ダブルキャスト.15
俺と稔が二度目のキスをした日…、
そんな俺らの目の前で、時任はキスをしていた…。
人気のない公園のユラユラと揺れる不安定なブランコの上で、副会長の橘と…、
なぜ、そんなコトになっているのかはわからなかったけど、時任は俺らに気づいて驚いた顔をした後、すぐに視線をそらせて何も言わずに走り出す。
そんな事になってしまってるワケなんて聞かなくても、時任が自分から望んでキスしてたんじゃないってコトも、たぶん橘が何かを企んでいて、そのために時任にキスしたんだろうってコトもちゃんとわかっているのに、時任は稔が呼んでも立ち止まろうとはしなかった。
視線をそらした瞬間に見せた…、哀しそうな瞳の色だけを残して…、
走り去っていく時任の背中は、まるで一人きりみたいにさみしそうに見えた…。
「なんで…、なんで逃げんだよっ!!」
時任の背中に向かって、そう叫ぶ稔の声が背中から聞こえてくる。
そして目の前には微笑みながら、こちらを見ている橘の視線があった…。
けど、俺は稔を背負ったまま歩き出すと、ユラユラと揺れるブランコの近くに立つ橘の横を素通りしようとして…、そんな俺を橘が手に持っていたケータイをポケットに入れながら呼び止めるように声をかけた。
でも、走り出そうとした俺を呼び止めたのは、橘じゃなくて背中にいる稔で…、
立ち止まった俺は、時任が走り去った方向を見つめながら稔の声を聞いた。
「時任はたぶん学校に向かってる…」
「うん」
「だから、俺を置いて久保ちゃんだけ先に行ってくんねぇ?」
「・・・・・・・」
「もうちゃんと一人で歩けるし、俺も後で必ず行くから…」
「・・・・・・・」
「久保ちゃんっ!!!!」
確かに稔を背中から降ろせば、時任に早く追いつける。
けど、ココに稔を置いて行く事はできなかった…。
そんなコトをしたら時任が怒るだろうし、俺もそんなコトは絶対にしたくない。
でも、それはたぶんきっと、時任の所へ行きたいと言った稔も同じで…、
時任は稔を想って、稔は時任を想って…、
そして…、俺は二人の事を想って…、
なのに、どこかが何かがすれ違って一緒にはいられなくなる。
何かが変わっていくから…、このままではいられなくなる…。俺が再び稔を背負って歩き出すと、そんな俺の背中に棘を差すように後ろから橘の声が追いかけてきた。
「時任君にキスした僕を殴らなくてもいいんですか? それとも…、もうそちらの時任君を選んだということですか?」
この言葉からもわかるように、橘は俺の知らない何かを知っている。
だから、たぶん時任にちょっかいをかけてきた…。
でも、今は橘に構っている余裕はない。
それよりも、時任の背中を早く追いかけてつかまえる方が先だった。
それを稔もカンジてるみたいで、横を通り過ぎても橘に向かって何も言わない。
けれど…、ホントはそうじゃなくて…、
もしかしたら、俺の知らない何かを稔も知っているから…、なのかも知れなかった…。
「俺は時任を苦しめるために、あんなカオをさせるためにココにいるんじゃねぇのに…、なんでだよ…、なんでなんだよ…」
そう呟いてる稔も…、時任と同じように苦しそうで哀しそうで…、
俺はその声を聞きながら、立ち止まった玄関で聞いた時任の言葉を思い出していた。
立ち止まった玄関で鳴ったケータイ。
そして…、そこから聞こえた時任の声…。
その声が思っていたよりも考えていたよりも、しっかりとしていて穏やかで…、
少し驚いたけど、しっかりしてる分だけ穏やかな分だけ哀しく聞こえたのはなぜだろう…。あの時、自分のコトよりも稔や俺のコトを心配する時任の声を聞いている内に、俺は無意識にケータイを強く握りしめていた。
時任が言ったように玄関で立ち止まったまま、外へ出ることも寝室に戻ることもできなくて…、とっさに稔を五十嵐先生のコトが頭に浮かんだけど、結局、連絡はしなかった。
時任のコトも稔のコトも、他の誰かの手に委ねて任せたいと思ったことはない。なのに、まるですべてを放棄してしまったみたいに、いつの間にか俺は二人の間で立ち止まったままで耳を塞いで目を閉じてるコトに気づいたから…、できなかった。
何も見ないフリをして、気づかないフリをして耳を塞いで目を閉じて…、
それは今のままで…、何も変わらないままでいるためなのか、
それとも変わっていく何かを感じているせいなのか…、
自分が時任に何を望み、稔に何を望んでいるのかを俺はわかってるのにわからないフリをし続けてきた。時任が二人になった時から…、ずっと…。
時任が二人になって分かれて変わったのは、もしかしたら時任や稔じゃなく俺の方なのかもしれなかった。
『今のままでいたいって思ったのは…、ホントなんだけど…』
待ってるからと…、そう時任に伝えて切ったケータイを下に降ろしながら、あの時の俺はそう呟いてリビングへと続く廊下を見つめたけれど…。そんな風に廊下を見つめながらドアに背を向けていると、遠ざかっていく時任の聞こえるはずのない足音が聞こえてくる気がして…、
稔のいる寝室に向かいながらも、廊下を歩いていく足が重かった…。
時任の背中を追いかけて行きたい…。
けれど…、稔のそばにいたい…。
二つの想いが胸の奥でせめぎ合って、俺は廊下を歩き出した今も何も答えを出せないでいる。もしも、二人が元に戻ることができたら、二つに分かれた想いも一つに戻ることができるのかもしれないけれど、まだハッキリとした原因も何もわかっていない。
しかも手がかりらしきモノを掴みながらも、何も言わなかったのは俺自身だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・ウソつき。
ココロの中で呟いた言葉はいつも吸ってるセッタよりも苦くて、その苦さを噛みしめると苦笑しか浮かばない…。二人になったのは二つに分かれたのは時任の方なのに、まるで俺まで二つに分かれてしまったような気がして…、
ココロとは違って、カラダが一つだけしかないコトが苦しかった。
時任の背中を追いかられないコトが…、
稔の涙をぬぐってやることしかできないコトが…、
苦しくてたまらなくて…、二つの想いの入った胸を掻きむしりたい気分なる。
けれど、こんな状況を生んだのはもうずっと…、無意識に腕が伸びていくのを自覚する前から時任を抱きしめたがっていた俺自身だった…。
『自業自得…、なのにね』
廊下を歩いてた寝室のドアの前にたどりつくと、小声でそう言ってドアを開ける。すると、寝室では毛布をきつく握りしめながら、稔が夕日の差し込むブラインドを眺めていた。
さっきまで、俺がそうしていたように…、
ブラインドを眺めながら、他のどこかを見つめていた…。
稔は俺が部屋に入ってきたのに気づくと、一度うつむいてから俺の方を見る。
そして何かを確かめるように、求めるようにゆっくりと手を伸ばしてきて…、
だから、俺がその手を何も言わずに握りしめると稔はうれしそうに…、さみしそうに微笑んだ。
『俺はたぶん…、言いたいコトがあったからココにいるんだと想う…。久保ちゃんに伝えたいコトがあったから、ココにいたんだと想う…』
稔はそう言うと微笑んだまま、握りしめ合ってる手を見つめる。そして、それから一度だけ握りしめた手に少し力を込めてから、すうっと力を抜いて俺の手からすり抜けるように手を離した…。
『でも今のままじゃ稔のままじゃ何も伝えられない…、それじゃあダメなんだ…。だから、俺を時任の所へ連れてってくんねぇ? ホントは自分で追いかけてきてぇんだけど、立とうとすると頭がフラフラしてて視界もグラグラするし…』
稔はそう言うとベッドからフラフラしながらも起き上がって、俺を寝室から追い出すと出かけるために着替え始める。だから俺は寝室のドアを背に…、中にいる稔に向かって話しかけた。
『稔…』
『ん〜?』
『ちょっと、話したいコトがあるんだけど聞いてくれる?』
『・・・・イヤだ』
『どうして?』
『話があるなら、時任と二人で聞く…』
稔にそう言われて、俺は『うん…』と答えて話すのをやめる。すると、稔がやっぱブラはイヤだとかなんとかブツブツ言って『早く元にもどらなきゃ…、だよな』って言って笑った。
だから、俺がその声にうなづいて答えようとして口を開きかけたけど…、
また聞こえてきた声に…、それを阻まれた…。
・・・・・・・ウソつき。
その声は間違いなく…、俺自身の声で…、
その声は、稔を背負って学校に向かっている今も聞こえてくる。
時任を元に戻すために…、元の相方で同居人に戻るために…、
それを望んで学校に向かっているはずなのに、こんな時に限って背中に当たる時任の小さな胸の感触がさっきしたキスを思い出させた…。
こんなのはサイテイでサイアクで…、
それがわかっていても、黙って見つめてるコトしかできなかった頃と…、
唇が触れてしまった今とでは…、何かが違う…。
たとえ時任と稔が元に戻って一人になったとしても、今までとは違ったモノを時任が求めていないモノを…、イヤだと言われてもキライだと言われても求めてしまいそうだった。
けれど…、そんなコトをすれば一緒にいられなくなる…。
今のままではいられなくなる…。
俺はたどり着いた学校の校門で稔を背中から降ろしながら、執行部のある生徒会室の辺りを見つめた。
「きっと…、何もかも消えるから…」
「久保ちゃん?」
「いんや、なんでもない」
「けど…、今なにか言って…」
「きっと…、元に戻れるからって言っただけ…。中から校門を開けるから、少し待っててくれる?」
俺は自分だけじゃなく…、稔にもウソをついて…、
校門を乗り越えて内側から開けると、また稔を背負って歩き始める。
時任と稔を元に戻すために…、
けど、俺は背中に稔のぬくもりをカンジながら、稔が言いたかったコトも伝えたかったコトも…、もう二度と聞くコトはないと…、
もう二度とあんな風にキスするコトも…、ぬくもりをカンジるコトもないと…、
時任と出会ってから今まで…、胸の奥にずっと降り積もり続けていた想いを押し殺しながら…、それでもこれからも時任と一緒にいるコトを願いながら確信していた…。
好きだよ…。
その一言さえも…、伝えるコトも出来ないまま…、
俺たちはまた…、元通りに…、
元の二人に戻ろうとしていた…。
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