結婚の条件,2
結局、あれから生徒会室に戻った時任は、何事もなかったように公務をこなして帰宅したが、それは久保田の方も同じだったため、時任のイライラはまだ継続していた。 「・・・・久保ちゃんのバカ」 そう呟いてみるが、言われた本人は今はこの部屋にいない。時任が腹減ったから何か買って来いと言ったため、久保田は下のコンビニまで買いに行っているのだった。 時任はやっていたゲームのコントローラーを放り投げると、床へと寝転がる。 すると、やっぱり頭の中に浮かんでくるのはろくでもないことばかりだった。 もしかして、昔、久保田が付き合ってた女が妊娠したりとかして、とか、親に付き合うの反対されて結婚しようとかって思ったりして、とか、バカバカしいと思いつつも、次から次へと浮かんでくる。けれど、やっぱり一番可能性のありそうなのは妊娠だった。 「それだったら、久保ちゃんしそうだもんな・・」 実際、そんな事態になったらどうするかは、久保田自身にしかわからないが、時任はそう考えてため息をつく。 そんなイライラともやもやを抱えて、グルグルとそんなことを考えていると、玄関のチャイムが鳴った。 「時任、開けて」 「ったく・・・」 時任はのろのろと起き上がると、帰ってきた久保田にドアを開けてやるべく玄関へと向かう。 「いいかげん、自分で開けろってのっ」 ぶつぶつ言いつつ時任がドアを開けると、そこには生徒会室での自分の発言をまったく気にしていない顔をした久保田が立っていた。時任はその顔にムッとしつつも、 「・・・おかえり」 と言う。すると久保田も、いつものようにただいまと言った。 何も聞かない時任と、何も言わない久保田。 なんとなくガマン大会でもしているかのように、二人は何事もなかったようなフリを続けていた。
次の日、二人が学校に登校すると、学校中がある話題でもちきりになっていた。 その話題は昨日と同じく結婚は結婚なのだが、ちょっと内容が違っている。その内容を聞いた時任は、思わずハッとして隣にいる久保田の顔を見た。 「久保ちゃん・・・」 「これってホントのこと?」 「えっ、あ、うん」 話題になってるのは、橘が時任にプロポーズしたという噂だった。事実なので時任がしぶしぶうなづくと、久保田は無表情のままで、 「ふーん」 とだけ言う。 そんな久保田の様子を見た時任は、そんなことどうでもいいと言われた気がして、かなりショックを受けていた。 (俺が橘と結婚するって言っても、あんなふうに言われんのかな? 結婚なんて別にしたいとか思わねぇけど、俺は久保ちゃんと一緒にいたいって思ってんのに・・・・) 隣に並んでる久保田が遠く感じられて、時任は少し悲しそうな顔で俯く。 けれどやはり、そんな時任に声をかけることもなく、久保田はじっと何かを考え込んでるような顔をして時任の横を歩いていた。 橘と時任の噂は、二人がこうしている間にも着実に広がっている。 それから半日くらいして、学校中で知らぬ者がいないほどに広まって頃には、なぜかプロポーズしたから、結婚するに内容が変化してしまっていた。
今日もいつものように学校に登校して授業を受けていた時任は、一時間目終了のチャイムとともにぐたっと机に突っ伏す。
なんとなく気だるい感じにみえるのは、昨日眠れなくて寝不足のせいだった。 その悩みの原因というは、その時任と同じベッドで眠っていた久保田のことだった。例の結婚疑惑の件である。 「なんか疲れた・・・」 そう呟いて時任が小さくため息をつくと、そんな時任の様子を見ていた桂木が机の前までやってきた。 「かなり寝不足みたいだけど、大丈夫?」 そう心配そうに尋ねてきた桂木を、顔を上げてちらっと見た時任は、 「別に寝不足ってほどじゃねぇ」 と言って、またぐてっと机に突っ伏す。そんな時任に、桂木はあきれたように肩をすくめた。 「ったく、ほんっとにアンタって素直じゃないわね。眠い時くらい眠いっていいなさいよ」 「いいから、ほっとけってのっ」 「別にほっといてあげてもいいけど、ちょっと気になることがあるから、教えてあげようと思ったんだけどね。聞きたくないならいいわよ」 「なんだよそれ」 「聞きたくないんでしょ?」 「別に聞きたくないとは言ってねぇじゃんか。ケチケチせずにとっとと言えってのっ」 ほっといては欲しいが、このままで会話を切られては何を話そうとしたのか気になって仕方がなくなる。時任がだるそうにそう言うと、桂木は盛大にため息をついた。 「アンタは鈍いから知らないでしょうけど、学校中で妙なウワサが飛び交ってるわよ」 「俺が橘にプロポーズがどうとかいうヤツだろ? それなら知ってるぜ」 「違うわよ。それは昨日までのウワサ。今日の噂は、アンタと橘が結婚するってウワサよ」 「はぁ!?なんだソレっ!!」 「事実じゃないわよね?」 「ったりめぇだろっ!!」 ウワサは事実とは限らない。 けれども、ウワサを聞いてしまうと、なぜか大概の人が信じてしまうのだから不思議なものである。このまま放っておくと、話題が話題だけにエスカレートするかもしれないが、弁解するだけウワサ話に拍車をかける可能性もあった。 「とにかく、誤解を招くような言動とか、行動はやめといた方が身のためよ」 「するわきゃねぇだろっ、なんで俺が橘なんかと!!」 「実際、ウワサになってんじゃない」 「う、うるせぇっ!」 桂木の話を聞いて、時任はかなり焦っていた。ウワサになってるのはかなり嫌だが、そんなことよりもっと重要なことがある。 それは、ウワサ話を聞いて久保田がどう思っているかということだった。 橘と自分が結婚なんて話を久保田が信じるとは思えないが、それでもやはり不安になる。時任は教室内の久保田の席の方を見たが、さっきまでいたはずなのにその姿はなかった。 「・・・桂木。久保ちゃん知らねぇ?」 「久保田君なら、さっき教室から出てったわよ」 チャイムが鳴れば久保田は教室に戻ってくるに違いなかったが、どうしてもこのままじっとしていることができず、時任は久保田を探すために教室から出た。 「どこ行ったんだよ、久保ちゃん」 そう言いながら時任が廊下をキョロキョロ見回すと、廊下の一番端の辺りに久保田がいた。 なにやら誰かと話し込んでいる様子だったが、ここからでは壁が邪魔して相手が見えない。 何をどう話すか決めてはいなかったが、とにかく久保田の所へ行こうと、時任が小走りで走り出す。 次第に時任と久保田の距離が縮まってくると、久保田と相手の話している声が聞こえてきた。 「噂は噂ですが、時任君が即答しなかったのは事実ですよ。僕がプロポーズしたのも事実ですしね」 「返事はもらってないってこと?」 「そーいうことですね」 「なるほど。だから、噂が真実かどうかまだ確定はしてないと言いたいワケね」 「可能性がないと言い切れますか? 久保田君」 「さあ?」 可能性なんか全然ないって否定してほしかったのに、久保田は否定しなかった。そんなこと絶対にありえないってそう信じていてほしかったのに、信じていてくれなかった。 「なんでだよ、久保ちゃん・・」
時任はその場で足を止めると、そのまま教室へと戻っていった。
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