同居人.17
「ただいま…」
そう言ってゆっくりとカギのかかっていないドアを開けると…、そこからは冷たい空気と静けさだけが流れてくる。いつもならそんな静けさや寒さを感じていたとしても、ちゃんと帰って来てくれるってわかってるから…、毛布に一人でくるまってテレビを見ながらゲームをしながら、じっとここで久保田を待っていられた。
けれど、今は表札には久保田の名前が書かれているのに、まるでもう帰らないことを知らせようとするかのようにクローゼットに入っていたコートや服が消えて…、買い置きされていてセッタも消えていて…、
一緒に部屋に入ってきた桜井の目の前で、呆然とリビングに立ち尽くしている。そして、そんな時任の静かに哀しそうな瞳でテーブルを見つめる視線の先には、久保田の置いたカギと時任名義の通帳があった。
少し震えている手で通帳をめくると、そこには当面生活できるだけのお金というにはあまりにも多すぎる金額がこつこつと入金され貯められている。
それは、時任一人が大学に入って卒業できるくらいのお金だった…。
そのことに気づいた瞬間、時任の瞳から大粒の涙がぽつりと落ちて…、ゆっくりと久保田の残していった通帳に染み込んでいく…。別に就職するとも進学するとも何も時任は言っていなかったのに、久保田はどちらでも選べるように準備していてくれていた…。
前に進路調査の紙を書かなくてはならなかった時、久保田は何も聞かなかったし言わなかったから…、それを寂しく思っていたけれど…、
それは関係ないとかそんなのではなくて…、きっとどちらでもいいからと口には出して言わなかったけれど、そう思ってくれていたのかもしれない…。
時任は軽く通帳を握りしめると…、哀しそうな声で久保田の名前を呼んだ…。
「こんなのもらって大学行っても、この部屋でずっと暮らしてても…、久保ちゃんと一緒じゃなきゃイミねぇじゃんか…」
通帳を握りしめたままで視線をキッチンに移すと、いつもは二つ置かれているマグカップが一つだけになってしまっている。実はそのマグカップは時任が選んで買ったもので、久保田の分とペアになっていた。
一つだけになってしまったマグカップを見ていると…、部屋に満ちている静けさが心に染みてきて…、どうしようもなく寂しくて哀しくて涙が止まらない。だから、この涙を止めるためには会いたい人の所に…、大好きな人の所に行くしかなかった…。
時任は涙をぬぐうとゆっくりと、心配そうな顔をしている桜井に視線を向ける。そして、すぅっと息を胸の中に吸い込んで、今の自分の気持ちを桜井に告げた。
「桜井に…、聞いて欲しいことがあるんだ…」
「・・・・・・・聞いて欲しいこと?」
「文化祭で付き合うことに決めて今まで付き合ってきたけど…、ちゃんと自分の気持ちがわかったから…、もう桜井とは付き合えない…」
「・・・・・・・」
「ゴメン…、ゴメンな…。あやまることしかできなくて、マジでゴメン…」
「別れたいのは、私のことが嫌いになったから?」
「違うっ、そうじゃなくて…。俺にはちゃんと好きなヤツがいるって気づいたから…、だから…」
「その好きな人は、やっぱり久保田君なの? 女の私じゃなくて、男の久保田君が好きだから別れたいって言うの?」
「男だからとか女だからとかじゃなくて…、俺は久保ちゃんが…」
時任がそう言いかけると、桜井は泣き出しそうな顔をしてキッチンまで行ってさっきまで時任が見つめていたマグカップを手に取る。そして取っ手の部分を人差し指だけで持って、時任の前にすうっと差し出した。
久保田とおそろいのマグカップが今にも桜井の手から落ちそうで、時任は思わずキッチンに移動しようとする。だが時任が近づこうとすると、桜井はじっと時任の方を見つめながらカップを落とすような動作をした。
「・・・・・・別れるなんてイヤよ」
「桜井…」
「私のことを好きになんてならなくていいから、別れないで付き合って…」
「好きにならなくていいって…、それじゃ付き合ってるイミなんかねぇじゃんか…」
「意味がないなんてそんなことない。好きになんてなってくれなくても、そばにいられるだけでいいわ…。それに、たとえ好きだとしても同居してても、久保田君が時任君と同じ意味で好きだとは限らないでしょう?」
「それはそうかもだけど…、それでもやっぱダメなんだ…」
「どうしてもなの?」
桜井の問いかけに時任がうなづくと、マグカップは桜井の手から離れて派手な音を立てて床へと落ちる。すると、カップは元の形を失って破片になった。
もしかしたら、久保田の後を追いかけたとしても…、また嫌いだと言われてこんな風に心が壊れてしまうのかもしれない。けれど、自分の気持ちに嘘をついて桜井と付き合い続けることなんてできなかった。
ずっとずっと一緒にいたいと思うこと…、特別でいたいとそう感じること…。
それはとても不確かな形だったけれど、きっとそれはただどうしようもなく好きだっただけなのかもしれない…。なのに、男同士だからとかそんな枠の中に押し込めて、同居人で相方だからということに安心してしまっていた。
今、一緒にいるからこれからもきっと離れることなんてないと想い込んでいたから、自分の想いがどんなものなのかなんて考えたこともなかった…。
けれど離れたくないと想うなら…、そう久保田に言わなくては一緒にはいられない。
好きだと想うなら…、そう叫ばなくては心は手に入らない…。
だから、たとえまたさよならを告げられてしまうかもしれなくても…、可能性がゼロだったとしても…、
好きだって…、大好きだって伝えたかった…。
時任はマグカップを割ったことを責めずに…、もう一度、静かに桜井にゴメンとあやまると出て行った久保田を探すために玄関へと向かう。けれど、桜井は後を追ってきて、久保田の所に行かせないように時任の腕にぎゅっとしがみついた。
腕にしがみきながら時任を見上げる桜井の瞳は、さっきの泣きそうな表情が嘘だったかのように怒りに満ちた表情をしている。だが時任はそんな桜井の瞳を見つめながらも、その手を振り切ろうとした。
すると桜井は腕を放して走って、時任を追い抜いて玄関のドアの前に立つ。
そして…、そこから時任を鋭く睨み付けた…。
「また…、私をフルつもりなの?」
その言葉を聞いた時任は、ハッとした顔をして桜井の前に立ち止まる。
桜井のことをフルのは本当のことだったが、付き合ったのは初めてのことなので当たり前にまたフルのではなかった。なのに桜井は違和感を感じないらしく、自分がまたと言ってしまったことに気づいていない。
少しの間、そんな桜井のことを時任はじっと見つめていたが…、
桜井が告白した時、そこにいたのは時任だけでなかったことと…、お昼の弁当を二人分作ると言っていたこと…。そして好きじゃなくても付き合って欲しいと言ったことと…、またフルつもりなのかと言ったこと…。
思い出せる全部を一緒に考えてみると、何かが見えてくる気がした…。
そばにいられるだけでいい…。
そう桜井が言ったのは、本当は時任のことじゃない…。それに気づいた時任は小さく息を吐いて…、それから真っ直ぐに桜井を見つめ返した。
何があったのかはわからなかったが、桜井は好きじゃない人と付き合ってでもそばにいたい人がいる。けれど、もしも時任と桜井の立場が逆だったとしても、そんな風に嘘をつきながらそばにいることなんてしたいとは思わなかった。
どんな理由があったとしても人を傷つけて自分を傷つけて…、それでいいはずなんてない…。時任は手を伸ばして強引に桜井を横に避けさせると、素早く靴を履いてドアを開けた。
「自分の気持ちに嘘をつくくらいなら、フラれても何度でも好きだって言ってやる…。たとえ想いが届かなくっても、たぶんその方が泣いた分だけ笑えるって気ぃすっから…」
それだけ言い残すと、時任は桜井の横をすり抜けて走り出す。前は走り出そうとして立ち止まりかけたりしていたけれど、自分の気持ちに気づいた今は真っ直ぐに行きたい場所に向かって走るだけだった。
だが…、時任がマンションから出た瞬間、近くに止まっていた紺色の車がそれを待っていたかのようにゆっくりと発進する。そして、それをまるで知っていたかのような表情で、ドアを開けて廊下に出た桜井が四階から眺めていた。
「そばにいさせてくれたら、このままここに一緒にいたらこんなことにならなかったのに…。私をフったりする時任君が悪いのよ…」
そう言った桜井の目の前で、男に白い布で口を塞がれて気を失った時任が背後にいた紺色の車に担ぎ込まれる。桜井はそれを何もせずに見ていただけだったが、その瞳は後悔に似た悲しそうな色が浮かんでいた。
けれど、そうしている間にも時任を乗せた車は、マンションから久保田から遠ざかっていく…。このままでは久保田にも桂木達にも誰にも知られることなく、時任はどこかに連れ去られてしまいそうだった。
だが、実はマンションのあるコンビニの前でマンションの様子を見張っていた人物が一人いたのである。それは廃ビルの事件に巻き込まれてから、暗く落ち込んでいた藤原だった。
「なんで…、なんで僕ばっかり…っ」
藤原はそんな風にぶつぶつと呟いていたが、通りかかったタクシーを止めて運転手に時任を乗せた車を追うように言う。そしてイライラした様子で携帯をポケットから取り出して、桂木の携帯に電話をした。
「時任先輩を助けるために電話をするんじゃなくて、廃ビルの借りを返すだけですからっ」
まるで自分への言い訳のようそう言うと、携帯に出た桂木に時任がさらわれたことを告げる。実は学校からマンションに来ていたのも、久保田に会うためではなく時任にあの時、なぜ助けたのかをもう一度だけ聞きたかったからだった。
けれど藤原の目の前で時任はさらわれてしまって、それを聞くことはできない。
警察が来て騒ぎが収まり廃ビルでの事件は終わりを告げたかに見えたが…、やはりまだ何も解決していないようだった。
「どうした? 誠人」
「いんや…、べつに」
片手に青いマグカップを持った久保田は、さっきから松本の入れたコーヒーを飲みながら窓の外を眺めている。けれど、その窓の外の風景が学校でもマンションのものもないのは、ここが松本の自宅だからだった。
時任と暮らすマンションを出た久保田がここにいるのは、とりあえず泊まる場所を探そうと思っていた時に松本から電話がかかったせいで別に意味はない。松本が廃ビルでの事件のことを聞きたいというので、話す代わりに泊めてくれと言っただけだった。
だが久保田が松本に話した内容は、桂木が話したものとそれほど違わない。話を聞き終わった松本も、久保田と同じようにコーヒーを飲みながらまだ小雨が降り続いている窓の外を眺めた。
「執行部については前に話した通りだが…、何も時任と別れることはないだろう」
「時任のことと、今回の事件は関係ないよ。それに付き合った覚えなんてないから、別れるもなにもないんだけど?」
「本当にそうなのか?」
「同居人で相方で、それ以上でも以下でもないしね」
「だが、本当にお前もそう思ってるのか?」
「・・・・・・さぁ?」
松本の問いかけに、久保田はまともに答えないし返事もしない。けれど、窓の外に向けられている視線は、ここにはいない誰かを想うように悲しい色を浮かべていた。
久保田の手に時任とおそろいのマグカップがあるのは、一度マンションを出てからわざわざ取りに戻ったからである。このマグカップには時任との思い出が詰まっていて、だから置いて行こうと思っていたけれど…、逆に思い出が詰まっているから置いていけなかった。時任が最初に二人でおそろいで買おうと言ってくれたものだから…、割ることも置いていくこともできなかった…。
さよならをいくら告げても、なんど自分の手で時任を突き放しても…、
二人で過ごした日々を…、あたたかな日々を捨てることなんてできなくて…、
マグカップでコーヒーを飲んでいる今も…、胸の中に抱きしめ続けていた…。
けれど、マグカップを取りに戻ったせいで、いくら時任の笑顔を思い出そうとしても脳裏には見たくなかった光景が焼きついてしまっている。自分以外の誰かとキスする時任を見た瞬間の胸の中がじりじりと焼けていく感覚と、抱きしめようとした腕で抱き殺してしまいそうな衝動が愛しさに混じって憎しみを生み続けていた。
強すぎる嫉妬と独占欲で心が平衡感覚を失って目が眩んで…、苦しさと痛みが全身に広がっていく…。自分以外の誰かに時任を奪われるくらいなら、あの部屋にあるベッドに無理やり身体を押し付けて犯してやりたかった…。
犯して自分のすべてを刻み付けて…、自分だけのものにしたかった。
けれど、いつも見つめてくる時任の瞳があまりにも真っ直ぐで綺麗すぎて、その瞳を見つめ返していると汚れた自分の手のひらを見つめていることしかできなくて…、
愛しい人の瞳に涙を浮かべさせることしかできなかった手のひらには…、醜く歪んだ想いだけが残っていた…。
久保田は口元に薄い笑みを浮かべると、すぐ近くにいる松本の顎に手を伸ばす。すると、松本は久保田の行動に驚いてビクッと身体を揺らせた。
「な、なんの真似だっ?!」
「ねぇ、松本…。俺とキスしてくんない?」
「俺はそういう冗談は好きじゃないっ」
「うーん、ジョウダンで言ってるんじゃないんだけどなぁ」
「正気か?」
「一応ね」
「だったら聞くが…、本当に俺とそういうことをしたいと思ってるのか?」
久保田の口から出た信じられない言葉に松本が額に汗をかきながらそう言うと、久保田が顎から手を離して珍しく小さく声を立てて笑い始める。けれど、松本の方は笑わずに真剣な表情のままだった。
中学の頃からの付き合いだが、久保田が松本にその手の冗談を言ったことは一度もないし、そんな気分になったこともない。今はお互いに男を好きだったが、それは相手が橘…、そして時任だったからに過ぎなかった…。
「ココロよりも、カラダの方がほんっと正直なんだよねぇ。時任なら昼でも夜でもいつでも立つけど、松本だったら朝でも立たないし?」
「・・・・・お前な」
「もしかしてショック?」
「バ、バカを言うなっ!そんなワケないだろうっ!」
「だろうね」
「それに…、俺だってお前相手に立ったことはないっ」
「ふーん、橘だけ?」
「そ、そんなことは今の話に関係ないし、どうでもいいだろうっ。それに、そんなことよりも俺はお前に聞きたいことがある」
「なに?」
「今日話した…、例の件のことなんだが…」
松本はそう執行部の件について話を切り出そうとしたが、久保田は何かに気づいたように窓から室内の方に視線を向けている。その視線の先には机があって、横の壁には生徒会本部のメンバーの写真や橘の写真が飾られていた。
しかし視線はそれらを眺めているわけではなく、一つの写真の上に止まったまま動かない。不審に思った松本が話をするのを後回しにして、久保田の見ている写真を見てみると…、そこには生徒会本部のメンバーと見慣れない顔が数人写っていた。
「ああ、この写真は今年の春に本部であった講習会の時の写真だ」
「講習会って?」
「前年から継続して本部にいる者もいるが、春になると新しいメンバーも増える。それで本部の職務についての説明会を兼ねて、毎年、執行部と本部のOBを招いて講習会をするんだ」
「ふぅん、じゃあ見慣れないカオは全員OB?」
「ああ…、本部は前年度の会長を呼ぶことになっているが、執行部の方は初代の部員を呼んでいる。ちょうど橘の隣に立っているのが、お前達の先輩にあたる初代執行部のOBだ」
「初代って言うワリには、かなり若そうだけど?」
「初代と言っても、お前よりも四期前の執行部だからな。つまり執行部が出来てから、まだ歴史はかなり浅いということだ…」
「なるほどね…」
松本が言った橘の隣に立っている人物…。
その人物は写真を見ただけでも、尋常じゃないほどの存在感が感じられる。初代の執行部がどんなものなのかはわからないが、やはり執行部はそれなりに実力のある人物しか勤まらないようだった。
久保田がその写真を壁から取っている間も、松本はその人物について話を続けている。どうやらその人物は、執行部が出来ることになった事情に深く関わっているらしかった。
「執行部は今こそ校則第五条に権利を保障されているが、執行部が出来た当初はそんな校則はなかった。だから、公務を執行するのにも色々と制限が出てきて、かなり苦労していたらしい…」
「…で、執行部の権利を守る校則を作ったのがこのヒト?」
「そうだ。この校則を作ることになったのには何か事情があるらしいが…、それは本部にも資料が残っていないし本人も話そうとはしない。だが、こんな無茶な校則を生徒会本部と生徒総会で承認させられるくらいの出来事だったことは確かかもしれん…」
「校則第五条の謎…ね」
「この校則のおかげで執行部の権利は保障されているが、今は逆にやりすきだと批判を受ける原因にもなっているのが現状だがな…」
松本の言葉通り第五条がなければ、それを見た女子生徒の保護者が不審に思って眉をひそめることもないのかもしれない。しかし第五条が公務を執行する上で、大きな効果と役割を果たしているのは確かだった。
腕章をつけていれば…、執行部を阻むものは何もない…。けれど、もう久保田の腕には執行部の証である腕章がつけることもないのかもしれなかった。
「執行部員だからこそ執行部を潰したいって…、そういうコトかもね?」
そう呟きながら持っている久保田が眺めている写真には、初代執行部の男が橘の隣に写っていた。けれど、その男の顔を久保田は写真を見る前から知っている。
初代執行部と橘と…、そして校則第五条…。
写真の男は廃ビルで時任の首をしめながら、久保田の目の前で笑っていた…。
執行部を作った男が、自分の手で執行部を潰そうとする。その理由がなんなのかはわからなかったが、やはり一緒に写っている橘が関係しているのかもしれなかった。
久保田はバシッと軽く写真を指で叩くと、男の名前を松本に尋ねようとする。しかし、そうしようとした瞬間に、久保田の携帯の着信音が勢い良く鳴り始めた。
鳴り始めた携帯を久保田がポケットから取り出すと、ディスプレイには登録されている名前ではなく電話番号が出ている。その番号は、学校から家に帰っているはずの執行部の桂木からだった。
『時任が…、時任が何者かにさらわれたわ…』
いつもより低い桂木の声は、時任の身に起こったことを久保田に知らせる。その知らせを聞いた久保田は、ぐしゃりと無言のまま手に持っていた写真を握りつぶした。
もしも、あのまま時任のそばに留まっていたら、時任はさらわれたりしなかったかもしれない。あそこから立ち去らずにあの部屋で抱きしめていたら…、大切な人を奪われることはなかったかもしれない…。そんな風に考えると…、自分以外の誰かが時任を壊すというのなら…、
泣き叫ぶ時任を、自分の手で壊したかった…。
時任がさらわれたと聞いて、そんなことしか想えない感じられない自分自身を自嘲して反吐を吐きながらも、汚れた手でそんな止まらない痛みを抱きしめ続けている。どんなに離れていてもさよならを何回告げても、それでも心も身体も時任だけしか愛せない…。
だから…、このまま桂木達にまかせて携帯を切ることは出来なかった。
桂木からの連絡で藤原からの情報を聞き終えると、久保田は脱いでいた黒いコートを羽織る。するとそんな久保田の様子を見ていた松本は、深く息を吐きながら眉間に皺を寄せた。
「こんなに執行部員を狙った事件が多発するとなると…、本部が動く前に思ったより早く自然に廃部する方向でことが動くかもしれん…」
久保田の耳に松本の声は聞こえていたが、何も答えたりはしなかった。
本部が動こうと生徒の親が動こうと、執行部が廃部になろうとどうなろうとどうでもいい。時任さえ無事でいてくれたら…、それで他のことはどうでもよかった
執行部員として戦っている時も時任のことしか見えていなかったから、荒磯の校則でも治安でも平和でもなく…、いつだって時任の背中しか守ってこなかった…。
久保田は松本の部屋のドアを開けると一通の封筒を投げる。その投げられた白い封筒を松本が見ると、そこには退学届と書かれていた。
「誠人っ!!!!」
松本が呼び止めたが、久保田は振り返らずにドアを閉じる。
執行部員でも荒磯の生徒でもなくなった久保田は冷たい空気と暗闇をまといながら…、一人で夜の街を歩き出した…。
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