君を想うキモチをココロで語ろう.11




 私立荒磯高等学校へと続く道は登校時間をとっくに過ぎているため、制服を着た生徒の姿はどこにも見当たらなかった。
 朝や夕方は賑やかなこの道も、生徒が授業を受けている日中はあまり人通りが無い。
 人影の無い静かな道を歩きながら、久保田は眩しそうに晴れ渡った空を見上げた。
 久しぶりに見上げた空は青く綺麗に澄んでいたが、久保田の瞳には何を思うことも感じることもなく、ただその光景が視界広がっていただけだった。
 一人でこの道を歩きながら、久保田はマンションに残してきた時任のことを考えてしまっていたが、そんな自分を自覚すらしていない。
 別れると決めたはすなのに…、だから離婚届をその手に渡したはずなのに…。
 考えることも想うことも時任のことだけだった。
 抱きしめていた身体の感触も温かさも、まだ腕の中に残っていて…。
 その記憶が押し殺そうとしている想いを呼び覚まさせる。
 誰よりも何よりも…、ただ一人だけを想っていた激しい想いが胸を焼いていた。
 好きだったから、愛しいと想っていたから…、だからその想いが苦しくて痛くてたまらなかった。

 「ゴメンね…、時任」

 時任に言えなかった言葉を小さな声でつぶやくと、久保田は空から下へと視線を落す。
 すると、そこに時任の握っていた制服の袖が見えた。
 その袖は力いっぱい時任が握りしめていたため、かなり皺になってしまっている。
 久保田は苦しそうに目を細めてその皺になった部分に手を当てると、時任と同じようにそこを握りしめた。
 行かないでと叫ぶように…、握りしめられた時任の手と泣き声が…。
 その袖を見ていると、自分を呼ぶ時任の声が聞こえてくるような気がしてならなかった。
 あの細い身体を何度も何度も犯して、ボロボロになるまでベッドに縛り付けたのは自分のはずなのに…。
 悲痛な声をあげて泣いている時任の声が、どうしても耳から離れない。
 こうなることを望んだはずなのに、時任の哀しみが痛みが…。
 抱いた数だけ、抱きしめた数だけ身体に心に染みて行く。
 傷つけることも、哀しませることも望んでなんかいなかったのに…。
 結局、一番大切だった人を傷つけたのは自分だった。
 
 『イヤだっ!はなせっ!!』

 嫌がる時任を無理やり犯したあの日、泣き叫ぶ時任の声を聞いても自分の中から沸き起こる衝動を止めることができなかった。何よりも大切だと想っていたはずなのに…。
 自分の醜い独占欲のために傷つけて、その身体を抱き続けて…。
 そんな自分を狂っていると自覚していても…。
 恋しくて愛しくて…、だからその身体も心もすべてが欲しくて…。
 だから、自分以外の誰かを見て微笑む瞳が…、他の誰かに触れる手が憎くてたまらない。
 …愛しいから、誰よりも恋しているから憎くてたまらなかった。
 時任の綺麗な瞳にうつるすべてを壊して…、その瞳を自分の手でふさいでしまいたい。
 そんな自分の想いに目眩と吐き気を感じているのに、心が汚れていくのを止められなくて…。
 恋しすぎて愛しすぎて、その想いが壊れていく。
 ずっとずっと愛しさだけを…、恋しさだけを…。
 時任を想うこの気持ちを抱きしめていたかったのに、好きだよと言いながら抱きしめていたかったのに…。
 気づけば、もうそうすることはできなくなってしまっていた。
 気を失ってしまっている時任の身体を抱きしめて、涙に濡れた頬をぬぐってやりながら…。
 その涙を痛いと感じていても…、それでもまだ時任を傷つけて…、誰の手も届かない場所に閉じ込めたがっている自分を、時任を壊したがっている自分をはっきりと感じたから…。

 だからもう…、時任を抱きしめていられなくなった。 


 『久保ちゃん…』


 一瞬、自分を呼ぶ時任の声が聞こえた気がして振り返ったが、そこには道が真っ直ぐ続いているばかりで時任の姿は見えない。
 いつも横を向けばそこに、振り返ればそこに時任がいたはずなのに、もうこんなにも二人の距離が開いてしまっていた。
 誰よりも近くに…、そばにいたはずなのに…。
 離れないようにしっかり手をつないで、抱きしめていたはずだったのに…。
 その手も腕も…、開いてしまった距離に耐え切れずにすべてを壊し始めていた。
 誰よりも何よりも恋しいと愛しいと想っているから、すべてを欲しがって壊れていく心を想いを止められない。
 だから、ずっと離さないと誓った手を離さなくてはならなかった…。

 恋しさと愛しさと止まらない想いが…、すべてを壊してしまう前に…。



 久保田は袖から手を離して再び歩き出すと、見えてきた校門をくぐる。
 そして、もう午後の授業の始まっている高校の校内へと入った。
 だが、校内はまるで日曜日のように静まり返っている。
 それは今日の午後から生徒総会が開かれているため、生徒が全員体育館に集められているせいだった。
 松本から事前に生徒総会の話を聞いていたため、久保田は教室に向かわずにそのまま体育館へと向かう。体育館の中にはすでに大勢の生徒が集まっていて、壇上で中間決算報告をしている生徒会本部会計の話を聞いていた。
 資料は配られているものの、あまりそれを見ている生徒はいない。
 久保田は中に入って自分のクラスの列の辺りまで行くと、一人の女子生徒の横に立った。

 「桂木ちゃん…」

 そう久保田が名前を呼ぶと、呼ばれた桂木は驚いた顔をして久保田の方を向く。
 久保田は桂木に久しぶりと挨拶したが、桂木は本当に久保田が横に立っていることを認めると、責めるような目つきで久保田をにらみつけた。
 「時任は? 時任も学校に来てるの?」
 「・・・・・・・・」
 「黙ってないで、なんとか言いなさいよっ!」
 「静かにしないと注意されるよ?」
 「かまわないわっ!」
 桂木は本当にそう思っているらしく、総会が行われているステージの様子を気にせず久保田をにらみ続けていてる。そんな桂木を見た久保田は薄く微笑を浮かべると、手に持っていた封筒を桂木の前に差し出した。
 桂木は少し首をかしげていたが、差し出された封筒をゆっくりと手を出して受け取る。
 その封筒には、書類か何かが入っているらしく少しふくらんでいた。
 「なによ、これ?」
 「マンションの登記簿と銀行の通帳」
 「えっ?」
 「時任名義に書きかえてあるから、もう少し落ち着いてから時任に渡してやってくれる?」
 「落ち着いてからって、どういう意味よ?」
 「…離婚することになったから、その慰謝料」
 久保田がそう言った瞬間、辺りにパシーンッという音が体育館内に響き渡る。
 それは、桂木が久保田の頬を平手打ちした音だった。
 「ふざけないでよっ!! 離婚って、慰謝料ってなんなのよっ!!」
 「言葉の通りだけど?」
 「アンタは時任のことが好きなんじゃなかったの?! だから結婚したんじゃなかったのっ?!」
 「・・・・・・・・・」
 桂木はそう叫んで久保田を責めながら、封筒を持った手を怒りに震わせる。
 いつも二人のことを見ていて、二人がお互いを見つけた瞬間に見せる笑顔を知っていたから、ずっとずっと一緒にいると思っていたのに…。
 優しい瞳で時任を見ている久保田が、時任を傷つけることなんてしないと信じていたのに…。
 あんな風に時任を傷つけて、こんなにもあっさりと平然として離婚だ、慰謝料だと言う久保田が桂木には信じられなかった。
 その怒りにまかせて、桂木は手にもっていた封筒を久保田に投げつける。
 けれど久保田は、静かに投げつけられた封筒を拾うと、もう一度、桂木の前に差し出した。
 「時任に渡してやってよ。無いよりあった方がいいから…」
 「・・・・・慰謝料払って、それで済ませようっていうの? あたしは絶対受け取らないわっ」
 「桂木ちゃん…、時任のコト心配してくれてるなら受け取ってくんない?」
 「心配はしてるわよっ、当然じゃないっ」
 「じゃ、コレお願いね…、桂木ちゃん」
 心配してくれてるならと言った久保田の言葉に何か想いが混じっているのを感じた桂木は、考え込むように眉間に皺を寄せる。けれどそうしている間にも、久保田は桂木の手に封筒を押し付けて立ち去ろうとしていた。
 桂木はとっさに久保田の腕をつかもうとしたが、やんわりとその手をかわされる。
 その時、久保田が小さく「ゴメンね」と言ったのが桂木の耳に聞こえた。
 「久保田君、まさか…、全部わかってて…」
 「じゃあね」
 桂木が久保田のしようとしていたことを理解した時、すでに久保田は桂木に背を向けて歩き出していた。久保田が桂木や五十嵐にあんな態度を取ったのは、時任との間を取り持とうなどという気を起こさせないためだったのである。
 時任を被害者に仕立てて同情させて、自分を悪者にして非難させて…。
 そして時任を頼むという代わりに、封筒を桂木に手渡した。
 桂木は久保田を引きとめようとしたが、こんな時に限って引き止める言葉が見つからない。
 だが、遠ざかっていく背中を見つめながら桂木が唇を噛みしめた時、突然、ステージの上から大きな声が響いた。

 「久保ちゃーーんっ!!」

 その声はこの体育館の中にいる、きっと誰もが知っている声で…。
 そして体育館を出て行こうとしている久保田が、誰よりも一番良く知っている声だった。
 誰よりも久保田の名を呼んでいた声だった…。
 久保田が驚いてステージの方を見ると、五十嵐に支えられながら時任がそこに立っている。
 泣きはらした瞳で…、けれど瞳をそらさずに時任はステージの上から久保田だけを見つめていた。
 「・・・・・時任」
 その瞳を見つめ返しながらそう小さく時任の名を呼んだが、視線はすぐにそらされて久保田は再び体育館を出て行こうとする。
 体育館の中はいきなり現れた時任に騒然としていたが、それに構うことなく時任はステージの上から立ち去ろうとしている久保田に向かって話しかけた。

 「行くな…、久保ちゃん…」

 泣きすぎて、叫びすぎて…、かすれてしまった時任の声。
 その声が響き渡ると、さっきまで騒がしかったのが嘘のように体育館の中が静まり返っていく。久保田は自分を呼ぶ哀しみに満ちた時任の声に、痛みを感じて思わず足を止めた。
 すると時任は五十嵐の腕を拒んで、久保田のいる場所に向かって自分の足で歩き始める。
 多少ふらついてはいたが、その足取りはしっかりとしていた。
 「なんで、俺に自分のコト嫌わせたりしようとしたりすんの? 俺のコト嫌いになって…、イヤになったから…、離婚したかった? だから…、俺から嫌いだって言われたかった?」
 「・・・・・・・」
 久保田は胸の中の想いを押し殺して、自分の方へ近づいてくる時任の瞳を再び見つめ返す。
 あんなに心も身体も傷つけて…、声がかすれてしまうくらい泣かせたのに…。
 時任は久保田のそばに歩いて来ようとしていた。
 転びそうになりながら…、必死に…。
 その姿を見た久保田は、拳を硬く握りしめると時任に向かって走り出した。

 「時任…」

 自分のために時任が苦しむことも、傷つくことも望んでなんかいなかった。
 大切だから壊したくないから、離れていくつもりだったのに…。
 こんなにも苦しみだけが広がって…、心の痛みが止まらない。
 ひどいヤツだと罵って、嫌いだと言われるよりも…。
 こちらへ向かって歩いてくる時任の姿が…、その想いが痛くて苦しくてたまらなかった。
 
 「久保ちゃん…」
 
 走ってくる久保田の姿を見た時任は安心したように、足から次第に崩れていく。
 その身体が床に倒れ込む前に、全速力で走ってきた久保田が時任を腕の中に抱き込んだ。
 久保田はぐったりとした時任の身体をぎゅっと抱きしめると、右手で時任の頭を自分の方へ抱き寄せて瞳を閉じる。時任の体温は、発熱しているらしくいつもより熱かった。
 「もう歩かなくていいから…」
 哀しそうに苦しそうにそう言った久保田の背中を、時任が腕を伸ばしてゆっくりと包み込むように抱きしめる。
 けれどその腕も…、話す声も…、哀しいくらい震えてしまっていた。
 「久保ちゃんがココに来るの待ってた。ステージの上から探してた…」
 「・・・・・・」
 「俺さ…、さっき離婚届出してきた」
 「・・・・・・・うん」
 「けど、久保ちゃんのコトすっげぇ好きだから…、離婚したって嫌いになんか…なれない」
 「…時任」
 「こんな好きなのに…、なんで嫌いなんていわなきゃなんねぇの?」
 そう言いながら、久保田の手を振り払って時任は顔を見上げた。
 そして、今にも泣き出しそうに揺らめいている瞳が、その想いを訴えかけるように久保田を見つめてくる。久保田はその瞳を見つめ返すのが辛くて、時任の額に自分の額を押し当てて再び目を閉じた。
 「好きだから一緒にいられない…。あんな風に閉じ込めて…、独り占めにして…、心も身体も全部が欲しいって想うから…。その想いが時任を壊すから一緒にいられない…」
 「久保ちゃん…」
 「傷つけて痛い思いさせて…、ゴメンね…」
 「・・・・・・」
 ありったけの想いを込めて告げた謝罪の言葉が、時任への別れの言葉だった。
 久保田はもう一度ぎゅっと時任を抱きしめると、心配そうにこちらを見ている五十嵐に視線を送る。発熱してしまっている時任を、五十嵐に引き渡すつもりだった。
 けれど時任が、自分を放そうとしている久保田の腕を両手で握って放さない。
 しかし、久保田はその手を振り解いて行くつもりだった。
 これ以上、そばにいたらまた離れられなくなってしまいそうだったから、どうしてもその手を振り解かなくてはならなかった。
 自分を想って泣いている時任を置いて、どうしても行かなくてはならなかった。
 なのに、時任の瞳が見つめてくるたび、この腕に抱きしめて離したくなくなる。
 壊してしまうとわかっていても、本当は時任のそばにいたかったから…、その身体を抱きしめていたかった…。
 こんなにも恋しているから、誰にも渡したくなんかなかった。
 「時任を自分の手で、壊すなんてしたくないから…」
 想いを振り切るようにそう言うと、久保田は時任の手を本気で振り解こうとする。
 だがそうするよりも早く、なぜか時任の方から久保田の腕を離した。
 久保田が不思議に思って時任を見ると、時任は泣きはらした瞳で久保田に向かって微笑んでいる。その微笑みは、再び流れ出した涙で濡れてしまっていた。
 「行くなら行けよ…。けど、さよならはしねぇから…」
 「・・・・・・・時任」
 「俺から逃げられるなんて思うなよ…。どこまでも追いかけってってやるから…」
 「そんなバカなこと言わないで…、嫌いだって、大嫌いだって言ってよ…」
 「そんなの言えるワケねぇじゃんか…。好きなのに…、久保ちゃんのコト好きなのに…」
 「ゴメンね…」
 ゴメンねと言いながら久保田が時任の涙を指で拭ってやると、時任の微笑みが哀しみの色に染まっていく。
 時任は痛む胸に息を詰まらせながら、好きだと想う気持ちを…、その想いを叫んでいた。
 「久保ちゃんが壊れてんなら、俺もとっくに壊れてんのに…、なんで俺と一緒に壊れてくんねぇの?なんで壊したくないとかって言って…、俺から逃げんの?」
 「・・・・・・・・」
 「一緒に壊れてくんないなら、今度は俺が久保ちゃんのコト閉じ込めてやる。逃がしてなんかならねぇから…、ぜったいに…、そんなこと許さねぇから…」
 後から後から流れ落ちる時任の涙が、小さく落ちて床を濡らす。
 久保田はその涙を止めたいと願っていたが、その涙の原因は自分自身だった。
 痛みも哀しみも…、涙も…、胸の奥の消せない想いのように止まらない。
 離れたくないと泣いている時任を、愛しくて抱きしめたくてたまらなかった。
 こんなに恋している人から離れたいなんて、望んでいるはずなんてなかったから…。
 本当は、ずっとずっと抱きしめていたいと願っていたから…。
 自分の方に向かって伸ばされた手を、振りほどくことができない。
 大切だから…、この壊れた想いから守りたかったのに…。
 時任は離れることより一緒に壊れることを望んで、それでもいいからと泣いていた。
 離れなければならないのに…、離れられなくて…。
 壊れた心で自分以外を見つめるその瞳を憎んでも…、それでも深く激しく時任だけを…、ただ一人だけを想っていた。
 深く激しく恋しすぎしていたから…。

 醜く汚れてしまっていたとしても、この想いは消せなかった…。

 「泣かないで…、時任…」
 傷ついて…、痛くて苦しくて泣いている時任を…、その哀しみと痛みを止めたくて…、腕を伸ばして久保田が抱きしめる。
 すると時任は久保田の胸にぎゅっと抱きついて、悲痛な声を上げて泣き始めた。
 静まり返っている体育館に響く時任の泣き声は、聞いているだけで胸が痛くなる。
 久保田は時任を抱きしめながら、ゆっくりと時任背中を撫でてやっていた。
 「久保ちゃ…」
 「…うん」
 「俺と…、結婚してくんない…?」
 「・・・・・・」
 「壊れてもいいから…、壊れても…、ぜってぇ俺が久保ちゃんのコト止めてみせるから…」
 「今よりも、もっともっと…、痛いかもしれないよ?」
 「それでもいい…、痛くても苦しくても離れたくねぇから…、絶対に…」
 「・・・・・・時任」
 時任は目をこすって強引に涙を止めようとしていたが、まだ涙が止まらない。
 けれど止まらない涙を浮かべたまま…、時任は久保田の胸から顔をあげる。
 そして真っ直ぐ久保田を瞳を見つめると、久保田の方へと右手を伸ばした。
 
 「俺と結婚してください」

 時任の口からはっきりと告げられた言葉に、久保田は一瞬、眩しそうに目を細めると、伸ばされた右手に自分の手を重ねて握りしめる。
 そして、その手のぬくもりを感じながら、強く見つめてくる時任の瞳を見つめながら…。
 この愛しくて狂おしい想いから、逃れられないことを感じた。
 誰よりもこの強い瞳に…、そのすべてに恋していたから…。
 もうどこへも、逃げることなんてできなかった…。

 「はい」

 短いけれどはっきりとした返事が、時任の耳に届く。
 すると、久保田の返事を聞いた時任の顔が、これ以上ないというくらい鮮やかに…。
 そこに美しく花が咲いていくようにゆっくりと哀しみが笑顔に変わっていった。
 あんなに痛みと苦しみに満ちていたのに、時任を中心にすべてが明るく彩りを変えていく。
 久保田は時任に優しく微笑み返しながら、しっかりと握り合った手を離さずに時任の唇に自分の唇を寄せた。
 「好きだよ、時任」
 「好き…、大好き…」
 哀しみと痛みで開いてしまった隙間を埋めるように、何度も何度もキスをして…、抱きしめあって…、恋する気持ちをその想いを伝え合う。
 傷つけ合うしかなくて、痛みしか生まない想いだとしても…。
 今感じている愛しさと恋しさが、何よりも大切で手放せないものだった。
 だからその手を離さないように…、その想いを抱きしめるように…。
 時任は久保田を…、久保田は時任を抱きしめていた。
 
 「行くよ、時任」
 「行こうぜっ、久保ちゃんっ」

 時任の涙がその名残りを頬に残して乾くと、久保田は時任を抱き上げて歩き出す。
 すると時任は久保田の首に腕を回して、ぎゅっと抱きついた。
 もう絶対に離れないというように…。
 二人が体育館の出口に向かっていると、どこからともなく拍手が響いてくる。
 その拍手は始めは小さかったが、次第に大きくなっていった。
 
 「再婚、おめでとうっ」
 「二人ともお幸せにー」

 それは、二人を祝福するための拍手と声援だった。
 そんなことになると思っていなかった時任が驚いて辺りの様子を眺めていたが、さっきまでの自分たちを思い出して顔を赤くして久保田の肩に顔を伏せる。
 そんな時任をなだめるように、久保田が時任の頭を撫でてやっていた。
 「これは返すわよっ!」
 嵐のような拍手の鳴り止まぬ中、そう言ったのが聞こえたかと思うと、横から久保田に向かって茶色の封筒が投げられる。
 それは、久保田が桂木に渡した封筒だった。
 「もう二度とこんな役はごめんだわっ」
 「ゴメンね、桂木ちゃん」
 「あやまらなくていいからっ、とっとと婚姻届出しときなさいよっ」
 「うん、ありがとね」
 久保田は封筒を受け取ると、体育館の入り口に立つ。
 そして一度体育館の方を振り返ると、二人が騒ぎを起こしている間、教師たちを押さ込んでいた五十嵐と三文字の方を向いた。
 
 「これから再婚旅行ということで、一週間休みますんでヨロシク〜」
 「一週間後にまたなっ!」

 のんびりとした久保田の声と、まだ少しかすれているが元気の良い時任の声が体育館に響き渡る。その声を聞いた三文字は軽く手を上げて、あきらめているらしく行って来いと言っていたが、五十嵐はちょっと待てと言わんばかりに時任に向かって怒鳴った。
 「こないだ一週間休んだばっかりだからダメに決まってんでしょっ!この単細胞っ!!」
 「うっせぇっ! 休みつったら休みなんだっつーのっ!!」
 「待ちなさいっ!!」
 「久保ちゃんっ、走れっ!!」
 「はいはい」
 二人は五十嵐から逃れるために走り出し、その二人を追いかけるように生徒達の声援が飛ぶ。
 珍しく真面目に生徒総会に参加していた大塚が、石橋と佐々原とともに二人に嫌がらせをしようとしていたが近くにいた女子生徒数名に袋叩きにされていた。
 「今日はサンキューなっ!」
 「ったく、しょうがない子ねっ!!」
 時任は走っている久保田にしがみ付きながら、五十嵐に向かって笑って手を振っている。
 五十嵐も本気で追いかけては来ないようで、校門を出るとすぐにその姿は見えなくなった。
 
 「あっ、そうだっ」
 「なに?」
 「一週間、エッチ禁止だかんなっ!」
 「再婚旅行で、それはないんでない?」
 「ちったぁ反省しろってのっ」
 「・・・・はい」
 「キ、キスくらいならいいけど…」
 「キスだけ?」
 「うぅ、ちょっとだけなら…」
 「じゃあさ、ちよっとだけエッチしようね?」
 
 「久保ちゃんのバカーっ!!!」

 その日から一週間、本当に久保田と時任は学校には来なかった。
 婚姻届は無事に再び提出され、二人は再婚という形になっている。
 校内で二人の再婚の話を知らない者などいなかったが、それによって一番迷惑をこうむったのは、生徒総会を開いていた生徒会本部だった。

 「・・・・・もう一回開く時間は取れそうにないな」
 「いいじゃありませんか、手間がなくて」
 「まあ、それはそうだが…」
 「お茶が入りましたよ」
 「ああ、すまない」
 「このお茶、茶柱が立ってます。不吉ですね」
 「な、なぜ不吉なんだ?」
 「さあ、なぜでしょう?」

 二人がいない一週間も何事もなく日々は過ぎていく。
 だが、その間に久保田君と時任君を応援する会などというものが女子生徒達の間で発足されていたが、その会の存在を当の本人達が知ることになるのはもう少し先の話である。
 


 く、く、苦しかったです〜〜〜〜(涙)
 ラストでこんなに苦しんだのは初めてかもです(/_;)
 反省とか色々…、本当にあるですが…(滝汗)
 書き終えることができて…、ホッとしてます(泣)
 昨日、書きかけてボツってしまい…(汗)落ち込みましたが…。
 なんとか無事に…(号泣)
 最後まで読んでくださった方、本当に本当にありがとうございますm(__)mvvvv
 心から感謝デス〜〜vvv

                    戻  る             結婚部屋へ