ダブルキャスト.8



 
 目の前にあるのは階段…。
 しかも、俺はこの階段の上から落ちた。
 けど、なんで落ちたのかって聞かれると何も答えられない。その事を俺と稔の分の湿布をもらいに行ったついでにオカマ校医に言うと、落ちた時のショックで忘れてるだけだって言ってた…。
 そう言われれば確かにそうかもだし、別に階段から落ちたコトが俺が二人になった理由だって決まったワケじゃない。だから、こうやって階段を眺めてても何のイミもねぇのかもだけど、なぜか妙に落ちた理由が頭のどこかに引っかかって気になって仕方がなかった。
 どうせ何もなくて、理由はフツーにすべったかコケたかってトコなのに気になる。
 それに落ちた理由をアイツに、稔に聞いた時の反応も少し気になっていた。
 
 『・・・・・・・・・、俺もオナジで落ちた後しか覚えてねぇしさ』

 稔はそう言ったけど、答えるまでに妙な間があったのを覚えてる。
 そして、その時の表情はたぶん…、何かに気づいた時の表情。
 でも、もしもホントにそうなら、なんで俺に何も言わなかったのかはわからなかった。
 気づいても別に言うほどのコトじゃなかったのか…、それとも…、

 ・・・・・・・・俺には言えないコトだったのか。

 誰にでも言えない事とか、言いたくない事とかはある。
 だから、稔にもそーいう事があっても何もおかしくない。でも、そんな事はあり得ないと思いながら、いつの間にか俺らは同一人物だって認めてたせいなのか、なんか裏切られた気分になった…。
 俺らはオナジだから、言わなくてもわかってる。
 俺が考えてる事は稔に、稔の考えてる事は俺にはわかるはずだった。
 なのに、その時だけは俺には稔が何を考えてるのか、全然わからなかった。

 「そうかもしれねぇってだけで、俺は俺でアイツはアイツだし…。そうだよな、わかんねぇコトがあっても当然なんだよな」
 
 目の前にあった階段を上まで登りきって、そう呟くとなぜかため息が出る。
 このまま何もわかんねぇままなのはイヤだし、ホントの事は知りたいけど…、
 俺は落ちた時の事を思い出そうとしながら、まるでコピーしたみたいにソックリだった俺らの線がほんの少しだけズレたような…、そんな妙な感覚に捕らわれていた。
 でも、それをイヤだとはカンジてない…、そんな風には思ってない。なのに、なぜかこの階段の上に立つと雨が降ってきそうな、今日の空みたいにどんよりと憂鬱だった。
 ・・・・・・なんかユウウツ。
 そんな気分にらしくなく、またため息をつきかけると下の階から誰かが階段を登ってくるのが見える。けど、それが誰なのかは顔を見るまでもなく俺にはわかった。
 ・・・・・・この、少しテンポのずれた足音は久保ちゃんだ。
 俺がじっと久保ちゃんが来るのを待ちながら足音を聞いてると、久保ちゃんは階段を登る途中で足を止める。そして、階段の途中から上にいる俺の方を見上げた。
 「あれ、そんなトコにぼーっと突っ立ってどした?」
 「んー…、ちょっち考えゴト」
 「ふーん」
 「そういう久保ちゃんは、今までドコ行ってたんだよ?」
 「ちょっと、ね」
 「・・・・・・あっそ」
 久保ちゃんが聞いても答えてくんねぇ時は、どんなに聞いてもムダ。
 だから、俺はそれきりドコにいたのか聞かなかった。
 でも、聞かなくても気にならないワケじゃない。
 俺は再び階段を登り始めた久保ちゃんを、更に憂鬱な気分でじっと見つめた…。
 けど、なんでだろ…。
 なんか、それでも別にいつもと変わんねぇのにイヤなカンジ。俺を見つめ返した久保ちゃんを上から眺めてると、憂鬱な気分もイヤなカンジもなくならずになぜか強くなった。
 階段の上と下…、その間にある数段の差…。
 久保ちゃんが一段の差を残して、また立ち止まる。
 だから、俺は一段上から少し低い位置にある久保ちゃんと視線を合わせた。
 「何か元に戻れそうな手がかり見つかった?」
 「・・・何も」
 「そう」
 「こういう状況自体マジであり得ねぇし、やっぱそう簡単にはわかんねぇよな…」
 そう言いながら俺の視線と久保ちゃんの視線が近い…、近すぎる場所でぶつかる。けど、その視線から俺が何かを読み取る前に、久保ちゃんの顔がすっと横にそれて俺の耳元に聞きなれた声が響いた。
 「今日の見回り当番は、松原と室田に代わってもらったから…」
 「…って、なんでだよっ!」
 「こんな状況だし、階段から落ちたトコまだ痛いでしょ?」
 「た、確かに手がかりとか探してて気になってるし、落ちて打ったトコも痛ないっつったらウソになるけど、別に見回りくらい…っ」
 「それに稔を一人でウチに置いてきちゃってるから、早く帰りたいし」
 「・・・・・・あ、うん」
 「これから稔と一緒に買い物に行く予定だけど、時任も一緒に来る?」

 稔と一緒に・・・・・・・。

 そう言った久保ちゃんに俺は「もう少し、ココにいる」と言って首を横に振る…。すると、久保ちゃんは「そう、じゃあ先に帰ってるから…」って言って、最後の一段を登って俺の横を通り過ぎた。
 俺と稔は同じかもしれなくて、けれど俺は俺で稔は稔…。
 でも、久保ちゃんは?
 久保ちゃんの目には俺と稔がどんな風にうつってるのか、久保ちゃんが俺達の事をどんな風に想ってるのか…、振り返らずにじっと目の前の階段を見つめながら、俺はいつの間にか階段を落ちた理由よりもその事ばかりを考えていた。
 「なんか…、何もかもワケわかんねぇよ…っ」
 久保ちゃんの足音が聞こえなくなってから、そう言って近くの壁を軽く殴る。すると、誰からも返事が返って来ないと思っていたのに、近くから返事があった。
 だから、驚いて振り返ると久保ちゃんがいなくなったのと入れ違いに、桂木がこっちに向かって歩いてくるのが見える。俺のいるトコまで来た桂木は立ち止まって壁を殴った拳を見ると、少し何か考えるような表情をして小さく息を吐いた。
 「何もかもって、何がわからないのよ?」
 「…って、いつからソコにいたんだよっ、桂木っ」
 「今、来た所だけど? その様子だと来きゃマズかったかしら?」
 「べ、べっつにそんなコトねぇけど…」
 「そう?」
 桂木は俺の身に起こった事を知らない…。この事を知る人間は少ない方がいいって事で、結局、知ってるのは本人である俺と久保ちゃんと五十嵐だけだった。
 だから、稔は久保ちゃんが言った通り転入生として、俺の双子の妹として学校に通う事になる。その事を久保ちゃんか五十嵐から聞いた桂木は、さっそく階段の前に一人で立ち尽くしていた俺にその事を聞いてきた。
 「明日から来る転入生…、時任の妹だって本当なの?しかも、双子だって聞いたわ。ずっと離れて暮らしてたけど、今度、一緒に暮らす事になったからって…」
 「あぁ、俺と同じ名前で稔っていうんだけど、マジでソックリ」
 「そう…。もしかして、そんなトコに突っ立ってんのって、その事と久保田君が先に帰った事が原因?」
 「はぁ? なんで俺がココに立ってるだけで、そーなんだよっ」
 「んー…、なんとなくね?」
 「なんとなくで言ってんじゃねぇっつーのっ」
 そう言いながら…、なぜか桂木の言った事に違うとは言えない。
 違うはずなのに、違うって言えない。それにホントは久保ちゃんが先に帰らなかったんじゃなくて、俺が久保ちゃんと一緒に帰らなかっただけだった…。
 ただ、いつもみたいに一緒に帰ってれば良かっただけなのに…、
 自分で帰らないって首を横に振ったせいで、俺はココに一人でいる。
 だから、俺が一人なのは久保ちゃんのせいでも稔のせいでもない。
 ・・・・・自分のせい。
 けど、そう思ってても俺の拳は壁に八つ当たりをしていた。
 
 「たがら、なんだってんだよ…、一体…っ」

 俺が壁を殴った拳を見つめながらそう言うと、桂木はそれ以上は何も聞かずに軽く俺の肩をポンと叩く。そしてどこから出したのか、その手に白いハリセンを持った。
 ハリセンを構えた桂木は、俺に向かって執行部の青い腕章を投げる。
 そして、自分の腕にも同じ青い腕章を付けた。
 「さっき本部から大塚達とは別のグループが、体育倉庫で何か悪事を働いてるって情報が入ったわ」
 「・・・・今日の見回り当番は松原と室田だろ?」
 「けど、今は別件で出動中よ」
 「…ったく、せっかくの非番に人使いが荒すぎだってのっ」
 「行くわよ、時任」
 「おう…っ」
 俺は返事をすると、青い腕章を腕につける。
 そして、久保ちゃんじゃなくて桂木と公務に向かった。
 久保ちゃんが本部に呼ばれてたり、いなかった時はこういう事がたまにある。けど、桂木が俺に声をかけてきたのは、たぶん公務が理由じゃない。
 壁を殴った俺の事を、桂木は心配してくれていた…。
 「サンキュー…、桂木」
 「あら、あたしは別にアンタに礼を言われるような覚えはないわよ」
 俺が礼を言うと、桂木はそう言って執行部の紅一点らしくニッと不敵に笑う。
 だから、俺も執行部らしくニッと笑い返して歩き出した。
 けど、どうしても先に帰った久保ちゃんの事が頭から離れなくて、そして久保ちゃんが帰ってくるのをウチで待ってる稔の事が気になって…、

 俺は体育倉庫で、らしくなく不意打ちを食らって頬を一発だけ殴られた。





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