「立ち入り禁止…、危険地区ねぇ? 昔話とか伝説とかそういう類にしては、ずいぶんと現代ちっく?」



 深い深い森の中、そう言って小首をかしげたのは赤ずきんでも、可愛らしい女の子でもなく、黒縁眼鏡をかけたひょろりと背の高い男。男は元からなのか眠いせいなのか、糸のように細い目で辺りを眺めつつ、ふぁ〜っと大きなアクビをした。
 でも、今は夜ではなく、真昼間。
 着ているのは近くにある良家の子息や勉学やスポーツに限らず、あらゆるジャンルにおいて類まれなる能力を持っていると認められた奨学生のみが通う、有名な学園のエンブレム付きの制服。
 どう見てもサボりとしか思えないが、居る場所が街ではなく、森の中なのは健全なのかどうなのか。友達と探検…というわけでも、誰かと待ち合わせ、もしくは逢引きというわけでもないのに、深い深い森の中に入っていく一人の男子生徒。
 深い森の中は静かだが、数メートル置きに金網や有刺鉄線が張り巡らさせている森は、看板が張られていなくても危険な匂いがプンプンする。けれど、男子生徒は眠そうにアクビをしつつ、金網を乗り越え有刺鉄線を潜り抜け、どこからともなく飛んできた弓矢のようなものをひょいっと避けて突き進んでいた。
 あまりにも楽そうに突き進むので、簡単そうで何でもないことのように思えるが、マジで人間か?!お前っっ!!なレベルである。そして、そんな男子生徒がひょいひょいと進む先にやがて、木々ではないものが生い茂る場所に出た。
 
 「へぇ…、これが王子様が眠ってるっていう茨の森? 暇つぶしに来てみたけど、ホントにあったんだ」

 ・・・王子様の眠る茨の森。
 それは男子生徒の通う学園や学園のある街に伝わる、古い古い言い伝え。茨の森は学園の裏にあり、代々の学園の理事長が管理しているのだという。
 けれど、男子生徒が進んできた道のりを見てもわかる通り、並みの人間では茨の森までたどり着けない。だから、本当に茨の森があるのかどうかは謎だった。
 少なくとも男子生徒が、ただの暇つぶしで森に入るまでは…。
 しかし、ここから先へと進むのは、さすがに迷ったのか男子生徒は立ち止まる。ここまでは乗り越えたり避ければ何とかなったが、生い茂る茨となればそうもいかなかった。
 男子生徒は手ぶらで丸腰、茨には当然ながら棘がいっぱい。
 しかも、その茨の先で眠るのは、言い伝えではお姫様ではなく王子様だ。
 

 「さて、どうしよっかなぁ…。行きは良い良い帰りはコワイ…、なぁんてコトになるような? ならないような?」

 暇つぶしとはいえ、ここまで進んできたのだから、確かに興味も好奇心もある。でも、茨を掻き分けて中に進むと、たぶん今までのように無傷では済まない。
 男子生徒はまた大きなアクビをした後、軽く後ろ頭を掻いた。
 さてさて、どうしましょうかといった具合に。
 そして、生い茂る茨に近づき、その棘の先を人差し指でつついて、うーん痛そうと見た目通りの痛さを確認した。



 「・・・・・・で、簡単に言うと退屈のあまり授業をすべてボイコットして立ち入り禁止の森に入った一年五組のクボタ君が、見るからに痛そうな茨にチャレンジした結果が目の前にある動かしがたき現実ってワケなのかっ!? そーなのかっ?!っていうより、どーすんだよっ、これっ!!」



 ここは立ち入り禁止の森の近くにある、とある学園の寮の一室。
 そして、そこで同室者の起こした問題に頭を抱え眉間に皺を寄せているのが相浦正一という男子生徒で、そんな相浦の前でのほほんとベッドを眺めているのが、問題を起こした犯人、久保田誠人である。
 二人は寮の同室で、同じ高等部の一年生。
 けれど、この学園に通い始めた時期は違っていて、相浦は中等部からで久保田は高等部から…。どちらも良家の子息ではなく、それぞれ能力を認められた奨学生だった。
 学園は全寮制だが、良家の子息の住む寮と奨学生の住む寮は別棟。
 そして、見た目も中身もその差は歴然。
 つまり簡単に言うなら、自分の身分と立場を弁えろといった所だ。
 しかし、奨学生側から言わせれば、あんな悪趣味な寮に誰が頼まれても住むかっ!…である。両者の溝はそれはそれは深く、例えるなら茨の森のようなのだが、今はそれは置いておくとして、相浦が指差す目の前の問題について説明しよう。
 暇つぶしに立ち入り禁止の森に入った久保田は、なんと発見した茨の森を掻き分け突破し、ついに誰もが足を踏み入れたことのない領域へと到達っ。そして、茨の森の中央にあった小さな家の中のベッドの上で眠っていた一人の少年を、よいしょっと荷物のようにかついでお持ち帰りしてきたのだった。

 「それってっ、立派な誘拐だろうーーーっ!!!」

 久保田のベッドに寝かされている少年を指差したまま、事情を聞いた相浦がプルプルと震えながら叫ぶ。立ち入り禁止とか茨の森とか、その中に家があったとかっ、そういうのをとりあえず聞かなかったフリしても問題は大問題だった!
 「だって、あんな場所に一人で眠ってて起きないし、ヘンタイとか変質者とか来て襲われたりしたら危険だし大変デショ?」
 「…っていうのか、一番危険なのはそんなのを速攻お持ち帰りして来る、どっかの誰かさんだろっ。それにその血まみれ、どうにかしろよっっ」
 「どうにかって言われても、別にどれもかすり傷程度で痛くないし? コレくらいほっとくか、ツバでも付けとけば治るよ」
 「それで痛くないって・・・、ホント相変わらず人間離れしてるよな、久保田って」
 「そう?」
 そんな会話をしつつ、久保田と相浦はベッドの上の少年を改めて眺めた。
 小さな家でも連れ帰ってからも目は開かないが、スースーと寝息が聞こえてくるし、胸が上下しているので眠っているだけであることがわかる。もしも、これが学園に伝わる伝説通りだとすると、少年は眠れる森の王子様ということになるので、眠ったまま起きないのも道理なのか、納得なのかどうなのか…、
 じっと王子様を眺めていた久保田は、急に真顔になって言った。
 「・・・・・王子サマなのに、ちょうちんブルマじゃないんだ」
 「いきなりマジ顔で、ツッコミどころはそこかっっ!」
 眠れる森の王子様かもしれない少年はちょうちんブルマではなく、普通に眠るにふさわしい恰好であるパジャマを着ている。だから、伝説さえ知らなければ誰も王子様だとは思わないし、実際、伝説はただの伝説で森の奥に住んでいた普通の少年かもしれなかった。
 うわぁぁあぁっ、なんかヤバイっ、絶対ヤバイっっ!!
 と、と、とりあえず返すように説得しようっ、そうしようっ!!
 相浦が頭を抱えつつ、そういう結論に達した頃、久保田の方は何をしていたかというと眠れる王子様を軽く頬を叩いたり、くすぐったりして起こそうとしていた…のは、ほんの一分前まででっ、いきなりパジャマを脱がして全裸にしようとしていたっ!
 「す、す、すとーーっぷっ!誘拐もヤバいけどっ、ソレが一番ヤバイっ、絶対ヤバイからやめろって!」
 「なんで? 眠ったまま起きないから、冬眠熊みたいだし。何となく風呂にでも入れて、温めてみようかと思ったんだけど?」
 「冬眠熊を風呂で解凍って、どういう発想なんだよっ!」
 「手間なく、簡単に?」

 「ぬぉおぉぉぉーー…っっ!!!」

 相浦は叫びつつ物凄い勢いで近寄り、本当に王子様のズボンを脱がし、パンツに手をかけようとしているヘンタイ…、もとい久保田の手を掴む。しかしっ、あまりに勢いがあり過ぎて、止めるどころか力を貸してしまったっ!
 ずるりと脱げる王子様のパンツに、相浦の顔が真っ青になりっ、久保田は眠そうな目で、じーっと一点を見つめる。そして、今度は相浦ではなく、久保田が王子様を指差した。
 「あ…、オトコのコ」
 「そんなの見なくてもわかるだろっ!」
 「でも、ヒトって見た目じゃわかんないし?」
 「それにそういうのを確認するために、脱がしたかったわけじゃないんだろっていうか、本気で伝説の王子様だとしたら、それくらいじゃ起きないだろ」
 「うーん…、そうねぇ…。だったら、王子様ってトコがあれだけど、ノーマルにやってみますか」
 「ノーマル?」
 「そう、ノーマルに」
 
 アーーーッ!!!

 …と、相浦は心の中では叫んだが、今度は伸ばした手は間に合わず。
 ほぼ全裸状態の王子様の唇に、久保田の唇が軽く接触っ!
 いわゆるキスとか接吻とか、チューとか呼ばれるものをしてしまったっ!!
 なぜか周囲に薔薇が飛んでいるような気がしなくもないが、見てはならぬものを見てしまったような気がした相浦は硬直っ。久保田はなぜかゴチソウサマとか言っていた…が、次の瞬間、二人の目が合った。
 正確には二人の目が、もう一人と目と合った。
 しかし、二人と目が合った、もう一人はすぐに視線を下へと落とす。
 それから、視線を再び上に上げ、それからまた視線を下へと落とした。
 「うわ…っっ、なんっだコレっていうか、マジかよっ!!」
 「なんだって言われても、ソレはアレじゃない? ち・・・」
 「うぎゃあぁぁーっっ、言うなぁぁぁっていうか、見るなっ、ヘンタイっっ!!」
 
 ばきぃぃぃぃぃっっっ!!!
 
 お姫様は王子様のキスで目を覚ますと最初に言ったり書いたりしたのは一体誰なのかは謎だが、とりあえず王子様は男子高生のキスで目覚めたらしい。そして、目覚めのキスを贈った久保田の顔面に響いた、ほぼ全裸の王子様の目覚めの一発はとても清々しい音がした。

 「誤解だって」
 「コレのどこが誤解だあぁぁぁっっ!!!」



                                        2012.3.12 

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