結婚の条件.4




 窓から外を眺めると、晴れ渡った青い空が見えた。
 開けられた窓から入ってくる風も気持ちがいい。
 けれども、そんな景色を見ている久保田は、一見いつもと変わらないように見えるが、明らかに何かが違っていた。
 自分でも良くわからない焦燥と違和感、すべての感覚が微妙にずれていくような奇妙な感じ。
 久保田は昨日からそれらに捕らわれ続けていたのである。
「さっき、時任と橘副会長が一緒にいるの見かけたけど・・・」
「知ってるよ」
 昼休けいの教室。
 いつもと違う久保田の様子に気づいたのかどうかはわからないが、桂木が一人でぼんやりとした久保田の机の前まで歩いてきた。
 久保田はいつものように、感情の読めない笑みを浮かべて桂木を見てから、再び視線を外へと戻す。そんな久保田を見た桂木は小さく肩をすくめた。
「ウワサは本当だって、広めてまわってるみたいなものね、あれじゃあ」
「いいんじゃない? ウワサじゃないらしいから」
「それって、どういうことよ」
「橘と結婚するかもしれないって、本人が言ってる」
「・・・本人って、まさか時任?」
「そのまさか」
「それで、久保田君はそれ信じてるの?」
「時任がそう言ってるんだから、信じるも信じないもないでしょ?」
 信じようと信じまいと、時任と橘が一緒にいるという事実が目の前にある。
 なのになぜ桂木がそんなことを聞いてくるのか、久保田には理解できない。
「・・・私は時任が本気でそう言ったなんて思えないわ」
 時任が離れていくかもしれない現実を目の前にしても何もしようとしない久保田に、桂木は怒ったようにそう言った。
 だが本気でなければ、なぜ結婚するかもしれないなどと時任が言わなくてはならなかったのか、その理由がわからない。
 会話を終えた桂木が教室を出て行くと、久保田は深く長く息を吐いて、ゆっくりと目を閉じた。




 久保田が教室で一人外を眺めていた頃、時任は思いっきり不機嫌な顔をして橘と廊下を歩いていた。
「用事があるなら、とっとと言いやがれ」
「・・・せっかく二人きりなんですから、ちょっとは嬉しそうな顔して欲しいんですけど、やはり無理ですか?」
「嬉しくねぇのに、嬉しい顔なんかできねぇってのっ」
「僕は嬉しいですよ」
「あっそう、良かったな」
 傍目から見れば、噂の件があるので恋人同士に見えているのかもしれないが、実際の二人の関係はいつもと少しも変わっていなかった。
 結婚するかもしれないと時任は久保田に言ったのだが、実は本当にするつもりは微塵も無かったからである。
「勘違いすんなよ。結婚のことは、久保ちゃんトコから引っ越す口実ってだけだからな」
「承知してますよ。僕から持ち出した話ですからね」
「ならいいけどさ」
 橘と話している内に、時任は昨日のことを思い出して悲しそうな表情になった。
 昨日、久保田を置いて先に帰った時任は玄関で橘に会ったのだが、
『久保田君の気持ちが知りたいなら、僕と結婚してみるといいですよ。もちろん、本当に結婚するわけではなく、ただそういうフリをするだけですが』 
と、妙なことを言われたのである。
 久保田の気持ちを知りたくないと言えば嘘になるが、久保田の気持ちを試すことなど時任は考えていなかった。
 騙すことへの罪悪感と、真実を知ることの恐怖。
 どちらが重いのかはわからないが、時任はすぐに首を横に振りかけた。
 だが、橘との噂を聞いても何も言わないし聞かない久保田のことを思い出して、そうすることをやめた。
 嫌いだ言われるよりも、関係ないとばかりに存在を無視されることの方が辛いと感じたからである。
 もし、久保田が自分のことをどうでもいいと思っているなら、あの部屋にはいたくなかった。
「・・・やっぱ、俺だけなのかな。一緒にいたいって思ってんのって」
 悲しそうにそう呟いて俯いた時任を、橘が微笑み浮かべながら見つめていた。




「一体、とういうつもりなんだ?」
「何がです?」
「わかっていながら聞かないでくれないか」
「貴方の方こそ、わかってることを聞かないでいただけませんか?」
 その日の放課後。
 生徒会長室で、橘と松本が向かい合っていた。二人とも口調は冷静だがいつもと様子が違っている。
 松本はじっと橘を見据えて、ふうっと息を吐いた。
「時任と誠人を引き離して、どうするつもりなんだ? まさか、本当に時任と結婚するつもりか?」
「そうです、と言ったらどうなさいます?」
「・・・そう言うなら仕方ないだろう」
「仕方ないと思うなら、黙って見ててください。僕は時任君と結婚して見せますから」
「本気か?」
「本気ですよ。僕は時任君のことをかなり気に入ってるんです」
 そう言って橘が妖艶に微笑むと、松本はそれを見て眉をしかめた。



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