ダブルキャスト.10



 
 やっぱ良かった…っっ、フツーの服着てて…っ。

 学校から帰ってきた久保ちゃんと出かけて、最初に俺が思ったのはソレ。
 実は久保ちゃんが帰って来たのがわかったのに、すぐに寝室から出なかったのは買いモノに着てく服を迷ってたからだった。
 オカマ校医が制服の他にもワンピースとか色々とやたら服を買い込んでたから、なんとなくソレも着なきゃなんねぇのかと思って血迷いかけたけど、やっぱやめといて正解っ! あんなヒラヒラした服着てたら、また久保ちゃんにからかわれて笑われるトコだったぜっっ。
 そうじゃなくてもブラなんかしちまってんのに、これ以上、女装してたまるかっ!!!

 胸はあってもっ、俺はオトコだぁぁぁぁっ!!!!

 なんてココロん中で叫んでも、胸がある代わりになくなっちまったトコもあってため息をつきたくなる。あぁぁぁっ、なんかこんなだとトイレに行ってもスッキリしねぇっ!!!
 しかも道を歩いてると妙にブラしてる胸が苦しい上に気になるしっ、そしてそれ以上に隣を歩く久保ちゃんのコトが気になって…、なんか落ち着かない。いつもより久保ちゃんとの距離は離れてるのに、これ以上…、胸がドキドキしないように離れてるのに落ち着かない気分はどうしても治らなかった。
 いつもと同じフリして一緒に買いモノに出かけてはみたけど、久保ちゃんといるとドキドキして、どうしていいかわからなくなる…。
 ウチに一人でいるとつまんねぇし、だから早く帰って来てうれしかったけど…、
 俺はドキドキしてるのを気づかれないようにするだけで精一杯だった。

 「いつも一緒なのに、こんなんでどうすんだよ…」

 二人で色々と見て回ってスーパーに行って、それから同じガッコのカップルとか見つけたりして…、そう久保ちゃんに聞こえないように呟いて…。それからたどり着いたのは、俺が買いたいって言ったイタリアンチキンバーガーの売ってるマックだった。
 来る時間帯が悪かったみたいで、すぐには買えないくらい店の中を見ると長い列ができてる。だから、チキンバーガーを買うには列に並ばなきゃならなかったけど、チラリと横にいる久保ちゃんを見た俺は…、一人でココで待つことにした…。
 でも、それは別に並ぶのがイヤだったんじゃない。
 ただ…、ちょっとだけ一人になる時間が欲しかっただけだった。

 「・・・・・・アイツは今頃、どうしてっかな」
 
 一人でマックに入ってく久保ちゃんの背中を見送ってから、無意識にそう口走ってハッとする。さっきまでドキドキしてて、ドキドキを隠すので精一杯で考える余裕がなかったけど、ケータイで聞いた通りに俺は今、久保ちゃんと二人で買いものに来てるってことは…、時任は一人で学校に残ったってことで、それを想うと胸のドキドキが急に静かになった。
 そして、次に罪悪感に似た何かが胸の奥の同じ場所から湧き上がってくる…。
 
 アイツは今、一人なんだよな…。

 そう考えた瞬間に、なぜかさっき見た仲良く歩いてるカップルのいる街の光景が脳裏に浮かんだ。でも、ああいうのを見たのは始めてじゃないし男子高だった荒磯じゃ、別にめずらしくもない。
 実際に本部の松本と橘は、せ、攻めとか受けとかそういう関係らしいし…っ。
 でもなのに…、今日はなぜか妙にあのカップルの事が気になってた。
 
 「・・・・・・・・・なんか久保ちゃんといると、俺が俺じゃなくなってく気がする」

 久保ちゃんといると胸がドキドキして…、時々苦しい。
 けど、離れると久保ちゃんのコトが気になって、久保ちゃんのコトばっか考える。
 そんなコトが今までなかったワケじゃねぇけど、こんなに酷くなかった。
 なんでだ…、わけわかんねぇ…っ。
 でも俺と時任は同じだからもしかしてって気がして、それを確かめるために聞いてみたい気もしたけど、久保ちゃんといるとドキドキが止まんねぇとかそんなの…、やっぱ聞けそうもなかった。
 それに今、俺が考えなきゃならねぇコトはどうやったら元に戻れるのかってコト。
 それが俺にとっての最重要事項っ。もしかしたら、オトコに戻ったらドキドキすんのもヘンなのも治るかもしんねぇしっ、わかんねぇコトをずっと悩んでるより手がかりを掴むために行動した方がいいに決まってるっ。
 だから、俺は気持ちを切り替えるために両手で頬を軽くバシバシっと叩くと、その手を気合を入れるようにぐっと握りしめた。

 「俺と久保ちゃんは相方で同居人だっつーのっっ」

 そう誰に言うでもなく言うと、少し気分が落ち着いてくる。
 明日からは俺も学校に行っていいみたいだし、そうすれば落ちた階段にも行けるし何かわかる事があるかもだし…っ。よしっ、帰ったら久保ちゃんが買ってくれたチキンバーガー食いながら、時任と作戦会議でもすっか…っ!
 俺はそんな風に考えながら、やっとレジまでたどりついた久保ちゃんを待つ。けど…、久保ちゃんがマックから出てくる前に、道を通りかかった二人組がいきなり立ち止まって、久保ちゃんを見てた俺の視界をさえぎった…。

 「よう、時任…」

 俺に向かってそう言ったのは、たぶん同じガッコのヤツ。でも、俺がソイツの事について何かを思ったり考えたりするより、走り出すより拳を振り下ろすよりも早く、前の二人に気を取られている隙に後ろから伸びてきた手が俺の肩を掴んだ。
 そして、それと同時に前にいたヤツの一人に口を塞がれる。
 だから、俺は肩を掴んでる手を捻り上げて、前のヤツに蹴りを入れようとしたけど上手くいかない…っ。捻り上げようとした手はすぐに残ったもう一人に拘束されて、蹴りを入れようとした足はズルズルと引きずられて倒れないように自分のカラダを支えるだけで精一杯だった…っ。
 何も手加減はしてないし、手にも足にも力もめいいっぱい入れてんのに…っ!!
 コイツらに手も足も出ねぇなんて、マジであり得ねぇっ!!!
 くそぉっっ、なんでだ…っっ??!!!
 それにコイツら…、なんかヤバイ…。
 他の二人は他のガッコみたいだけど、なんかこういうコトすんのにやたら慣れてる。
 それくらい三人の動きは素早かった…。
 でも計画的にアイツらが俺らの後を付けて来てたなら話は別だけど、俺が気づいてなくて久保ちゃんが何も言ってなかったってコトはそうじゃない可能性が高い。しかも引きずられる時に一瞬だけ見えたけど、運悪くレジで注文してた久保ちゃんはこっちを見てなかったし、口を塞がれた俺は何も叫べなかった。
 でもそれでも別に問題ねぇしっ、天才で最強な俺様がこんなヤツらなんかすぐにブッ飛ばしてやるっっ。そして久保ちゃんがマックから出てくる前に、絶対に何が何でも自力で脱出してやるつもりだった。
 けど、ムチャクチャに暴れてみても、なぜかあまり効果がない…っっ。
 くそぉっ!!なんでだよっっっ!!!
 なんでっっ、この俺様がこんなヤツらに拉致られなきゃなんねぇんだーーーっ!!!
 口を押さえられたままでそう叫ぶと、俺の口からうめき声が漏れる。
 でも、すぐにコイツらから逃げられない理由が…、わかった…。
 わかった瞬間…、背筋に悪寒が走った…。

 「・・・・・・・・・っ!!!!!」

 後ろから引きずってるヤツの手が、上からすべってきて俺の胸を掴んでる。
 フツーなら掴めるはずなんかないのに…、俺の胸は小さいけど膨らんでて…、
 だから、掴んだヤツの手は何かを確かめるようにイヤな動きをした…。
 「・・・・・・・うぅっ!!」
 思わず声が漏れて、背筋にまた悪寒が走る。久保ちゃんに触られた時には感じなかった気持ち悪さが、俺の全身を冷たく凍りつかせた。
 「おい…、コイツ小さいけど胸あるぜ?」
 「は? なに言ってんだ? 時任は男だぜ?」
 「だったら、いつもの倉庫行ってからお前も触ってみろよ」
 「えっ、マジで? だったら俺も触りてぇー」
 「てめぇっ、俺が先だろっ」
 暴れてる俺を無視して、アイツらが好き勝手なコトを言ってんのが聞こえる。しかも薄暗くて細い路地のもっと奥へ奥へ…、人目のつかない場所に俺を引きずってく…。
 このままだとマジでヤバい…、けど俺は三人の手を振りほどけなかった。
 三人は俺を路地の一番奥にある古い小さな倉庫みたいな所に連れてくと、シャッターを開けて中に入り込む。そして腕を手で拘束する代わりに身動き出来ないようにきつく縄で縛ると、布で叫べないように口を塞いで俺を床に転がした。
 「あまり人通りはないけど、完全に無いとは言い切れないし叫ばれると困るしなー」
 「でもさー、オンナなら叫ばせてみてぇかも」
 「じゃ、オカマだったらどーすんだよ?」
 「俺はそれでも構わないぜ?」
 「うわっ、お前ってそーいうシュミだったのか?」
 「ヤれれば気持ちよけりゃ、別にどっちでもいーんだよっ、俺はそーいうオトシゴロ〜」
 「俺はオカマだったらフツーにボコる、コイツには色々と恨みあるしなー」
 「なら、晩メシ賭けようぜ? 今日の晩メシは負けたヤツのオゴリ」

 ・・・・・・・・・・・コイツら、マジで最低で最悪だ。

 たぶんだけど、コイツらが狙ってたのは俺じゃない。
 コイツらはこういう目的で…、あそこでカモを狙って張ってたんだ…。
 そしてきっと最初はオンナを狙ってて、たまたまそこにいた俺が目に入ったのかもしれない。さっきみたいな強引な手じゃなくても話かけて路地まで連れ込めれば、後はあまり人目もないし上手く倉庫まで連れ込めれば簡単だ…。
 その証拠に、一人が用意周到に倉庫の置くからカメラを持ってきて準備していた。
 けど、何か武器になりそうなモノは俺の周りにはない。腕にも手にも力が入らないし、唯一自由になってる足は二人がかりで薄汚れた床に押さえつけられた。
 「俺はオカマに一票…っ」
 「うーん、俺はオンナ? お前は?」
 「そうだな…、触った感触でオンナかな?」
 
 「・・・・・・うううっ」

 俺の胸をアイツらの手が順番に触ってきて…、痛いくらいにきつく揉む。その中でもしつこく触ってくるのは、どっちでもいいとかふざけた事を抜かしてやがってヤツだった。
 そして俺が抵抗できないのを良い事に、着てたトレーナーの裾を上まで上げて…、
 ・・・・・・・・・今日、始めてつけたブラのホックをはずした。
 「マジでこれって胸だな…、もしかして時任ってオカマ?」
 「あ…、小さいけど柔らかくていい感触〜」
 「確かに柔らかいけど、まだホンモノって決まった訳じゃないだろ?」
 
 ・・・・・・・・・気持ち悪りぃ。

 ガサガサした汚い手が指が俺の胸を乱暴に弄ぶように撫でたり、揉んだり…、
 そうするのをカンジるのも見るのも…、吐き気がするくらい気持ち悪い…。
 なのに胸の尖った先端を触られて、カラダがビクっと生理的に反応する。すると、ヤツらがそんな俺の反応を見て笑いながら、胸に触れてた手を下へと降ろしてきた。
 ・・・・・・・何をしようとしてるのかは知りたくないし、考えたくない。
 履いてたジーパンのチャックを下ろす音を聞いた俺は、全力で三人の手を腕を振り払おうと必死に暴れた。

 コイツら…、全員ブッ殺す…っっ!!!!

 口を塞がれて叫んでも声にならなくて、ココロの中で絶叫する。
 なんで…、オンナになっただけでこんなになってんだよ…っ!!
 なんで力が出ねぇんだよっっ!!!
 でも、あきらめないでどんなに暴れてもオトコ三人を相手に、オンナになっちまった俺の力は通じない。完全に床に押さえつけられた俺は身動きも出来ずに、ジーパンの中に手が侵入してくるのを見ているコトしかできなかった…。
 いくら睨み付けても侵入してくる手は止まらない。ゆっくりと俺の反応を楽しむように入り込んで来た指先が…、誰にも触れられたコトのない部分に触れて…、
 ・・・・・・・ソコに何があるのかを確かめるように蠢いた。

 「・・・・・・・・・・ううっ、あっっ!!!」

 入り込んできた指が蠢いた瞬間、カラダが感電したみたいに震える。
 ワケのわからない感覚が…、触れられたショックが悪寒がカラダを震わせて…、
 更に侵入してこようとする指を全身で拒む。
 なのに俺を犯そうしている指は止まらなくて、俺は全身を固くしてぎゅっと目を閉じた。

 久保ちゃん…っっ!!!!!

 久保ちゃんを呼んだ声も…、うめき声にしかならない。
 けど、その瞬間に何か音がして…、
 俺を犯そうとしてた指は…、
 閉じていた目を開いた俺の前で、あり得ない方向に曲がっていた。

 「うああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 倉庫に響き渡った声は俺の声じゃない。折られた指を握りしめながら、絶叫したのはさっきまで身動きできない俺を見下ろしてニヤニヤやらしい笑みを浮かべながら、手をジーパンに突っ込んでたヤツだった…。

 「て…、てめぇは久保田…っっ!!!」

 そう叫んだのも俺じゃない…。
 けど、俺も声にならない声でホコリ臭い倉庫に外の新鮮な空気を送り込んだ人物を…、
 誰よりも良く知ってる…、人物の名前を呼んでいた。
 
 「困るなぁ、俺に許可なくウチの子に触っちゃ…」

 久保ちゃんは口元に冷ややかな笑みを浮かべてそう言うと、俺を押さえつけてた二人を蹴り飛ばす。すると俺がいくら暴れてもダメだったのに、たった一発ずつで二人は情けない叫び声を上げながら後ろに吹っ飛んだ。
 蹴られた瞬間にイヤな音がしてたから、肋骨が数本折れたかもしれない。
 倒れた二人も指を折られたヤツも、床にうずくまって呻いていた。
 久保ちゃんは倒れたヤツらの方は見もせずに、床に転がってる俺に視線を向けると屈み込んでしばられた縄をほどいてくれる。でも、かなりきつく縛られてたみたいで、なかなか解けない…。
 すると、その隙をついて蹴り飛ばされた二人の内の一人が、懐から取り出したナイフで久保ちゃんの背後から遅いかかって来る。でも、久保ちゃんは振り向きもせずに表情を振り下ろされたナイフをそいつの手ごと掴んで止めると、俺に向かって優しく微笑みかけた。
 「稔…」
 「・・・・?」
 「この手、お前に触った?」
 「・・・・うぅ」
 
 「ふーん、そう…」

 質問に俺がうなづくと久保ちゃんは掴んだ手を手のひらじゃなく、手の甲の方に向かってぐいっと折り曲げる。そして少しだけ戻すと手のひら側に戻すと、今度は勢いをつけて甲側の方に指を四本だけを持って引いた…。
 骨が折れる音と叫び声…。
 それを聞いた久保ちゃんは、俺に「俺にちょっと待っててね」と言うともう一人の方に歩いていく。だから俺は縛られた手を自力で解こうとしながら、久保ちゃんに向かって叫んだっ。
 すると、久保ちゃんは俺の方を振り返ったけど、すぐにまた歩き出す。そして、まだ指を折られてないヤツの前で立ち止まると手を伸ばして髪をぐいっと掴んで、顔を自分の方へ引き寄せた。
 「したコトの報いは、ちゃんと受けなきゃ…、デショ?」
 「・・・・・俺はむ、胸しか触ってない」
 「ふーん、やっぱりアンタも触ったんだ?」
 「…っっ!!!」
 「胸…、柔らかくて気持ち良かった?」
 「う…、あ…っっ」
 「触ったのに答えられない?」
 「や、柔らかくて…、き、き、気持ち良かった…」
 冷汗をかきながら、そう薄ら笑いを浮かべて言ったヤツに「そう…」と言って久保ちゃんが笑いかける。すると、笑いかけられた男は少しホッとしたように息を吐いた。
 けど、その瞬間を待っていたように久保ちゃんはソイツの腕を掴んで…、
 まるで何かそこらヘンに落ちてる棒切れか何かを折るみたいに、平然とした顔で腕を捻じり上げた。
 「ぎゃあぁぁ…っっっ、俺の腕がっっ!!!」
 腕を折られかけたヤツは、絶叫しながらジタバタと暴れる。その様子を横目で見た俺は、叫んでるヤツの様子を冷たい目で見下ろしてる久保ちゃんを睨みつけた。

 ・・・・・・・・・・縄を解けっ!!!!!!

 声は口が布で塞がれていて出ない。
 だから、目だけでそう久保ちゃんに言った…。
 すると俺の意思を感じたのか久保ちゃんは腕を折るのをやめて俺の方へ戻ってくると、さっき後ろから遅いかかって来たヤツが落としたナイフで俺の腕の縄を切る。そして、俺の口を塞いでいた布を取った。
 「まさかアイツらを許してやれ…、なーんてジョウダンは言わないよね?」
 布を取った久保ちゃんは口元に笑みを浮かべながら、俺に向かってそう言ったけど目が笑ってない。けど、俺は返事をせずにまた凝りもせずに、今度は倉庫の隅に置かれていた撮影用の機材の中から拳銃なんてモノを出したヤツに狙いを定めて設置されてたカメラを投げると、走り込んでソイツを思い切り蹴飛ばした…っっ。

 「俺は俺自身の手でっ、コイツらをブッ飛ばしたかっただけだっ!!!」

 そう叫んで俺が蹴り飛ばしたヤツにもう一発お見舞いすると、そんな俺の様子を見ていた久保ちゃんは口元にさっきとは違う笑みを浮かべる。そして俺が俺自身の手で決着を付けるまで、もう手出しはしなかった。
 最後にカメラで撮影された…、写真とかそういう類のモノを燃やして処分すると俺は久保ちゃんと一緒に倉庫を出る。その前に久保ちゃんがケータイでどっかに電話してたのは、たぶんケーサツだと思うけど、それは止めたりはしなかった。
 久保ちゃんと一緒に薄暗い路地から出てマンションに向かって、ポツリポツリと歩き始めるとさっきまで明るかった空が暗くなり始めてるのに気づく…。あそこに居たのは短い時間だった気がしたけど、意外に長かったみたいだった…。
 せっかく久保ちゃんが買ってくれたけど、チキンバーガーも冷め切ってる。そんなコトをポツリポツリ思いながら俺が歩いてると、横から久保ちゃんの「ごめんね…」という声が聞こえてきた…。
 だから、俺が「なんで?」って聞くと…、
 久保ちゃんが…、「あんな目に遭わせちゃったから…」って言う。
 でも俺がアイツらに拉致られたのも…、触られたのも久保ちゃんのせいじゃない。
 なのに、久保ちゃんは自分のせいだって言った。

 「一緒に居たのにね…」

 そう呟くと久保ちゃんは、アスファルトの上に落ちてる自分の影を見る。
 それからじっと影を見つめたまま、俺が呼んでも何も答えなくなった。
 影だけを見つめて…、俺の方を見ない…。
 ホントはまだちょっとだけ、触られた時の感触が残ってて気持ち悪くて…、
 それを気づかれたくなかったら、ホントはそれは都合が良かったはずなのに俺は…、なぜか影だけを見てる久保ちゃんを見ていたくなくて少し震えた手を伸ばして久保ちゃんの腕を掴む。そして腕を捕まれて立ち止まった久保ちゃんの前に立つと、俺は目の前にある胸にコツンと額をくっつけた…。

 「・・・・・あんなヤツらに触られたくなかった。 あんなヤツらに触られるくらいなら、久保ちゃんに触られたかった…」

 今、何言ったんだ…、俺?
 自分で自分が何を言ったのかわからない。
 あんなコトがあって…、もしかしたら頭がどうかしちまったのかもしれなかった。
 くっつけた額から俺の言葉を聞いた久保ちゃんのカラダが、久保ちゃんに向かって伸ばしてる腕みたいに震えたのが伝わってくる。その振動に俺が思わず顔を上げると、久保ちゃんがじっと俺を見下ろしていた…。
 「自分で、自分が何言ったのかわかってる?」
 「そんなの…、わかってるに決まってるだろ…っ」
 俺がウソを言うと、久保ちゃんがそれを見抜いてるかのように細く長く息を吐く。
 そして、伸ばした手で俺のカラダをぐいっと後ろへ押しのけた。
 「・・・・・・わかってない」
 「わかってるっ」
 「わかってないよ」
 「なんでっ、そんなコトが久保ちゃんにわかんだよっ!!」
 「それは…」
 「それは?」

 「お前のコトは…、俺が一番良く知ってるから…」

 久保ちゃんはそう言うと、俺を置き去りにして歩き出す。
 だから、俺は走って久保ちゃんの前に立ちふさがった。
 けど久保ちゃんはそんな俺を避けて、横を通り過ぎようとする。
 まるで、俺から逃げるみたいに…。
 俺に背中を向けてマンションへ…、時任の所へ帰ろうとしてる。一瞬、きっとウチで俺らの帰りを待てる時任のコトが脳裏を過ぎったけど、俺はオンナになって弱くなっちまった力で…、けどありったけの力で久保ちゃんの腕を掴んで引いた。
 そして・・・、
 そして俺は・・・・、仕方なく振り向いた久保ちゃんに・・・・、


 久保ちゃんの唇に…、思いっきり背伸びをしてキスをした・・・・・・。



 

                戻   る            次   へ