改善計画 .6




 「私は…、会長失格だな」

 時任と久保田が部室を出て行った後、松本は割られた窓を見てそう呟く。
 犯人から脅迫状を受け取ってから、気づかない内に自分の呼び名が俺になってしまっていたが、今は冷静さを取り戻して私になっていた。
 時任と久保田、そして執行部の活躍で、とりあえず校内での事件は事無きを得たが…、橘は別の場所で何者かに囚われている。橘が珍しく松本のそばにいなかったのは、麻薬の取引き現場で捕まえた生徒を尋問していたせいだった。
 聞き出そうとしていたのは、麻薬の入手経路と売った生徒。
 しかし、捕まえた大場という生徒は、未だに硬く口を閉ざしたまま何も喋らない。すでに捕まっているにも関わらず、何も喋らずに沈黙を守っている。
 だが、その理由が今部室にいる仲間のためだとは、どうしても思えなかった。
 ・・・・・・・・・もっと別な何かを隠している。
 取り引き現場で捕まえた時も、どこか様子がおかしかった。
 麻薬の取り引きは架空のもので、自分を捕らえるために張られた罠だと気づいても、大場は暴れるどころか逃げる素振りすら見せなかったのである。そして生徒会長の松本が目の前に現れると、なぜかホッとしたような表情で両手を上げた。

 『・・・・・終わりだ』

 本部に拘束されながら大場はそう言ったが、今思えば…、あれは終りではなく始まりだったのかもしれない。久保田に協力を頼んで架空の取り引きをでっちあげ大場を捕まえたが、それをきっかけにして校内でも校外でも事件が発生していた。
 しかも、どの事件が起こってから気づく有様で、後手にばかり回っている。
 松本は眉間に深い皺を刻むと、近くの壁に拳を強く打ちつけた。

 「これ以上、何があると言うんだ…っ」

 麻薬と拳銃と爆弾…。
 その入手先は同じなのか、それとも違うのか…、
 そして、橘と大場をさらった犯人は何者なのか…、
 いくら考えても、疑問ばかりが増えて何一つ解決しない。犯人は真鍋の仲間とも考えられるが、何かが胸の奥に引っかかっていて取れなかった。
 さらわれた現場を見ていた川内の話では、犯人は黒塗りの高級車に乗っていて…、しかも複数。真鍋は最初抵抗したが、すぐにおとなしくなり…、同じように橘もすぐに抵抗をやめた…。
 
 ・・・・・・犯人は川内の報告通り、暴力団関係者の可能性がある。

 口には出さずに心の中でそう呟くと、嫌な汗が手のひらに滲む。
 嫌な予感ばかりが頭を過ぎる。
 橘の無事を祈りながら、松本は握りしめた拳に力を込めた。
 すると、他の執行部員と一緒に犯人を縛り終えた桂木が、そんな松本の喉元にハリセンを突きつける。そして、少し険しい表情で松本を見た。
 「麻薬に拳銃に爆弾…。こんな事件が起こった原因…、アンタは間違いなく知ってるわよね?」
 「あぁ、知っている…。すべては俺の判断ミスから起こった事だ」
 「時任を無理やり巻き込んだ事も、そのミスに入ってるのかしら? 久保田君を動かすために…、時任を連れて行ったんでしょう?」
 「・・・・・・否定はしない」
 「時任は執行部員だし、そういう理由で連れて行ったのなら何も言わないわ…、時任が了解してるならね。けど、久保田君を動かすためにそうしたのなら、あたしはアンタを許さないわ」
 「・・・・・・・・」

 「橘をさらわれた今のアンタなら、あたしの言ってる意味わかるわよね?」

 そこまででいったん言葉を切ると、桂木は何かを探るように松本の瞳をじっと見つめてくる。だが、松本は黙ったまま何も答えなかった…。
 久保田の弱点は時任。
 そこを突けば必ず久保田は動く…。
 しかし、それは仮にも友人と呼ばれる人間の…、久保田がどんなに時任を想っているのか、どんなに大切に想っているのかを少しでも感じ知っている人間のする事じゃない…。松本は無言で割れた窓に近づくと、外から室内が見えないようにカーテンを引いた。
 「誠人が守っているのは校内の治安でも、荒磯の生徒でもない。執行部にいようとどこに居ようと…、アイツが守っているのは時任だけだ」
 「それは否定しないけど…」
 「君は…、この窓ガラスを割るために誠人がどれだけ走ったと思う? 設置された爆弾を解体しながら、どれだけ焦ったと思う?」
 「・・・・・・」
 「時任がココにいなければ、誠人はこの窓ガラスを割れなかった…。同じように爆弾を解体し、窓を割ったとしても間に合わなかっただろう…」
 「でも…っ、だからって!」
 「私は君たちのように正義の味方になる気は無い。だから…、手段は選ばない…。それが生徒会長になる時に…、私が選んだ道だ」
 「久保田君は…、それを知ってるの? アンタが時任を連れて行った本当の理由を…」
 「もちろん、知っているさ。時任と妙な契約を結んで、ずっと傍を離れなかったのは犯人を警戒していたからじゃない…」
 「・・・・・・・・」

 「そういう事だ」

 松本はそう言ってポケットから出したハンカチで指紋がつかないように気をつけながら拳銃を拾い上げると、出口であるドアではなく別な方向に向かって歩き出す。そして、執行部によって身動きが取れないように厳重に縛り上げられている真鍋の前で立ち止まった。
 「命拾いをしたな…」
 松本がそう言うと、俯いていた真鍋の肩がわずかに揺れる。だが、視線を上げて松本を見た瞬間、真鍋の顔に浮かんでいたのは嘲りとも、自嘲とも取れるような歪んだ笑みだった。
 「命拾いしたのは、てめぇの方だろ。俺はあの瞬間に時任じゃなく、てめぇのアタマを狙ってたんだぜ?」
 「だが、あの瞬間に私を殺ったとしても、貴様はいずれ死ぬ事になる」
 「・・・・自分が殺られても、時任が殺るとでも言いたいのか? まぁ、役立たずのお飾り会長じゃあ、それくらいしか使い道がねぇよなぁ」
 真鍋は執行部に縛られて拘束されていながら、挑発するような言葉を次々と松本に向かって投げつける。しかし、松本はそんな言葉を聞いても少しも動じた様子もなく、冷たくも暖かくもない視線を真鍋に向けた。
 「そこに転がっている爆発物や、この拳銃は誰に渡された? こんな無謀で馬鹿な計画を立てたのは誰だ?」
 「・・・・俺だ」
 「そうか…、なら拘束を解いてやるから、一人でどこへなりと消えるがいい。計画が失敗した上に、手ぶらで帰れる場所があるならな」
 「・・・・・・・っ」
 カマをかけて言った松本の言葉に心当たりがあるらしく、真鍋の顔から笑みが消えサーッと血の気が引いていく。やはり…、この計画を立てシナリオを書いたのは真鍋ではなかった。
 真鍋は何者かに爆弾と拳銃を渡され、本部が押収した麻薬を取り返すよう命じられていたに違いない。仲間を殺し口封じをする所まで命令されていたかどうかはわからないが、この事件にはあきらかに外部の人間が関与していた。
 この事件はきな臭い危険な…、嫌な匂いがする。
 確かに大場を捕らえた時に所持していた麻薬を押収したが、こんな事件を起こしてまで手に入れたいと思うような量ではなかった。それに大場が捕まって困るのは、大場から麻薬を買っていた人間や真鍋くらいだろう…。
 どこかに雇われて売人していたとしても、捕まれば切捨てられるだけだ。
 松本は今回の事件について考えながら、ハンカチの中の拳銃を見る。そして、その重さと冷たさを感じながら、真鍋の方に再び視線を向けた。
 
 「死にたくなければ、知っている事をすべて話せ。素直に全て話せば、過分に不本意だが、この件は本部が決着をつけてやる」
 
 そう言った松本は、荒磯の頂点に立つ生徒会長の顔をしている。すると、真鍋はそんな松本の雰囲気に存在感に圧倒されビクッと肩を震わせると、怯えた目で救いを求めるように同じように拘束された仲間を見た…。
 だが、それはほんの一瞬だけで、すぐに仲間から視線を反らせると声を立てて笑い出す。狂ったように笑う真鍋の笑い声は大きくなればなるほど、室内にむなしく響いた。
 「何が決着をつけてやる…だっ。今だって副会長の橘が捕まってるんだろ?人質取られちまってんのに、一体出来るってんだ? あぁ?」
 「これから考える」
 「考えてる間に死ぬかもしれねぇぜ? アンタのコイビト。人質は一人で十分だからな」
 「・・・・・・」
 「くくく…っ、良く良く考えたら、俺の方がまだ有利って事じゃねぇか。俺が失敗したのが実はバレてて、だからアイツは橘を人質を取って…。はははっ、さすが抜け目がねぇなぁ」
 「アイツとは誰だ?」
 「…って、聞かれて素直に答えるワケねぇだろ? それより早く縄を解けよ。そうしないと、どうなっても知らねぇぜ?」
 最後の望みの綱だった拳銃を奪われ執行部に拘束された状況で、そう言うと真鍋は強気な視線を松本に向ける。だが、真鍋の言葉を聞いても松本は表情を変えなかった。
 真鍋の言いたい事は、聞き直さなくても理解できる。
 爆弾や拳銃を真鍋に渡した人間が、橘と大場を拉致した。
 そして、それは真鍋が計画に失敗した事を知っているせいで…、
 だから、この後、改めて橘達と引き換えに麻薬を渡せと要求してくるとそう真鍋は思っている。まだ、自分は見捨てられた訳ではないと、助かる見込みがあると信じている…。
 だが・・・・・、

 「・・・それは違うな」

 松本は口に出してそう言うと、再び手の中の拳銃を見た。
 拳銃だけではなく爆弾を渡した時点で、すでに真鍋は捨てられている。
 全員に口封じをして麻薬を取り返す事に成功したとしても、自分の通っている学校で事件を起こした事が致命傷となるに違いなかった。
 事件後に姿を消せば疑われる。
 しかも、殺された人間と最近、良くつるんでいたとなればなおさらだ。事件の目撃者がゼロだと思っているようだが、こんな場所ではどこで誰が見ているかわからない…。
 どう考えても、真鍋は捨て駒だった。
 しかし、なぜそんな事をするのか理由がわからない。
 手の中の拳銃を持つ手にわずかに力を入れると、口元に勝ち誇った笑みを浮かべている真鍋に視線を向けた。
 「・・・・知っている事をすべて話せ」
 「イヤだね」
 「お前に拳銃や爆弾を渡した連中は何者だ?」
 「そんな事より、早く縄を解けって言ってんだろ! 縄を解いて拳銃を渡せば、ヤツらに電話して橘を助けてやるよ」
 「すでに最初から、お前は見捨てられている。そんなお前が電話した所で何も変わらない…。その証拠に橘を捕らえながら、未だにお前のケータイに何も連絡が無い」
 「・・・・・・・」
 「潔くあきらめろ」
 ゆっくりと諭すような口調で、松本が真鍋にそう言う。
 だが、真鍋は口元に浮かべた笑みを消さなかった。
 「前から気に入らなかったんだよなぁ…、人を見下したようなてめぇのその目が…。見てると、ムカついてブッ殺したくなる」
 「・・・・・・・」
 「だから、俺は見たいと思ってたんだ。今回の事とは関係なくな」
 「見たい…とは何をだ?」

 「恋人殺されて嘆き哀しむ、てめぇの顔を…」

 そう言った真鍋の言葉を聞いた松本の表情は変わらない。
 だが、真鍋を見る目だけが、その色を変える。
 松本は握りしめた拳銃の銃口を真鍋の額に向けると、初めて引き金に指をかけた。
 「俺を撃てば殺人犯だぜ?」
 「それがどうした」
 「・・・・まさか、ホンキで撃つ気か?」
 「もしも橘に何かあった場合、貴様を殺すのは橘を拉致した連中でも、そこに転がってるお前に裏切られたヤツらでもない…、この俺だ」
 「なーんて言ってても、どうせ俺を殺せねぇだろ? 成績優秀で品行方正な生徒会長サマは?」
 「本当にそう思うか?」
 「あぁ」
 「そうか…」
 冗談ではなく、本気で向けられた銃口…。
 その時の松本の顔は生徒会長ではなく、恋人を奪われた男の顔をしていた。
 恋人を連れ去られ、目の前にいる真鍋よりも誰よりも自分に怒りを覚える。だが、そんな松本の変化を真鍋は感じていないようだった。
 松本は銃口を額から少しずらすと、引き金に指をかける。
 この位置だと耳が吹っ飛ぶかもしれないが、それくらいした方が知っている事を早く喋ってくれるだろう。だが、そう思った瞬間に何者かの手が拳銃を押さえ、真鍋に向けられていた銃口を強引に下へと下ろした。
 「・・・・・らしくないわよ」
 近くから聞こえてきた落ち着いた声が、橘の身を案じるあまり焦り我を忘れていた松本の耳を打つ。さっきから黙って成り行きを見守っていた桂木は、松本が引き金から指を外すのを見届けてから、拳銃を押さえていた手を離した。
 だが、橘を人質にしながら何も要求がない以上、真鍋の知っている情報が重要になってくる。
 知りたいのは、犯人の正体と目的。
 そんな事を知るよりも時任のように橘を助けるために走り出したい…、そんな気持ちはあったが、暴力団が相手だった場合の状況を考えると動けなかった。
 恐れているのは、暴力団の報復。
 特に、その対象が関係のない一般生徒まで及ぶ事。
 だから、穏便に橘と大場を取り戻すには何か取引材料がいる。
 何かを探るようにじっと見つめてくる桂木の視線を受けて、松本はどんな時も生徒会長という肩書きも立場も捨てられない自分を…、心の中で恋人失格だと最低だとなじった。

 「生徒会長という立場は、便利なようで不便だな。私には守らなくてはならないものが多すぎる…」

 松本が口に出してそう言うと、桂木は松本が学校から動かない理由を悟ったのか、それ以上は何も言わなかった。
 こうしている間も、時間は刻一刻と過ぎ…、
 橘と大場を拉致した連中から何の要求もない…、その最悪な理由を考えて手のひらに嫌な汗が滲む。拳銃を使わないとしても、真鍋が喋らないなら拷問が必要かもしれなかった。
 「家庭科室かどこからでもいいから、針をここに…」
 持って来いと…、近くにいた橘がさらわれた現場を見たという諜報部の生徒に言おうとしたが、それをさえぎるように桂木が手に持っていたハリセンで手のひらをパシリと打つ。そして、そのハリセンの先を松本の喉元に突きつけた。
 「拳銃や爆弾や拷問なんて、学校には似合わないわ。少なくともあたしが通っている、あたしの大好きな学校はそういう所よ」
 「桂木…」
 「ここは暴力団事務所でも戦場でもない、普通の高校よ。だから高校生は高校生らしく、どんな時もそうあるべきだと思わない? だから、あたしは高校生らしいやり方っていうよりも、執行部らしいやり方でやらせてもらうわ」
 「執行部らしいやり方?」
 「そう、あたし達らしいやり方で、真鍋からアンタが聞きたい事を聞き出してみせるって言ってるのよ」
 桂木はそう言うと松本に向けていたハリセンを、今度は真鍋に向ける。
 そして、睨みつけてくる真鍋を見てニッと不敵に笑った。

 「その代わり、死に物狂いで橘達を助けなさい。久保田君が時任を助けるために死に物狂いで…、あの窓ガラスを割ったようにね」
 
 久保田のように死の物狂いで…。
 そう言った瞬間、桂木の怒りに満ちた目が松本を鋭く射抜く。松本はその目を見て初めて、久保田と時任が桂木を執行部に誘った訳がわかったような気がして…、桂木の目を真っ直ぐに見返しながら決意を込めて深くうなづいた。
 「橘も大場も誰も死なせない…、必ず助けてみせる」
 「その言葉を聞いて安心したわ」
 松本の返事を聞くと、桂木は怒りを和らげて微笑む。
 そして、胸の前で腕組みをしながら真鍋の前に立った。
 だが、桂木の迫力を持ってしても、銃口を向けても動じなかった真鍋に知っている事を洗いざらい喋らせるのは難しいだろう。どうやって吐かせようとしているのかわからないが、やはり桂木には無理だと松本は思っていた。
 未だに自分が優位な立場に立っていると信じている真鍋を、言葉だけで落とすのは限りなく難しい。しかし、そんな事など少しも気にしていない余裕の表情で、桂木は松本が予想もしていなかった言葉を真鍋に言った。

 「ねぇ、アンタって好きな子とかいるの?」
 『・・・・・・・は?』
 
 桂木の言葉を聞いた真鍋と松本の口から、同時にマヌケな声が出る。
 そして、同時にお互いの顔を見て、物凄く嫌そうな顔をした。
 二人の耳に桂木の声は届いていたが、なぜかすぐに意味が理解できない。松本だけではなく、真鍋も桂木の質問を聞いてマヌケな顔をしていた。
 麻薬の事を聞き出さなくてはならないはずなのに、桂木は楽しそうに真鍋の好きな子の事を聞き出そうとしている。人差し指でこめかみを軽く押さえた松本は、やはり私が…と言いかけたが、桂木に目で制されて開きかけていた口を閉じた。
 「アンタの好きな子って同じ学年? 同じクラス?」
 「なんで、俺がてめぇにそんな事を教えなきゃならないんだ」
 「教えないって事は、好きな子がいるのね? ふふふっ、詮索されたくないなら、いないって答えればいいだけなのにバカねぇ」
 「・・・・・なっ」

 「そう言えば、体育館には被害が出ない場所に爆弾が仕掛けられてたのには、何か意味があるのかしら?」

 桂木に楽しそうにそう言われて見つめられて、真鍋の顔色が次第に悪くなり始める。松本には強気の姿勢をなかなか崩さなかった真鍋だが、桂木のセリフに恐怖を感じているらしく、額には汗が滲んでいた。
 すると、そんな真鍋に追い討ちをかけるように、桂木がふふふ…と微笑む。そして、ドアの入り口で見張りをしていた校内でも三本の指に入るほど、情報通な相浦に質問をした。
 「相浦っ、何か真鍋に関するウワサとか情報持ってない?あんたって、そういうの得意分野でしょう?」
 桂木がそう言うと、相浦が常に持ち歩いているノートパソコンを開いて生徒の名前を検索し始める。すると、すぐに真鍋の写真と共に集められた情報が画面に映し出された。
 「えーっと…、そうだなぁ…。小学生の時に、合宿でおねしょしたとか…」
 「他には?」
 「他には…、うーん…。確か写真部の部長からの情報で、真鍋がバスケ部の四宮の写真を多量に買ってるとか…。しかも好みなのは着替えシーンとかシャワーシーンとか、ちょっとヤバ目の…」
 「ちょっとヤバ目の男の写真を、同じ男が多量にねぇ。一体、何に使ってるのかしら?・・・・・ねぇ、真鍋君?」
 「・・・・・・・・っっ!!」
 「今頃、バスケ部は体育館で部活。そこにきっと四宮君もいるわよね?」

 「し、し、四宮は関係ねぇっっ!! アイツに何か言ったら、てめぇをブッ殺すっ!!!」

 密かに想いを寄せている四宮の名前が出た途端、真鍋はじたばたと暴れ始める。麻薬を売りつけたり爆弾をしかけたり、仲間に殺そうとしたり罪をなすりつけようとしたりまでした真鍋だが、どうやら惚れた相手にはとことん弱いらしい。
 桂木はパソコン画面に映る四宮をじーっと見つめた。
 「ふふ・・・・」
 「さ、さっきからなに笑ってんだっ、てめぇっ!!」
 「バスケ部なのにちっちゃくて…、かわいいわよね、四宮君。もしもアンタに恋されてるって知ったら、一体どんな顔をするかしら…、楽しみだわ」
 「よっ、よせっ!四宮には何も言うなって言ってんだろっ!!!」
 「そう言われても、何も喋らないんだから仕方ないじゃない? 早く素直に喋ればこんな事にならなかったのに…、残念ね」
 「クソっ!! 縄を解けっ!!!」
 「この際だから、告白しちゃいなさいよ。派手に屋上で四宮君好きだーっとかって叫ぶのも感動的でいいわよねぇ…。アンタの捨て身の愛の告白に、四宮君もきっと感動してくれるわよ」
 「て、てめぇは鬼かっ!!!!」
 「別に屋上での告白が嫌なら、ココに連れて来てあげてもいいのよ? 悪事を働いたアンタが縛られてる…、この現場に…。アンタの恋を応援してる心優しいあたしを鬼呼ばわりした罰よ」
 「・・・・・・う、ぎゃっ、げっ!」
 真鍋は何かを言いたいらしいが、まるっきり言葉になっていない。そんな真鍋を眺めている桂木の口元には、微笑みが浮かんでいた。
 冗談のように話してはいるが人質を取っただけではなく、爆弾で全校生徒を巻き添えにしようとした真鍋に、桂木は激しい怒りを感じている。
 その凄まじい怒りは、桂木の微笑みを悪魔の微笑に変える。
 桂木が本気だと悟った真鍋の背中に、ゾクゾクっと冷たい何かが走った。
 「どこが高校生らしいんだ?」
 松本がそう言うと、桂木が微笑を浮かべたまま、
 「好きな子に照れながら告白なんて、十分に青春で高校生らしいじゃない?」
と、楽しそうに言う。そして、相浦のパソコンに映っている四宮の笑顔を見せながら、真鍋に最後の決断を迫った。

 「四宮君をここに連れてくるのと、知ってる事をすべて話すのと…、さぁ、どっちがいい?」

 そう言った桂木に逆らう術はなく、恋する男、真鍋はうなだれながら、自分の知っている事をボソボソと小さく情けない声で話し始める。だが、その内容は松本が予想していたものと少しだけ違っていた。
 真鍋に拳銃や爆弾を渡したのは、横浜を縄張りにしている東条組という暴力団の人間。真鍋が東条組の人間と接触したのは、大場が本部に捕まった後だった。
 自分の事を吐いたりしないかと心配になって、大場の自宅付近で様子を伺っていた真鍋に声をかけ手引きしたのは大場の父親…。
 大場の父親は、東条組に所属していた。
 「ヤクに手を出したのは…、学校で大場が何か隠してんのを見たのがきっかけだ。怪しいと思って調べてみたら、スポーツバックの中に多量のヤクが入ってたんだよ。だから、ちょっと脅して分け前をちょうだいしてたってワケさ」
 「多量の麻薬…だと?」
 「あぁ、そうだ。親父さんの関係からなのかどうなのかは知らねぇけど、大場はハンパじゃねぇくらい多量のヤクを学校に隠してやがったんだ」
 「つまり本部が押収したのは、その中のごく一部だったという訳か…」
 「はぁ? 何言ってんだよ? てめぇらが全部奪いやがったって大場の親父が…。それで捕まった大場から全部聞いて、俺らを捕まえるつもりじゃなかったのか?」
 「・・・・・大場はまだ何も喋っていない」
 「ウソだろ?」
 「本当だ」
 「・・・・・・・・・」
 どこかで話が食い違っている。
 いや、食い違ってるのではなく、故意に事実が捏造され捻じ曲げられている。本部が大場から押収した麻薬は、真鍋が言っている量と激しく食い違っていた。
 それに大場はまだ麻薬の事も、真鍋の事も何も話していない。
 事情徴収は謹慎中の大場の自宅で行われていたが、その間にいつもフラフラしていた家に戻って来ないという大場の父親の姿を見た者はいなかった。
 「・・・・・お前は大場が隠した麻薬の在り処を知っているのか?」
 松本がそう聞くと、真鍋はショックを隠せない顔で首を横に振る。確かに全部押収されたという大場の父親の言葉を信じたくらいだから、本当に隠し場所をしらないのだろう。
 やはり真鍋は何かの目的のために、捨て駒として使われたようだった。
 真鍋の話だと、麻薬入りのスポーツバックは学校に隠されているらしい。
 それが本当かどうかはわからなかったが、探してみる価値はありそうだった。
 「・・・・桂木」
 松本がそばにいる桂木に声をかけると、桂木はうなづいて執行部員達にスポーツバックを探すように指示する。そして、同じように松本も本部の人間に同じものを探すように指示した。
 今回の事件は、おそらく麻薬入りのスポーツバックが関係している。
 そして、その隠し場所は真鍋に見つかってから移動されたため、隠した大場しか知らないらしい。だから、隠し場所を吐かせるために拉致されたと思われる橘と大場を取り戻すためには…、それが必要だ。
 怪我人の治療をするために保健医の五十嵐を呼びに行く桂木の背中を見つめながら、松本はポケットからケータイを取り出すとアドレス帳の中の番号に電話する。すると、少しして聞きなれた声が耳に聞こえてきた。
 『今、港に着いたトコだけど? 何か用?』
 「だったら、そのままそこから動かないでいてくれ、誠人。すぐに私もそちらに向かう」
 『もしかして、何かわかったとか?』
 「今回の事件は、東条組と麻薬が関係している。大場が持っていた麻薬は、押収したものだけではない…、もっと多量に隠し持っていたんだ」
 『ふーん…で、その麻薬は?』
 「・・・・・今から探す」
 『間に合わなかったら?』
 「間に合わせる、絶対に…」
 松本はそれだけ伝えると、久保田との通話を切ろうとする。だが、そうしようとした瞬間に久保田の言った言葉が気になって、すぐに通話を切る事ができなかった。

 「今回の件は東条組がらみって話しだけど、ココにいる黒服のオニィサン達って東条組じゃなくて出雲会かも?」

 東条組と出雲会…。同じ横浜を拠点としている暴力団だが、その二つは似ているようで違っている。
 二つの組が大場の麻薬を狙っているのか…、
 それとも…、他に意図があって橘達をさらったのか…、
 部室に見張りを残して自分もスポーツバックを探しに向かいながら、松本は声には出さずに橘の名を呼び…、ベルトに差して隠した拳銃の重さを感じながら走り出した。




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