同居人.6




 「遅いぞっ、久保田。どこに行ってたんだっ」
 「便秘でトイレにこもってましたけど?」
 「うっ…、まぁいい…。いいから、さっさと席につけっ」
 「ほーい」

 授業開始から十分過ぎて久保田は平然とした顔で教室に戻ったが、それから二十分たっても授業が終わっても、時任の方は教室に戻って来なかった。
 二人が同時に教室にいないことはあるが、どちらか片方だけがいないのは珍しい。けれど彼女ができたことを誰もが知っているので、それを不思議に思う者はいなかった。
 しかし、それよりも周囲を驚かせていたのは、久保田が眠らずに黒板を見ながら静かにノートを取るためにシャープペンを走らせていたことで…、
 一つだけぽつんと開いた時任のイスとそんな久保田の方を、桂木が時々ため息をつきながら見つめていた。
 
 「どうにかしたいけど…、どうにもならないのよ…」

 桂木がそう呟いたようにこれは誰の問題でもなく…、久保田と時任の問題である。それは当の本人達が一番良く知っているはずだが、二人の距離はゆっくりとゆっくりと離れていくばかりで少しも止まらなかった。
 けれど、好きじゃなくなった訳じゃない…、嫌いになんてなれるはずがない…。それがはっきりとわかっているはずなのに、その想いがなぜか逆に壁になって二人を隔てようとしていた。
 今のままの相方としてなら、きっとこれからも一緒にいられる…。
 これからも…、ずっとずっと…。
 だけど、そうするために殺して殺し続けていく想いは消えずに降り積もって…、

 やがて…、すべてを飲み込んで覆い尽くしてしまいそうだった。

 久保田はノートを書く手を止めると、そこに書いた今日の授業の内容を見る。いつもノートを取らないが、それなりにノートは見やすく整理されていた。
 しかし試験前になったとしても、たぶん自分で書いたノートを見る事はない。いつもは几帳面にノートを取っている時任に見せてもらっているが、本当は頭の中に入っているのでノートを借りる必要はなかった。
 睡眠学習は冗談のように聞えるが、久保田の場合は事実なのである。けれど、それでもノートを借りるのは時任の成績が下がらないようにするためだった。
 執行部員は文武両道に秀でていなくてはならないので、それなりの成績を取っておかなくてはならない。しかし、勉強嫌いの時任を家で勉強をさせるのは難しかった。
 だから家でしない代わりに授業で勉強に集中させるため、ノートを借りるようになったのである。時任は久保田がノートを借りるようになってから、少し雑だった文字が綺麗になってわかりやすく書かれるようになった…。

 「ホントはノートじゃなくて、書いてる時の横顔を見るのが好きだったんだけどね…」

 そう呟きながら時任の席を見ても、そこにはいつも真っ直ぐに見つめ返してくれる綺麗な瞳はない。あんなにずっと見つめ合っていたのに…、そばにいたのに…、胸の奥にある言葉を唇で刻むと何もかもが壊れていくような気がした…。
 久保田は授業が終わるとノートを自分のではなく時任のカバンの中に入れて、それから桂木の視線に背中を突き刺されながら廊下へと出る。そして、上へ上へと階段を登って向かった先は、いなくなった時任がいそうな場所だった。
 まだ暖かい季節なら屋上に来る生徒もいるが、冬らしく寒くなってくるとさすがにあまり来る者はいない。けれど屋上のドアを開けると、久保田が思っていた通り時任がいた。
 時任は寒い屋上でフェンスに寄りかかって、わずかに差し込む陽だまりの中で座ったまま目を閉じている。

 そしてその手には…、なくなったはずのセッタとライターが握られていた…。
 
 タバコが嫌いだったはずなのに、時任のそばには吸殻がある。
 なぜ嫌いなのに吸ったのかはわからなかったけれど…、目を閉じて眠っている時任を見ていると寒いはずなのに暖かい気がして…、
 久保田はその吸殻を見てわずかに目を細めると、ゆっくりと手を伸ばして眠っている時任の髪を起こさないように気を付けながら優しく撫でた…。
 
 「こんなトコで眠ってると…、カゼひくよ?」

 そう小声で言うと時任の口元が少し動いたが、何を言ったのかまではわからない。けれど、もしかしたらここでうとうとしながら夢を見てるのかもしれなかった。
 久保田は肩を包み込むように自分の上着を着せかけると…、そのまま静かに時任の横に座り込む。そして二人のいる小さな陽だまりの中から、まぶしそうに目を細めながらに空を見上げた。
 冬らしく澄んできた空気は冷たいけれど、ここはこんなにも暖かくて…、眠っている時任の顔を見ているとこのまま一緒に眠ってしまいたくなる。もしも隣で眠ると同じ夢が見れるのだとしたら、この陽だまりの中で夢を見続けていたい気がした。
 こんな風に二人で一緒にいて…、ただずっとずっと一緒にいて…、

 くだらないことを言って笑ったりしてる…、そんな変わらない日々の夢を…。

 久保田は空を見上げたままで時任の方へと手を伸ばすと、セッタを握りしめている手の上にその手を乗せて、ゆっくりと時任の顔をのぞき込む。 すると、日差しの当たっていた時任の顔に久保田の影が落ちた。
 その影は二人の距離が近づくにつれてゆっくりと濃くなって、いつも触れそうで触れない唇も近づいていく…。抱きしめようとして腕が伸びていくように、唇が近づいていくのはキスしたいからで…、
 けれど、疑うことを知らない瞳に見つめられると、その瞳を思い出すと…、それ以上は近づけなかった。いっそのこと、何もかもを壊してしまえばいいのかもしれないけれど、そうすることができないのは二人でいる場所が…、そこにある陽だまりが…、

 あまりにも…、こんなにも暖かすぎるからなのかもしれない…。
 
 久保田は触れる直前で唇を止めると、小さく息を付いて時任を抱きしめながら肩の上に自分の額を押し付けた。そうしたら、いつもは久保田からしているセッタの匂いが時任からもして…、その匂いを嗅いでいると自然に口元に柔らかな微笑が浮ぶ…。
 二人の距離はこんなにも近くて…、近いはずなのになぜか遠くて…、
 抱きしめた体温から生まれてくる感情は、どこへも行き場を失ってしまっていた。
 抱きしめれば抱きしめるほど、その想いが胸に詰まっていくような気がして呼吸が苦しくなる。相方で同居人で…、そんな二人の上に引かれたボーダーラインの上で時任を抱きしめながら…、久保田は頭を上げて再び空を見上げた。

 「こんなにあったかいのにちょっとだけ寒いって気がするのは、もうじき冬だからかもね…」

 そう言いながら抱きしめている腕を放すと、二人の間に冷たい空気が入り込む。冬を感じさせる冷たい空気を吸い込むとなぜかタバコが吸いたくなって、久保田は時任の手からセッタを取り戻して口にくわえて火をつけた。
 いずれは自分以外の誰かを抱きしめる腕を、他の誰かとキスする唇を見つめながら…。
 橘が言うように松本の所に行くつもりはなかったが、たぶんいずれ近い内にこのままではいられなくなる。卒業までまだ少し時間があったが、彼女の存在がこれからの選択を早めてしまっていた。
 そのために少しずつ離れようとしていたけれど、離れようとすればするだけ愛しさも恋しさも強くなって心を強く縛りつける。だから、どんなにどんなに離れようとしても、離れた分だけ想いが前よりも強く時任へと向かって伸びていくだけだった。
 真っ直ぐ前だけを見つめる視線が誰も必要としていなかったとしても…、どんなに想いがすれ違って同居人で相方で平行線のままだったとしても…、
 暖かくて恋しくて…、愛しい陽だまりは時任の隣りにある…。
 久保田はじっと眠っている時任を見つめた後、口元からセッタを手に取って…、
 それからゆっくりともう一度、自分の唇を時任の唇に近づけた…。

 「・・・・・・ごめんね」
 
 そう言いながらわずかに触れた唇から伝わってくるのは、さっき吸っていたセッタよりも苦くて苦しい、そんなどうしようもないどこへも行けないこぼれ落ちていく想いで…、
 そんな自分の想いに苦笑しながら…、久保田は触れた唇を離して再びセッタをくわえる。眠っている時にキスしたと知ったら時任は怒るかもしれないけれど、わずかに触れただけのキスが時任との最初で最後のキスだった…。
 一度だけ越えた境界線が胸の中でズキズキとした痛みになっても、この痛みを忘れることができたら…、時任を挟んで反対側に立つ誰かの存在を許せるのかもしれない。
 けれどこの痛みは絶対になくならないから、恋し続ける限り想い続ける限りなくなったりはしないから…、醜く歪んでいく想いが時任を傷つけてしまう前に…、
 強く強く…、握りしめすぎていた手を離さなくてはならないかもしれなかった。
 橘が言っていたように、本当は誰も隣りになんていなくても時任は一人でも立っていられる。どんな時でもその瞳は強気で本気で揺るがなくて…、曇りでも雨でもなく晴れ渡った青空だけを見上げていた。
 だからきっと…、この手を離しても時任は歩き続ける。

 真っ直ぐ真っ直ぐ前に向かって…、揺るがない足取りで…、

 そんな時任の強さと瞳は愛しくて、そして憎らしかった。
 微笑んで名前を呼んでくれる唇と同じ唇で…、相方だって確認するみたいにいつも呟く時任が誰よりも愛しすぎて恋しすぎて…、だからこそ憎かった。
 歪んでいく自分の想いを噛みしめるようにくわえているセッタを軽く噛むと、時任に背を向けて屋上の出口に向かって歩き出す。冷たいアスファルトの上に一人分の影を落としながら…、暖かい陽だまりから視線をそらせるように…、
 すると、眠っている時任が少しだけ何かに気付いたかのように手を動かしたが、久保田は振り返らずに、まるでおやすみを言うようにゆっくりとドアを閉めると校舎の中へと戻って行った。
 
















 『・・・・・・・ごめんね』

 ぼんやりと空を眺めている内に少しだけ眠ってしまっていた時任は、そんな声がすぐ近くで聞えた気がして目を覚ましたがやはり屋上には誰もいない。けれど、身体に残るぬくもりがここに誰かがいたことを伝えてくれていた…。
 自分の肩のかけられている上着からは、嗅ぎなれたセッタの匂いがして…、
 時任はその匂いを嗅ぎながら…、ゆっくりと自分の肩を抱きしめた。
 夢の中で聞いた気がした言葉の意味はわからなかったけれど、差し込んでくる日差しよりも肩にかけられた制服から伝わってくるぬくもりの方が暖かくて…、
 そしてその暖かさを感じていると、なぜか切なくて胸が痛くなる。
 けれどその暖かさを抱きしめながらも、どうしていいのかわからなかった。
 久保田と離れることが多くなってから感じるようになった痛みは、いつも藤原や五十嵐に抱きつかれたり腕を取られているのを見る時と似ているけれど…、こんな風に残されたぬくもりを抱きしめている時の方がもっと苦しくて痛くて哀しかった…。
 けれど、まだ残っているぬくもりはさっきまで久保田がここにいたことを…、ちゃんとここに来てくれた事を教えてくれている。いつもみたいにちゃんと探してくれて、風邪を引かないように上着をかけたくれた…。
 一緒にいることが少なくなって色んなことが変わってしまったけれど、まだ変わらない想いも気持ちもかけられた制服のぬくもりの中にある…。そのぬくもりを握りしめるようにいつの間にかセッタのなくなっている手のひらをぎゅっと握りしめると、時任は埃も払わずに立ち上がって屋上のドアに向かって走り始めた。
 
 「このままで…、ずっとこのままでいいはずなんかない。そうだろ? 久保ちゃん…」

 何を言いたいのか伝えたいのかなんてわからないけれど、そばにいるのは公務のためじゃなくて、そばにいたいと想っているからでそれ以上でも以下でもないから…、
 久保田が離れていこうとするならその分だけ走りたかった。
 そばにいたい、一緒にいたい…、その想いだけが時任を走らせる。
 一瞬、桜井の笑顔が脳裏をよぎったけれど、それでもこのぬくもりを抱きしめて久保田のそばにいたくて…、今は彼女だとか彼氏だとか…、好きだとか嫌いだとかそんなことを考えるよりもその方が大切な気がしたから立ち止まりたくなかった。
 けれど、そんな想いをさえぎるかのように、顔も知らない一年生が時任を呼び止める。その一年生の手には真っ白な封筒が握られていた…。
 「すいません…、これを時任先輩に渡せって言われて…」
 「・・・・・・・・お前」
 「ぼ、僕はただ渡せって言われただけなんで、何も知りませんからっ」
 「・・・・・・・・」
 「それじゃあ…、これで…」
 額に汗を浮かべながら立ち去った一年生の後ろ姿を見ることもなく、時任は白い封筒の中に入っていた同じ色の便箋を眺めている…。どこにでも売っているような平凡な便箋の上には、汚い文字で汚い内容か書かれていた。

 『お前の彼女は俺らが預かってる。返して欲しければ、一人で三丁目のゲーセンの近くにある廃ビルまで来い』

 そんな内容の手紙をもらうような相手の心当たりは腐るほどあったが、そのことに桜井は関係ない。なのに、時任の彼女だというだけでさらわれてしまった…。
 怒りを感じながらギリリと歯を噛みしめると、時任はグシャッと手紙を握りつぶす。そしてすぐに玄関まで走って行って下駄箱にある桜井の靴を確かめたが、やはりそこには上履きしか入っていなかった。
 今日も一緒に帰ると約束していたのに、何も言わずに帰るのはやはりおかしい。
 時任は急いで呼び出された場所に向かうために、自分の下駄箱から靴を出しして上履きを履き変えたが、その手にはまだ久保田の上着があった…。
 この上着を渡さなければ、久保田は風邪を引いてしまうかもしれない…。けれど会えば何かあったことを、カンの良い久保田に悟られてしまうに違いなかった。
 今回のことは自分の問題で、執行部の問題でも久保田の問題でもない。
 だから、どうしても呼び出された場所には一人でいかなくてはならなかった。

 「ちゃんと返しにいけなくてごめんな…、久保ちゃん」

 時任はそう呟くと久保田の下駄箱の扉を開けて、そこに制服をひっかけようとする。けれど、そうする前にすぐ近くで聞きなれた声がした。
 その声に気付いた時任が声のした方を見ると、そこには執行部の補欠部員が立っている。久保田のことが好きだからという不純な動機で入部した藤原は、時任の持っている久保田の上着を睨んでいた。
 どこにでもあるような学ランの上着だが、藤原にはそれが久保田のものであることがわかるらしい。藤原は何があったのか探ろうとするように、時任に近づくと久保田の下駄箱の扉を右手で押さえた。
 「それって久保田先輩のですよね? なのに、なんで時任先輩が持ってるんですか?」
 「・・・・そんなの、てめぇには関係ねぇだろっ」
 「関係ならありますよっ、それは僕の久保田先輩の制服なんですっ!」
 「誰が誰のだっ! ざけんなよっ!」
 「それをこっちに渡してくださいっ。僕が久保田先輩に渡しますからっ!」
 「バーカッ! 久保ちゃんのをてめぇになんか渡すワケねぇだろっ!」
 「さっきここに放置しようしてたクセにっ!!」
 「うっせぇっ!!」
 制服を奪おうとして藤原が襲いかかってきたが、時任は軽く足をひっかけて転ばせてそれを避ける。藤原の攻撃はいつも単純で直線的なので、いつも口では言い争っているが勝負するまでもなかった。
 けれど、久保田を好きだという気持ちは時任にも伝わってくる。
 久保田にちょっかいを出すといつものように蹴飛ばすに違いなかったが、時任はブスッとした表情のまま藤原の前に持っていた制服を差し出した。

 「えっ?! ど、どうしたんですか?」

 自分から渡せと言っていたはずなのに、時任が言われた通りに制服を差し出すと藤原はそう叫びながら驚いて目を見開く。けれど、差し出した手を引っ込めずに、時任は藤原の手に制服を押し付けた。
 「ちゃんと久保ちゃんに渡せよ…、藤原」
 「どういう風の吹き回しですか? 素直な時任先輩なんて気味悪いですよっ」
 「殴られてぇかっ、てめぇっ!」
 「…って言う前に、もう殴ってるじゃないですかっ!!」
 「藤原のクセに、ウダウダうっせぇことばっか言うからだろっ!」
 「自分の方がうるさいクセに…」
 「なにぃぃぃっ!!」
 いつもの調子で藤原と話していると、すぐこんな風にケンカになる。けれど、もしも二人の間にいる久保田の存在がなくなってしまうと…、こんな風に言い争うことももうないのかもしれなかった…。
 好きで言い争いをしている訳じゃないし、藤原が久保田にちょっかいを出してくると本気でムカムカして腹が立ってくる。でも…、藤原ならちゃんと久保田を探し出して届けてくれるに違いなかった。
 時任はいつものように始まりかけた言い争いをやめて黙り込むと、手を伸ばして軽く藤原の肩をポンッと叩く。そしてそんな時任の様子を不審な顔をして見ている藤原に、少しだけ笑かけてから背を向けた。

 「それじゃ…、頼んだからな…」

 時任の口から信じられない言葉が聞えてきて…、藤原は驚きのあまりに思わず時任の腕をつかむ。けれど、やはりその手はあっさりと振り払われてしまった。
 呼び止めて制服を渡した理由を聞いてみたかったけれど、走り出した時任を止めることができるのはたった一人しかいない…。
 相方で同居人である久保田誠人しか…。
 だが、今まではいつも一緒にいることが当たり前だったのに、時任に彼女ができたことによって離れ離れになってしまっていた…。
 それは藤原にとって好都合でチャンスだったが、二人が離れてしまってからはなぜか調子が出ない。好きで大好きでそばにいたいはずなのに隣りに時任がいないと、なぜか久保田に向かって伸ばす手も戸惑いがちだった…。

 「野蛮でガサツで久保田先輩にふさわしくないし…、キライだっていつも言ってるじゃないですか…」

 そう呟くと藤原は、時任のいなくなった玄関の入り口を見つめる。
 時任はかなり急いでいた様子だったので、もしかしたらまた何かあったのかもしれなかったが…、何も聞かなかったし時任の方も何も言わなかったので、久保田に連絡する義理も義務もなかったし…、
 誰が教えてなんかやるもんかと…、そう心の中で思っていた。
 けれど、玄関の入り口に不覚にも白い封筒が落ちているのを見つけてしまって…、藤原は眉間に皺を寄せて唇を噛みしめる。
 封筒はもしかしたら、時任が落として行ったものなのかもしれなかった。
 だが、このまま放っておけば何も知らないで済むし、知らないから何も言わなくていいはずなのに…、藤原は少し迷った後にゆっくりとその封筒に近づいて拾い上げてその中から同じ色の便箋を取り出した。するとそこには、あまりにも予想していた通りの文字が書かれていて…、藤原は握りしめた跡のある便箋を強く硬く握りしめる…。
 ・・・・・・・そして、その封筒をゴミ箱の中に放り込んだ。

 「嫌いだっ、嫌いだっ、大っ嫌いだーーーーっ!!!!」

 藤原の絶叫が響き渡ると、廊下を歩いている生徒達が立ち止まって藤原の方を見る。けれど、絶叫しているのが執行部で補欠の藤原だとわかると、いつものことだと笑って肩をすくめただけだった。
 藤原はそんな生徒達の様子を見もせずに制服を久保田に渡すために走り出したが、その足は今の気分のように重くてなかなか進まない。
 藤原は久保田の制服を抱きしめながら、まるで呪文のように…、

 何度も何度も嫌いだと…、そう心の中で叫び続けていた。




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