ダブルキャスト.6
「静かだな…って、眠ってるから当然だけど」
寝室の狭いパイプベッド…。
その上に寝転がったままの状態で、小声でそう呟いてため息をつく。
けど、そんな俺の横で眠ってる時任の寝顔は、頬が緩んでて笑ってて楽しそう…。ついさっきまで女のコな時任…、稔と格ゲーで対戦してたから、その続きでも夢で見てるのかもしれなかった。
勝敗は二人とも10勝10敗だったかな…。
やっぱり、時任同士だと格ゲーの強さも互角らしい。得意な使用キャラも一緒で同じキャラの1Pと2Pで戦ってるのを見てると、テレビの中のキャラとその前で座ってゲームしてる二人の姿がダブッて見えた。
そんな風に二人が一緒にいるのを見ていて一番不思議なのは、どうやらいつの間にかお互いになんとなく同一人物かもしれないって考えてるってコト…。初めはどっちがホンモノかって言い合いが続きそうだったのに、どちらも時任だとお互いを認めてしまうとあっさりとまるでホントの兄弟みたいに仲良くなった。
「そーいや、時任の好みのタイプって自分だったっけ…」
新聞部の取材だったか何だったかは覚えてないけど、時任がそう言っていたのをぼんやりと思い出す…。
んー…、そうなるともしかして俺って用済み?
なーんて、笑いながら眠ってる時任の横で、枕元に手を伸ばしながら苦笑する。枕元に手を伸ばしたのは、そこにセッタが置いてあるからだけど…、時任が少し唸って身じろぎしたから、そのままの姿勢で手を止めた。
「くぼ…、ちゃん・・・・・」
少し甘えたカンジの…、時任の寝言…。
笑ってるから稔の夢でも見てるのかと思ったのに、名前を呼ばれて口元が少し緩むのをカンジた。それから、自分の素直な反応にまた苦笑して、黒くて柔らかい時任の髪を起こさないように気をつけながら…、セッタに伸ばしかけてた手でそっと撫でる。
最近はこうやって一緒に寝るコトもほとんどなくなってたけど、前はたまにこうやって一緒に眠ってた。この部屋に一つしかない寝返りも打てない狭いベッドで…、こんな風に髪を撫でたりしながら…。
でも、俺の腕の中で時任があんまり無邪気な顔して、安心しきった顔して無防備に眠ってるから、俺は一緒のベッドで眠るのを避けるようになった…。
オンナノコの時任の…、稔のアザを調べた時、衝動的に抱きしめたくなったけど…、
・・・・・・・・ホントは。
そう心の中で呟きかけて、髪を撫でていた手を止める。
すると時任がくすぐったそうな顔をして、眠ったまま俺の手を払いのけた。
眠気を孕んだような…、気だるい時任の手の動き…。
それが妙に色っぽくて、その手の動きを追った先にあった鎖骨やなめらかな肌から目が離せない。そんな自分を自覚すると、意識し始めると自然に払いのけられた手を再び時任に向かって伸ばしていた…。
吸い寄せられるように惹きつけられるように…、触れて触って…。
それから…、何をしようとしているのか…、
ホントはわかってるけど、あまり考えたくはない…。
この手を伸ばして、その先にあるのは拒絶…。
だから、俺はいつも伸ばしかけた手を引くしかない。でも、触れかけて引いた手もカラダも熱くて、このまま時任のそばで眠るコトはできそうもなかった…。
元々、不眠症だから眠れないのはたいしたことじゃないけど、時任の隣にいると夜が長くなる。このままずっと一緒にいて離れる気なんてサラサラないけど、触れられない距離にいる時と触れられる距離にいる時と…、
寒いと熱いの差はあっても、どっちも苦しい事に変わりなかった。
「このままでいいはず…、なんだけどね…」
そう呟いて起き上がると、そっとベッドを抜け出す。それから部屋を出てキッチンに行くと、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルを出した。
中に入ってる冷たい水をコップに入れて、ゆっくりと胃に流し込む。
すると少しカラダから熱が引いた気がして、ふー…っと軽く息をついた…。
けど、そんな俺を呼ぶ声がする…。
ぼんやりしてて忘れてたけど、リビングのソファーで稔が寝ていた。
「久保ちゃん」
「んー?」
「もしかして、なんかあったのか?」
「別になにもないけど、なんで?」
「なんとなく…」
「なんとなく?」
「うん」
「・・・・・そう」
稔は少し心配そうな顔してたけど、俺は何も答えなかった。
すると、時任はソファーから起き上がってキッチンまで来ると、飲み終わったコップを流しに入れた俺の後ろに背中合わせに立つ。そして眠そうに大きく伸びをすると、俺の背中に寄りかかった。
「もしも…、さ…」
「うん?」
「このまま、俺がずっとオンナのままだったら…」
「もし、そうだったら?」
「・・・・・・・・・」
「稔?」
「やっぱ…、なんでもない」
稔が何を言おうとしてやめたのか、俺にはわからない。けど、いつもと変わらない様子で平気そうにしてても、このまま戻れなかったらって不安に心が揺れてるのが触れてる背中から伝わってきた。
稔は元に戻りたがってる。
でも…、もしもオンナノコのまま戻れなかったら…?
それはわからないけど、不安定な稔の心に揺らされるように俺の胸の中で何かが揺れた。ただ一緒にいたいだけで他には何も望んでいない…、だからこのままでいい…。今も今までもそう想ってるけど…、もしもこのまま…。
「・・・・・・・・久保ちゃん?」
背中から聞こえる、不安そうな稔の声。
でもそれはたぶん…、さっきとは違う不安…。
その声に思考の中に、欲望の中に沈み込んでいた俺の意識が呼び戻される。けど、部屋で過ごす夜は、ベッドで眠ってもソファーで眠っても深く長くなりそうだった。
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