ダブルキャスト.16
時任を追いかけてたどり着いた夜の校舎は、いつもと違って静かで暗い。
まるで校舎に反響してるみたいに大きく聞こえる足音は二人で居るのに一つ分で、同じようにいつ間にか太陽の代わりに登ってた月に照らされて出来た影も一つ分…。それは俺が久保ちゃんに背負ってもらってるせいだけど、一つしか聞こえない足音を聞きながら月明かりに照らされて出来た影を見つめてると…、
自分の足で並んで歩きたい気持ちと、ずっとこうしてたい気持ちに…、
久保ちゃんと一緒にいたい…、同じ気持ちなのに真っ二つに分かれる。
それはまるで同じなのに二つに分かれてしまった俺と時任のようで、俺は時任が走り去ってしまった後に思い出した事を…、階段から落ちてしまったワケを思い返しながら久保ちゃんの背中に頬を寄せて目を閉じた。
『ねぇ、時任君とはどういう関係なの?』
『どうって言われても、見たまんまだけど?』
『見たまんまって…、ハッキリしないわね』
『そう?』
『だったら、ハッキリとわかりやすいようにこっちが言い方を変えるわ』
『ふーん、どんな風に?』
『時任君が他の誰かと…、たとえば同じクラスの女の子と付き合ったとしたら久保田君はどうするの?』
あの日、俺が階段から落ちた日…。
階段から落ちる少し前に俺が一人で廊下を歩いてると曲がり角の辺りから、そんな会話が聞こえてきた。だから俺は角を曲がらずに立ち止まると、壁を背にして見つからないようにじっと身を潜めて、俺の知らないオンナがした質問に久保ちゃんが答えるのを待つ。
けど、たぶん聞くまでもなく答えは最初からわかってた。
俺らの関係は相方で同居人で…、それ以上でも以下でもない。
でも、なのに久保ちゃんの答えをじっと待ってたのは…、なぜだろう…。
聞かなければ走り出すコトも、階段から落ちるコトもなかったのに…、
俺は質問をした知らないオンナよりも…、久保ちゃんの答えを待っていた。
『別にどうとも?』
久保ちゃんの口からハッキリと告げられた…、短すぎる答え。
その答えを聞いた瞬間に、俺の鼓動は一瞬だけ止まった…。
そして、次の瞬間に止まった鼓動が胸が痛いくらいに鳴り始めて…、
俺は気づかれないようにそっと…、ゆっくりと後ろに下がって久保ちゃんに背を向けて歩き出す。そして、歩いていく内に次第に早くなった足は、いつの間にかさっきの時任みたいに走り出して…、
・・・・・・・気づいたら階段から落ちていた。
落ちた瞬間に視界がぼやけていたワケは、なんとなくわかるようでわからない。
けれど、何かに捕まろうと伸ばした手まで、二重にぼやけて見えたのを覚えていた。
時任と俺が…、俺らが一人から二人になったのは次の日のコトだけど…、
確かにあの時、あの瞬間に俺らは一人から二人に切り離されて…、そして何かに引かれるように離れていって俺は俺の声を…、時任の声を聞いた…。
『・・・・・知らないっ、こんなのは知らないしいらないっ!! 俺は今のままが…っ、今のままでいたいんだ…っっ!!』
そう叫んだ時任の声は、俺を切り裂いて…、
でも、時任から離れて落ちていく俺の手を、誰かが引っ張ったのを覚えてる。その手が誰の手だったのかは顔も見てないし覚えてないしわからないけど、たぶん…、今も俺を引っ張ってくれたヤツはあの階段に居るような気がした。
そして…、時任もそこにいる…。
なぜか開いていた職員用の玄関から久保ちゃんが校舎の中に入ると、俺は先に進まずに止まるように言った。
「ココからは自分で歩く…。だから、降ろしてくんねぇ?」
「けど、フラフラしてまともに歩けないでしょ?」
「それでも…、ココからは自分で歩かなきゃなんねぇ…。俺は自分の足で歩いて、時任の前に立ちたいんだ」
「わかった…」
「ココまで連れて来てくれて、アリガトな」
「・・・・・うん」
俺が礼を言うと、久保ちゃんは軽くうなづいて姿勢を低くして俺を背中から降ろす。すると足元がフラついて横から久保ちゃんの手が伸びてきたけど、俺はそれを手で押し返して薄暗い廊下を歩き出した。
こうやって二人で並んで歩いてると、窓から月の光が差し込んでる場所を通りかかるとさっきまで一つだった影が二つ出来ていて…、
それはさっきまでとは違う形だったけど、俺と久保ちゃんの影には違いなくて…、
触れ合わないけど並んでる影は、どこか懐かしくて暖かかった。
そんな懐かしさや暖かさをカンジてると、階段を落ちながら聞いた時任の声が聞こえてくる。このままでいたい…、このままでずっと二人でいたい…って、そんな風に震える声で叫んでいた時任の声が聞こえてきて…、
それが胸に…、いっぱいに詰まってくカンジがして苦しかった。
「俺だって同じに決まってんじゃん…。けど、このままでいたいから…、このままだとダメなんだろ…」
そう言って見上げた階段…。
それは俺が落ちた、時任が落ちた階段だった。
階段には思った通り時任がいて、見上げた俺を見下ろしている。
けれど時任の瞳は来るな…って、俺を拒絶していた…。
そして、俺の隣に立っている久保ちゃんを見て哀しそうに瞳を揺らす。
でも、それはきっと橘のコトだけが理由じゃなかった。
「階段から落ちた時のコト…、思い出した…」
俺がそう言うと、時任は哀しい瞳のままで首を横に振る。
それから、久保ちゃんに向けてた視線を俺に向けて微笑んだ。
「・・・・・やっぱ、俺の方だったんだな」
「え?」
「俺は階段から落ちた時のコトなんて思い出せねぇし、何もわかんねぇ…。だから、ニセモノは俺の方だったんだ」
「違うっ、そうじゃなくて…っ!」
「俺らはたぶん二人で一人じゃない、俺は俺で稔は稔なんだ…。だから、もういい」
「もういいってっ、なにがいんだよっ!! そんな泣きそうなカオしてんのに…っ、ぜんぜん何にも良くねぇじゃんかっ!!」
「いいんだよ」
「なんでだよっ!!」
時任がいて俺がいて…、そして久保ちゃんがいて…、
最初は楽しかったのに、なぜか今は哀しくて苦しいばかりで…。
俺は歯を食いしばって目眩と頭痛に耐えながら、階段を駆け上がって時任の襟首を掴む。すると、時任は苦しそうな表情で襟首を掴んだ俺の手を上から強く握りしめた。
「俺らは…、俺は三人じゃダメなんだ…、だから…」
俺もたぶん…、久保ちゃんが時任を追いかけようとした時、同じコトを思ってた。
だから…、三人じゃダメだって時任の言葉のイミも気持ちも良くわかる…。
でも俺は時任を消して、一人になりたかったワケじゃない…。
時任と一緒になりたかった…。
時任と二人で…、久保ちゃんと一緒にいたかった。
なのに、時任は俺を拒絶するばかりで一緒になろうとはしていない。
それはたぶん…、ここで落ちた瞬間に時任が捨てようとしたモノ。
それが俺だからだ…。
だから、俺はオトコじゃなくてオンナになった。
でも…、あのオカマ校医みたいにオンナになりたかったワケじゃなくて…、
ただ、久保ちゃんとずっと一緒にいられるカタチになりたかったから…、
手を繋いでてもぎゅっと抱きしめあってても、キスしても不自然じゃないカタチになりたかったから…、今のままでいたかったのにこんなカタチにしかなれなかった。
そう想うと小さくふくらんだ胸が痛くて…、苦しくてたまらなくて…、
俺は手からゆっくりと力を抜いて、掴んでいた襟首を離した…。
「また俺は…、捨てられんのか…」
俺がそう呟いてうつむくと、時任が短く叫んで俺の肩を掴む。けど、それは俺を捨てようとしたからじゃなく…、俺と時任との間の空気が奇妙な音を立てて歪んだからだった。
何かが歪んで引き裂かれていく…。
そのカンジは階段から落ちた時に、とても良く似ていた。
あの時に引き裂かれたのは俺らだったけど、今は空間そのものが引き裂かれて大きく穴のようなモノが開いていく。それは俺らが二人になった時よりも異常で、信じられない異様な光景だった。
「うわぁぁーーっっ!!」
「な、なんだよ、コレっ!!!」
俺と時任が同時に叫ぶ。
すると、その瞬間に俺らに向かって手が伸ばされた。
けど、それは後ろから廊下から伸びていて、階段を駆け上がってくる久保ちゃんの手じゃない。俺らに向かって伸ばされた手は、さっきまでココには誰もいなかったはずなのに、まるで幽霊みたいに突然、後ろに現れたオトコの手だった。
「早く捕まれ…っ!!」
そう言われてとっさにオトコの手を掴むと、俺は時任の手を掴もうとする。
けれど、時任はもう半分くらい…、歪んだ空間の中に飲み込まれていた。
だから、絶対に助けるつもりで必死で手を引っ張ったけど、ずるずると時任は次第に飲み込まれる。階段をあがってきた久保ちゃんと二人で引っ張っても…、時任は空間に捕まったまま逃げられなかった。
そして、俺まで飲み込まれそうになった瞬間に、時任の手が俺の手を振り払って消えて…、その次の瞬間に歪んだ空間の中に久保ちゃんが自分から飛び込んで…、
歪んだ空間と一緒に…、二人とも飲み込まれて消える…。
すると、元通りの静かな夜の校舎に階段に戻った。
「そ、そんな…、ウソだろ?」
一人残された俺は…、信じられない気持ちで二人が消えた空間を見つめる。
確かにこの階段には何かが…、俺らを二人にしちまった何かがあるとは感じてたけど、こんな事になるとは思ってなかった。
ココには一体…、何があるってんだ…。
「なんで、俺らがこんな目に遭わなきゃなんねぇんだよっ!!!」
俺がそう叫ぶと近くに立ってたオトコが、知らないヤツがなぜか「すまん」とあやまる。すると、なぜか背中にゾクゾクと寒気がして、まるで幽霊にでも会ってる気分になった。
ココにいても二人は助けられない…。
それがわかっていても、歪んだ空間が消えてしまった今はどうすることもできない。
俺は二人を助けたいのに…、絶対に二人を失いたくないのに…、
これからもずっと一緒に居たかったのに一人きりで月明かりの中、ぎゅっと拳を握りしめながら、何度も何度も二人の名前を呼ぶコトしかできなかった…。
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