君を想うキモチをココロで語ろう.2




 一週間ぶりの公務のせいか、時任はかなり張り切っていた。
 だが、久保田と並んで廊下を歩いている内に、なぜか次第に顔が不機嫌になっていく。
 久保田は不機嫌になっている理由を知っているのか、何も言わずに歩いていた。
 腕に腕章、隣には相方。
 いつもと変わらないはずなのに、なぜか何か違う。
 久保田の隣に並んで黙って歩いていた時任は、あまりの違和感にピタッと立ち止まってしまった。
 「なぁ、久保ちゃん」
 「なに?」
 「さっきから、妙な視線がまとわりついてねぇか?」
 「さぁ、気のせいじゃない?」
 「俺様がカッコイイから見とれてんならいいけど、…なんかヘンなカンジすんだよなぁ」
 「ヘンなカンジねぇ」
 確かに時任の言う通り、朝学校に登校してきた瞬間から無数の視線が二人に集中していた。
 実は休憩時間にも、男同士で結婚したという二人を見るために他のクラスや学年から見学者まで来ていたのだが、実は時任はまったく気づいていない。
 もし気づいたら、極度の恥しがりである時任が騒ぎ出すことがわかっているため、久保田がひそかに時任の視界にそういう野次馬が入らないように注意していたのである。
 「そういうトコもカワイイんだけどねぇ…」
 「何か言ったか?」
 「別に」
 始めから予想はついていたことだったが、校内の人間が男同士の高校生夫婦という存在を見慣れるまでには、まだまだ時間がかかりそうだった。
 久保田は別に気にしていないからいいのだが、時任は現時点ですでにかなり気にしている。
 結婚したのだから堂々としていればいいのだが、やはり時任は照れの方が先に来てしまうらしかった。
 「おっ、さっそくシゴト発見っ。行こうぜ、久保ちゃん」
 「へーい」
 時任が発見したのは、いつもの定番、大塚とそのお友達の石原と笹原だった。
 やっていることもいつもと変わらず、おとなしそうな一年生にからんで金を要求している。
 大塚は毎度毎度懲りないというか、本当にかなり執念深い。
 それ故、時任と久保田はそう思っていなくても、大塚にとって二人は天敵だった。
 「そこらヘンでやめといた方がいいんじゃねぇの? 大塚くん」
 「眠いし、メンドいから、さっさと行っちゃってくれない? 大塚ちゃん」
 かなりやる気な時任と、かなりやる気のない久保田。
 大塚達はこの二人を目の前にしていつものように顔を引きつらせたが、なぜか今日は何かを思い出したようにお互いの顔を見合わせると、いっせいに嘲笑し始めた。
 「お前ら、結婚したんだってなぁ」
 「ホモカップルで結婚オメデトウ〜」
 「ぎゃははは、気色悪りぃ」
 いくら結婚が法律上認められてはいても、世間的に認められているわけではない。
 大塚達の言葉からは、本気で男同士で結婚していることを気持ち悪がっていることが感じ取れた。嫌悪感に満ちた目が二人に向けられる。
 時任はそんな大塚達を静かに睨みつけ、久保田は薄く笑みを浮かべていた。
 「新婚旅行ドコ行ったんだ?」
 「ハネムーン・ベィビーとかできちゃったんじゃないの?」
 「ばーか、男だからできるわきゃねぇだろっ」
 「はははっ、そういや時任って男だったっけ?」
 「けど、時任クンてば新妻じゃんっ!」
 「やっぱ久保田と夜の甘〜い生活とかしてんだろ?」
 「男同士ってどうやってやんの? 説明できないなら、ココで実践してくれても・・・・・」
 石原は笑いながら、調子に乗って時任と久保田に実践などと言いかけたが、その言葉を最後まで言うことはできなかった。
 時任の拳が顔面を直撃したからである。
 石原は殴られた衝撃で後方に吹っ飛び、壁に激突した。
 「ぐおっっ!!!」
 いつもやられてばかりなので、やられる様もかなり決まっている。
 派手に吹っ飛んだ石原を見て笹原は顔色を変えたが、大塚はなおも時任を挑戦的に睨み付けた。
 「結婚してるってことは、久保田に抱かれて喘いでるってことだろ? ホントのこと言われたからって怒るなよ、時任」
 「…てめぇっ」
 「そんなヤツに取りしまられたら、よけいに風紀が乱れ…」
 途中まで言いかけたが、石原と同じように大塚も最後まで喋ることができなかった。
 今度は時任ではなく、久保田の足が大塚の顔面に直撃している。
 容赦のない蹴りは、大塚を吹っ飛ばすには十分だった。
 大塚は石原よりも派手に吹っ飛んで、後ろにあった掃除用具入れに激突する。
 派手な音を立てて、用具入れは大塚とともに倒れた。
 「・・・・・・っ!!」

 現在、公務執行二名終了。

 後に残された笹原は、指をボキボキ鳴らしながら近づいてくる時任を見て、大塚と石原を置いて一目散に逃げ出した。
 「こんなの相手に勝てるわけねぇよっ!!」
 「待てっ、笹原!」
 大塚が笹原を呼び止めようと、倒れたままの姿勢で笹原の後姿に向かって手を伸ばす。
 だが、その手は笹原に届くことはなく、久保田の靴底の餌食となった。
 「…ぐっ!」
 「そんなにうらやましいなら、大塚ちゃんも結婚したら?」
 「だ、誰がっ」
 「ああ、ゴメンねぇ。そういう相手いないんだっけ?」
 「か、彼女ぐらい…」
 「そんな欲求不満で溜まってます、みたいな顔して言ってもいないってバレバレだよねぇ」
 「く゛あぁぁっっ!!」
 久保田が更に強く手を踏みつけると、大塚が情けない悲鳴を上げる。
 眠そうな顔をしているが、久保田は本気で怒っていた。
 久保田は言われた内容に怒っているのではなく、時任を傷つけたことを怒っている。
 いつもならおそらく時任がフォローを入れるところだが、今日はさすがにそうする気分になれないらしく、時任は黙って久保田のすることを見ていた。
 「欲求不満晴らすならよそでしてくんない? 童貞の大塚クン」
 「・・・・・・くそぉっ!!!」
 「手、つぶしちゃおうかなぁ」
 「や、やめろぉぉっ!!!」
 大塚が悲鳴を上げるが、久保田がさっきよりも更に足に力を込めようとする。
 そういう段階になってから初めて、時任が動いた。
 「ったくっ、うるせぇってのっ!」
 大塚の顎を時任が蹴り上げると、その反動で久保田の足から大塚の手から外れる。
 呆然とこの様子を見ていた石原は、笹原よりは仲間思いらしく、時任に蹴飛ばされた大塚を連れて逃げ出した。
 「お、おぼえてろよっ!」
 お決まりの負け犬の遠吠えを残して走り去る大塚達の後姿を見ている時任は、何事か考え込むような瞳をして立っている。そんな時任を見ながら、久保田は小さく息を吐いてポケットからセッタを取り出して火をつけた。
 「…久保ちゃん」
 「ん〜?」
 「結婚したこと、後悔なんかしてねぇから…」
 「うん、知ってるよ」
 「俺は全然平気だから」
 最後に時任が言った言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。
 こういう中傷はこれからもありえることで、そんなものなど気にする必要はないのだが、やはり何かが胸の中に引っかかって取れない。
 時任は肩に置かれた久保田の手の暖かさを感じながらも、少し沈んだ表情をしていた。



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