改善計画 .8
首筋に残る赤い痕…。
それを上から手で押さえながら、時任は案内された倉庫へと足を踏み入れる。まるで迷子になった子供のように、その痕を残した久保田に手を引かれ…、
けれど、入ってきたドアがバタンと音を立てて閉まった瞬間、ハッと我に返ったように自分の手を握りしめている久保田の手を振り払った。
そんな自分の行動に驚いたように時任が俯いていた顔を上げると、振り返った久保田と視線が合う。その時、何かを求めるように時任の瞳が揺れたが、久保田はのほほんとした表情で何事もなかったように一言、行くよ…とだけ告げて視線を前に戻した。
そんな久保田を見ていると、さっきの行動がまるでここに来るための口実だったように思えるが、肌に触れてきた手と唇の感触が…、首筋につけられた赤い痕がそれを否定する。じっと見つめてくる久保田の冷たい瞳の奥には、目をそむけたくなるような現実が確かにあった。
「・・・・なんでだよ」
思わず漏れた時任の呟きと、首筋を押さえながら感じる息苦しさは、前を歩く久保田に伝わっているかどうかはわからない。けれと゛、今はそれが伝わっていても伝わっていなくても、考えなくてはならない事ややらなくてはならない事は別にあった。
時任はゆっくりと首筋から手を離すと、ぎゅっと拳を握りしめる。そして、少し歩調を早めて久保田の横に並ぶと、やっと薄暗い倉庫の中の光景が目に飛び込んできた。
自分達を案内してきた男を含めて、倉庫にいたヤクザらしき男達は１０人以上…。しかも自分達は丸腰だが、おそらく相手は拳銃を所持している。
今の状況は学校の部室で真鍋と対峙した時より、危険度はかなり上だった。
いくら時任や久保田が強くとも、何の勝算も打算もなく殴りかかれば無駄死にするだけに違いない。ここには別に死ぬつもりで来たわけではなかったが、その可能性は十分にあった。
案内してきた男は、そこで待てというように二人を鋭く睨みつけると黒いスーツの男に近づく。そして拳銃の銃口を久保田に向けながら、倉庫に二人を連れてきた事情を説明した。
すると、スーツの男は久保田と時任を上から下まで舐めるような視線で眺める。そして視線を時任の首筋の当たりで止めると、口の端をわずかに吊り上げた。
「例のアレと関係があるのかどうか知らないが、せっかく来てくれたのだから、せいぜい楽しんでいってもらうとしよう…」
スーツの男がそう言うと久保田は後ろから時任抱きしめ、何かを言おうとした時任の唇を何も言うなというように指先で軽く撫でる。
そして、倉庫の奥から漏れ聞こえてくる叫び声と罵声を聞きながら、時任の黒い髪に唇を寄せた。
「さっき、お楽しみ中だったのを、そこのお兄さんにジャマされちゃったんですけど…。ココにはソレより…、楽しいコトってあります？」
スーツの男と同じように、唇に笑みを浮かべながら久保田がそう言う。
すると、その笑みを見た男は、唇に浮かべていた笑みをもっと深くした。
「もちろんある…、だから君達をココへ呼んだのだからな。特に君には、もっと楽しくてイイ思いをさせてあげよう」
「例えばどんな？」
「それは、あそこにいる君のオトモダチに聞いてみるといい。さっきから、ずいぶんと楽しんでいるようだからね」
男は口元に笑みを浮かべたまま、そう言うと二人を奥へと案内する。
その間も銃口が、二人の背中を狙っていた。
お友達がいるという倉庫の奥には部屋があって、そこから漏れ聞こえてくる声や音を聞いていると…、嫌な予感がする。ギイィィ…と不吉な音を立てて開かれていくドアを時任はじっと見つめていたが、ドアが完全に開かれる前に久保田の手に目を塞がれた。
「な、なにすん…っ！」
いきなり視界が真っ暗になって何も見えなくなった時任は、ムッとして目を塞いでいる手をはがそうとしたが…、久保田ではなく開かれたドアの向こうから聞こえくる声がそれを止める。そのせいで何も見えなかったが、声を聞いているだけで中で何が起こっているのかがわかった。
「ブツの在り処を喋らねぇのは、本当はこうされたっかったから…、だろ？ 俺のをくわえて、お前のココが喜んでヒクヒクしてるぜ？」
「・・・・・・・」
「ガマンしねぇで声を出せよ。その方が興奮するし、お前もイイだろぉっ！」
「う…っ、く…っっ！」
時任の目の前には暗闇、久保田の目の前には冷たいコンクリートに身体を押し付けられて、男達に犯されている橘の姿。家が道場をしているために武道に秀でている橘が何の抵抗もせずに犯されているのは…、近くで縛られて転がっている荒磯の制服を着た生徒と中年の男が原因らしい…。
男達が聞きだそうとしているのは薬の在り処のようだが、スポーツバックの在り処を知っているのは大場だけ、橘は取り引き現場で押収した薬の在り処しか知らなかった。
「マジで良いぜ…、お前…」
「は…っ、は・・・・っ、あ…っっ」
「このまま…、何も喋らないつもりなら、死ぬまでヤって…、やるよっ。その後でそこのオトモダチも後を追わせてやるからな…っ」
「・・・・・っ」
薬の在り処を聞き出すはずが、どうやら橘の身体に夢中になってしまっているらしい。室内は薬ではなく、橘という獲物を狙う男達の欲望と熱気で満ちていた。
「う…っ、・・・・っっ！」
何度も何度も激しく欲望を突き入れられ、その動きに押されるように橘の身体が足が揺れる。だが、そんな状況にあっても周囲を見る余裕が残っているらしく、ドアの入り口に立つ久保田と時任の姿を視界に捕らえると…、橘の唇に笑みが浮かんだ…。
「知り合いかね？」
犯される橘を楽しそうに眺めながら、スーツの男がそう聞く。すると、久保田はいつもと変わらない表情で橘を眺めながら「いんや」と答えた後、「同じガッコなんで、顔は知ってますけどね」と付け加えた。
そんな久保田の様子を見た男は、次に目を塞がれている時任を見る。そして、何か面白い事でも思いついたのか、橘を犯している男達と同じいやらしい笑みを口元に浮かべた。
「今すぐ、その少年から離れろ」
スーツの男がそう命じると、橘を犯していた男が動きを止める。
周囲にいた男達も不満そうな顔をしながらも、命令通り橘から離れた。
だが、男は橘を助けるつもりで命令した訳ではない。ただ、もっと橘をいたぶる方法を、もっと楽しい遊びを思いついただけだった。
倒れたまま動かない橘に近づくと、男は手を伸ばして橘の顎を掴む。
そして、無理やり顔を久保田と時任の方に向けさせた。
「君が薬の在り処を思い出さないせいで、親切な君のオトモダチが思い出す手伝いをしに来てくれたようだ…」
「それは…、わざわざすいませんね…。ですが、残念ながら彼らは僕のオトモダチではありませんが？」
「ほう、ではせっかく来てくれた礼に、今からオトモダチになってみるかね？」
「コドモに興味はないので遠慮しますよ」
口元に笑みを浮かべながら言う男に、橘も微笑みながら答える。しかし、その微笑にいつもの余裕はなく、大人の男…、しかも複数に容赦なく犯されたせいか顔色が悪く声もかすれていた。
だが、そんな橘の様子も男達の欲望を煽る要素にしかならない。
実際、今の橘はいつもの何倍も美しく妖艶に見えた。
「貴方は僕に薬の在り処を吐かせたいんですか？ それとも…、僕が犯されるのを見たいんですか？」
妖艶な微笑みの奥に憎しみの炎を燃やしながら橘がそう聞くと、男は橘の唇に自分の唇を寄せて軽く口付ける。そして右手を伸ばして橘の太ももを、ゆっくりといやらしい手付きで撫でた。
「もちろん両方だ…。この場にいる全員に犯された後で、私が誰よりも優しく犯してあげよう…、君のすべてを…」
「・・・サドですね」
「君が言うように私がサドなら…、複数の男に犯され感じて、喘いでいる君はマゾだろう？」
男は橘の太ももを撫でられながら、そう言うと久保田を見る。
すると、久保田は時任の目を塞いでいた手を離しながら、男と橘のいる場所に向かって歩き出した。
「早速のご指名…、どうも」
「今まで男を抱いた経験は？」
「さぁ、あまり記憶力良くないんで、どうだったか忘れましたけど？」
「ほう…。では、そこの少年は君の恋人ではないのかね？」
久保田が橘の前で立ち止まると、男がそんな質問をする。
・・・・・・時任の目の前で。
だが、久保田は少しも動じた様子もなく軽く肩をすくめると、のほほんとした調子で男の質問に答えた。
「ただの同居人ですよ」
時任の位置からは、久保田の表情は見えない。けれど、久保田の言葉を聞いた時任は、わずかに肩を揺らして目を見開いた後、唇を強く噛みしめた。
確かに久保田の言う通り、ただの同居人で相方で恋人じゃない。
キスはしたけれど、そういう関係じゃない…。
久保田とそういう関係になりたいなんて、望んだ事もなかった…。
だから、本当の事を言われて同居人だと言われて傷つく必要なんてないのに、さっき倉庫の外で聞かされた言葉よりも、その一言がとても痛くて…、
胸がズキズキと痛んで止まらない…。
どんなに胸を押さえても止まらない痛みは、橘に近づいていく久保田の姿を見ているともっと酷くなって…、
まるで席を譲るように橘から離れた男の代わりに、久保田が橘の顎に手を伸ばすのを見た瞬間、鼓動がドクンと一つ大きく跳ねた。
「悪いけど、そーいうコトなんで」
「みたいですね…。ですが、いいんですか？」
「…って、何が？」
「・・・・時任君が見てますよ？」
久保田がゆっくりと橘の首筋に唇を寄せていくと、唇が触れる寸前、橘が横目で時任を見つめながらそう言う。けれど、哀しい瞳で自分を見つめる時任の視線に気づいているはずなのに、久保田は時任の目の前で橘を犯すという行為をやめようとはしなかった。
「別に・・・・」
時任の耳に冷たく響く、久保田の言葉…。
目の前で行われようとしている、残酷な行為…。
橘の喉元に久保田の唇が触れるのを、何度も自分とキスした唇が触れるのを見た時、胸をかきむしりたくなるような衝動が痛みが心を犯して…、
時任は自分に銃口を向けていた男を、頬を銃弾がかすめ撃たれるのも構わず殴り飛ばし、落ちた拳銃を素早く拾い上げる。その瞬間、周囲の男達の銃口がいっせいに時任の方に向いたが、時任が銃口を向けた相手は自分に銃口を向けている男達ではなく…、
自分の目の前で、橘を抱こうとしている久保田だった。
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