結婚の条件.1
昨日から、ニュースはある話題で持ち切りだった。 実はその話題というのは、同性間での婚姻を認めるという、結婚についての規定の改正。つまり平たく言えば、男同士だろうと、女同士だろうと結婚できるというものである。 あいまいな法案の制定や、基盤のしっかりとしていない行政改革などするよりは、よほど進歩的?だという気がしないでもないが、世も末だと嘆く人もいるに違いない。 そんな朝の騒がしい報道をテレビで見ていた久保田家では、朝食を食べ終わった時任が、独り言みたいな口調で、 「結婚とかって、紙切れに名前書いてハンコ押すだけだろ? べつにそんなんどーでもいいような気ぃすんだけどな」 と、つぶやく。 するとそれを聞いていた久保田は、朝食の食器を洗いながら小さく肩をすくめた。 「まっ、人それぞれでしょ? 一応、その紙切れ一枚にも意味はあるだろうしね」 「意味とかあんの?」 「一応ね」 「ふーん」 二人の会話はそこで途切れたが、やはり学校でもこの話題で持ちきりだった。 男子高だったせいか、男同士のカップルが多い荒磯高校。この話題はかなり現実味を帯びている。 おそらく、この話題ついて語っているカップルはかなり多いかもしれない。 そんな事情が関係しているのかどうかはわからないが、放課後の生徒会室でもやはりその話題が持ち出されたのだった。 「まぁ別にいいんじゃないの? 結婚なんてしたい奴がすればいいんだし」 「それはそうだよなぁ」 「う〜ん、ちょっと微妙な感じだけど」 執行部では、反対とか賛成ということは論じられていない。したければすればいいというのが、全員のほぼ共通した意見だった。 特にどうというわけではないが、なんてなくだらだらとその話題について話していたが、そんな話をしている内、ふと何かを思い出したかのように、桂木が椅子に座ってぼ〜っとセッタを吹かしている久保田の方を向いた。 「ねぇ、久保田君はどう思ってんの?」 「ん〜、そおねぇ」 桂木の問いに対して、久保田の返事はなくとなく上の空といった感じだった。不審に思った桂木が、 「なに? もしかして、結婚とか考えたことあったりするわけ?」 と、からかい半分でそう聞く。 すると久保田は吸っていたセッタの煙をふーっ吐き出した。 「なくはないけどね」 執行部の全員の視線が、なくはないと、予想外の答えをした久保田の方を向く。 その中で一番驚いた顔をしていたのはやはり時任だった。 「く、久保ちゃん。誰かと結婚しようとか思ったことあんのか?」 「あるけど」 「・・・ふーん、ちょっと以外」 時任はそう言うとぎこちなく久保田から視線をそらした。 それは、久保田が誰と結婚しようとしたのか聞きたかったが、怖くて聞けなかったせいである。 今は二人で暮らしているが、時任は自分の会う前の久保田のことを知らない。 もしかしたら、それより前にそんな風に思っていた人がいたのかも知れないと思うと、なんだか悲しくなってくる。 「俺、ちょっとなんか買ってくる」 時任はそう言うと、一人で生徒会室を出て行った。 だが、そんな時任を見ても、久保田は椅子に座ったままである。 いつもは絶対に追いかけるはずなのに。 「どうかしたの?」 少し心配そうに桂木がそう尋ねると、久保田はちょっと首をかしげて、 「どうもしないけど?」 と、いつもの調子で言う。 何気なく結婚について話していた執行部の面々だったが、なんとなく全員がこの話題を話していたことを後悔したのだった。
何か買ってくると言って出てきたものの、別に何を買おうとも思っていなかったので、時任は一人でぶらぶらと廊下を歩いていた。 さっきまでは、結婚がどうとかそういった話をしている生徒達の会話など全然気に留めていなかったが、今はなぜか無性に気になる。時任はなんだかイライラしている自分に気づいていた。 「・・・アホくさっ」 久保田の過去を知らないのは当たり前だし、付き合っていたとか、そういうことがあっても何の不思議もない。気にするだけ馬鹿馬鹿しいと思いつつも、時任はかなり気にしていた。 「きっとあきれるよな、久保ちゃん」 そう言って時任がため息をつくと、そんな時任に声をかけてくる人物がいた。 「どうしたんですか? ため息なんかついてらしくありませんね」 「げっ、橘」 「こんにちわ、時任君」 声をかけてきたのは、生徒会長室に行く途中の橘だった。 橘は元気のなさそうな時任を見て、心配そうな顔をしている。時任は居心地の悪さを感じて、後ろに一歩下がった。 「べつになんでもねぇから、さっさと行けよ」 「行きたいのは山々ですが、そんな顔をした時任君を見てしまっては、放ってはおけません」 「ほっとけっつってんだろっ!」 「悩み事はなんですか? やはり、久保田君のことでしょうけど」 「く、久保ちゃんは関係ねぇよっ」 「やはり当たりですね」 橘に言い当てられて、時任は顔を少ししかめる。久保田と自分のことについては、誰にも何も言われたくなかったからだった。 けれど橘は、そんな時任にかまわず話を続けた。 「今日は、どこも結婚の話で盛り上がってますね」 「それがどうかしたかよ?」 「久保田君にプロポーズでもされましたか?」 「はぁ?」 「違うんですか? てっきりそうかと思ったんですが」 「バ、バカなこというなよっ。久保ちゃんと俺は・・・」 「男同士だから? そんなことはもう関係ないんですよ、時任君。貴方と久保田君は、結婚しようと思えばできるんです」 そう橘に言われて、初めてそのことに気づいた時任は、なぜかきょとんとした顔をしている。 そんな時任に向かって、橘は優しく微笑みかけた。 「もし、久保田君と結婚する気がないなら、私と結婚してくれませんか?」 「はぁ?」 あまりに唐突に橘がそう言ったので、時任はまともに返事をすることができなかった。久保田と結婚できるという事実も、橘のプロポーズもどこか現実味を欠いている。 「急ぎませんので、考えておいてくださいね、時任君」 そう言った橘の声に我に返ったと時任が、 「あんたには松本がいるだろっ?」 と言ったが橘は全然動じず、にっこりと微笑んだ。 「私が本当に想っているのは、貴方だけですよ」 微笑んではいたが、橘の目は本気である。 そんな橘に向かって、時任は何か言おうとしたが、そうした時には橘はすでに時任に背を向けていた。 「な、なんだってんだ、一体」 時任は突然の事態に混乱してそう呟く。
しかし事態は、なぜかあらぬ方向へと転がりかけていた。
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