・・・とある学園のとある二つの寮。 それは敷地内の西の端と、東の端にある。 西にあるのが久保田と相浦のいる古びた床が軋みがちな西風寮、別名うさぎ小屋もしくは犬小屋とも呼ばれる。別名は誰が名づけたのかと言えば、ちょっぴりマゾな西の住人…ではなく、地位と名誉とお金にまみれた東の住人だった。 そして、その東の住人達の住む東煌寮を、別名お花畑もしくは七光り城と呼んでいるのは西の住人。もちろん、お花畑というのは寮の庭を指しているのではなく、住人の頭の中身を指していた。 これだけでも、西と東の住人の仲の悪さは十分にわかる。そのため、両者の間にケンカが勃発するのは日常茶飯事…だが、それが今まで小さくは無いが、大きくも無く中くらい程度に収まっているのは、二つの寮の頂点に立つ代々の寮長がストッパーの役目を果たしているおかげだった。 特に現寮長は西も東も優秀で有能で、彼らの右に出る者は高等部どころか学園内には居ないかもしれないと言われている。つまり何か揉め事や困ったことがある場合、二人に相談すればとても頼りになる…はずなのだが、立ち入り禁止の森から、王子様をお持ち帰りしたというような状況は例外どころか、バレるとマズイっ、ぜっったいにマズイっっという感じなので相談など出来るはずもなかった。 つまりは寮、学園の敷地内にいる限り、発覚は時間の問題。 そして、とりあえず一人で落ちついて考えたくて部屋を出た相浦が、ついでに近くに設置されている共用の洗濯機に茨と森を越えてきたせいか若干汚れたパジャマを放り込んだ時、うっかりパンツまで放り込んでしまったのは単なるミスなのか…、久保田の陰謀なのか…。結局、良い案が浮かばないまま相浦が部屋に戻ってくると、久保田はのほほんと王子様に向かって自分の予備の制服を差し出していた。 「うーん…、じゃ、とりあえずコレ着てみよっか?」 「てかっ、その前にパンツくれっ!」 「パンツは…、あれ? 無いってコトは、もしかしたらパジャマと一緒に洗濯しちゃったかも?」 「な、なにぃぃぃっ!?」 「…ってコトで、今は俺のか、ソコのヒトのしかないけど?」 「・・・・っ!」 「ねぇ、どっちのパンツがいい?」 「ど、ど、どっちって言われても…っっ」 「俺のがいい? それとも・・・、俺以外のヤツのパンツ履きたい?」 「ぱ、ぱぱぱ…っっ」 「ぱ?」 「パンツ持って迫ってくんじゃねぇっ、このどヘンタイっっ!!!!」 ばきぃぃぃいぃぃっっ!!!!! 眠れる森のほぼ全裸の王子様と、血まみれ男子高生久保田。そんな二人の間で頭を抱える相浦の前をパンツとか、パンツとか、パンツかとが飛び交う。 そして、久保田はヘンタイからどヘンタイへと進化を遂げ、最終的に自分のパンツを履かせ、制服を着せることに成功したようだった。 「ぶっかぶかじゃんっ、コレ」 「今はソレでガマンしててくれる? 後でちゃんとサイズ合うの入手しとくから」 それは制服なのかパンツなのか、それとも両方なのか。 ちょっぴり疑問に思ったが気を取り直し、相浦はほぼ全裸ではなくなった王子様本人に、本当に伝説の王子なのかどうか聞こうとした。そう、すべては救出なのか誘拐なのか真実を確かめてからだ。 いつまでもパンツにこだわっていても、話は一向に進まないっ。しかし、相浦が話を進めようと口を開きかけた瞬間、天から…ではなく、頭上から声がした。 『102号室の久保田、相浦。至急、寮長室まで来るように』 ぎゃあぁぁーっ、なんだかわかんないけど、もうバレてるぅぅぅ!!!! そう心の中で叫んだのは当事者達ではなく、やはりなぜか相浦。 声はマイクを通じてスピーカーから聞こえたが、寮において寮長の声は天からの声に等しい。その声に逆らうことは、この寮に住まう限り許されないっ。 授業をボイコット、森を散策、たぶん王子様誘拐。 どの件で呼び出されたのかは不明だが、何も心当たりが無い相浦まで呼び出されたとなると、すべての可能性も考えられなくもない…、気がする。しかし、久保田は眠そうにアクビをした後、うーんと伸びをするとドアへと向かった。 「ちょっと待てぇぇーっ、何をナチュラルに素直にすんなりと寮長室とかに行こうとしてるんだよっっ。どう考えてもこのまま行ったらマズイだろっ、ヤバイだろっ!!」 相浦が必死に引き止めると、久保田はのほほんと振り返る。 それを見て相浦は思った…。 とりあえず、血まみれはヤバイ。 それから、このまま王子様を置いていくのもヤバイ。 頭が痛くなるほどヤバイ、ヤバイ、ヤバイことづくめだったっ。 「とりあえずっ、どっかにそいつを隠すとかしないと!」 「なんで?」 「な、なんでってっ、どう考えても部外者が部屋に居たらヤバイだろっ。それに血まれとか何かありましたって自供してるようなもんだしっ!」 「あー、うん。だから、相談しようかと思って?」 「相談って、誰に?」 「誰って寮長?」 「それって相談じゃなくてっ、自白だろーーっ!!!!」 自白しようとしている久保田の腕をガシリと掴み、相浦は引き止める。しかしっっ、そんな二人の間を縫うように、開いたドアから王子様が出てしまった。 「そーいや、ココってどこなんだ? 城じゃねぇよな? なんか母上の手伝いで糸車を回してからの記憶がねぇし…」 寝起きでほぼ全裸で混乱していた状態から立ち直ったのか、何かを思い出したかのように、そう言いながら王子様がキョロキョロと辺りを見回す。城、母上、糸車…、何のことかはわからないが、城という単語が出てきたということは、本当の本当に王子様なのかどうなのか…。 王子様を追って久保田と相浦も部屋を出る。すると、突然、王子様は何かを見つけたのか、ぱっと顔を輝かせて走り出た。 2012.3.21 ■次 へ ■戻 る ■目次へ戻る |