君を想うキモチをココロで語ろう.10
学校に行こうとしたのを阻まれてベッドに押さえつけられてから、何度身体を貫かれたのか数えることさえもうわからなくなっていた。
ろくに何も食べもないで、久保田は時任をベッドに縛り付けるように抱き続けている。
ベッドの脇に置かれたペットポトルの水を時々無理やり口移しで飲まされながら、時任は朦朧とした意識の中で、酷い抱かれ方をされながらも久保田のことを想っていた。
けれど口付けされるたび、抱かれるたびにその想いが擦り切れていくように何も感じられなくなっていく。そんな風に心は乾いていくのに、それでも抱かれて感じてしまう自分が嫌でたまらなかった。
なぜか遠くから聞こえてくる自分の喘ぎ声を聞きながら、時任は久保田の背中に新しい引っかき傷を作る。抱かれて犯されて…、疲れて疲れ果てて…、何もかもが白く染まっていくようだった。
「あぁっ…、いや…だ…」
「イヤ…、じゃなくて気持ちいい、でしょ?」
「んっ…、あぁ…」
「もっとしてって…、言ってみなよ…」
「・・・・・・くぼちゃ…」
身体の中に熱いものが流し込まれて、心も身体もめちゃくちゃに壊されていく。
好きと嫌いの境界線が曖昧になって…。
抱かれた数だけ、憎しみが愛しさに混じり込んでいくような気がした。
嫌いになんかなりたくなかったのに、憎しみなんて抱きたくないのに…。
犯されている身体が悲鳴をあげて、心が冷たく哀しい色に染まっていくのを止められない。
久保田が自分の身体だけを欲しがっているように見えて、それだけが目的のように見えてならなかった。
抱きしめてくる腕も、キスしてくる唇も…、まるで奪うように時任を求めてくる。
けれど、その腕からも唇からも、久保田の想いも心も伝わってこなかった。
こんなに好きでいたのに…、大好きでいたのに…。
そんな時任の想いまでも、久保田に犯されて奪われてしまいそうになる。
嫌いになんてなりたくなかった…、ずっとずっと好きでいたかった…。
そばにいて、誰よりもそばにいて…、久保田を抱きしめていたかった。
その想いを抱いて久保田に抱きしめられていたかったのに…。
けれどもう、身体も心も疲れ果てて…、壊れかけた想いは哀しみで一杯になってしまっていた。
「おとなしくしてなね。何か食べるモノ持ってきてあげるから…」
何度目かの絶頂を終えてぐったりと横たわっている時任にそう言うと、久保田はジーパンだけを履いてキッチンへと出て行く。
ぼんやりとその後ろ姿を見送りながら、時任は痛む身体に力を入れてベッドから起き上がった。
けれど立ち上がろうとしても、足に力が入らなくて立つことが出来ない。
移動する時は立てないので、いつも久保田が抱きかかえて運んでいた。
「…頼むから、動けよっ」
時任は自分の足に向かってそう言うと、ベッドに手をついてぐっと力を入れて再び立ち上がろうとした。身体の奥がズキズキと痛んでいたが、このままベッドの中にいるわけにはいかない。
このまま、快楽の檻の中で久保田に壊されるわけにはいかなかった。
「へぇ、まだ立てる気力あったんだ?」
ベッドからやっと立ち上がった瞬間、久保田の声がして、時任はピクッと身体を震わせた。
キッチンに行ったと思っていたが、時任を見張っていたらしい。
久保田は薄い笑みを浮かべながら、すぅっと目を細めてドアの外から時任を眺めていた。
またベッドに押さえつけられてしまうのかと思ったが、久保田はそこから動かない。
時任は何も身体に身につけない格好のまま、冷たい瞳で自分を見ている久保田を威嚇するように鋭く睨みつけた。
「それ以上近づいたら、殺してやるっ!」
「殺すのはいいけど、そんなフラフラなのにどうやって? 武器もないっしょ?」
「殺る気になれば、素手でも殺せんだよっ」
「なら、実演してみる?」
「マジで殺されてぇのか…」
「殺してくれるなら、殺されてあげてもいいけど?」
時任は本気で言ってたのに、久保田は薄く笑みを浮かべたままだった。
こんなセリフを言うまでに追い詰められてしまった時任の気持ちなど、何も知らないとでも言うように…。
その笑みを見た瞬間、時任はもう自分の想いが久保田に届かないことを感じた。
どんなに必死に叫んでも、久保田は時任の言葉も気持ちも受け止めようとはしていない。
だからもう、このままでいることはできなかった。
こうしてこの場所で、久保田に壊されるのを待つことはできなかった。
これ以上は、心が痛くて痛すぎて耐え切れないから…。
一番言いたくなかった言葉を…、どうしても言いたくなかった言葉を久保田に言わなくてはならない。
時任は一度俯いて唇を噛みしめると、小さく息を吸って顔を上げた。
そしてじっと心の中にある想いを込めて、ありったけの想いを込めて久保田を見つめると…。
ゆっくりと静かに…、その言葉を久保田に告げた。
「久保ちゃんなんか嫌い…、大嫌い…。だから、もうそばにはいられねぇから…」
そう言った瞬間、もう枯れてしまったと思っていた涙が頬を伝う。
無理やり犯されてむちゃくちゃにされて、心を痛めつけられて…、だから嫌いになったと思いたかった。けれど、嫌いで大嫌いで…、自分の想いを少しもわかろうとしない久保田が憎いと感じているはずなのに、こぼれる涙がそれを裏切っている。
嫌いだけど好きだった…、憎んでも、久保田が愛しくて恋しかった。
だから、どうしても涙が止まらなかった…。
久保田を見つめているが辛くてたまらなくて思わず時任が視線をそらせると、久保田は部屋に置いてあるディスクの引き出しから一枚の紙を取り出す。
その一枚の薄い紙には、すでに久保田の名前が書かれて印鑑が押されていた。
「…久保ちゃん」
「離婚しよう、時任」
「なんで、離婚届なんか…」
「嫌いでそばにいられないなら、別れるしかないでしょ?」
「・・・・・・」
「これ渡しとくから、名前書いて持ってってくれる?」
そばにいられないなら、別れるしかないのかもしれない。
時任は久保田の差し出した離婚届を、その手から静かに受け取った。
久保田誠人と書かれた文字が、痛く哀しく時任の瞳に映る。
別れるつもりで結婚したはずじゃなかったのに、こんなにも早く別れがやってきていた。
信じたくなかったが、手にもっている紙の感触が現実だと告げている。
じっと手の中にある紙を時任が眺めていると、なぜか久保田は高校の制服に着替えて学校に行く準備をし始めた。
「なんで制服なんか…、着てんの?」
時任がそう尋ねると、久保田はちょっと用事があるからと答える。
もう、時任をこの部屋に閉じ込める気はないようだった。
身体も心も限界だったので、時任はそれを知って良かったと思わなくてはならないはずなのに、なぜか不安だけが胸に残る。
その不安が胸にぎゅっと押し迫ってきて…、息苦しさが無意識に時任の手を動かしていた。
「久保ちゃん…」
このまま黙って久保田の背中を見送るはずだったのに、時任の手は久保田の制服の裾をつかんでいる。そのつかんだ制服の感触がなぜか懐かしく感じられて、時任はきつく裾を握りしめた。
いつも学校で行き帰りの道で…、何度も何度もそうしたように…。
すると何か言おうとしていたはずなのに、胸の中から苦しい想いがこみ上げてきて何も言えなくなった。
「うっ、えっ・・・・・」
「時任…」
胸が何かで一杯になって…、その苦しさに耐えるように、制服の端をぎゅっと握りしめたまま時任が俯く。すると、その身体にふわっと何かがかかった。
何かと思って時任が横を向くと、自分の肩に白いシーツがかけられている。
それは何も着ていない時任の肩に、久保田がかけたシーツだった。
突然のことに時任が驚いていると、久保田の腕がゆっくりと時任の身体を抱きしめてくる。
時任は一瞬、おびえたようにそれから逃げようとしたが、包み込むように伸ばされた腕が温かく感じられてすぐに逃げることを止めた。さっきまで時任を苦しめることしかしなかった腕は、今は哀しいくらい優しく時任を抱きしめている。
時任は今まで感じられなかった久保田の想いを感じて、じっと抱きしめられたままその場に立ち尽くしていた。
「こんなヤツのために泣く必要ないから…」
「・・・・・・・」
「俺のコト嫌いだって憎んで…、誰よりも…」
「くぼちゃ…」
抱きしめていた腕が、セッタの匂いと暖かさを残して次第に時任から離れていく。
時任はその腕を引きとめようとしたが、久保田に振り払われた。
だが、その時に見た久保田はいつもと同じ優しい瞳の色をしていた。
「久保ちゃんっ!!!」
玄関へと向かう久保田を追いかけようとしたが、やはり足が思うように動いてくれない。
シーツに足を取られた転びながら、時任は久保田の名を呼んでいた。
けれど、久保田はそのまま学校へと出かけていく。
時任は手に持った離婚届を握りしめると、玄関へは行かずに壁を伝うようにしながらリビングへと向かった。
そしてそこに置かれている電話の受話器を取ると、あまりかけなれていない番号を押す。
すると、受話器から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「えっ、本当に時任なのっ?! 今、どこからかけてるの?」
時任が電話をかけた先は、高校の保健室の先生である五十嵐の所だった。
五十嵐は時任を心配していたらしく、次々と質問をしてくる。
その言葉をさえぎって、ぐちゃぐちゃになった離婚届を机に広げながら、時任は五十嵐に電話をかけた用件を言った。
「悪りぃけど、ちょっち自力じゃ動けねぇからむかえに来てくんねぇ? 行きてぇトコあるからさ」
「それはいいけど、行きたいとこってどこよ?」
「…市役所」
時任はそれだけ言うと受話器を置く。
そして、じっと離婚届を眺めると…、横に転がっていたボールペンを静かに手に握った。
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