「ふあぁぁ〜…」 眠りの森の王子様こと時任が、治まらないさぶいぼに悩んでいた次の日。 その原因である久保田が大きなアクビをしつつ目覚めたのは、乱れまくった白いシーツの波間だった。 しかも、乱れまくった白いシーツはシーツでも、このシーツは保健室の物では無い。そんなシーツの波間…、天蓋付きのベッドから起き上がった久保田は、けだるそうな様子で軽く伸びをした後、枕元に置いてあった自分の眼鏡をかけた。 久保田のいる部屋には、天蓋付きのベッドの他にはソファーとテーブル。そのどれもが見るからに値が張りそうな上に、デザインもかなりゴテゴテと派手で悪趣味で、じーっと眺めていると何となくどこかを思い出す。 一つだけ確かなことは、ここが寮の久保田の部屋ではないことだ。 そうつまり…、あれから久保田は時任と会っていない。 一度も寮にも、可愛い子犬を飼っていそうな小さな家にも戻っていない。 …ということは、まさか本当に真田の犬だった上にっ、時任の妄想やさぶいぼが乱れたシーツの波間で現実にっっ!! 「うあぁぁぁぁーーーっっっ!やめろぉぉぉぉっっ!!!」 そんな叫び声がどこからか微かに聞こえたが、真田に貞操を奪われた久保田の声ではなく、さぶいぼの悪夢を見た時任の声だったような気がする。久保田の耳にしか聞こえない程度だったため、一日貧乳を揉めなかったことによる禁断症状や幻覚ではなかった…とは言い切れないが、しかし! 久保田のいる場所が時任のいる場所から、そう遠く離れてはいないっというより、実はめちゃくちゃ近かったりする事実を証明する人物が、ドアを開けて部屋の中に入ってきた。 「おはようございます、久保田君。昨夜は…、良く眠れなかったようですね?寮長として一応様子を見に来ましたが、体調が悪いようでしたら保健の先生をお呼びしましょうか?」 ふふふと妖艶に微笑みながら、そう言ったのはホモ暮らしの保健医…ではなく、麗しの白薔薇姫。もしも、この学園の生徒なら興奮のあまり全身から血をふき出し、保健室行きになりかねない事態だが、王子様にしか興味の無い久保田は、ぼんやりと眺めただけだった。 「監禁されているにしては、随分と余裕…、あぁ、違いましたね。監禁ではなく、自ら檻に入ったのでしたね、貴方は」 「……聞きたいコトがあるなら、遠まわしじゃなくて直球で言ってくんない?時任以外の雑談に付き合う気分じゃないんで」 「聞きたいことがあるのは、僕ではなく貴方の方でしょう?そうたとえば今、時任君がどうしているのか…、とか?」 「べつに?松原や室田達もいるし、元気にしてるっしょ」 白薔薇姫こと橘は、そんな久保田のそっけない返事を聞くと、微笑みを浮かべたまま顎に右手を当てて考える。すると、浮かべていた微笑みにドSっぽい意地悪さが混じり、何を思いついたのか久保田のいるベッドに近づき、白薔薇姫らしくゆっくりと優雅な動作で座った。 「随分と余裕ですね、僕が何かするとは考えないんですか?……それとも時任君にご執心だったのは、やはり彼がおとぎ話の王子様だからですか?」 そう言った橘は、まるで迫るように久保田に顏を寄せる。 それから、すぐにキスできるほど間近で、久保田をじっと見つめる。 そんな橘相手に、久保田は相変わらずぼんやりと眺めているだけ…だったが、二人以外の誰かから見れば、とてつもなくあやしかった。 男とベッドと男の三点セットは、今なら妄想付きでお買い得! しかし、いくら3点セットが揃っていても、あくまで久保田と橘っ。 そう、大事なことなので2度言うがっ、あくまでこれは久保田と橘っっ。 そのため、すぐにキスできるほど間近にいても、二人の間に湧き起こるのは攻めと攻めのせめぎ合いではなく、ただの睨み合い…。残念なのかどうかは萌えの向くまま、気の向くままだが、伸ばされた橘の手が久保田のなぜか顎を捕えたっっ! 「…お互いシュミじゃないと思うけど?」 「それは同感ですが、こういったことはやはりシュチュエーションも大事ではないかと思いましてね」 「で、このシュチュエーションで何をどうしたいワケ?」 「僕と取引きしませんか?」 遠まわしではないが、直球すぎな橘の問題発言。 しかも更に問題なのは、このシチュエーションでは何の取引かわからない。 大事なことなので3度言ってみるが、あくまで久保田と橘。あくまでこれは久保田と橘だが、どう見ても取引きするブツは、時任のさぶいぼの原因になりそうなモノとしか思えなかった。 「俺の大事なモノは、時任にあげるって決めてるんだけど?」 「貴方の大事なモノとは、やはり例のモノですか?」 「さぁ?例のって言われても俺にはわからないけど、大事なモノは大事なモノとしか時任以外には教えられないかな」 「なら、それが例のモノだと仮定して話しますが、それについて知っている情報と引き換えに、貴方と時任君の身の安全と寮での甘い同棲生活を保証しますよ」 「………」 「どうです?このシュチュエーションで眉ひとつ動かさない、時任君にしか興味の無い貴方にとって、これは決して悪い話ではないでしょう?」 見た目は橘に迫られる久保田の図だが、セリフはエロさの微塵も無い残念シリアスなこの展開っ。乱れたシーツの上の久保田は、自分の顎を捕えた橘の手を右手で面倒臭そうに軽く振り払った。 「ま、言ってる事はわかるし、時任にしか興味が無いのは事実だけど、俺を罪人呼ばわりした人物のセリフとは思えないなぁ」 「その方が好都合だったでしょう?僕が罪人呼ばわりしたおかげで、貴方は時任君に自分のことを説明する必要もなかったし、こうして真田の元にいて自由に調べられる。今のこの状況は、僕の協力無しでは作れなかったはずです」 そう言った橘の微笑みは、白薔薇姫ではなく肉食獣の獰猛な微笑み。それは究極の攻めにしか出来ない微笑み…かどうかは不明だが、室田の一人や二人は軽くベッドの上で喰っていそうな微笑みだった。 「ふふふ、時任君は何を言って聞かさせても、ずっと貴方を信じていますよ。信じて真田の手から、貴方を助け出そうとしています」 この件はどうも真っ直ぐではないが、基本的に真面目な松本とは無関係に、橘一人で動いている。そう感じさせる橘のセリフに、久保田の眼鏡が窓も無いのに、まるで外からの光を反射したようにキラリと光った。 「今からおたくを半殺しにさせてくれたら、取引きしてもいいかも…と言いたいトコロだけど、取引きできそうなモノは何も持ってないし」 「やはり気に入りませんか?」 「事実を言ってるだけだけど? それにあれこれ想像するのは勝手だけど、俺がここにいる理由とか、いろいろ勘違いしてない?」 「勘違い?」 「そ、勘違い」 「まさか時任君を捨てて、本気で真田の飼い犬に戻る気では……」 橘がそこまで言ったところで、ドアの外で見張らせていたらしい生徒からのノックの合図が響く。実はというか、すでに説明の必要もないとは思うが、ここは寮長としての橘のテリトリー。 ゴテゴテと派手で悪趣味で、お花畑とか七光り城と呼ばれる東煌寮。 つまり久保田はその寮の一室に連れて来られ、寮内でも有名な開かずの間に監禁されていたのだった。 「どうやら、貴方の世話係が戻って来たようなので、僕は退散することにしますよ。今の話の返事は、今度会う時に聞かせてください」 「今度も今も返事は変わらない思うけど?」 「そうかもしれませんが、絶対とは言い切れないでしょう?」 「………」 「では、また」 松本にも秘密で宝物を手に入れて何をしたいのか、橘はそう言い残して部屋を出て行く。実はこの見るからにいかがわしい開かずの間は、たとえ寮長である橘であろうとも勝手に入ることを許されていない部屋で、その鍵は毎年学園への寄付金が一番多い人物に与えられていた。 その人物がこの部屋を何に使うかは、究極の極秘事項で学園の黒い裏事情。 そんな場所に閉じ込めらていれば、生贄のヒツジのように見えるが、久保田の場合はどう見てもヒツジではなくオオカミだった。 「誰にも喰われる気は無いけど、喰う気もないんだよねぇ、時任以外は」 そんなオオカミ発言は、橘の耳に届いたのか届かなかったのか。パタリとドアが閉じられてから数分後、寄付金トップは別人だが、何をどうしたのか鍵と一緒に権限を譲られた真田の命令により、久保田の世話係となった人物が入れ替わりで開かずの間に入ってきた。 「くっぼたせんぱあぁぁぁぁい!おはようございますぅぅぅぅ!」 そんな叫び声と一緒に、朝食の乗ったトレーを持って部屋に入ってきたのは藤原祐介。外見は時任より背は低く、茶色の髪を肩まで伸ばし、顏は本人いわく美少年…らしいが、保健室の常連だとか真田のお気に入りだとか、そんな理由で世話係に選ばれたのでは、まったくぜんぜん欠片も無い。 なら、どうして?…という問いには、藤原の脳内が答えてくれる! 実は高等部一年の久保田を先輩と呼ぶことからもわかるように、藤原は現在中等部三年っ。しかし、この寮に来年入る予定なだけあって、藤原の脳内は一年中、久保田という名の春だった! 『おはよう、藤原…、来てくれてうれしいよ。今、ちょうど会いたいと思ってたトコだから』 『僕もです。僕も先輩に会いたかったですっ、今すぐ会いたくて来たんですっっ』 『なら、同じキモチってことでいいよね?』 『あ…、くぼたせんぱい…、そんな朝から…』 『イヤなの?』 『い、いやじゃないですっ、だけどそんないきなり…』 『俺と気持ちいいコトしたくない?』 『し、し・・・・・っ』 『したいですっっ!くぼたせんぱぁぁぁいっっ!』 じゃねぇぇぇよっ!このブサイクっっっ!!!!! そんなツッコミが西から飛んで来そうな展開は、あくまで藤原の脳内だけ。 その証拠にトレーをテーブルに置いた藤原が脳内展開通りに抱きつこうとしたが、久保田はするりとそれを躱してベッドから脱出。何事もなかったかのようにテーブルに近づき、トレーに乗せられていたコーヒー入りのマグカップを手に取った。 「俺的には監禁じゃなくて、ひきこもりなんだけどなぁ。実は今まで聞かれなかったから言わなかっただけで、ぶっちゃけ記憶あやしいんで自主的に…、ね」 「ああん、くぼたせんぱ〜い、ひきこもりでも好きですぅぅぅ」 ・・・・・・自主的にひきこもり。 聞き捨てならないセリフを言った久保田の首には、未だ時任がつけた首輪がある。しかし、それは今も変わらない時任への想いの証なのか? それとも、実は真田の犬である証明なのか? …っていうか、もうっ、ホントにマジでどうなんだよっっ!!! そう聞きたいのは山々だが、今、この部屋はストーカーはいてもツッコミはいない最悪で絶望的な状況だったっ。 「僕は前から思ってたんです。野蛮で下品な連中の住む犬小屋なんて、久保田先輩にはふさわしくありませんよ」 「そう?」 「そうですよ!だから、監禁とかじゃなくて、このまま東煌寮に移住しちゃえばいいんです。僕も来年は中等部から、こっちに来る予定ですし」 「へぇ」 「そうしたら、真田ってあやしいヤツの言いなりにならなくても、同じ屋根の下で久保田先輩と二人っきりにっっ」 「ふーん、そうなんだ」 どうやら二人っきりを餌に真田に利用されているらしい藤原だが、久保田を相手にボケにもツッコミになれないどころか、会話すら成立していないっっ。 橘相手だと睨み合いだが、藤原相手だとすべてがスルー…。例えシーツが波打っても、それは藤原の脳内だけでしかなかった! 「ん〜…、やっぱ一日三回は揉まないと落ち着かないかも?」 そんな呟きにすらツッコミが入らない異常事態…、ひきこもり。 果たして、この異常事態に終止符が打たれる時が来るのか? そして、橘との取引きは?あやしいという記憶は? やがて、久保田がコーヒーを飲み終えた頃にドアの向こうで止まった靴音に、そんなあれこれの解決の糸口を期待して良いのかどうか…、 相変わらず謎は深まる一方でツッコミも入らず、未だ何の解決の兆しも見られなかった。 2015.1.22 ■次 へ ■戻 る |