不協和音。
〜後 編〜
久保田が事務所の中に入ると、その場にいた四人がいっせいに立ち上がる。
組事務所にいるからなのか、それとも元々そういう顔なのか、四人ともそれなりに強面の顔をしていた。
時任を拉致した時点で、久保田が行方を追ってここまでたどり着くだろうという予想はしていたのだろうが、やはりこんなに早く来るとは思っていなかったに違いない。
四人は久保田の顔を見て多少驚いてはいたが、焦ってはいなかった。
「すいません、ここに真田さんいます?」
そう言いながら久保田が笑みを浮かべると、組員達は事務所内の温度が急に下がったような錯覚に陥った。
見かけは愛想良く笑みを浮かべたヤサ男に見えるが、それだけでは説明できない何かがある。
久保田を包んでいる冷たい何かが、事務所内を侵食しているような気がしてならなかった。
「い、今は取り込み中だ。そこで待ってろっ」
組員の内の一人がそう言うと、久保田が右手をポケットに入れる。
一瞬、事務所内に不穏な空気が流れたが、ポケットから出た久保田の手が拳銃を握っていなかったので、再び室内の空気が緩んだ。
「落しモノ」
久保田は一言そう言うと、組員の中の一人に持っていたバッチを投げ渡す。
バッチを受け取った組員が襟の辺りを見ると、いつもそこに付いているはずのバッチがなかった。
「お邪魔しま〜す」
組員の話を聞いていなかったかのように、久保田は間延びした口調でそう言うと事務所内に入っていく。
以前、この事務所には来たことがあるので、真田のいる部屋がどこにあるか知っていた。
「てめぇっ、待ちやがれっ!!」
静止する声が聞こえてくるが、久保田は立ち止まらない。
切れた一人の組員が、自分の机の引き出しから拳銃を取り出して構える。
すると久保田はピタッと立ち止まったまま、頭を少しだけ動かし視線だけを後方へと向けた。
「止まらねぇと撃つぞっ!!」
ドスの効いた声で組員がそう言うと、久保田は目を細めて口の端を吊り上げると、
「どうぞご自由に」
と、言う。
冷笑を浮かべているその瞳は、なぜかこの場にいる全員を凍りつかせるだけの何かを孕んでいた。
だがそれは、怒りでも憎しみなく、だだ静かな恐怖だけが伝染してくる。
深い心の暗がりの底から、何かが染み出してくるように…。
組員達が恐怖に捕らわれている間に支部長室の前に到着すると、久保田はベルトに挟んでいた拳銃を取り出す。拳銃にはすでに弾が充填されていた。
何かあった時のために、拳銃の手入れはいつもしている。
久保田が室内に踏み込もうとすると、叫びとも呻きとも取れる声が聞こえてきた。
「うぁっ、あ…、いや…、くぼ…ちゃん…!」
哀しげな時任の声が、久保田を呼んでいる。
その声を聞いた瞬間、胸に鋭い痛みが走って、久保田は心臓の上の辺りをぐっと押さえた。
この中で何が起こっているのか、時任の声を聞けば誰にでもわかる。
いつもは甘さと愛おしさの中で聞く声だが、今はその声に苛立ちと不快感の入り混じった感情しか湧かない。
時任の刻む声のリズムが、低い男の声によって乱される。
久保田はギリリと歯を噛みしめると、ドアのカギの部分に向かって銃弾を打ち込んだ。
ガゥンッガゥン…!!
銃声とともに薬莢が下へと落ちて音を立てる。
留め金を失ってゆっくりと開いたドアの向こうには、見覚えのある部屋が見えた。
置かれた椅子も机も何もかもが、久保田が前に来た時と変わっていなかったが、ソファーの置かれている位置だけが少しだけ変わっている。
前はソファーの背の部分しか見えなかったが、今は入り口からソファーが良く見えるようになってた。
「・・・・・・・あっ、うっ」
苦しそうに声を上げている時任の上に、久保田の知っている人物がいる。
その人物は、やはりこの部屋の主である真田だった。
真田は時任の肌に指を這わせ、嫌だと叫んでいる時任の両足を割り開いて内部に侵入しようとしている。
久保田はその光景を見た瞬間、発作的に引き金を引いていた。
ガゥン、ガゥン、ガウン・・・・・!!
しかし、すでに久保田の存在を感知していたため、真田が時任から離れてソファーの後ろに逃げ込む。
だが、最初の一発目は確かに真田の心臓の辺りに当たっていた。
「ずいぶん早かったな。もう少し時間がかかると予測してたんだがね」
心臓に銃弾を受けたはずなのに、真田は平然としてそう久保田に話し掛ける。
実は真田は、久保田が来ることを予測して防弾チョッキを着込んでいたのだった。
「君の飼い猫は本当にいい声で鳴く。できれば最後まで抱いてみたかったが…」
ソファーの上でぐったりと放心している時任の身体を、舐めるように眺めながら真田がそう言ったが、久保田はそれに返事をしなかった。
真田の存在を無視するように時任のそばに歩み寄ると、久保田は放心している時任の頬を驚かさないようにそっと手で撫でる。すると時任は、ハッとしたように目を見開いて久保田の顔を視界に捉えた。
「・・・・・・・くぼちゃ…、俺」
久保田が時任の肩に手を伸ばしたが、時任はその手を避けて逃げようとする。
時任は怯えたような瞳で久保田を見ていた。
「見るな…」
「時任」
「俺を見るなっ!!」
時任が真田に汚された身体を、久保田の視界から隠そうとする。
久保田の付けた痕を消され、真田が与える刺激に感じて欲望を吐き出してしまった自分を時任は久保田に見られたくなかった。
久保田に見られるたび、心も身体もズキズキと痛んでその痛みに胸が張り裂けそうになる。
抱きしめられた瞬間に、その胸に抱かれた瞬間に、久保田以外の誰かに感じてしまった自分を知られそうな気がして恐ろしかった。
好きだから、大好きだから、久保田が恐くて恐くてたまらなくなる。
時任は手錠で拘束された手で、自分の顔を隠そうとした。
だが、久保田はそうすることを許さず、時任の手を強い力でソファーに押さえつけると、両手を繋いでいる手錠の鎖に向かって銃弾を打ち込む。
すると手錠の鎖が砕けて、手が自由に動かせるようになった。
時任が自由になった手で近づいてくる久保田の身体を押し返そうとしたが、久保田はまだ力の入らない時任の手を軽く封じてぎゅっと抱きしめる。
時任の身体からはセッタでなはく、真田の吸っているアークロイヤルの香りがしていた。
「何事だっ!!」
「真田支部長っ!!」
支部長室から響いた銃声に気づいたらしい組員達が、いっせいにドアから中へと入ってくる。
久保田は持っている拳銃を、真田の頭に向かって構えた。
いくら防弾チョッキを着ていても、頭を撃ち抜かれたら最後である。
組員達は久保田に銃口を向けながら真田の命令を待っていたが、真田はフッと微笑んで、
「呼ぶまで廊下で待機していたまえ」
と、命令した。
組員達は状況が把握できていないようだが、真田の命令に従って廊下に出て行く。
真田は組員達が出て行くと、自分に銃口を向けている久保田に視線を向けた。
「銃を降ろしてくれないか、久保田君」
「・・・・・」
「私は君と殺し合いをしたいわけではない」
真田は時任をさらっておきながら、久保田と敵対するつもりはないと言う。
久保田は未だ身体を強張らせている時任の背中を優しく撫でてやりながら、真田に冷たい視線を投げると躊躇することなく引き金を引いた。
ガゥンッ…!
銃弾は真田の頬をかすめて飛ぶ。
廊下にいる組員達が慌てて顔を覗かせたが、手を上げて真田がそれを制した。
真田は頬から流れた血をハンカチで拭うと、素早く拳銃を取り出して久保田に向かって引き金を引いた。
すると弾丸は真田と同じ頬をかすめる。
久保田の頬からも血が流れ出していた。
「やられたままなのは、性に合わなくてね」
「それは俺もなんですけどね」
「飼い猫に手を出されたのが、そんなに口惜しいかね?」
「口惜しい?」
「動物好きは相変わらずだが、この程度で熱くなるのは君らしくないと思うが?」
時任を抱きしめて離さない久保田に、真田が軽く肩をすくめてそう言う。
真田の目には、今の久保田の姿は久保田らしくないとうつっているらしい。
久保田は真田に向かって感情の読めない笑みを浮かべて見せると、小さく身体を震わせている時任の首筋に唇を落した。そこには、久保田の付けた痕に重ねてつけられた赤い痕がある。
「…あっ」
「おとなしくしてなよ、時任」
ビクッと身体を振るわせた時任にそう言うと、久保田は真田の目の前で時任の身体に唇を這わせ始めた。
首筋から胸、胸からわき腹へと何度もキスを繰り返して、きつく肌を吸い上げて痕をつける。
時任が久保田の背中に爪を立てたが、久保田は時任の身体を愛撫することをやめなかった。
下へ下へと唇と手が滑っていき、やがて時任の中心部分へと到達する。
すると久保田はなだめるように時々腰の辺りを撫でながら、自分の口の中に時任のモノを含んでわざと音を立てて時任を攻め立て始める。
時任の身体は久保田の舌に翻弄されて、激しく反応した。
「…あっ、あぁぁっ!」
真田の時とは違った快感が、時任の背中を震わせる。
だが、さっき真田にさんざん愛撫された身体がまだその感覚を覚えていて、その感覚を受け入れることを拒絶していた。
「嫌だっ、くぼちゃん…、やめ…」
嫌だやめてくれと、時任が何度言っても久保田はやめようとしない。
久保田は真田の前で時任を抱こうとしている。
久保田の指は、さっき時任が真田を受け入れかけた部分に忍び込んでいた。
「どうして、なんで…?いや…、だって…言ってんのに…」
時任は久保田のことが好きだった。
だから久保田に抱いて欲しい、抱かれたいと思っている。
だが、今の久保田には抱かれたくなかった。
久保田のしようとしていることは、無理やり時任を犯そうとした真田と同じだったからである。
久保田は時任を抱くのではなく、身体から真田の匂いを消そうとしていた。
時任を自分のモノだと主張するためだけに犯そうとしていた。
真田に犯されかけた時任を見た久保田の心は、嫉妬のあまりにキシキシ軋んで歪んでしまっている。
久保田以外の男の痕をつけた時任を、抱きたくて犯したくてたまらない。
まるで熱病にかかったように、心が身体が時任だけを欲しがっていた。
「嫌がっても無駄だから…」
「くぼちゃ…」
「時任が俺のモノになるまで、何度でも犯してあげるよ」
見るものを不快にする笑みを浮かべている真田が、時任を強引に犯そうとしている久保田を見つめている。
真田は嫉妬に狂っている久保田を見て楽しんでいた。
いつも飄々として動じることのない久保田が、ただの一人の男の落ちた姿を見て満足しているようだった。
時任をさらった理由は、実は久保田の弱点を探るという目的だったのである。
真田はW.Aの件で久保田と敵対するのではなく、自分の側へ引き込みたいと思っていた。
たが久保田は一筋縄ではいかないので、出雲会に戻ることに首を縦には振らないだろう。
だが、久保田はただの気まぐれで時任と暮らしているのではないと、それだけがわかればなんとか協力させることも可能だと真田は確信していた。
「…時任」
「・・・・・・・・うっ、えっ」
時任に侵入しようとした瞬間、哀しそうに泣いている時任の声が久保田の耳に聞こえてきた。
愛撫するのをやめて時任の顔を見上げると、時任が悲痛な顔をしてぽろぽろ涙を零している。
久保田が時任の顔を覗き込むと、時任は哀しい瞳に久保田の顔をうつした。
「俺のこと…、キライになったんだろ?」
「どうしてそんな風に思うの?」
「だって…さ、まだ一回もキスしてくんないじゃん…。好きだともなんとも…、ぜんぜん…」
「…時任」
「もしかして…、久保ちゃんは俺のことヤりたいだけ? 汚れたからキライになって、それだけになっちゃった?…それなら仕方ないのかもしんないけど、久保ちゃんにはそんな抱かれ方したくねぇの。そういう抱かれ方したら、痛くてたまんねぇから…、何かがガラガラくずれてぐちゃぐちゃになるから…」
時任はそう言うと、鎖の切れた手錠の付いた両手を久保田の前に差し出す。
久保田が血の滲んだ手首を眺めながらその手を握り締めると、時任は久保田に涙に濡れた瞳のままで微笑みかけた。
「久保ちゃんが嫌いになっても、俺は久保ちゃんのコト好きだから…。それだけ忘れないでいてくれっとうれしい。それだけは…、絶対に…」
泣きそうな瞳で笑った時任を見ていると、胸が苦しくてたまらなくなる。
久保田は微笑んでいる時任の唇に自分の唇を軽く重ねてキスすると、小さく息を吐いて再び拳銃を真田に向けた。だが、真田も久保田に銃口を向けている。
久保田の凍りつくような殺意を真田は感じていたが、それでも視線をそらせたりはしなかった。
「実は今、思い出したことがあるんですけど」
「思い出したこととは何かね?」
「時任のココロは俺のモノだったってコト」
「心だけで満足だと?」
「もちろん、カラダも俺のモノです。なので、誰にも指一本触れさせたくないんですよねぇ。俺って時任に関しては、かなりココロせまいですから」
「君が私を撃っている間に、背後からの銃弾が時任君を殺す。復讐はあきらめたまえ」
真田はそう言ったのと同時に、久保田が拳銃を下へと降ろす。
だが次の瞬間、久保田は真田が予測していなかった行動に出た。
「なっ、なにっ!」
「ご愁傷サマ」
久保田は素早く真田に近づくと、素手で真田の腹と顔を殴ったのである。
拳を数発叩き込まれて真田が前のめりになると、バランスを崩した隙をついて着ているスーツのポケットから素早く時任に嵌められている手錠のカギを奪い取る。
そんな久保田を見た時任はニッと笑って、とどめとばかりに真田の身体を手加減なしで蹴り飛ばした。
「・・・・・・・ぐっ!!」
真田は後方にある壁に激突し、激しく頭と背中を打った。
久保田はカギをポケットに放り込むと、時任にジーパンを履かせ自分の着ていたシャツを脱いできせかけると、時任の手を引いて堂々と歩いて部屋から出る。
「話終わりましたんで、失礼しま〜す」
「ばいばーい」
久保田と時任が部屋の外で待機している組員達にそう言うと、組員達は不審そうな顔をしながらもそれをおとなしく見送る。組員達は命令がないので部屋に入れず、真田が殴られて気絶しているということに気づいていない。二人は無事に事務所を脱出すると、乗ってきたバイクにまたがった。
「帰るよ」
「うん」
「好きだよ、時任。何回でも毎日でも言うから、そういつも思ってるから…」
「…久保ちゃん」
「だから、怯えないで恐がらないで、俺に抱かれてくれる?」
「けど、俺…」
「何も考えられないくらい、俺で満たしてあげるよ」
「…抱いて、久保ちゃん。久保ちゃんしか感じられなくなるくらい」
「・・・・・・ここで押し倒したい気分」
「バカっ、帰るまでガマンしろっ!」
「努力します」
「早く行けってのっ!!」
「はいはい」
まだ、不安や嫉妬や様々な感情が二人の胸の中で渦巻いている。
だから、抱き合って、キスしあって、好きだと愛してると身体と心で感じたくてたまらなかった。
二人の間に何も入ることができないくらいに…。
二人の乗ったバイクは、まだ暑く激しく降り注ぐ陽光の中を、自分達の帰るべき場所に向かって走っていった。
この小説は26.000HIT!紫月さんのリクエストで、
「WAで真田さん絡みの久保時v」
ですっ(滝汗)
・・・・・・ごほごほっ、紫月さん、時任を真田に襲わせました〜〜(>_<)☆
やはり、やりすぎでしょうか?ごめんなさいです(汗)
しかも、リクの内容にそっているか不明です(涙)すごく不明です〜〜。
うわ〜、本当にどうしよって感じなのです(T_T)裏っぽすぎです(号泣)
このお話は結局前中後編になりました(滝汗)な、長いだけだったり…。
苦情などなど受け付けていますので、よろしくお願いいたします〜〜(>_<)v
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