ダブルキャスト.3



 
 自分のマグカップにコーヒー入れて、リビングのソファーに座る。そして朝、郵便受けから取ってきてたのに読みそびれてた新聞を手に取りかけたけど、そうするのを止めてコーヒーを飲んだ。
 今は、新聞を読む事よりも考えなくてはならないコトがある。
 そしてそれは、たぶん信じられないしあり得ないようなコト。
 さっきみたいに手に持ってた新聞を読もうとすると寝室から叫び声が聞こえてきて、なんだろうと思って行ってみたら…、時任が二人に増えてた。
 でも、まるっきりそっくりってワケじゃなくて、一方はオトコノコでもう一方はオンナノコ。こういう場合は、時任はオトコノコだからオンナノコの方がニセモノって事になるのかもしれないけど、俺にはどちらもホンモノにしか見えなかった。
 ま、それだけじゃなくて柔らかくて小さいカワイイ胸もホンモノだったけどね。

 「一人だった時任が二人…。うーん、確かにコレって悩まなきゃならないコトなんだろうけど…」
 
 そう言いながらも時任に悪いと思いつつ、実はあまり悩んではいないのかもしれない。
 他の誰かが部屋に侵入してたとかホントに時任のニセモノがいたりとか、そういうコトなら悩むんだろうけど、時任が二人いても別に困らないし…、
 なぁんて言ったら二人は、久保ちゃんは困らなくっても俺は激しく困ってんだっとかって怒鳴って怒るんだろうけど…。
 どちらもホンモノだとしか思えない以上、どちらかが消えて欲しいとは思わないし思えない。本当にジョウダンみたいに分裂とかだったりして、上手く戻れるならそれでいいけど…、
 そうじゃないなら、このままでいい気がした。

 「どちらも時任だしね…」

 オンナノコの方の時任の胸はホンモノ、確かにホクロも同じ場所にある。
 けど、さっき寝室でカラダを調べてた理由は、本当はホクロじゃなくてアザ。時任に調べてるコトを気づかれないように、わざとセクハラっぽく色々と触りながら見ると昨日、保健室で見た場所と同じ所にアザがあった。
 腰の辺りにアザができてるのは、金曜日の公務の時に時任がらしくなくぼんやりしてて階段から落ちた時に打撲したせい。だから、朝食を持って行った時にそれとなくどうしたのかと尋ねたら、ちゃんと階段から落ちたと答えた。
 でも、そう答えた後でちょっと怒ったようなカオになる。
 けど、その時に硬く握りしめられた拳が…、なぜか少し哀しそうに見えた。
 『久保ちゃん』
 『んー?』
 『なんで、一緒に保健室にも行って知ってんのに、そんなコト聞くんだよ…。どーしたのかって、別に言わなくても知ってんだろ?』
 『まぁ、そうだけどね』
 『もしかして、やっぱ俺がニセモノだって疑ってんのか?』
 『そうじゃないよ』
 『だったら、なんでそんなコト聞くんだよっ』
 『俺はお前をニセモノとは思わないけど、他のヒトはそうは思わないかもしれない。だから、ホンモノだって証明するには証拠…、いるでしょ?』
 『・・・・・・それはそうだけど』
 『うん』
 『けどさ…』
 『なに?』
 『久保ちゃんはさ…。俺だけじゃなくて、アイツもホンモノだって思ってんだろ?』
 『うん』
 時任がした質問に俺が迷わず即答する。すると、また怒るかと思ってたのに、時任はなぜか俺の答えを聞いて無邪気にうれしそうに笑った。

 『・・・・だと思った』

 そう言った時任の頭を思わず手を伸ばして撫でると、時任は少しくすぐったそうなカオをして首を縮める。するとカラダがオンナノコなせいか、そのカオはいつもと同じなのにそんな仕草も表情もどこか少女めいて見えた。
 オトコノコじゃなくて、オンナノコ…。
 それが時任なら別にどちらでも関係ないけど、ベッドの上でアザを確かめるために触ったと時、オトコノコの方よりも少しだけ小さなカラダは折れそうなほど細くて…、
 衝動的に強く抱きしめたくなるほど…、温かくて柔らかかった。
 今までふざけて軽く抱きしめるコトはあっても、ぎゅっと強く抱きしめたコトはないから、オトコノコの方の時任を抱きしめたらどんなカンジなのかわからない。けど、オンナノコの方の時任を触った時、腕を伸ばして抱きしめたくなったのは事実だった。

 でも…、それはたぶん…。

 そう心の中で呟きかけて思考を止めた俺は、リビングから廊下へと続くドアを見る。
 そのドアの向こうにある廊下と、その先にある寝室では二人の時任が話をしていた。
 俺は二人だけで話したいって追い出されちゃったけど、たぶん二人で事実を突き止めようってそういう話をしてるんだろう。最初は二人ともどちらがホンモノかニセモノかって、そういう話をしてたはずなのに、いつの間にかお互いを疑う事よりも協力して、こうなった理由を突き止めようとしていた。
 でも、どうすればいいのかわからないし見当もつかない。
 おそらく、それは二人とも同じ。
 けど、だからって二人は…、二人とも時任だから絶対にあきらめないだろうし…、
 俺も時任が付き止めたいって言うなら、一緒に突き止められるまで探すだけだった。
 だから、とりあえず今出来るコトを考えてソファーから立ち上がると、新聞じゃなくてその横にある充電器で充電してたケータイを手に取る。そして、同じ場所に置いていた財布を開けて中から小さな紙切れを取り出した。
 それはいつだったか強引に俺の手に押し付けられたモノで電話番号が書かれている。その時は近くにゴミ箱がなくてどうしようかと思ったけど、なぜかそのまま捨てることなく財布の中に入れていた。
 でも、ポケットではなく財布に入れたのは、あとでかけようと思ったからじゃない。別に電話番号を知らなくても困らないけど、逆に知っても困らないせいだった。
 ゴミ箱がなかったなら持っておこう…、それはその程度のコト。だから、こんな事態が起こるまでは入れたコトすら忘れてたし、書かれていた電話番号に電話する気はなかった。

 プルルルル…、プルルルル………。

 かけるつもりのなかった電話番号に電話すると、すぐに呼び出し音が鳴り始める。
 そして、少しすると聞きなれた声が受話器から聞こえてきた。
 『もしもし?』
 「おはようございます、五十嵐センセイ」
 『…って、もしかしなくても久保田君なの?!』
 「もしかしなくても、そうですけど?」
 『ふふふっ、休みの日に電話してくれたって事はデートのお誘い? 久保田君だったら、特別に色々サービスしちゃうっ』
 「ホントに?」
 『ホントよっ』
 「だったら、出張サービスで今からウチまで来てくれません?」
 『ウチじゃなくて、久保田君のベッドまで出張してあげるわよ?』
 「じゃ、出張先はウチのベッドってってコトで…。一応、雰囲気を出さなきゃダメそうだから、来る時は白衣着用でヨロシク〜」
 『白衣って、いつも学校で着てる?』
 「そう」
 『あらぁ、白衣を着た女医と患者…、そういうプレイが好みだったら…ってっ、 もしかしなくてもベッドで白衣を着たアタシの診察受けるのは久保田君じゃなくて時任なのね?』
 「とは言っても、昨日の打撲が悪化したワケじゃありませんけど」
 『番号を教えた時に、たぶんこういう時にかかってくるんだろうなぁって予想はしてたわ。でも、ホントにかかってくるとわかってても焼けるわね』
 「スイマセン。けど、先生以外に思いつかなかったんで…」
 
 『ふふふ、ズルイいい方ね…。でも、その言葉を聞かなくても初めから断るつもりはないわ。単細胞で単純で生意気で、けどあの子も私のカワイイ生徒だから』

 そう言った五十嵐先生はいつもの明るい調子で、すぐに行くと言って通話を切った。
 時任が二人になってしまった事は口では説明しづらいし、言っても信じてもらえない。だから、実際に二人の時任を見てから説明する事になるだろうけど、見ても信じられないような話なのは確かだった。
 ま、目の前にある現実は変わらないし、なるようにしかならないけどね…。
 そんな風に考えてると寝室にいた二人が、ドアを開けてリビングに入ってくる。
 オトコノコとオンナノコ…、二人の時任が…。
 横に並んだ二人はまるで双子の兄弟のようで、見ていると不思議なカンジがした。
 ホントにそっくりで、見た目も少し大きさが違う以外はあまり変わらない。
 けれど、俺と目が合った瞬間にオンナノコの方の時任が、パッと視線を反らせた所だけがなんとなくいつもと少し違っていた。
 だから、オンナノコの方の時任の頭に思わず手を伸ばしかけると、時任はビクッとカラダを震わせて俺の手を避ける。どうやらさっきアザを調べた時に警戒されちゃったみたいで、頭を撫でようとしたのに触らせてもらえなかった。
 うーん、自業自得ってヤツだけど、やっぱちょっとショックかも…。
 こっちの時任はオンナノコで少し華奢でカラダも小さくて…、身を縮めて俺の方を警戒しながら、じっと見つめてくる姿はホントに子猫みたいだった。

 「ほーら、なーんにもしないからこっちにおいで〜」
 「…ってっ、ぜっったいウソだろっっ!!!!」

 おいでと手招いた俺に向かってそう叫んだオンナノコの時任を見てると、オトコノコの時任がじっと俺の方を見る。すると、その時に何か言いたそうに唇が動いた気がしたけれど、俺がどうしたのかと聞こうとすると…、
 時任は視線をもう一人の時任の方に向けた。
 何か少し気になる視線…。
 けれど、時任はなに?と尋ねてもなんでもないと答えただけ。
 時任が二人でも問題がないとさっきまで思っていたけど、二人の時任に見つめられるとなんとなく問題があるような…、そんな気がしなくもない。俺はセッタの煙と一緒に小さく息を吐くと、とりあえず二人のコトを時任をどう呼ぶかを考え始めた。
 両手に華なのか、前途多難なのか…。

 それはまだ、今の俺にはわからなかった。


 
 

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