眠りの森の王子様が、久保田誠人のチューで目覚めて10日。
 その間に久保田がした事をいくら思い出そうとしても、セクハラとかセクハラとかっ、更にセクハラしか思い浮かばないがっっ。寮長コンビが調べたところによると、久保田が学園に入学したのは眠りの森を、何でも願いごとが叶うという宝物を探し出すためだったらしい。
 え、どこに証拠が?…っていうか、だったら何であんなに揉んでも揉んでも育たない胸揉みまくってたんだよっっっ!
 などと叫びたいのは山々だが、事実なのだから仕方ない。
 理事長権限で入手した久保田の身上書の保護者の欄には、保健医三文字の中身…、真田の名が堂々と書かれていた。
 生徒の身上書の閲覧に理事長の許可が必要なのも、校内への出入りに許可が必要なのも、ひとえに地位と名誉とお金にまみれた東の住人がいるからに他ならない。高い壁も警備員も防犯用だ。
 たまにチカンや誰かの元彼が突撃してくるが、それはソレ、これはコレ。
 何はともあれ、学園も茨の森も警備は厳重。
 そんな警備を突破して侵入を果たし、理事長室までたどり着いたのは、後にも先にも真田だけだった。
 「あのヘンタイ野郎…、やっぱチカンだったのか」
 「いえ、完全に間違ってるとは言い難いですが、茨の森と宝物について聞くために侵入したらしいですよ。理事長は黒い噂の絶えない真田をとても嫌っていて、ずっと面会拒否してましたからね」
 「だったら、なんでくぼちゃんが…っていうか、アイツがくぼちゃんの保護者とかワケわかんねぇし、俺はそんなの認めてねぇけど」
 離婚届を前に認めないと言い切った妻…、もとい身上書を前に認めないと言い切った王子様はジロリと橘を睨む。実はここは室田と松原の住む寮の一室で、そこに王子様が担ぎ込まれて少しして、保健室から戻って来た橘もここへ来た。
 久保田の身上書を持って、突然のこの状況を王子様に説明するために。
 だがしかし、紙切れ一枚で宝物目当てに近づいてきたと言われても、育たない胸を揉まれつづけてきたせいなのか、それとも10日の間に久保田との間に何かが生まれてしまったのかっ、王子様こと時任は決して首を縦には振らなかった。
 「こんな紙切れ、アンタもしてたみたいな偽造かもしんねぇだろっ」
 「本物ですよ」
 「どこにそんな証拠があんだよ」
 「そうおっしゃるなら逆に貴方にお聞きしますが、これが偽造ではない証拠はどこにあるんです?」
 「…っ、聞いてんのはアンタじゃなくて俺の方だろ!」
 「証拠が無いのなら、そうおっしゃってくださって構わないんですよ?」
 「うっせぇ!証拠がねぇのはそっちの方だろ。くぼちゃんがそうだって言わねぇ限り、そんなモン誰が信じるかってんだよっ!」
 ふふふ…とあやしく微笑む橘に、時任はここから脱出するタイミングを計りながら身構える。しかし、背後にあるドアの両側には室田と松原がいて、そこを突破するのはさすがに難しそうだった。
 人数的に見れば、前方の橘に突撃して窓から脱出したい所だが、時任の中にある王子の勘がヤパイ…、アイツはヤバイと囁いているっ。そんな時任の心の声が聞こえているのかいないのか、始めて出会った時のように橘があやしい微笑みを浮かべたまま両手を広げた。
 「泣きたい時は、さぁ、遠慮なさらず僕の胸へ」
 「誰がてめぇの胸なんかに飛び込むかっていうか、さっきの会話のどこに泣くトコあったんだよっ」
 「泣きどころは…、そうですね。中年オヤジと二股かけられた上に、飼い犬に裏切られたところでしょうか?」
 「く、くぼちゃんのクセに二股とかざけんなっっていうか、そんなワケ絶対ねぇしっ、誰が泣くかっ!!!」
 違うっ、そんなワケねぇだろと思いながらも、橘のセリフがチクチクぐっさりと時任の胸に突き刺さる。それもこれも、未だに久保田がここに現れない事が原因だった。
 保健室でホモ暮らしの真田と二人きり…、久保田は一体ナニをしているのかされているのかっ。身重の妻…、じゃなくて俺というものがありながらっ、てめぇは今どこでナニやってんだよっ!!!と叫びたい気持ちで胸を抑えた時任の脳内では、真田のホモ暮らし映像が音声付きで流れていた。
 『他の者は帰ったようだが、君はここでゆっくりして行きたまえ』
 『って言われても、体調も気分も悪くないんで』
 『なら、そこのベッドで昼寝でもしていけばいい。ここの保健医になってから、男子高生相手の添い寝は得意でね』
 『保健医って、そういう職業でしたっけ?』
 『保健医というのは、生徒の健康を身心ともに守るのが仕事だろう?』
 『けど、真田サンに添い寝されたら、身も心も不健康になりそうだなぁ…、なんて?』
 『フッ、そうかね?ほど良い疲れで良く眠れるし、気持ち良いと評判なんだがね』
 『とか言いながら、じりじり近づいてくるのやめてくれません?』
 『近づかなければ、添い寝はできないだろう? さぁ、早くそこのベッドに横になって、身も心も私に任せたまえ…、身重の妻に言えない悩みも私が聞いてあげよう』
 『・・・・・・・っ』

 『じっくりとベッドの上で…、明日の朝まで…』

 ぎゃあぁぁぁぁっ、くぼちゃんがヘンタイに犯されるぅぅぅ!!
 どんなにリアルでも妄想は妄想で、現実ではない…ばず。しかし、声に出してはさすがに叫ばなかったが、心の中では頭を抱えて絶叫状態っ。
 もしかしたらっ、いや…、そんなわきゃねぇだろ。
 でもやっぱあの野郎ヘンタイだしっ!
 くぼちゃんだってやべぇかもしんねぇしっっ!
 うあぁぁぁぁっ、もう!どうしろってんだよっっ!
 そんな感じで、今、もしかしたら奪われてるかもしれない久保田の貞操にいてもたってもいられない!とにかく早く保健室に戻らなければ、時任の脳内でベッドでシーツの波がざっぱーんとなりかねなかったっっ!

 「うわっ、やっべ!さぶいぼ出てきたっっ!」

 戻る理由は久保田の貞操なのか、さぶいぼなのかっ。とにかく、室田&松原か橘を突破しなければ、時任の脳内が手遅れになりかねない。
 しかし、どこで何をしていたのか遅れてきた松本が、久保田との間に立ちふさがる新たなる障害物として室田達の背後から現れた。
 「二股かどうかはともかくとして、久保田が真田と繋がっていたのは事実だ。久保田を泳がせておけば、いずれ真田と接触するだろうとは思っていたが、まさか保健医の中身と入れ替わっていたとはな」
 「真田って名乗ってるだけで、本当に本人とは限らねぇだろ」
 「真田とは一度だが面識がある。あの口元に浮かんだ嫌な笑みと、人を食ったような喋り方は間違いなく本人だ」
 「貴方一筋で貴方しか食べていない僕と違って、あの保健室のベッドで山ほどウチの生徒を食べてるようですしね?」
 「……っ、いらないことは言わなくていい。それに人を食うとは、そういう意味で言ったのではない」
 「そんなに照れなくてもいいんですよ」
 「照れてなどいない、気のせいだ」
 「ふふふ、貴方がそうおっしゃるなら、そういう事にしておきましょう」
 こんな時でもイチャつくことを忘れない寮長コンビと、この部屋の主である室田と松原に挟まれた時任は、そう言えば…と相浦のことを思い出す。小さな子犬を飼っていそうな白い家に誰か来たり何かあったら、適当に誤魔化しといてくれと頼んで置き去りにしてきたが、ここに居ない所を見るとまだ室田達のように真田のことや色々と話を聞かされてはいないようだった。
 だったら、保健室でくぼちゃんと合流して、茨の森にひとまず退散。
 これからどうするかは、情報通の相浦に真田の事を聞いてからだ。
 そう考えた時任は、早速イチャつく隙を突いて逃走しようと試みるっ。しかし、この学園最強とも言うべき四人に囲まれては、さすがの王子様も脱出は難しかった!
 「室田も松原もいい加減っ、そこをどけよ!真田ってヤツが宝物探してんのかどうかしんねぇけど、そんなの俺には関係ねぇしっ、保健室に行きたいのもくぼちゃんと話したいだけだ!」
 「そうは言ってもな、時任。久保田が真田と繋がっているのがわかった以上、魂ハジキのこともあるし、少し離れて様子を見るぺきじゃないのか?」
 「この件について、僕も室田に同意です。今は久保田の所へ行くべきじゃないと思います、久保田はいろんな意味で危険です」
 「いろんな意味っでって、くぼちゃんのどこがキケンなんだよ!」
 「どこがと言われれば、やはり大きくならない胸を揉み続けてるところでしょうか?」
 「うっ、まぁ…、それはキケンっつーより、ヘンタイっていうか」
 「ま、まさか時任。久保田の元に戻りたいのは、大きくなりたいから…、なのか?」

 「んなワケねぇだろっ!俺はオトコだぁぁぁぁっっ!!!」

 今や身も心も男だが、実は久保田と二人だけの秘密にしている事がある。
 しかし、胸を大きくしたいと思った事は、生まれてこの方一度も無い。そして、どんなに久保田に揉まれようとも、これからも大きくなるつもりはなかった…、がしかし!
 今は揉むとか揉まれるとかそんなことよりも、早く保健室にダッシュで駆け戻りっ、さぶいぼの原因がシーツで波になる前に何とかすることの方が重要だったっっ。

 「くぼちゃんになんかしやがったら、あのヘンタイ野郎っ、絶対に許さねぇ!!!」

 いやいや、そう言ってるアンタが久保田に色々されてるからっっ!
 むちゃくちゃされまくっちゃってますからっっ!!
 なーんてツッコミを入れる隙もない勢いで、時任が走り込んだのは室田の足の間っ。野球のスライディング要領で室田トンネルを潜り抜け、目の前のドアを開ける。
 すると、そこは寮の廊下で、さすが俺サマ脱出成功っとガッツポーズを決めたい所だが、あの四人を相手にそんな余裕はさすがになかった。
 襟に向かって伸びてくる松原の手を振り切り、人間離れした素早さで時任を追ってドアを出てきた橘よりも早く、時任は保健室を目指してダッシュをかけるっ!
 室田に担がれさらわれた時に、保健室までの道は把握済みだった。

 「待ってろよっ、くぼちゃん!今助けに行くかんなっっ!!!」

 しかし、追手の四人を引き連れて、ようやく保健室にたどりつくと…、
 そこには乱れたシーツだけを残して、久保田も真田も消えていた。
 それを見た時任が、な、何がどうなってんだよ!!!…と叫んでも、乱れたシーツは戻らず。そして、乱れたシーツと久保田の事をいくら考えても、出るのはさぶいぼばかりで何もわからなかった。


                                         2014.11.16

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