むかしむかし、とあるところのとある国に、一人の王子様がいました。 王子様の国はとてもとても小さな国でしたが、心優しい王様の治める国は争いごとも少なく、穏やかで平和でした、と…、 そんなフレーズで始まる、眠れる王子様のむかしむかしのおとぎ話。 しかし、お爺さんまたはお婆さんから孫へとか、お父さんとかお母さんから子供へとか伝わっていく内に良くわからない登場人物が増えたり、個人的趣味によってアレンジを加えられたり、良くわからない物語へと変貌を遂げていた。 そのため、色々と良くわからない疑問も疑惑もてんこ盛り。 ありがちな悪い大臣から隣国のホモ国王、そして王妃様の浮気相手まで、とにもかくにもぐっちゃぐちゃのごっちゃごちゃになっていて、元々のストーリーはわからなくなってしまっている。その中でも、もっともポピュラー…ではなく、マニアックな物語を語った久保田は固まった王子様を見てうんうんとうなづいた。 「やっぱり、父親が隣国のホモ国王とデキてたなんてショックだよね」 「なんでよりにもよって、そんなマニアックでショッキングな話してんだよっっ!」 「でも、知るなら順番的にアメでムチより、ムチでアメの方がいいっしょ?」 「いいワケあるかっ!」 順番的にムチムチアメムチなのか、ムチアメムチアメなのかっっ。 どんな順番で王子様に話そうとしていたのかは謎だが、とりあえず久保田の話を聞いていると確実に日が暮れるため、代わって相浦がもっともポピュラーで子供に聞かせても安心安全?なおとぎ話を話して聞かせる。それから、ついでに学校裏の森に本当にあった茨の森から、とてもとてもヒマだったらしい久保田が王子様を連れ帰った経緯も説明する。 すると、王子様はうーんと何かを考えるように首を傾げていたが、やがて右手で拳を作り、それで左の手のひらをポンッと打った。 「つまり、そのおとぎ話の中の王子ってのがたぶん俺で、しかもずーーっと眠ってたってコトか。どおりで妙なトコにいるし、パジャマ着てるしおかしいと思ったぜ」 そんな風に呟いた王子様は、なぁーんだ、そっかぁ…、ふーんとか言いつつ、何かを納得したようすでうんうんとうなづく。そして、今が何年何月何日なのかを相浦に尋ねると右手と左手の指を折り曲げて、おそらく過ぎた年を数え、またうーんと何かを考えるように首を傾げたが、まっいっか…と曲げた指をパッと開いた。 すると、隣にいた久保田が指折り数えた内容を知っているのかいないのか、王子様にいいの?と聞く。しかし、それはたぶん久保田だけではなく、この場にいる全員が聞きたいことに違いなかった。 もしも、本当に目の前にいるのが眠れる森の王子様だったとしたら、指折り数えた年とか脳裏を走馬灯のようによぎる過去とか、それは父親と隣国のホモ国王がデキていた話を聞いた時とどちらがショックなのかはわからないが、とにかく想像もつかないほどにショックだろう。すでに王子の話がおとぎ話となっていることからして、折られた指が一年や十年単位ではないのは確実だった。 しーんと静まり返る室内。 重く重くなっていく空気に王子様と久保田を除く全員の視線が床へと落ち、ぐぐっと無意識に拳を握りしめる。ただのおとぎ話でとても信じられる話ではないが、目の前の王子の様子を見ていると完全には否定できない。 だが、否定はできないが、完全に信じたわけでもない。 そのため、信じられない気持ちと信じたい気持ちが、頭と心の中でせめぎ合い絡み合い、状況はまるで洗濯機の中のパジャマとパンツ状態。しかし、次に無邪気に微笑んだ王子様の口から出た言葉を聞いた瞬間、この場にいる全員のせめぎ合い絡み合う心が一つになったっ。 「寝てる間に過ぎちまったもんは戻らねぇし、お前らがウソついてるようにも見えねぇし…。それに、そのおとぎ話がホントなら、俺が眠った後、父上も母上も他のみんなも楽しく平和に暮らしてメデタシメデタシだったんだろ? だったら、もうみんなと会えないのはさみしいけどさ、ま、いっかって思ってさ…」 ーーーーーーーーっ!!!!!! そう言ってニカっと明るく無邪気に笑った王子様に室田はぶぁっと男泣き、松原は背伸びしてガシリと王子様の肩を掴み、相浦はぐぐっと拳を更に握りしめるっ。そして、久保田のメガネがキラリと光った。 『俺が力になってやるっ!!!』 『俺も力になろうっ!!』 『僕も力になりますからっ!!!』 洗濯機の中で絡まった中からパジャマを取ったのかパンツを取ったのかっ、三人の叫びはほぼ異口同音!誰が誰とデキていようとっ、たとえそれが一億と二千年前でも構わないっ!!! 手と手を取り合い王子を守ることを誓った三人は騎士なのか、それとも感激屋サンで思い込みの激しいお年頃の男子高生なのかっ。とにかく、王子様が望むのなら協力して出来る限りのことはしようと決めたらしい…が、しかしっ!! 実は沈黙したまま、あまりにも静かなため忘れられていたが、この部屋には王子と久保田、三人の騎士以外にも人間がいた。 「…で、一応、この状況に至った経緯は相浦の話でわかったが。つまり簡単に言えば、授業をサボった久保田が校則を破り立ち入り禁止の森に入った上に、自宅で寝ていた少年をさらってきたということだろう。…犯罪だな」 うわぁぁあっっ、やっぱりぃぃぃっ!!!! 頭を抱えて心の中でそう叫んだのは、久保田ではなく相浦っ。張本人である久保田は、のほほんとソレって俺のコト?とか言いつつ自分を指差している。 そう…、思い込みが激しくも感激屋サンでもなく、じーっと冷静な目で王子様を見つめていたのは、この寮の寮長である三年の松本隆之。 その冷静な松本の目が、キラリと光る黒縁眼鏡のレンズ越しの久保田の目とかち合った瞬間、バチリと火花が散ったのは気のせい…、ではないような? そんな二人の様子に近くに居た三人の騎士はごくりと息を飲み、王子様はなんだなんだ?と首をかしげた。 「とりあえず、話はそこの少年を元の場所に帰してからだな。授業をボイコットした件についての処分も、その後で言い渡すから、そのつもりでいろ」 「・・・・もしも、イヤだと言ったら?」 「お前がやらないなら、私か他の誰かがやるまでだ。それに、この件についてはすでに連絡するまでもなく、理事長の耳に入っているだろう。どう言おうと言い逃れは出来ないし、どんな理由があろうとも処分を免れられるとは思わない事だ」 「・・・・・・・」 さすがはこの寮で一番の権力者っ、有能で優秀な寮長っ。 どんな泣き設定や萌え設定が目の前で展開しようとも問答無用、たとえ王子様の頭にネコ耳がついていたとしても、情け容赦なく寮長としての任務を遂行する! まさに寮長松本の守りは鉄壁!! ある意味、学校裏の森よりもガードは硬いっ。 しかし、久保田は少しも悩んではいなかった。 「・・・・・とりあえず縛ろっか?」 「なんで、いきなりそうなるっっ!!!」 すでにそうなのかどうなのか、犯罪者街道まっしぐらな久保田に相浦がツッコミ、室田が頭を抱え、松原が戸棚から縄を取り出す。すると、久保田に誘拐されたかもしれない王子様が、ちょいちょいと人差し指で久保田の背中を軽く突いた。 「あのさ…」 「うん?」 「俺、なんか迷惑かけてるみたいだし、ココ出てくから…。ま、色々と良くわかんねぇけど、きっと何とかなるし心配いらねぇよ」 久保田に向かってそう言った王子様は、けどやっぱ一度戻ってみっかなぁ…などと言っている。久保田のように少しも悩んでいないワケではなさそうだったが、状況や環境に対する順応力は尋常ではなく、よっしゃっと握り拳を作っているのを見ると、どこかで聞いたことのあるような正義のヒーローのように勇気も元気もリンリンっ。 今にも森に突撃しような勢いだったが、その行く手に茨でも隣国の王様でもなく、どヘンタイが立ちはだかった! 「俺のパンツ履いて…、ドコ行く気?」 「お、お、俺のパンツってっ」 「今、履いてるよね、俺のパンツ」 「・・・・・っ!!!」 王子様に囁くように言う久保田の声は無駄にエロいっ、王子様を見つめ目を細めている久保田の視線も無駄にエロいっっ。何もかもが無駄にエロい久保田を前に、勇気と元気がリンリン健全王子様は耳まで真っ赤になり、まるで魔王に遭遇したかのように身構えた! しかし、相手は魔王ではなく、たぶん、どヘンタイっ。 どんな伝説の武器も魔法も通じない…っ!!! かもしれない。 じり、じりと後ずさる王子様に、じりじりと迫り来る久保田っっ。 そして、王子様の背中がトンっと壁につくと、久保田は伸ばした両手を王子様の顔の横につき、無駄にエロく宣言した。 「俺のパンツを履いている限り、どこにも行かせないから…、覚悟しなね?」 王子様の履いたパンツは、どこにでもあるようなパンツだったばすっっ。 しかし、それが久保田のパンツだったためにっ、まるで拘束具のように王子様を束縛するっ。久保田の宣言を聞いた王子様は、一度は両手をズボンにかけたが、さすがに5人の男に見つめられつつパンツは脱げなかった。 「あ、ちなみにズボンだけ履いとけば…っていう反則技は無効だから」 「ソレの何がっ、ドコが反則なんだよっ!!このどヘンタイっ!!!!」 相浦がツッコむ間もなく、王子様が久保田にツッコミを入れるっ。 すると、ため息をつきつつ、飽きれたような生ぬるい視線で状況を見守っていた寮長松本が、自分の部屋に新しいのがあるからと王子様に救いの手を差し伸べた。 これで久保田のパンツからっ、パンツネタから解放されるっ! そんな心からの叫びを漏らしたのは王子様なのか、相浦なのかっ、一体誰なのかっっ。それはともかく、王子様はお前って見た目と違って良い奴だな…と、とてつもなくナチュラルに言い放ちつつ、その救いの手に飛びつこうとした。 だが、王子様のナチュラル発言に、松本がさすがにわずかに顔をひきつらせた隙をついて、久保田は冷静沈着な松本に揺さぶりをかける。すると、松本は王子様に向けていた視線を、再び久保田へと向けた。 「俺のパンツを履く前、王子サマが理事長のパンツを履いてたかもしれないって言ったら…、どうする?」 あくまでパンツ、まだまだパンツ。 しかし、松本はわずかに顔をひきつらせていたせいか、真剣な久保田の視線に無視できない何かを感じたのか、その発言を即座に一刀両断にはしなかった。 「・・・・・もしも、そうだとして何か問題があるのか?」 「さぁ? あるかどうかはわからないけど、とりあえず確認はしたいかなぁって」 「理事長に会うつもりか?」 「会えるものならね」 「それは、どういう意味だ?」 理事長に会う…のではなく、会えるものなら会う。 そう言った久保田に首をかしげたのは、松本だけではない。 久保田の物言いからすると、まるで会いたくても会えないように聞こえる。そんな言い方をしたのはただ王子様を帰したくないだけなのか、それとも何か理由や根拠があるのか…。 重ねて問いただそうと松本が口を開きかけたが、その前に学園の情報通である相浦が何かを思い出したのように短く、あ…っと声をあげた。 「そう言えば…、ずっと前に耳にした妙なウワサがあったんだ。中等部に入学したばっかの頃だったから、まだ今みたいな情報網も持ってなかったし、言ってた生徒は一部だけですぐに消えたし確認しようがなかったんだけどさ…。そのウワサってのが理事長が代わったって話もないし、見た目も理事長そのものだけど…、 ・・・・・別人だってウワサだったんだよ」 立ち入り禁止の森を、あの茨の森を管理しているはずの理事長。それが見た目も何も変わっていないのに、一時期、別人だというウワサが流れた。 あまり広まることなく、すぐに立ち消えたウワサだったが…、 高等部に入学したばかりの久保田の口から出た、それを匂わせる発言に相浦も松本も、他の二人も表情を変える。おとぎ話の眠れる森の王子様といい、別人だというウワサのあった理事長といい…、何かが起こりそうな予感がした。 2012.4.23 ■次 へ ■戻 る |