待ちに待っていたのか、それともぜんっぜん待っていなかったのか。
 とうとう来てしまった理事長からのお呼び出し。これでとりあえず理事長に会って、少しくらいは話が出来るだろう。
 しかし、王子様について何をどう話すかは、呼び出される久保田次第。
 そう思うとなぜだろう、不安で不安で不安でたまらないっっ。
 学園に入れば授業をサボり、森に入れば王子誘拐。
 ベッドにパンツにセクハラ三昧。
 一体、何の能力を認められて入学したのか、今も質問攻めや騒ぎを回避するために食堂ではなく、102号室で室田が作った朝食を食べている王子様こと時任(仮)の横でなにやら準備をしていた。
 しかも準備と言っても、カバンに教科書やノートを詰めている訳ではない。
 引き出しから取り出した何かの部品を、手際良く組み立てていた。
 「なぁ…」
 「ん〜?」
 「さっきから組み立ててるソレって何?」
 室田のスペシャル朝食メニュー、森の王子様風ふわふわオムレツを食べながら、時任が久保田にそう尋ねる。すると、久保田は組み立て終えた黒くて長いものをじっと眺めた後、のほほんとそれに答えた。
 「コレは中華鍋って言って…、ま、いわゆるお料理道具ってヤツ?」
 「お料理道具ってコトは、ソレでこーいうの作れたりすんのか?」
 「うーん、料理は料理でも、そーいうのは無理なんだけどね」
 「じゃ、どんなのが作れんだよ」
 「どんなのって…。そうねぇ、たとえば理事長の・・・・・・」
 久保田が中華鍋?に何かを詰めてキャキリと音を立つつ、本日の料理メニューを告げようとする。けれど、それをいつの間に食堂から戻って来ていたのか相浦が物凄い形相で全力で久保田の手から中華鍋を奪いっ、ゴミ箱に放り投げたっっ!
 「俺は見なかったっっ、なーんにも見なかったぁぁっ!!!!!」
 全力ダッシュで全力否定っっ。奪った瞬間に心の中で呟いた、うわーマジかよモノホンかよーみたいな感想も全力で忘却っっ!
 そして、相浦は目を血走らせながら、フォークをくわえて可愛くキョトンとしている時任の肩をガシリと掴んだ。
 「さっき見たものは忘れろっっ、今すぐにっ!」
 「…ていうより、なんか怖すぎて目の前の光景の方が、俺的に今すぐ忘れてぇけど」
 「それはどういう意味だっっとか言いたいけど、とりあえずそれよりも先にとにかく黒くて長いモノのことは忘れろっ、今すぐ忘れろっっ」
 「だから、なんで?」
 「なんでとかどうしてとか言う前に、とにかく速攻忘れないと久保田みたいなヘンタイになるぞっ! しかもヘンタイはヘンタイでも、久保田だからすっげぇヤツ!!!!」
 いやいや、そこはヘンタイじゃなくて犯罪者だろう。
 そんなツッコミを誰も入れなかったのは、奇跡なのかボケなのか。しかし、時任には効果絶大だったらしく、ぎゃーっと叫びつつ速攻で首を勢い良く縦に振った。
 「今すぐ忘れるっ、速攻忘れるっ!!!」
 「ようやくわかってくれたかっ!!」
 「わからいでかっっ!!!」

 「・・・・って、どういう説得で反応なの、ソレ」

 しゃがみ込んでゴミ箱の中をのぞきながら、久保田がそう呟いたがガシリと握手を交わす二人の耳には聞こえていない。だから、仕方なく捨てられた黒くて長いものをしょんぼりと久保田が見つめていると、その間に相浦から何を言われたのか、時任が拾うなよっ、絶対に拾うなよとまるで生ゴミを漁ろうとした飼い犬を叱る勢いで言った。
 「拾ったら、絶交だかんな!」
 「えー…」
 二人が出会ったのは、確か昨日。
 しかし、すでに時任の絶交に逆らえない久保田は、完全に尻に敷かれ切っている。しょんぼりが更にしょんぼりになった様子からも、それは間違いなかった。
 そんな朝からセクハラ、SМ、犬プレイの三拍子の二人に、相浦は浮かべ慣れた生ぬるい笑みを浮かべつつ、ゴミ箱ごと黒くて長いものを戸棚の中に押し込むっ。そして、記憶から完全に消去した。
 「これでよしっと…」
 いやいや良くない、ぜんっぜん良くないと心の中でツッコむ自分の声に気づいていたが、とりあえず聞かないフリをする。
 ・・・ぶっちゃけ、めちゃくちゃヤバイし処分出来ないしっっ。
 ゴミ箱ごと久保田を理事長か寮長に差し出すことも出来るが、そうしなかったのはどんなにヘンタイだろうと危険人物だろうと、現時点で時任…、王子様のことを一番大切に思って助けようとしているのは久保田のような気がしたからかもしれない。
 …が、それはわずか三秒だけのことだった。

 「まぁ、いいや…、ソレが駄目ならコレで…」
 「とかってっ、手投げ弾で何を爆破するつもりだっ!!!このヘンタイテロリストっ!!!!」

 ヘンタイからテロリストになった訳ではなくっ、ヘンタイ+テロリストと加算された久保田は、果たして最終的にナニになってしまうのかっ!? 
 そんな良くわからない久保田の進化なのか退化なのかはさておき、相浦の全力阻止で、結局、久保田は丸腰で理事長室に向かうことになった。
 だが、それでも心配で心配でたまらない相浦は、自分も理事長を見てみたいという時任を連れて学校へと向かう。もちろん行先は自分の教室などではなく、久保田と同じ理事長室だ。
 何かあった時のために、途中で室田と松原とも合流。
 しかし、その途中で聞き覚えのある声に呼び止められた。

 「そんなに慌ててどこへ行くつもりなのか…と聞かなくても、お前たちの行先はわかっているが。行ったところでどうにもならないし、中には入れないぞ」
 
 慌てて行っても無駄だと、礼儀正しくおはようと挨拶した後で言ったのは、昨日、これ以上は関わらないと断言していた寮長の松本。もしかして、昨日の敵は今日の味方…ではなく、昨日の味方は今日の敵なのかっっ!?
 …と、時任を守るように相浦達は身構える。
 しかし、それは杞憂だったようで、ただ単に王子様ではなく、留学生としての時任を迎えに来ただけだった。
 「留学生として学園にいる以上、定められた学園の規則や規律に従い、きちんと授業にも出てもらう。そうでなければ、昨日の書類は無効だ」
 そう言って敵ではないが味方でもない松本は、四人の前に立ちはだかる。
 相浦が久保田一人で行かせると理事長が爆発するっっと、とてもわかりやすいのかわかりにくいのか不明な説明で説得しようとしたが、松本は全員教室に向かえと一歩も譲らなかった。
 「爆発しようがしまいが、理事長室に呼ばれたのは久保田だけだ。お前たちは早く教室に向かえ、予鈴が鳴る。時任は私が案内するから問題無い」
 「ちょっ、ちょっと待てよっっ、俺も理事長に!」
 づかづかと四人に近づいた松本が手を伸ばし、問答無用で時任の腕をぐいっと引く。それを見た相浦と室田が引き戻そうとしたが間に合わず、まるで悪い王様にさらわれるお姫様ならぬ王子様のごとく、松本は時任を連れ去ろうとした。
 しかし、時任が松本の腕に噛み付くよりも早く、お花畑の方向からあらわれた人物が松本を止める。そして、その人物を見た松本…ではなく、時任が驚いたように目を見開き叫んだっ。

 「母上っ!」

 母上とは、言い方を変えればお母さん、ママ…。
 しかし、時任がそう叫び呼びかけた人物は、この学園の制服を着た男子高生。当然ながら、同い年くらいの子供を腹を痛めて産んだ覚えは少しもちっとも微塵もないっっ、断じて無いはずだ!なのに、母上と呼ばれた人物はあり得ないことに驚くどころか優しく微笑みかけると、時任に、王子様に向かって両手を広げた。
 
 「うふふふ…、さぁいらっしゃい」

 そう言ったのは男子高生でもただの男子高生ではなく、麗しく美しい顔に浮かべた微笑みは、まるで聖母。背後に咲き乱れるのは、白いユリならぬ薔薇の花。
 その姿に通りかかった生徒の誰もが見惚れ、心の底から思ったっっ。
 息子でも良いっっ、今すぐにでもあの胸に飛び込みたいっっっ!!
 一瞬にして色々なものを盛大に踏み外した生徒が多発した学園の明日は、果たして明るいのか暗いのかっ。そんな禁断の花園状態の中で、時任はなぜか真っ青な顔で硬直した松本の隙をついて逃げ出す!
 そして、父親そっくりの室田の背後に隠れた時任は、麗しい微笑みに向かって、ぷるぷると震える人差し指を突き付けたっ。

 「は、母上の顔してっっ、俺をだましてナニするつもりだっ!!世間の目はごまかせてもっ、俺の目はごまかされねぇぞ…っ!!!」

 ・・・って、いきなり母上とか呼んだのはお前だろっっ!!!!!
 自分の発言を自分で撤回した時任に、心の中でそうツッコんだのはやはり相浦っ。しかし、ツッコミつつ信じられないっ、信じたくない事実に直面しっ、思わず王子様の母上顔の男子高生の顔をじーっと見つめてしまった。
 実は目の前の男子高生は、情報通の相浦でなくとも学園内の誰もが知っている有名人。勉強でもスポーツでも何でもトップクラスの成績を誇り、別名お花畑もしくは七光り城と呼ばれる東煌寮の寮長。
 優秀で有能な二人の寮長の片割れで、その名を橘遥という。
 しかし、有名な理由はそれだけではなく、少しウェーブがかかった茶色の髪に白いなめらかな肌、一回見ても二回見ても三回見ても女と見まごうほどの整った美しい顔立ちも有名な理由の一つだった。
 学園内にはファンクラブも存在し、ひそかに白薔薇姫と呼ばれている。
 だが、そんな姫君は、王子様の母上似。
 そして、ふわふわオムレツも作れる料理人、室田は王子様の父親似。
 この恐ろしい事実に気づいた相浦は生ぬるい笑顔ではなく、心底心配したような気遣うような顔で時任に近づくと、同じように近づいていた松原と一緒に元気づけるように肩をポンッと叩いた。

 「元気出せ…」
 「元気出してください」
 「・・・って、何がだよっ!!!!!!」

 二人から心配され気遣われ、良くわからない同情をされっ、時任はそう叫んだが、青い顔をした松本も橘と室田を見た後、同情的な視線を時任に向けた。
 室田と橘を並べて見ると、まさに美女と野獣。
 そして、時任はその二人のどちらとも似ていない。
 祖父母似とか隔世遺伝という可能性もあるが、脳裏に浮かぶのは語り継がれた童話の王妃様の浮気説っ。すると、王様が隣の国のホモ国王と出来てる可能性が上がるのか下がるのかっ! 
 それはとりあえず置いておいたとしても、様々な疑惑が相浦や松原、そして松本の脳裏を駆け巡るっっ!だが、運悪く居合わせた寮内での時任の発言を聞いていた寮生の脳内は、もっと大変なことになっていたっっ!!!

 「ま、ま、まさかっっ、白薔薇姫は本当に姫で、む、室田とっっ!!!!」
 「ぎゃあぁぁ…、イヤだぁぁぁっ、考えたくねぇぇっ! 姫がおっさんの毒牙にっっ、しかも子供までっ!!!!犯罪だっっ!!!!!!」
 「バカっ、言うなよっっ、想像しちまっただろうがっっ!!」

 犯罪だっっ、犯罪っ!!!!!!
 昨日は同い年くらいの少年の父親にされ、今日は犯罪者っ。
 あまりの展開に冷や汗をだらだらと額から流しつつ、いやっ、俺はやってないっ!!と取調室の犯人のように叫ぶ。しかし、そんな室田を見つめた橘は浮かべていた麗しい微笑みを更に深くした。
 「残念ですが、たとえ奇跡が起ころうとも、僕が貴方の子供を産むなんてあり得ません」
 一体、何を言うつもりなのかと室田だけではなく、依然として青い顔をしたままの松本も身構えたが、橘の口から出たのは当たり前でまともなセリフ。それにホッとして二人は良かった、なんだと肩の力を抜いたが、それは姫の皮を被ったケダモノのフェイントだったっ!!

 「そう、たとえ奇跡が起ころうと相手が誰であろうと、僕は攻めですから。もしも、子供を産むとしたら、僕じゃなくて彼ですよ。・・・・・ね、そう貴方も思うでしょう?」

 たとえ相手がオッサン顔だろうと攻める…、攻めてみせますよ、うふふ…。
 …と、そんな宣言をしたも同然な姫君の最後のセリフは、昨日、フラフラとへっぴり腰でお花畑から帰ってきた松本に向けられていた。
 何を隠そう…というか、実は何も隠していたりはしないのだが、お姫様は室田相手でも攻め攻めしいっ、学園内一の究極の攻めだったっ!!
 「もっとも、僕は松本寮長…、彼一筋ですから、貴方が僕の子供なら彼が母親。正確には飛び込むなら、彼の胸に…」
 「飛び込ませるかっ!!!当たり前だが、俺はお前の子供を孕んだ覚えも、産んだ覚えもないっ!」
 「おや、おかしいですね…。そろそろ出来てもおかしくは…」
 「おかしいに決まってるだろ! 俺は男だっ!!」
 普段は自分を私と呼んでいる松本が、橘と話す時は俺になっている。
 それだけ取り乱してしまっているせいなのか、子供と母親の件は否定しても、橘との関係はまったく一回も否定していないことに気づいていない。久保田いわくの乱れてただれた二人の関係を垣間見た相浦は、近くで同じように見ていた時任と一緒に遠い目になった。
 「あんな大人にはならないようにしようぜ…」
 「あんなオトナになったら、お仕舞いだよな…」
 ある意味大人な二人の会話は、二人の視線に気づいた松本の咳払いで終了し、それを合図に橘がここに来た理由を話し始める。そして、それでわかったことは、昨日、乱れてただれた関係の松本の身体に聞いたらしい橘が、眠れる王子様の話…ではなく、理事長の話に興味を持ったことだった。
 「王子様の話はにわかには信じがたいですが、理事長が別人という噂については僕も聞いた事があります…。そして、その噂について以前から興味を抱いてました。ですから、松本寮長は関わらないおつもりのようですが、僕は得た情報を共有するという条件を飲んでくだされば、出来る限り協力させて頂きますよ…」
 そう周囲には聞こえないように小声で囁くと橘は二つに分かれて、別々のルートで理事長室の隣ではなく、下の部屋に来るように全員に指示する。そして、恋人なのか何なのか不明な関係である松本の耳元で、身体がつらいなら、ゆっくり来ても構いませんよと妖しく微笑んでから一人で歩き出した。
 「このエロギツネめ」
 「ふふふ、貴方が呼んでくださるのなら、キツネでもタヌキでも何とでも」
 こうして、不自然にならないように留学生の時任と寮長の松本…、そして未だショックで硬直したままの室田を引きずった相浦と松原とに別れて橘の言う部屋に急いで向うこととなった。しかし、果たして久保田が理事長と会うまでに間に合うのか、理事長室の下の部屋に何があるのか、何もかもが謎のまま、時任は初めて学園内に足を踏み入れた。


                                         2012.7.2
             
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