「うーん…、見たまんまっつったら、そーだし。昔っから、なれればって思ってたのは事実だけどさっっ。いざなったら、ちょっち複雑っていうかなんていうか…」

 ベッドの真ん中に座りつつ、そう呟くのは久保田でも相浦でもなく、王子様。
 そして、その視線はなぜかあぐらを組んだ足の間にあって、さっきからブツブツ、ブツブツと独り言を呟きながら、そこを眺めている。
 ベッドの上で、自分の股間を眺める王子様。
 その姿はシュールなのか、それともギャグなのかっ。
 王子様事情で久保田と同じベッドで眠りながら、男はイヤだ、男はイヤだぁあぁ〜とうなされている相浦にはわからない。そして、王子様自身もそれはわからない…というよりも、ぶっちゃけ何もわかっていなかった。
 おそらく起こったすべてをすでに知っているだろうと思われる理事長からの呼び出しは、松本の予想に反して今日はなかったものの、やはり時間の問題。とりあえず理事長に事情を聞くまでという条件付きで、寮長である松本に寮に居ることを許可された王子様は、表向きは室田の息子…ではなくっ、一日早い交換留学生ということになっていた。
 一日早いというのは、本物の留学生が来るのが明日の予定だからである。
 しかし、そういう事情なら明日になれば必然的にバレてしまう。理事長に呼ばれれば隠す必要もなくなるのかもしれないが、ウソを知れば騒ぎになるかもしれない。
 ならば、無意味に事態をややこしくするよりも、室田の息子ということにしておけば良いのでないかという気がしなくもなかった。思いっきりバレバレ…というか、ぶっちゃけバレなきゃおかしいレベルだが、その思い切りの良さと室田の老け顔が何とかしてくれるだろう…、たぶん。
 けれど、そんな安全なのか危険なのか良くわからない賭けに出る前に、誰に何をどうやって頼んだのか、ちょっと待っていろと一人で東煌寮、別名お花畑へ出向いた松本が、フラフラとへっぴり腰で交換留学生の偽造書類を持ち帰ってきたのだった。
 「これは偽造の書類だが、申請した学校側のサインもこちら側の許可のサインも本物だ。たとえ理事長でも、すぐには見抜けないだろう。別におとぎ話や王子様などという話を信じた訳ではないが、これで何かあってもしばらくは誤魔化せるはずだ」
 そう言った松本の顔はなぜか真っ赤で、どこかで痛めたのか自分の腰を痛そうにさすっている。それを見た室田と松原は大丈夫か?と心配したが、情報通の相浦は浮かべた笑みをなぜか引きつらせ、久保田はのほほんとした調子で松本の肩をぽんと軽く叩いた。
 「・・・・・やっぱり、ハジメテは痛かった?」
 「べ、べつに初めてというわけでは…、などとっっ、私に何を言わせる気だ!」
 「って言われても、今のは尋問詰問する間もなく、自虐的にしゃべったような?」
 「誰が自虐的だ、さっきのはただの自白だ」
 「あ、自分で認めた」
 「うっ、うるさいっっ。とにかく、これで文句は無いだろう。後のことは、自分達で何とかしろ。私が協力するのも関わるのも、ここまでだ」
 「なーんて言ってるわりに、寮長サンって意外と良いヒトっぽいよねぇ。色々と乱れてただれてるみたいだけど?」
 「余計なお世話だ」
 何がハジメテなのか、何が色々と乱れてただれてるのかは謎だが、王子様の見立て通り見かけによらず?松本寮長は良い人らしい。さすが優秀で有能な上に、皆に頼りにされているだけのことはある。
 校則や寮則だけで、判断を下したりはしないようだった。
 そのおかげで食事も食べられたし、とりあえずということで久保田と相浦の部屋にいられることになったのだが、それでも松本は別におとぎ話を信じた訳でない。けれど、当の本人である王子も、相浦から聞いたおとぎ話を思い出しつつ、ベッドの上で唸っていた。

 「とりあえず、おとぎ話は置いといたとしても、すんげぇ年月が過ぎちまってるのは確かだよなぁ。そーなると確かに俺は王子だけど、王子だったっつーか、すでに過去形?だし…、どーすっかなぁ…」

 そう、すでにすべては過去形。
 父親が隣国のホモ国王とできていようと、どうだろうと確かめるすべはないし、宝物の話はウワサ程度にしか知らない。魔法使いなんて見たことも無い。
 だから、おとぎ話の眠れる森の王子様かと聞かれても首をかしげるだけだ。念のためにと松本に理事長のことを聞かれたが、眠っていた時のことはわからない。
 わからない知らない事だらけで、少しずつ今の状況がわかって慣れては来たものの、それこそ魔法をかけられたみたいに妙な感じだった。

 「夢…、じゃあねぇモンな」

 夢じゃない、夢じゃないよなと呟きつつ見つめるのは、やっぱり足の間。
 眠る前にはなかったモノがある場所っ。
 初めて見た時は驚いたが、やっぱり今でも驚かずにはいられない!
 いや、俺は確かに王子だけどっ、そうだけどもっっ!!!
 こんなモンはついてなかったっていうかっ!!
 なんっだこりゃっっつーかっ!!
 あり得ねぇだろっ、マジでっっ!!!!!
 目の前にある動かしがたい現実。それをじーっと見つめつつ、王子様が心の中で叫びまくっていると、いきなり耳元で声がした。

 「うん、まぁ、わりと立派だよね…、ソレ」
 「うぎゃあぁぁーーっ!!!」

 いきなり鼓膜以外のどこかにも響きそうな声に、王子様を耳を押さえながら、物凄い勢いで後ずさりっ、行き止まりの壁に張り付くっ。すると、隣の部屋の住人から壁をドンっと叩かれ、うるさいっ、寝ろっ!!と怒鳴られた。
 しかし、そんな声に答えている余裕はないっ。さっきまで眠っていると思っていたのに、いつの間に移動してきたのか、今は血まみれではなくなったが、それでも十分に怪しい男…っ、久保田が同じベッドに座っていた。
 「な、なっ、なんでっ、お前っ、いつの間に…っ」
 驚きのあまり、また叫びかける。
 だが、素早く伸びてきた手が、王子様の口を押えた。
 「しー…、静かにしないと、また怒られちゃうし」
 「・・・・っ、うー、うぅーっ!」
 「心配しなくても、何にもしないから・・・、たぶん」

 たぶんってなんだ、たぶんって…っっっ!!

 そんな心の中のツッコミは相浦直伝…という訳ではないが、やはり並々ならぬヘンタイを前にしてはツッコまずにはいられないっ。それにツッコまずにスルーすれば、今度はこちらが何か良くわからないモノをツッコまれそうだったっっ。
 良くわからないがとにかく危険な男…、久保田誠人。
 そして、その久保田に口を塞がれた王子様は、絶体絶命のピンチっ。この騒ぎでも起きない相浦は、今ならツッコまれ放題っ!
 そんな状況を前にして予想通りなのか予想外なのか、久保田がツッコんだのは王子様が見つめていた場所だった。


                                         2012.5.8
                

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