同居人.19



 
 「おい、まさか一人で時任をやるってんじゃねぇだろうなぁ?もしも、やるんだったら俺らにもやらせろよっ」
 「そう息巻くなよ、やる時は必ず呼んでやる。だから、今は予定通り久保田が来るまで表を見張ってろ」
 「けどさ、どこかも言ってねぇのにマジで久保田の野郎は来んのか?」
 「必ず来る」
 「なんで、そう言い切れんだよ?」
 
 「ここにいるのが、時任稔だからさ」

 時任が連れてこられた倉庫には、やはり首謀者の男の他にも不良達が来ていた。
 縛られた腕の縄が切れないことにイラつきながらも、時任は男を睨みつけながら周囲の様子をうかがっている。けれど、廃ビルよりも人数が少ないがどれくらいの人数がいるのか把握することはできなかった。
 倉庫の中に入ってきた数人の不良達が再び表を見張るために出て行くのを見ながら、男の口から漏れたセリフに唇をかみしめる。男は絶対にここに来ると信じているようだったが、時任がさらわれたことを久保田が知っているはずはなかった。
 けれど、さらわれたことも縛られて倉庫に閉じ込められていることも、久保田が知る必要はない。そう思うのはいつかここに久保田が来てくれるのを待つのじゃなくて、こんな縄なんかすぐに解いて自分の足で久保田の所まで行こうとしているせいだった。
 目の前にいるのは廃ビルにいた男だったが、今は執行部員としてではなく自分のために戦おうとしている。でも、執行部員だからでも正義の味方だからでもなく…、いつでも自分が戦いたいから戦ってきた。
 時任は強く腕に力を入れ続けながら、縄を切るために使える物を横目で探している。すると、それに気づいた男はゆっくりと近づいてきて時任の顔をのぞき込んだ。
 「縄を切りたいのはわかるが、そんなに力を入れたら腕が痛いだろう?」
 「そう思うんなら、とっとと縄をほどきやがれっ!!」
 「縄が食い込んで赤くなってるし、別にそうしてやってもかまわないぜ」
 「・・・・・どーせ、なんか条件があんだろ?」

 「縄を解いても、ここから逃げないと約束するならな」

 男は笑みを浮かべながらそう言うと、手を伸ばして時任の顎をつかむ。だが、その笑みがやけに自信に満ちているのは、たとえ縄を解いても逃がさない自信があるせいなのなのかもしれなかった。
 けれど時任はそんな男に向かって、睨み返さずにニッと笑い返す。そしてコンテナの方に向けていた縛られている手を、後ろを向いて男の方へと差し出した。
 「逃げないって約束するから、縄をほどけっ」
 「なるほど、相方が…、久保田誠人が来るまで待つつもりか?それとも、逃げるのをあきらめたということか?」
 「んなワケねぇだろっ、クソ野郎っ!」
 「だが、約束するっていうことはそういうことだろう?」
 「逃げねぇって約束しろって、マジでバッカじゃねぇのっ。そんな約束なんかいくらしても無意味だっつーのっ!」
 「無意味?」
 
「逃げないって、そういう約束ならいくらでもしてやるぜっ。しかもちゃんと約束を破ったりなんしない。 俺がやりたいのはここから逃げることじゃなくて、てめぇらをブチのめすことなんだからなっ!!!」

 時任はそう叫ぶと縛られたままの足で、男の方へと勢い良く振り上げる。すると、その足は男の頬をかすめてわずかに傷を作った。
 手を縛られていても不良達に囲まれてても、あきらめるのにはまだ早すぎる。今、あきらめてしまったら、そこには後悔だけしか残らない…。だから、ここで何もしないままに何もできないままに後悔するくらいなら、無理でも無茶でも思いっきり戦いたかった。
 男の言うように、ここで助けを待つなんて性に合わない。
 時任がそう思いながら男が反撃しくるのを予想して身構えたが、男は何もせずに声を立てて笑いながら手をあげて自分の頬についた傷に軽く触れた。
 
 「ここでお前とやり合うつもりはない。だから、おとなしくしてれば何もしないさ」

 男が言った予想外の言葉に、時任は不審そうな顔をして眉をしかめた。
 廃ビルで執行部を襲う計画を立てて、しかも今もこんな倉庫に自分を閉じ込めている男の言うことを信じる気にはなれない。けれど、男はそう言うと本当に何もして来ようとはしなかった。
 さっき久保田を待つと言っていたから、もしかしたら久保田に恨みがあるのかもしれなかったが…、もしも久保田だけをやりたいのなら廃ビルでの事件を起こす必要はなかったような気がする。だが、恨みがあるわりにはやり方が甘い気はしていた。
 特に廃ビルでのことを思い出すと、執行部を集めながらも最後の一人が来るまで不良達をやり過ぎないように抑えていたようにも見える。そして今も、時任をやりたがってる不良達を、見張りを命じて表へと追い出した…。
 男は肝心な所で、わざと逃げられるように抜け道を作る。
 執行部を叩きのめすつもりなら、廃ビルに来た順番に攻撃すればいい。なのに、廃ビルで男はあえて全員を同じ部屋に集めるように不良達に命じていた。
 だからと言って男が首謀者であることには変わりなかったが、なんとなくそのやり方には納得がいかない。なぜかはわからないが、男は不良達と違って執行部に恨みがあるようには見えなかった。

 「・・・・・てめぇの目的はなんだよ? 回りくどいことばっかしてねぇで、言いたいことがあんならとっとと言いやがれっ!」

 じっと真っ直ぐな瞳で何かを探るように男を見つめながら時任はそう言ったが、別にそう言ったことに理由や確信があったわけでない。ただ、直感でそんな気がしただけだった。
 男は何かを企んでいるが…、不良達と同じ理由からではない。
 その理由を時任が探ろうとしていると男はポケットからタバコを出して口にくわえたが、それはセッタではなくキャビンだった。
 「言いたいことはない…と言いたい所だが、執行部員をしているお前になら言いたいことはある」
 「俺の名前はお前じゃねぇっ、ちゃんと名前で呼べっ」
 「じゃあ俺の名前も、てめぇじゃなくてちゃんと呼んでもらおうか」
 「てめぇの名前なんか知らねぇし、知りたくもねぇよっ」
 「ふーん、知りたくないなら教えてやるよ」
 「はぁ?」
 「桜井」
 「え?」

 「…俺の名前は桜井周二だ」

 桜井周二と名乗った首謀者の男は、時任を見て不気味な微笑みを浮かべる。その微笑みを見た時任は嫌な予感を覚えたが、それは桜井という名前に心当たりがあったせいだった。
 ただ苗字が同じだけだと最初は思ったが、周二の顔を見ていると目の辺りが知っている誰かに似ている気がする。けれど、もし今思ってることが本当なら、事件の首謀者である周二が時任と久保田の関係のことを知っていても不思議はなかった。
 時任の知っている桜井という苗字の人物は、わずか数時間前まで時任の彼女で…、人質としてあの廃ビルにいたのである。下駄箱に入っていた手紙を見て廃ビルに来た時任に、桜井は必死にこんなことになってごめんなさいと謝っていた…。
 そして助けるからといった時任に…、無言で首を横に振っていた…。
 その時はなぜ首を横に振るのかわからなかったが、首謀者の名前を知った今ならその意味がわかる。直接本人に聞かなければわからないけれど、もしかしたら桜井は学校から連れ去られたわけではないのかもしれなかった。
 
 「桜井の兄貴が、執行部に何の用があんだよ?」

 時任がそう言って睨みつけると、桜井は小さく笑って火をつけたキャビンから煙を吸い込む。そしてふーっとため息のように吸った煙を吐き出すと、ポケットから廃ビルの時とは違う携帯を取り出した。
 どこに電話したのかはわからないが、やはり話している相手はあの時と同じに違いない。首謀者は周二だとずっと思っていたが、電話の相手が指示を出しているとしたらもっと別にいる可能性もあった。
 「やっぱり、廃ビルだけだと不十分だったんでね。もっと時間を置いてからとお前は言ってたが、こっちで勝手に動かせてもらった」
 『・・・・・・・・・』
 「それは覚悟の上さ。お前には迷惑はかけないから心配するなよ」
 『・・・・・・・・・』
 「お前に協力するとは言ったが、俺はただ自分の目的を果たしたかっただけだ」
 『・・・・・・・・・』

 「俺やお前が手を下さなくても、第五条さえ作らなければ消えていたさ」

 会話を聞いていても相手が誰なのかわからなかったが、会話に出てきている第五条とのは執行部の権限を決めている校則第五条しかない。けれど、あるのが当たり前になりすぎていて、あまりこの校則について深く考えたことがなかった。
 もしも第五条がなかったら、やはり今までのような公務は難しくなってくる。執行部員もやはり荒磯の生徒であることは変わりないので、何かあるたびに落ち度がなかったか問いただされることになるかもしれなかった。
 時任が相変わらず解ける気配のない縄を解こうとして力を込めながら、第五条ことを考えていると…、携帯を切った周二が再び時任の方を向く。そしてゆっくりと手を伸ばして身動きの取れない時任の顎をつかむと、ふーっとキャビンの煙を吹きかけた。
 「げほっ、げほげほ…っ!てめぇっっ!!!」
 「執行部員にならなければ、こんな目に合わずに済んだのに残念だったな」
 「それはどういうイミだよっ」
 「言葉どおりの意味さ…。だが、もうじき執行部は騒動を起こす原因になるという理由で、荒磯から消えてなくなることになる」
 「騒ぎを起こすって、起こしてんのは俺らじゃなくててめぇらじゃねぇかっ!!!」
 「確かにそうだが、誰の目にもそう写るとは限らない。特に執行部を廃部にしてくれと嘆願書を送った保護者連中には…」
 「つまり廃ビルに呼び出したのも、俺をここに連れてきたのも…、執行部をつぶすことが目的だったってのかっ!」
 
 「そう、俺は執行部に復讐するのではなく…、つぶしたかったのさ」

 周二は真剣な瞳で時任の顔をのぞき込んでそう言うと、キャビンをふかしながら顎から手を離す。それから近くにある荷物の上に腰かけると、ポケットから青い布のようなものを取り出して床に投げた。
 最初は何かわからなかったが、良く見るとそれが執行部の腕章だということがわかる。けれど、その腕章は時任が持っている物より古びていて少しだけデザインも違っていた。
 「いくら公務をしても取りしまっても、この学校は少しも変わらない。だから同じことばかり繰り返されるのに、執行部があることに意味なんてないだろう」
 「・・・・・・・」
 「俺はこんな結果を見るために、校則第五条を作ったワケじゃない…。退学処分になったアイツの背中を黙って見送ったワケじゃない…」
 「アイツって…、誰だよ?」

 「校則第五条ができる前…、俺と一緒に執行部員をしてた男のことだ」

 荒磯に執行部が出来たのはあまりにも校内が荒れていたせいだったが、当初から執行部に今ほどの権限があったわけじゃない。そのため校則第五条ができる前は床に落ちている青い腕章にはなんの効力もなく、執行部員であるというただの印に過ぎなかった。
 けれど、危険な目にあったりしながも執行部員達は腕章をつけて、学校の治安が少しでも良くなるように見回りなどを続いていたのである。すると執行部と腕章の存在が生徒達の間で認知され始め、校内の治安も回復を見せ始めて、ケンカやもめ事が起こると出動要請が来るようになった。

 しかし…、そんな中で唐突に事件は起こったのである。
 
 四期前に起こった、廃ビルの事件に良く似た事件…。事件そのものは不良達が弱すぎたせいか、執行部の活躍で簡単にあまりにもあっけなく終わったが、それから後に問題が起こった。
 それは人質にされていた女子生徒が、執行部の方が先にケンカをしかけるのを見たと嘘の証言したからである。しかも…、ケンカの原因は彼女だった女子生徒を取られた腹いせだったと、公務を執行された不良達の中の一人が証言した。
 もちろん執行部員側は嘘だと女子生徒の言い分を否定したが、人質に取られたのが執行部員の彼女だったことは事実で…、
 それにくわえて不良達の中に怪我人が多く、逆に執行部員はほとんど無傷だったことが災いしてしまったために疑いの目は執行部員の方に向いてしまっていた。疑われた執行部員は他の部員が到着した時には、すでに不良達と乱闘状態にあったので…、いくら執行部が証言しても説得力がない。
 執行部に処分はくだらなかったが、部員が彼女を取られた腹いせに公務を執行したという噂は校内に広がってしまっていた。
 こうなると不良達もそれをネタに、執行部の言うことをきかなくなる。
 やがて、そんな日々がしばら続くと疑われた部員は腕章を腕からはずして執行部を去り…、それからまもなくして荒磯を退学してしまった。

 『執行部をやめるのは、これからも執行部に校内の治安を守って欲しいって思ってるからなんだぜ? だから、俺がやめてから後のことは頼む…、周二…』

 やめる直前に聞いたその言葉は、今も周二の胸の中に変わらずに残っている。だからこそ、それからすぐ後に本部に何度も何度も出向いて説得して、生徒達にも理解してくれるように呼びかけて、執行部員を守るために校則第五条作ることになったのだが…、
 今の荒磯の状況を見ていると、自分のしたことに意味があるとは思えなかった。
 いくら公務を執行しても不良達は校内にはびこり…、女子生徒達の親からは執行部を廃部にという著名まで提出されている。まるで一人言を言うように昔のことを話した周二は、時任の向かって執行部をやめろと言った。
 「このままなら執行部は自然に廃部になる。そうなるようにお膳立てはしてやった。だから、そこで黙って廃部になるのをおとなしく見ていればいい…」
 「そんなこと、できると思ってんのかよっ」
 「執行部をいくら続けても無意味だ。なのに、ケガをして苦しい想いまでして続ける必要なんかないだろう? そんなことより公務でつぶされていた時間を…、限りある学校生活をもっと有意義に楽しめばいいさ」
 「・・・・・・・ホンキで言ってんのか?」
 「ホンキだから、こうやってお前を人質にして久保田を待ってる」
 「久保ちゃんを?」

 「久保田ならお前をさらった不良達を、手加減なしで派手にぶっ飛ばしてくれるだろうからな。俺に後を頼むと言って、執行部をやめていったアイツと同じように…」

 周二は昔を思い出すように遠くを見つめながら、そう言うとキャビンの灰を床へと落とす。すると、その灰を見た時任は縛られたままで身体を動かしてなんとかコンテナに寄りかかって座ると、床に倒れていた時よりも高い視線で周二を見た。
 周二の言ってることが本当なら、周二は時任と同じように執行部員をしていたということになる。けれど、周二は執行部員をしていたことを…、校則第五条を作ったことを後悔していた。
 周二もやめた部員も、ただ執行部として公務を果たしただけで…、
 なのに、その結果は彼女に裏切られ不良達の罠にはまって…、治安を守っている荒磯の生徒達に疑いの視線を向けられるだけだった。
 けれど、それは何も変わらず今も同じなのかもしれない。生徒会本部から何も話は聞いていなかったが、執行部の廃部を呼びかける署名が集まっているとしたら、執行部はそんな目で見られていないということだった。
 「アイツだけに責任を押し付けずに、執行部全体の責任として廃部にするべきだったんだ。たとえ執行部員として公務を果たしただけだったとしても、あんな騒ぎを起こしたのは事実だからな」
 「騒ぎを起こしたって、それって公務を執行しただけじゃんかっ」
 「それでも、認められなければ意味はない」
 「・・・・・・・・・」

 「認められなければ、いくら腕章をつけてもただの飾りさ」

 周二はそう言うと、沈んだ表情で床に落とした腕章の上にキャビンの灰を落とす。けれど、周二が言うように誰にも認められなかったとしても、時任は執行部員になったことを後悔したことなんてなかった。
 誰の目から見ても飾りにしか見えなくても、時任にとっても執行部員達にとっても腕章には意味がある。そしてたとえ少しも治安が良くならなくても、校内の治安を守ることにも意味がある。
 それは…、誰に認められたいわけでもなんでもなくて…、誰よりも何よりも自分達のために腕に腕章をつけていたからだった。
 時任は顔をしかめて思いっきり腕に力を入れると、コンテナにこすりつけてちぎれ始めていた縄を一気に切る。そして縄を腕からはずすと、床を落ちている腕章を拾い上げて周二の方に投げた。
 「認められなかったらって、それがなんだってんだよっ。 それとも誰かになってくれって頼まれたからってだけで、てめぇは腕章つけて執行部員をしてたってのか?」
 「それは…、違う。俺は俺の目の前で悪事を働くヤツらが許せなかったから、執行部を作るっていう本部の案に乗って執行部員になった…」
 「だったら、べつに認められなくてもいいんじゃねぇの?」
 「なぜ、そう思う?」
 「認めても認められなくっても、正義の味方は正義の味方だろっ。腕章がなくったって許せねぇもんは許せねぇし、だったら認められなくてもなにも変わんねぇじゃんかっ」
 「・・・・・・・・正義の味方」
 「執行部してる時間は無駄になんかなんねぇし、執行部してたことも絶対に後悔なんかしない」
 「・・・・・」

 「だってさ…、守りたいモンを守って、それで後悔なんかするはずねぇじゃんっ」

 時任がニッと笑ってそう言いながら足の縄をほどくと、周二はそれを止めようとはせずに投げ渡された腕章を持つ手に視線を落とす。そして、青い腕章を見つめながら周二はそこについた灰を軽く払った。
 今も周二が執行部をしていた頃も不良達は悪事を働くし、校内の治安は乱れていて…、荒磯では腕章をつけた執行部が校内を忙しく飛び回っている。けれど、だからって意味がないと決め付けるのはまだ早すぎるのかもしれなかった。
 それは周二が目の前で行われている悪事が許せないと思ったように、今もそう思って腕に腕章をつけようとする生徒がいる。それ自体が意味のあることなのかもしれないからだった。
 執行部が続いていく限り、荒磯高校の中には正義が生きている。
 誰が定めたわけでもなく、荒磯に通っている生徒達自身の正義が…、
 そんな風に途切れることなく続いて行く想いには、必ず意味があるような気がした。
 それはいらないと言われても、嫌いだと言われてもなくならない胸の奥にある想いにも似ていて…、腕章を腕につけることも胸の想いを抱きしめ続けることも…、
 誰にとっても意味がないことでも、自分にとっては大切な意味がある。

 だから、どんなに苦しくて哀しくてもそうあり続けることを…、好きだと想い続けてることを後悔なんかしたくなかった。

 好きだと言ったら…、好きだと言われたい…。
 抱きしめたら抱きしめ返して…、キスしてキスされたい…。
 けれど、好きだと言われなくても抱き返してもらえなくても…、キスできなくても…、それでも一緒にいたかった。同居人でも相方でもなんでもいいから、誰よりもそばにいたかった。

 一緒にいることが当たり前に…、隣を歩くことが自然だと感じるくらいに…。

 同居人で相方だということに甘えて気づかないフリをしてきた想いは、知らない内に大きくてたくさんになって…、本当はいつも久保田に近づこうとする五十嵐や藤原に焼きもちを焼いて嫉妬ばかりして爆発寸前になってた。
 だから、桜井とつないだ手から罪悪感しか生まれなくて…、誰よりも久保田のことが大好きだって…、ちゃんと自分の心が知っていたから…、
 だからいらないって言われたことが、嫌いだと言われたことが…、痛く痛く胸の中に突き刺さっていてその痛みが涙に変わっても大好きだった。
 痛くてその痛みが消えないからこそ…、久保田のことしか想えなかった…。
 いつから好きだったかなんて…、いつからそんな風に久保田のことを想い始めてたかなんてわからなかったけれど…、
 でも、もしかしたら出会った時から、出会った瞬間からその想いは始まっていたのかもしれない。

 『久保ちゃん…』

 その名前を呼んだ数だけ…、本当は心の中でずっとずっと好きだって叫んでいたような気がする。だから、名前を呼んだら必ず返事してくれるのがうれしくて、何度も何度も数え切れないくらい久保田の名前を呼んでいたのかもしれなかった。
 時任はここに連れてこられた時に嗅がされた薬のせいで少しふらつきながら、久保田の所に行くためにゆっくりと立ち上がる。そして、腕章を見つめている周二を残して倉庫を出ようとしたが、そうする前にいつの間にか中に入り込んでいた不良達が時任達を取り囲んでしまっていた。
 「へぇ、周二サンって元執行部員だったのか、そりゃあ初耳だぜ」
 「言う必要がなかったから言わなかっただけだが、何か問題あるか?」
 「執行部をブッつぶす方法があるって言ったから、俺らはアンタの話に乗ったんた。けど、今んトコは廃ビルでは逆に俺らがやられちまっただけだったんだよなぁ…」
 「なるほど、それで俺の言うことを聞かずに中で様子を見てたってワケだ」
 「・・・・・てめぇの言ったことが執行部とグルになって俺らをハメるためのウソなら、この場でブッ殺す。そうじゃないなら、今から俺らがすることを黙って見てろよ。なぁに、ちょっと可愛がってやるだけだから、予定通りってヤツで心配はいらねぇさ」
 「・・・・ウソ、偽りか」

 「ぼそぼそ言ってねぇでここで時任と一緒にやられたいのか、それとも俺らと執行部をブッつぶすのか、どっちなのかとっとと答えろっ!!」

 周囲の様子をうかがいながら、時任は少し震えている足をなんとか支えて立ち続けている。けれど、さすがにこの状態では不良達と戦っても勝てないに違いなかった。
 周二が時任の側に回ってくれれば、少しはマシになるかもしれないが…、
 青い腕章を握りしめた周二は、時任の目の前でゆっくりと首を横に振った。
 「執行部は予定通りにつぶす。そのために、俺はここにいるんだからな」
 「てめぇ・・・・」
 「いくら正義の味方を気取っても、勝てない正義に意味はない。恨むのなら、執行部員になった自分自身を恨むがいいさ」
 「はぁ?バッカじゃねぇのっ。なんで、執行部になったからって自分を恨まなきゃなんねぇんだよっ。まぁけど…、勝てない正義に意味はねぇってのには賛成するぜ」
 「今から負けると決まってるのにか?」

 「負けるかどうかなんて、やってみなきゃわかんねぇだろっ。勝算があってもなくても、あきらめたらそこでオシマイってヤツなんだよっ!!」
 
 時任はそう叫ぶと、自分に向かって伸ばしてきた不良の腕を勢い良く振り払う。すると、それを合図にいっせいに時任に襲いかかってきた。
 思うように動かない自分の身体にイラ付きながらも、時任は素早い動きで不良達の攻撃をさけて拳や蹴りを繰り出す。けれど、どうしても隙ができてしまうために、攻撃を完全に避けることができずに腹や頬の辺りに痛みが走った。
 頬にはまだ久保田が手当てしてくれていた傷跡が残っていたが、その上にまた浅いが新しい傷が増えている。たぶん執行部を続けている限り、こんな風に傷が増えて行くのかもしれなかったが…、
 今、ここで戦うことをやめたいとは思わない…。
 時任は拳に力を込めると、自分の頬に傷を作った相手に思い切りそれを打ち込んだ。

 「・・・・・うがぁっ!!!」

 時任の拳を受けた不良は、その衝撃で後ろに吹っ飛んで別の不良と一緒に床に倒れる。それを見た不良達は一瞬だけあまりの凄まじさにたじろいだが、一度、廃ビルで時任の実力を見ているので復活するのが早かった。
 また襲いかかってきた不良に時任が蹴りを食らわせると、その隙をついて背後から腕が伸びてきて身体を拘束される。そしてそれをはずそうと肘鉄を繰り出そうとしたら、別の不良に膝を蹴られて床に転ばされた。
 いつもなら攻撃される前に気づくことでも、薬で感覚が鈍ってしまっていて一人の攻撃をかわすのがやっとで気づけない。時任は複数の人間に同時に手と足を床に押さえつけられて、あっという間に身動きが取れなくなってしまった。
 けれど悲鳴一つあげずに、時任は自分を押さえつけてくる不良達を睨みつけている。すると、その中の一人が時任の頬を殴りつけた。

 「なに睨んでやがんだよっ! 自分の立場わかってんのかっ、てめぇっ!」
 「おーい、熱くなりすぎんなよ。コイツの立場ならこれからたっぷりわからせてやればいいだろ」
 「ふん…、それもそうだな」
 「…で、誰からヤる?」
 「それは、提案した俺からに決まってんだろ」
 「その代わり、お前の次は俺にヤらせろよっ」
 「わかってるってっ」
 
 頬を殴りつけられた時に打った頭が、ズキズキと痛んでくる。そして薬と痛みで少し遠くなった意識の向こうで、そんな会話が時任の耳に聞こえきた。
 だから自分の力でこの状況から抜け出そうして、縄を切った時のように腕と足に力を入れて歯を食いしばる。でも縄を切った時にできた傷が痛むばかりで腕と足も…、そして身体も少しも動いてはくれなかった。
 「離せっ、俺にさわんなっ!!! このヘンタイ野郎っ!!!」
 「触るなって口では言っても、身体はそうは言ってねぇんだよなぁ」
 「・・・・・っ!!!」
 「気持ちいいって素直に言えよ、人間素直が一番だぜ」
 「だ、誰がっ!!」
 「ほら…、気持ちいいだろ?」

 「うっ…、あ…っ!!」

 こんなことで誰かに助けてと叫ぶつもりも泣くつもりもなかったけれど、動かない身体をニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている不良達の手が、今から時任の身に起こることを知らせるかのように這いまわると…、
 どうしようもない吐き気と嫌悪感が襲ってくる。
 久保田じゃない誰かと…、橘や桜井とキスしたことがあったけれど…、
 このまま、まだ好きだと伝えることもできないままに、こんな風に自分の身体を犯されていくのを感じると頭も胸も身体も…、何もかもが痛くてたまらなかった。
 自分の胸の中にある想いを伝えようとしていたのに…、胸を這いまわる手や敏感な部分に触れて来る手がその想いを壊そうとしてうごめいていて…、
 時任がわずかに身体を震わせてその手に生理的に反応すると、耳障りな複数の笑い声が倉庫の中に響いて口の中にタオルを突っ込まれた。
 「カンジてるくせにそんな怖いカオすんなよ、時任ちゃん」
 「はははっ、怖いカオしてんのはもっと気持ち良くしてっておねだりしてるだけなんじゃねぇの?」
 「ふーん、なら望み通りにしてやろうぜ」
 「けど、まだ早ぇんじゃねぇか?」
 「かまわねぇだろ、どーせ久保田とはそういう関係だし?」
 「なら、さっさとやっちまえよ、後が詰まってんだからなっ」

 「了解」

 何をされても、絶対に負けないし負けたとも思わない。
 でも…、ズボンのファスナーが下ろされていく音を聞くと、もう久保田に好きだと言えなくなる気がして怖かった。キスも抱かれることも久保田としかしたくないってそう気づいたのに…、床に抑えつれられていて走り出せなくて、それを久保田に伝えることができない。
 もっと早く気づいていれば二人きりのあの部屋で想いを告げることができたのに、こんな風に離れている今になって…、
 恋しさと一緒に…、そんな想いばかりが胸の奥に降り積もっていく…。
 時任は痛む頭を左右に振って口に入れられていたタオルをなんとかして吐き出すと、全身の力をふりしぼって身体にのしかかろうとしている不良を跳ねのけようとした。けれど、またすぐに無数の手が時任を押さえつけようとしてくる。
 それを見た周二が思わず立ち上がったが、倉庫内は時任を中心に異様な熱気に包まれていて不良達の行為を止めることはできなかった。
 時任はこれから自分の身に起こることを予想して、ぐっと身体に力を入れたが瞳を閉じたりはしていない。けれど時任の唇が助けを求めるのではなく…、好きだって大好きだって叫ぶように…、自分でも気づかない内にいつもそう叫び続けていたように…、
 ・・・・何度も何度も久保田の名前を呼んだ。
 
 「久保ちゃん、久保ちゃん…、久保ちゃん・・・・・っ!!!!」

 下半身に覚えのない感覚が襲ってきて、身体が大きく跳ねる。だがその瞬間、凄まじい破壊音とともに薄暗かった倉庫内に沈みかけている夕日の欠片が差し込んだ。
 鼓膜がしびれるほどの破壊音に、時任を犯しかけていた不良も動きを止める。
 そして、不良達がいっせいに破壊された倉庫のドアの方を向くと…、そこには背後に夕日を受けながら黒い一つの影が立っていた。

 「ずいぶん楽しそーなコトしてるみたいだけど、俺も混ぜてくんない?」
 
 そう言った久保田の声は口調はいつもの調子だったが、床に落ちている長い長い影よりも冷たく凍り付くように倉庫内に響き渡る。逆光で表情は見えなかったが、久保田から流れてくる冷ややかな空気は底知れぬ怒りと殺意に満ちていた。
 

 

                 戻   る           次  へ