ダブルキャスト.7
「あ〜あ〜〜〜…」
俺が二人になってから、二日目の朝…。
ため息混じりに気の抜けたような声を出して、リビングの床に寝転がる。
すると、そんな俺の前にあまり見たくないモノが置かれていた。
ソレは昨日、オカマ校医に無理やり一緒に買い物に連れて行かれて買わされたモノで…、こんな間近で見たのは始めてのモノ。そして、二日前までは必要のなかったモノ…。
うぅ…、バスルームで自分の全身をうっかり鏡で見ちまった時もショックだったけど、なんかコレみるたびに落ち込む。オンナってのはマジで全員、こーいうの着てんのかな…っつーかっ、別に着なくてもいいんじゃねーの?
俺はそんな風にココロん中でブツブツ言いながら、足でソレを蹴飛ばしたっ。
「早くオトコに戻りてぇぇぇっ!!!」
力いっぱいっ、天井に向かってそう叫ぶとまたグッタリとなる。けど、いくら例のブツを足で蹴飛ばしても、目の前にある現実からは逃げられなかった。
目の前にある…、ぶ、ブラジャーとかいうヤツから…っっ。
昨日、俺がぜっったいにコレ着ねぇっつったら、オカマ校医が着ないと学校へニセモノの転入手続きしねぇとか言いやがるし、久保ちゃんも着ないなら外出すんなって言うしっ、マジでサイアクっ! くそぉっ、なんで俺様がこんなモン着なきゃなんねぇんだっ!!
ガッコの制服も…、スカートだし…、
あぁぁぁぁっ、マジで誰かどーにかしてくれっっ!!!
・・・・・とかココで叫んだとしても、今は誰からも返事は返って来ない。それはもう一人の俺…、時任と久保ちゃんは学校に行ってて部屋には誰もいないせいだった。
つまり俺は留守番中ってワケなんだけど、一人で居るとなんかため息ばっか出る。
今は夜じゃなくて昼間だけど、一人きりでいる部屋はやけに静かだった。
学校ではそろそろ昼メシ時で、購買でパンを買ってる頃…。
たぶん俺は焼きそばパン買って、久保ちゃんはメロンパンかフツーにクリームパンとかかも? そんで今は冬で屋上には行かねぇから、いつもの資料室か生徒会室で食ってんのかな…。
ずっと一人で悩んでてもしょうがねーし、かわりにそんな事を考えながら勢い良く床から起き上がる。そして、久保ちゃんが用意してくれてた昼メシを俺も食う事にしたけど、テーブルの上に置いてあったコンビニ弁当を見るとまたため息が出た。
「焼きそばパンもいいけど…、こっちのもウマそうなんだけどな」
確かにウマいはずなのに、半分くらいでハシが止まって食べられなくなる。
考えればすぐに久保ちゃんとかアイツとか、今はどうしてて何してんのかってなんとなくわかるけど…、何かどこかが不安だった…。
授業はノートがあるから一日や二日行かなくてもヘーキだし、執行部はアイツがいるから問題ないし…。けど、なのに不安なのはやっぱオンナになっちまってて、オトコに戻れないからなのか、それとも他に何かあんのか…、
そう思いかけてなぜか、ふとアイツが俺に聞いてきた事を思い出した。
『なぁ…、なんで階段から落ちちまったのか覚えてるか?』
・・・・・俺の腰のあたりにあるアザ。
それが出来たのは階段から落ちたからだけど、階段から落ちたワケはわからない。だから、なんでだって逆に聞き返したら、アイツは首を横に振って俺も知らないって言った。
俺らが思った通り同一人物だったとしたら、俺が知らなかったらあいつも知らないのは当たり前…。俺が知らないコトはアイツも知らない…。
でも、二人で落ちたワケを思い出そうとアレコレ言ってる時に、実は少しだけ気づいたコトがあった。
『階段から落ちたってのも、実は良く覚えてねぇしな…。どこかにカラダをぶつけて痛いって思ったのは覚えてっけど、気づいたら落ちてたってカンジだったし…』
アイツは階段から落ちた時のコトをそう言った…。
でも、俺は落ちた瞬間じゃなくて、落ちる瞬間を覚えてる。ふわっとカラダが浮いてるカンジがして、次に落ちる…って思って、そしてなぜかその時、妙に視界がぼやけてたような気もした…。
けど、それは記憶が曖昧だからぼやけてるだけかもしれない。
だから、アイツにはそのコトを言わなかった…。
言わないで…、落ちた瞬間しか覚えてない事にした。
・・・・・・ほんの少しの、ほんのわずかな俺達のズレ。そこに何があるのかはわかんねぇけど、カラダのコト以外で俺とアイツの違う所を見つけたのはコレが始めてだった。
「けど、コレくらいじゃ…、なんにもわかんねぇよな…」
アイツは今日、落ちた階段に行ってみるって言ってた。だから、俺もホントは一緒に行きたいけど、すぐ目の前に障害物があって行けない。
俺様の目の前にあるショウガイブツ…っ、その名もブラジャー…。
こんなモン絶対に着るかって思ってたけど、ガッコにも行けないし外出も出来ないならカクゴ決めて着るしかないっ。このまま、ずっと久保ちゃんやアイツに任せてココでじっとしてるつもりはなかった。
俺はブラジャーの前に正座すると、ゆっくり手を伸ばして掴む。
そしてトレーナーを脱ぐとオカマ校医が言ってた通りに、試しに着てみた。
う……っ、きつくて苦しいっっ。
始めて着たオンナ物の下着はきつくて苦しくて息が詰まりそうで、着たばっかなのにすぐにでも脱ぎたい気分になる。でも、外とかガッコとかにいる間はずっとしてなきゃなんねぇから、訓練のためにそのままでじっと耐えた。
けどオンナって…、マジでいつもこんな窮屈なモン着てんのかよ…っっ。
信じらんね…っっ!
なんて、ブツブツ言いながら訓練してると、急に近くで大きな音がしてビクっとカラダが震える。別に何も悪いコトはしてねえけど、何か悪事の現場を見られたみたいなカンジでビックリして心臓が破裂しそうなほどバクバクした。
ちゃ〜ららっ、らっら〜♪ ちゃら、らっらっら〜♪
「…って、ケータイが鳴ってるだけじゃんっっ」
ジーパンにブラだけってマヌケな格好で、ソファーの上に置いてたケータイを見る。
すると…、電話してきたのは久保ちゃんだった…っ。
あわててケータイを掴んで通話ボタンを押すと、耳に久保ちゃんの声が聞こえてくる。
けど、その声はまるでさっきまでの俺の様子を見てたみたいに笑ってた。
「着心地はどう?」
「とかってっ、い、いきなり何言ってんだっ! あんなモンはぜっったいに着ねぇっつっただろっ!」
「でも、着てるんデショ?」
「な、なんで、そんなコトがわかんだよっ」
「んー、なんとなく? ケータイに出た瞬間に、何かあわててたみたいだったから」
「う…っ」
「なーんて、あれ? ジョウダンで言ったのに、もしかしてホントに着てた?」
「〜〜〜っっ」
「稔?」
「そんなにブラが気になんならっ、てめぇが着てろっっ!!!!」
「うーん、そう言われても俺ってAAカップくらいで胸ないし? 寄せて上げてもムリそうだから、ブラするならせめてもう少しないと、ねぇ?」
「…って、そういう問題かぁぁぁぁっっ!!」
く、久保ちゃんがヘンなコト言うからっ、妙な想像しちまったじゃねぇかっ!!
うううっ、あまりのブキミさに口から砂が…っっっ。
見たくない…っ、ブラする久保ちゃんなんか太陽が西から昇っても見たくねぇぇぇ…っっ、とかって心の中で絶叫した俺は、うっかり窓ガラスに写ってる自分の姿を見ちまってガックリとうなだれる。
くそぉっっ、久保ちゃんだけじゃなく俺のブラ姿も見たくなかった…っっっ。
・・・・・・・マジでサイアクだ。
でも、ガックリとうなだれて落ち込んでる俺の耳に、さっきみたいにからかってる時とは違う久保ちゃんの静かな優しい声が聞こえてくる。それを聞いてるとなぜか落ち込んでたのも、さっきまでの不安も何かに消えてくカンジがした…。
「今日は松原と室田に見回り当番、代わってもらったからさ。帰ったら二人で買いモノにでも行こっか?」
「えっ、でもいいのか?」
「うん。今日の晩メシもついでにね」
「だったら、今日はキムチチャーハン食いたいっ」
「了解」
そんな会話を二人でしながら…、俺は少しだけアイツのコトが、時任のコトが気になってる。こうやってケータイで話してる久保ちゃんの横にいるのかどうかは知らねぇけど、さっき久保ちゃんは買いモノに行くのに三人でじゃなくて…、二人でって言った…。
けど、いつもは二人だから言い間違えただけかもしんねぇし、ホントは二人じゃなくて三人で行くのかもしんねぇし…、
だから、俺は二人って言葉にひっかかりをカンジながらも、そのまま何も聞かずにケータイを切った。すると、消えたはずの不安がまた胸の奥に湧いてくる。
今はブラの中に納まってる…、胸の中に…。
「なんか…、苦しい…」
胸が苦しいのは、ブラでしめ付けられてるからだけど…、
この苦しさが全部ブラのせいだって、なぜかそう言い切るコトができない。電話ではいつも通りに普通に話してても、オンナになって胸が膨らんでから…、俺は久保ちゃんと話すたびに少しずつ胸が苦しくなっていっていた。
けど、ブラをはずして両手で自分の胸を肩を抱きしめてみると、この苦しさはどこかでカンジたことがあるような気がする。胸が何かでいっぱいになって、いっぱいになりすぎてあふれ出ししそうな苦しい…、カンジ…。
でも…、一体どこで?
その問題の答えが、落ちた階段のある場所に落ちているのか…、
それとも、もっと別の場所に落ちてるのかはわからない。
けれど、一番わからないのは…、久保ちゃんと一緒に居たいと思ってるはずなのに、同じくらい一緒にいたくないと心のどこかで思ってる自分自身だった…。
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