑らせると、着ているシャツを強引に脱がせにかかった。
時任が嫌がって暴れたが、両手を押さえつけて近くに落ちていたヒモで手首を縛る。
そうしてから首筋に唇を這わせると、時任が履いているズボンのチャックを音を立ててゆっくりと下ろした。
「やったら、絶好だかんなっ!」
「したければすれば?」
「…マジで言ってんのか?」
「さあ?」
シャツやズボンが床に散らばり、やめろと叫んでいる時任の身体の感じる場所をたどるように久保田の手と舌が這っていく。やがて時任の中心に伸ばされた手が、性急に時任を追い上げて抵抗の力をそいでいった。
埃の積もった机に押し付けられ、服を脱がされて…。
いつもは必ずしてくれる唇へのキスもない。
抱くのではなく犯すために久保田の手が自分の身体を開いていくのを感じながら、時任はまるで今の久保田の瞳のように心が冷えていくのを感じていた。
身体はこんなに熱いのに心が凍えていく…。
まるで見知らぬ男に抱かれているような感じがして、時任は小さく身を震わせた。
「あっ、痛…!!」
おざなり程度の愛撫が終わると、まだそれほど慣らしていないのに久保田が強引に時任へと侵入してくる。そのあまりのきつさに時任の瞳に涙がにじんでいたが、久保田はそれを見ても侵入することをやめずに最後まで強引に付きいれると、痛がる時任を無視して腰を動かし始めた。
「うぁっ、あっ…、あぁ…!!」
いつもは久保田を感じているだけで、多少の痛みはすぐに快楽に変わる。
けれど今は、心も身体も痛いだけだけだった。
久保田が侵入してくるたびに、何かが胸の中で切り裂かれていく。
時任の頬に涙が伝って、埃に白くなっている机の上に落ちた。
「イヤだっ!はなせっ!!」
「そんなに抱かれたくない?」
「うあぁっ…!!」
「イヤだなんて言えなくなるくらい抱いてあげるよ、時任」
久保田は時任の足を抱え上げて、わざと痛みが増すように深く時任を犯した。
まるで時任を壊そうとしているかのように…。
時任は規則的に身体を揺らされながら、精神的なショックと痛みから逃れるために自分から意識を手放した。
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