『うげ…っ、せまっっ』
 『おいっ、後ろから押すな』
 『しーっ、静かにしなきゃ見つかんだろ』
 『っていうかさ、なんで全員来るんだよ、一人か二人でいいだろ』
 『あぁ、そういえばそうですね』
 『そういう事は、もっと早く言えよっっ』

 桃源郷や西を目指さず、理事長室の下の部屋を目指した王子様御一行。
 雰囲気的に向かう途中で三人の不良…、いや、お花畑の三人のお坊ちゃまに妨害されたり、色々とそんな展開が待ち構えているような気がしなくもなかったが…、
 どうやら、そんなのは気のせいだったらしい。

 おいっっ、ちょっと待て…っ!!!

 そんな声が聞こえるような聞こえないような、そんな気がしたのはとりあえず無視して。…っておいっ!てめぇっっ!!と言われても無視する。
 そして、おまけにさっきからこそこそと呟いたり囁いたりしている五人が一体どこにいるのかっ、こそこそとごそごそと何をしているのかっっ!…ということもとりあえず置いておくのは、そこに謎があるからなのか無いからなのか。
 とにもかくにも、そんな事は無関係とばかりに、久保田は大きなアクビをしつつ理事長室のドアを開けた。実はあまりにものほほんとのんびりと歩いてきたために、すでに朝のホームルームは始まっている。
 しかし、授業中に王子様誘拐を成し遂げた久保田にとって、そんなのは些細な…、入浴の際、右の足から洗うか左の足から洗うかという程度の問題だった。
 
 「失礼シマース。一年の久保田、お呼びにより参上いたしました」

 一応、丁寧な挨拶に聞こえるが、若干アクビと眠気混じり。
 理事長を爆破する勢いは、一体、どこへ行ってしまったのか。今の久保田からは森や王子様について何かを探るとか、そういった気合も何も感じられなかった。
 そして、そんな久保田の前にいる理事長…、と思われる人物はいかにも理事長的な椅子に座って優雅にお茶を飲んでいる。しかし、その人物は何を思ったのか飲んでいた紅茶をじーっと見つめ、入ってきた久保田ではなく、横に立っていたスキンヘッドの男にそのお茶をぶっかけた。
 「ぬるい…、こんなぬるい紅茶をアタシに飲めっていうの?」
 「す、すいませんっ、理事長っ。今、淹れ直して…っ」
 「せっかく良い茶葉と俺の気分が、貴様のせいで台無しになってんじゃねぇかっ!!!」
 「ぎゃあぁぁぁーーっ!!!」


 「あのー、スイマセン。帰って良いっすか?マジで」


 蹴り飛ばされたスキンヘッドを、履いている赤いヒールで踏む理事長。
 図らずも朝の相浦状態の久保田は、自分のことは棚に上げて、そんな爛れた光景にくるりと背を向ける。そして、とりあえず爆破は出来なかったけど、顔は見たし、ま、いっか…と眠そうに呟いた。
 だが、サボリに誘拐、素敵な罪状目白押しで、そうは問屋が卸さないっ。出ようとしていたドアから新たな黒服が二人現れ立ちふさがり、入り口は封鎖された。
 「ココに入ったら最後、理事長のアタシから逃げられるとは思わないことね…、一年の久保田誠人クン」
 そんなセリフが聞こえ、何となく振り返った久保田の目に理事長が映る。
 そう…、今、久保田の目の前にいるのは自分でも名乗ったし、たぶん理事長だ。
 しかし、さっきスキンヘッドを踏んでいたのを見てもわかるように、理事長は赤いハイヒールを履いている。そして、その上には短いタイトのスカート、更にその上にはくだもの的な何かが入っていそうな大きな胸。
 赤い口紅と派手な化粧を見ても、理事長の椅子より夜の派手なネオンが似合いそうだった。そんな理事長に呼び出されると、気分的に教育的指導…というよりもイケナイ世界への扉が開いてしまいそうな気がする。
 しかし、それとは別に何かが、どこかがおかしい気がしてならないのはなぜだろう。そして、それはおそらく理事長を別人だと思った誰もが感じた違和感。
 そして、そんな違和感を心の声にすると、たぶん…、
 なんか違うよっっ、このオカマっ!!!!である。
 実は学園内では有名だが、ボイーンとバイーンとした巨乳はウソ胸だった!
 「うーん…、オカマはオカマなのにねぇ…」
 「今、何か言ったかしら?」
 「いいえ、何にも」
 「なら、いいけど」
 オカマはオカマ、どう見てもオカマ。
 顔も姿も、男らしい五十嵐徹という名前も変わらない。
 なのに、どうしても感じた違和感が無くならなかったっ。
 ちなみにお前は初対面だろっ!!という相浦のツッコミは、今は傍にいないので初対面でもオカマの違いが判る男、久保田には入らない。学園内の誰もが学期の初めや終わり挨拶程度なら理事長の声を聞いたり、遠目で顔を見たりしたことはあるが、何かとサボりにサボりまくっている久保田は当然聞いても見てもいなかった。
 良く考えれば、今の今まで何の処分も受けなかったのが不思議すぎる。
 ほら、そこはちょちょいと要領で…とか言ったとか言わないとか、とにかく久保田は謎の多い男だった。学園ならぬ、久保田の七不思議状態っ。
 けれど、さっきから入らないと思っていたツッコミが、ある場所からヒソヒソコソコソと耳に入らない音量で入っていた。

 『…って、ココの理事長ってオカマなのかよっ?』
 『えぇ、有名な話ですけどね。そう言えば王子様は眠っていた間のことは、何も覚えてらっしゃらないとか?』
 『今は王子じゃなくて、時任。マジか…ってか、お、お前っ、橘っっ。さっきからドコ触ってんだよっっ』
 『すいません、ここは狭いですから』
 『狭いつったって…、ちょ…っ!!』
 『おや、後ろから誰かが押して…』
 『ーーーーーっっ!!!』

 入っていたと思っていたツッコミは、実はただのセクハラ。
 さすが総受けに見せかけて、総攻めの男橘!!
 好みと見れば、ちょっとやそっとの隙も見逃さないっ!!!
 どうやら、かなり狭い場所にいるらしい王子様一行だが、その場所で時任と密着できる場所をキープしていた橘は、少し押された衝撃を利用して両手を伸ばし…っ、
 むぎゅっと掴めそうも無い胸を思い切り触ったっ!!!!

 ズガガガガガーーンっ!!!!!!!!

 橘が胸に触った瞬間っ、突然に鳴り響く轟音っ!!!
 しかし、これは触られた衝撃の効果音でも、朝から胸を触られまくりの時任の王子様パーンチがさく裂したわけでもないっ。ならば、一体どこからっ!!!?
 そんな誰もが抱く疑問に答えたのは、いつどこから出したのかボールペンを指の間でクルクル回している、何かが違うオカマと対峙していた久保田だった。
 「一体、今のは何なの? いきなり壁に穴がたくさん開いてるけど?」
 「あぁ、アレね。なんとなーく、誰かが俺の貧乳を揉んだ気配がしたんで、ちょっちね」

 って、ソレってどんな気配だよっっっ!!!!!!!

 理事長室の壁を突き抜けっ、壁の中に突き刺さるボールペンっ!
 人間離れした…というより、本気で人間かどうか疑いたくなる必殺攻撃っ!
 それを奇跡的に避けた橘の代わりに被害に遭った相浦が、マヌケな体勢のままボールペンで貼り付け状態で、ここぞとばかりに心の中で盛大にツッコむっ!そして、胸を触られた上に俺のモノ呼ばわりされた時任は耳まで真っ赤になりながら、俺の胸は俺のモンだっっていうか、貧乳で悪かったなっ、貧乳でっっと叫びかけたのを、心身を滅却中の松原が伸ばした手で口を塞いだ。
 すると、一番端にいて被害を受けなかった松本に睨みつけられながら、橘は自分の手をじっと見つめる。そうしながら、おや、気のせいでしたかと意味不明な呟きを漏らしつつ、なぜか首を傾げていた。
 だが、今の問題は王子様の胸ではなく、王子様一行が居る場所っ。
 自分を拘束するボールペンを感じながら、ゴクリと相浦は息を飲んだ。

 やぱいっっっ、見つかっちまったっ!!!!

 実はこの学園、もしくはこの世界には電話はあっても盗聴器はない。王子様が眠りについてから長い長い年月が過ぎて、色々と進歩や進化は遂げてはいても、車はあっても速度は言わずがなといった感じの程度だった。
 つまり盗み聞きしようと思ったら、どこか声の聞こえる場所に隠れておくか、ドアに耳をつけるとかして立ち聞きするしかない。そういった訳で理事長を不審に思っていた橘は、どこか良い場所や方法はないかと学園内を調べまわって見つけたのが、今いる場所だった。
 『調べまわって気づいたのは、他の部屋に比べて理事長室と隣の部屋との間の壁がやけに分厚い事です。そして、理事長が不在の時を狙って、更に調べた結果。壁と壁の間に人の通れる隙間があって、下の部屋にある出口へ階段で降りことができることが判明しました』
 そう橘から説明されたように、下の部屋にある大きな額縁の裏にドアがあって、その中にある急な階段を登ると理事長室の壁の間にある通路に出る。だから、橘は理事長室でも理事長室の隣の部屋ではなく、下の部屋へと時任達を呼んだ。
 もちろん、その通路の出口は同じように理事長室にもあるのだが、何だかわからないけど、まぁいいわ…と何かが違うオカマは壁の穴を、そこに誰かが潜む可能性を無視する。それを聞いた相浦と室田はほっと胸を撫で下ろしたが、橘と松本は顔を見合わせた。
 そして、時任を含めて理事長室から聞こえる声に耳を澄ませる。
 すると、久保田へと近づく、何が違うオカマのヒールの音が聞こえてきた。
 「アナタ…、なぜ自分がここに呼ばれたかわかってるのかしら?」
 「それはもちろん、わかってるから来たんですけど?」
 「授業をサボって私有地へ、立ち入り禁止の裏の森を散歩したそうね」
 「・・・・・・」
 「そこで何を見たのか正直に答えるなら、アナタ…、なかなかアタシ好みだし。処分とか色々と…、軽減してあげなくもないけど…」
 久保田の目の前で立ち止まったオカマは、そう言いながらゆっくりと腕を伸ばす。それから橘を上回るいやらしい手つきで、久保田の腰を撫でまわした。
 けれど、久保田の表情は少しも変わらず、眠そうなまま。
 それに焦れたのか、オカマは腰を撫でていた手を久保田の頬へと伸ばした。
 「もし、ここで話しづらいなら…、別室へ行ってもいいのよ」
 「その別室って、もしかして大きなベッドがあったり?」
 「察しの良い子は好きよ…。ねぇ、アタシと寝てみない? 今まで感じたことのない快楽と天国を見せてあげる…」

 ぎゃああぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!!!

 オカマの露骨な誘い文句に久保田ではなく、やっとボールペンから脱出した相浦に抑えられた時任が心の中で絶叫するっっ。
 べ、べ、べ、ベッドって寝るってっっ、ただおやすみなさいとかって一緒に寝るだけじゃないよな? 快楽とか天国とかって…、やっぱりそういうっ!!
 で、でもっ、相手はオカマ…っっ、けど、アイツはお、お、俺のっていうかっ、男の胸揉んでたしっ!!ノォオォォーっ!!!!
 実際に迫られている久保田は眠そうだが、そんな久保田の様子が見えない時任は思いっきり混乱していた。目覚めてからヘンタイな久保田しか見ていないせいか、時任の脳内ではすでにモザイクがかかり始めていたっ。
 何だかわからないけど、こんなのはイヤだっ、イヤすぎるっ!!!
 混乱の中でそう思った時任は、自分を抑える相浦の腕を振り払って理事長室の壁を思いっきりキックした。すると、すでにボールペンで穴あき状態になっていた壁は、いとも簡単に壊れ崩れる。
 そんな予想外の行動に慌てた橘と松本が静止の手を伸ばしたが、それも間に合わず時任は久保田の元へとダッシュで走り寄り。侵入者へ攻撃を加えようとするスキンヘッドよりも早く、久保田の頭をスパーンと叩いた。

 「あんなに俺の胸を揉んでおきながらっっ、こんなオカマの胸まで揉もうってのかっ!!!このドヘンタイっ!!!浮気者ーーっっ!!!!」

 あの・・・、スイマセン。
 ココって浮気とか痴情のもつれとか、そういう現場でしたっけ?
 時任に向かって伸ばしかけた手を止めた誰もが、そんな事を思いつつ、そのままの状態で固まった。しかし、時任は止まらずバシバシと、まるで浮気発覚の恋人を責めるように叩きまくる。
 すると、久保田はさっきまで眠そうだったのがウソのように、パッチリと目を開いてそんな時任を眺める。そして、楽しそうにうれしそうに口の端を釣り上げて目を細めると、自分を叩く時任の手を受け止めるように握りしめて、まるで愛を誓うようにその指先に口づけた。
 「俺が時任の可愛い胸以外、揉むはずないデショ。俺が揉みたいのは、貧乳でも巨乳でも時任の胸だけだし?」
 「そ、そう…なのか?」
 「うん。これからもずっと時任の胸だけ、朝も昼も夜も揉むから、ね?」
 「なら…、いい」
 「うん」
 見つめ合う目と目…、握りしめ合う手と手。
 どう見ても恋人同士にしか見えないが、実は出会って二日目の二人っ。だが、次の一言で恋人同士のような甘い空気は塵となって、木っ端みじんに消え失せた。

 「なーんて、言うワケねぇだろっっ!!このどヘンタイっっっ!!!!」

 王子様パーンチがさく裂すると同時に、今度は理事長室の窓が破壊される。けれど、それはパンチのせいではなく、久保田が時任を抱えて窓から逃げたせいだった。
 そして、その後始末を成り行き的に任されることになってしまった寮長コンビは、深いため息を付きつつ、時任の開けた穴から理事長室に姿を現す。それと同時に相浦達には、この場から逃げるように指示を出していた。

 「理事長はご存じでしたか? この壁の向こうの通路の存在を…。そして、この通路の先、階段を降りたところにある、あの茨の森へと続く道の存在を…」

 いきなり現れた寮長二人に、理事長は驚いたのか少し表情を崩す。
 それを見ながら何かを探るようにそう言ったのは、通路を発見した橘。
 松本は周囲に視線を走らせながら、そんな橘を何も言わず見守る。すると、理事長の皮を被ったオカマなのか、それとも本当に理事長なのか…、そんな疑惑のある人物は唇に妖しい笑みを浮かべた。


                                         2012.7.30

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